2008年 04月 16日

「戦後史の生き証人たち」読了

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 1981年から82年にかけて「噂の真相」に連載されたレポートの
単行本化である。もっとわくわく・どきどきするかと思っていたが、
やや拍子抜けした。

 週刊誌文体になじめないという理由もあるだろう。もっと
レトリカルに、スタイルを意識して(しかもクサくならず!)
書きたい欲望はないのだろうか。
 事実をありのままに__言葉を用いて記述するのに、「事実」や
「ありのまま」ってどう定着させるのだろう?__淡々と記す
のがジャーナリストだと教育されてきたのかも知れない。

 たしか本当はトイレットで倒れていた(と聞く)ジプシー・
ローズの死体をベッドに運び入れ、近くに住む友だちに死の
再現写真を撮らせる正邦乙彦の執念なぞ、ディートリッヒ・
スタンバーグ組を彷彿させるのだが、ドラマ感覚が少ないのかな。 

 不用意ではないかと思ったのが、「永田貞夫 芸能界を裏で生きた
興行界の首領」__「芸能界」に「興行界」と「界」が続いて、
違和感はないのか__、p135より引用。

< 永田貞夫と渡辺プロとの付き合いは、昭和三十年秋に
 さかのぼる。
  当時、東京ではジャズやロック、ウェスタンが盛んだったが>

 昭和三十年(1955年)の日本で、「ロック」と言っただろうか。
私的な記憶で言えば、よくて「ロックンロール」、大抵は
「ロカビリー」と呼ばれていたのではないか。
 60年代後半になって、「アートロック」や「ニューロック」と
称される「ロック」が出てきてから、「アート」も「ニュー」も
取れて「ロック」になったという印象なのだが、あくまでも
私的な印象で言っています。

 奥付の著者紹介の名前の読み方が「くわばらいとし」
なのは単純なミスだろう。でもなんだか感じはよくない。

   (桑原稲敏 伝統と現代社 82初)
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by byogakudo | 2008-04-16 12:55 | 読書ノート | Comments(0)


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