猫額洞の日々

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2007年 10月 30日

不安と不安感

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 あるパフォーマンスのDVDを見た。
 演劇と舞踏が混じったようなパフォーマンスだったが、堀江敏幸に
抱いた疑問と同質のものを感じた。

 今という時代がとても閉塞していて、幼年期からそれを感じながら
生き延びるしかなかった、というのは理解する。傷つくことを恐れながら
生きていくしかないだろう、とも思う。
 いわば人格の中に抜きがたく怯えが刻印されてしまい、怯え抜きの
「わたし」なぞ、存在しないところにまで至っているのだろう。

 あんたたちは暢気な子ども時代を過ごせたから、ひと事として、今の
若い衆はと勝手なことを言えるのだろう、と批判されるのは仕方ない。
いまさら生まれ直すことはできない。

 舞台に立つことは360度の批判に身をさらすことだと、理解していた。
昔の記憶だが、灰野敬二も白石民夫も、オフはどうであれ一旦ステージ
に立てば、パフォーマーとしての存在しか見せていなかった筈である。

 観客に暗黙の同意を求め、「僕たち、みんな、どうしようもなく
傷ついていますよね」と確認を強要されているような感触のDVDで、
後味に悩まされる。

 少し話題が変わるが、「モダーンアートは愉しくて面白いものですよ」
というキャンペーンや、「障がい者のリハビリとしてのアートの活用」
運動にもやや疑問を感じている。治療行為としての側面はあるけれど、
アートにあまり合目的性を持たせる風潮は、どうだろう。アートの
自立性を損なっていないか。
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by byogakudo | 2007-10-30 13:34 | アート | Comments(0)


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