猫額洞の日々

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2008年 05月 07日

「荷風と東京 『断腸亭日乗』私註」1/3ほど

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 荷風がよく使っていた山形ホテル。偏奇館の向かいの崖上に
あるプチ・ホテルだそうだが、外観の写真だけでなく、内部の
写真は残っていないだろうか。ぜひ見てみたい。

 役者・山形勲の父親が建てた外国人向けホテルで、二階建て、
20~30室、バーや食堂もある。大正6年(1917年)開業、本郷
菊富士ホテル(大正3年=1914年開業)とほぼ同時期であるが、
小規模のせいか記録に残っていないらしい。「建築写真類聚」
なんぞにもないかしら?

 話がそれるが、買いそびれた病院新築記念写真のことが
また口惜しく思い出される。
 B5、A4だったか、モノクローム大判写真で、カメラを引いて
横長の2階建て病院全体が映っていた。
 田んぼ道の両側から人力車に乗った男性(院長であろうか)や
エントランスの上がバルコニーになっていて、そこに柱像の
ように制服・制帽姿の看護婦がふたり(?)立っていた。シュル
レアリスム・フォトと見まがう写真だったのに、破れ目が
あって1000円かと、パスしてしまった。後悔している。
 たしか佐賀の病院と説明されていた。今はもう市街地だろうが、
畑や田んぼの真ん中に忽然と建つ趣きが面白かった。

 また荷風に戻る。小学生のころ荷風を目撃していた山形勲曰く
< 「あの時代、泊り客でもないのに、毎日のように食堂に来て、
 きちんと西洋式にナイフとフォークを使って食事をしていた
 日本人は、荷風先生くらいでしょう。[以下略]」>(p138)

 今でこそ、ホテルは泊るだけの施設ではなく、お茶を飲んだり、
日常的に誰でも使っているが、独身者の生活に便利だからと、食堂・
喫茶店として使っていた荷風のモダニスト振りは、やはり人目を
引いたことだろう。

 読み進むにつれ、ますます、近代日本に初めて現れた「個人」が
荷風である、と言いたくなる。たんにわがままに生きるのではなく、
個人が個人として生きることを自覚的に実践した初めてのひと、
だと思う。
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by byogakudo | 2008-05-07 15:21 | 読書ノート | Comments(0)


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