2007年 11月 07日

2冊、読み荒らす

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 また読むものがなくて、「ヴォーグで見たヴォーグ」(グレース・ミラベラ
文春文庫 97初)を拾い読み。手の届かないファンタジーとしてのファッ
ション雑誌ではなく、仕事をもつ女のための雑誌を目指した女性編集者
の自伝。シックであることの内容も時代とともに変わる。60年代はダイアナ・
ヴリーランドの時代、女たちが外で働くことが当たり前になった70年代、
ミラベラが編集長となったヴォーグは「どこでその服は買えるか」という、
いまでは当然の情報を載せたり、健康に関する記事(「煙草はやめましょう」
とか!)を掲載したりして紙面を刷新する。フェミニズム台頭期でしたね。

 旧「海」編集部が加わった80年代「マリ・クレール」で、女性誌を読むことが
終わったので、近頃の流行りがわからないけれど、おしゃれに健康問題を
伝えるのは難しい。イデオロギー化しやすいトピックだ。
 日本版「マリ・クレール」創刊ころを思い出す。「婦人公論」の記事+仏版
「マリ・クレール」のファッション写真が同時存在している、木に竹を接いだ
ような紙面が忘れられない(?)。「クロワッサン」第1号も同じ印象。実際的で、
しかもお洒落な雑誌は、そもそも可能なものだろうか?

 「『父の娘』たち」(矢川澄子 平凡社ライブラリー 06初)は、森茉莉のところ
だけ読んで、たぶんこれでおしまい。 矢川澄子、なんとなく苦手。なぜなのか
考えてもいいけれど、それも億劫である。ヒューマーの問題なのか。

 ラジオを聞く。旧悪を知る友人たちが聞いたら、みんな吹き出すような、
ほのぼの・シリアス・ストーリーにまとめられている。宣伝だから、いいの。
自伝をあらかじめでっち上げておかなかった、わたしが悪い。

 早速「自殺総代理店」を注文した。読まなくっちゃ。
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by byogakudo | 2007-11-07 13:43 | 読書ノート | Comments(0)


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