猫額洞の日々

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2008年 02月 06日

トロワイヤ斜め読み/マルロオ読了

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 黄ばみを懸念していたトロワイヤ「嵐の中の青春」(新潮文庫
59年12刷 帯)、案の定、眼が辛くなって、途中から斜めに
すっ飛ばす。
 
 昨日書いた要約は正確さを欠いていた。実存主義者ばかりが
この頃の若い衆でないことには間違いないが、実存主義哲学を
披露するのは彼の哲学教師の方だった。
 但し寸詰まりに裁断された実存主義哲学で、これをもって
サルトル一派を非難するのは無理じゃないかしら?

 もう1冊持ち帰っていたアンドレ・マルロオ「侮蔑の時代」
(小松清訳 新潮文庫 60年10刷 帯)に乗り換え、こちらは読了。
 ナチ・ドイツ下で労働運動を展開していた指導者が逮捕拘留
された9日間に視るできごと・記憶が描かれる。トロワイヤにも
感じたけれど、映画的手法が巧く使われていた。

 ただ主人公は、いくら仲間から愛され信頼されている大物
指導者であるとは言え、仲間の誰かが彼の名を名乗って出頭して
くれたおかげで釈放されたことについて、あまり深刻に悩まない。
 彼の代わりに仲間が殺されるのは目に見えているのに、一個人の
運命ではなく大衆との連帯ばっかり頭にあるようで、どうも
ここらが理解不能だ。

 この悩みを書いていたら大長編になってしまうので、短編・中編
ではこの辺りで止めた、ということだろうか? 原作が発表された
1930年代や翻訳文庫本が流通していた50年代~60年頃、読者は
どう受け止めていたのだろう?
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by byogakudo | 2008-02-06 13:39 | 読書ノート | Comments(0)


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