猫額洞の日々

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2008年 01月 01日

小林信彦、式貴士、マルセル・シュオブ

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 ああ、PCがワードプロセッサ状態であるのが耐えられない。2日と
持たず店に来てしまった。エロと金貸しの迷惑メールも削除したいし、
というのは表向き。ただのブログ中毒なのさ。

 新年早々、失礼いたしました。

 明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願い申上げます。

08年1月1日(火)
 今日もゆっくり起きる。シャッター開けとワゴン出しが待っていない、
のんきな昼前。このまま、うだうだ引きこもっていたいが、Sがカメラを
抱えているからには、リハビリにつき合おう。

 バスで永福町、井の頭線で久我山下車。リフォームされて趣きを失った
住宅街を歩いていたら、立教女学院!

 じつはSは年末の三鷹台散歩の折、駅から見かけて目をつけていた
らしい。いかにもミッション系女学校の建物がいい。娘がいたら通わせたい
と夢想する作りである。(学費をどうする、と反射的に考えた。)

 冬休み中で閉ざされた学園の外側を一周。入って撮らせてくれえ。
しかし、もし入れてもらえたとして、Sがひとりで女学生の群れに
混じって撮っていたら、ロリコンと思われてしまうだろうな。わたしが
一緒であっても、怪しく思われるか・・・。

 曇ってきたので三鷹台駅前のフレッシュネス・バーガーで休憩。寒い
ので、そのまま戻る。

07年12月31日(月)
 待ちに待った冬休み。前夜から小林信彦「唐獅子株式会社」(角川文庫
83年6刷)。いいなあ。キャア、キャア胸の内で笑いながら読む。すごい
パワー。

 昔1冊読んで好きになった式貴士、「連想トンネル」(CBSソニー出版
80初)を半分くらい読んだところで中断。「モネルの書」(マルセル・
シュオブ 南柯書局 77初函)で年を越す。

 「連想トンネル」は前に読んだ(タイトル失念)のと違ってロマン
ティック路線である。ドタバタ・ポーノグラフィックSFを読むつもり
だったので、少し残念だ。「おなじみ、長いあとがき」がいちばん好き
だったりして。

 「モネルの書」は冒頭からうつくしい。
< モネルは、ぼくが野原をさまよっているのを見つけて、ぼくの
 手を取った。

  __おどろかないで、と彼女は言った。これは私であって、私では
 ないの。
  あなたはこれからもまた私を見つけ、また私を見失うでしょう。
 なぜなら、私を見た人は少ないし、私を理解した人はいないのだから。
  そしてあなたは私を忘れ、また私を認め、また私を忘れるでしょう。>

 ひとが不幸のさなかに在るときだけ、群衆の中から立ち現れ、慰めを
与える少女売春婦Monelle(mono + elle)。<一回限りの善行のためにしか
夜の群衆のなかから出てこない>(p10)聖娼婦。

 彼女はこんな風に語る。p21より
< ごらんなさい。すべての瞬間が揺籠でも柩でもある。すべての生と
 すべての死があなたには奇妙で新しいものに見えますように。>
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by byogakudo | 2008-01-01 20:31 | 読書ノート | Comments(0)


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