2005年 09月 04日

フェティッシュ

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 中公文庫の鹿島茂3冊、「パリ時間旅行」(99初)「パリ・世紀末パノラマ館」(00初)
「明日は舞踏会」(00初)読了。どれも愉しかった。19世紀パリ・ライフを実感させる
時間装置__バルザック他の小説や資料を引用して__に つい乗り込んでしまう。
バルザックって面白そうとまで思う。パリには もっと行きたくさせる。

 以前読んだ「子供より古書が大事と思いたい」でノートしていた箇所を一部 再録
する。第7章「複製芸術の味わい方」から:
       ・・・つまり、木口木版や銅版、鋼版は、オリジナルに「限りなく
       近い」ことに意味があるのに対し、石版画は、オリジナルと「同じ」
       ことに存在理由をもつ。私は、「限りなく近い」ことには愛着を
       もつが、「同じ」ということに対してはある種の居心地の悪さを
       感じるのである。

 これだけでは 何故そうなるの?と思われそうだが、本もの 対 贋もの ならば
贋ものに惹かれ続けてきたので、なにやら共鳴したのである。
「贋の記憶」という言葉やカポーティ「ダイヤのギター」にちりばめられたガラスに
うっとりされた経験は、おありじゃありませんか?

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by byogakudo | 2005-09-04 15:05 | 読書ノート | Comments(0)


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