2007年 10月 29日

「河岸忘日抄」読了 他

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 写真はどれも先日の浴風園です。最後をここで迎えたいけれど、杉並
区民でないと入れないだろうか。野村胡堂「胡堂百話」(中公文庫 81初)
で読んで以来、ここだと信じて来たのに、今その「養老院礼賛」を見直して
みると、どこにも「浴風園」の文字は出ていない。じゃあ、わたしはどこで
知ったのか?!

 3日がかりで堀江敏幸「河岸忘日抄」(新潮社 05再帯)読了。もっとゆっくり
読むべきだったかな。

 大声で語られる言葉や、大文字で書かれた言葉に対する密やかで根強い
不信感。決定することの英雄性への疑問。停滞・逡巡に身を置き続けることに
むしろ強さはあるのではないか等々、それは全くそうなんだけど、通奏低音的に
語られ続けるこれらの言葉(生きる姿勢)もあまり繰り返されると、強者の論理に
近づきやしないかという気がしてきた。通奏低音というより執拗低音。量は質を
変貌させる。

 「若年寄で生きよう!」というメッセージまで聞こえるとは言わないけれど、
ややそれに近い「やれやれ」という思いをしたことも事実である。閉塞感の
中で生きるには、このモラリスティックな態度を持ち続けるしかないのだろうが
それにしても、居心地のよさに違和感が消えない。野蛮でごめんね。
 たんに堀江敏幸の若さに対する違和感かもしれない。
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by byogakudo | 2007-10-29 13:37 | 読書ノート | Comments(2)
Commented by ES at 2007-10-29 18:45 x
まったく同感です。
うんざりします。
嫌いです。
Commented by sumus_co at 2007-11-01 22:49
ESさん、まあまあ落ち着いて。小生も読んですぐ売っちゃいましたけど。


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