猫額洞の日々

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2008年 05月 10日

森茉莉付近(20)/旧前田侯爵邸/(4)川本三郎「荷風と東京」まだまだ

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~5月8日より続く


 川本三郎「荷風と東京 『断腸亭日乗』私註」から森志げの語る
偏奇館の印象。

< [略]森鴎外の娘の小堀杏奴は、随筆「火吹竹」(「図書」昭和
 三十七年十二月号)のなかで、大正十一年に鴎外が亡くなったあと
 母親(鴎外夫人志げ)が、偏奇館に荷風を訪ねたときのこんな言葉を
 紹介している。
  「荷風先生という方はとても変った方だよ。立派なお邸に住って
  いらしって、優しく、丁寧なものごしの方だけど、その御家の
  荒れていること、雑草がもう背より高く茂ってて、まるでお化け
  屋敷のようだったよ」>(p129)

 荷風は日記にしばしば庭掃除のはなしを書く。「おもかげ」には
生垣に立てかけた庭箒とちり取の写真まで載せている。
 にも拘らず、偏奇館を訪れたひとの印象は、

< 「[略]写真で見馴れた洋風木造の二階建ては、緑のペンキで
  塗られてゐたのだろうか、もう色は全く褪せ、ところどころ
  剥げ落ちてゐた。窓に下ろされたカーテンも、何色であつたのか
  解らぬほどに、古びて傷んだまま悄然と垂れてゐた。それは
  触れればそのままほどけてしまひさうに見えた。[以下略]」>
(p524 結城信一『作家のいろいろ』より)

< 「[略]玻璃窓越しにうかがはれる薄鼠いろのカーテンの寸裂
  寸裂(ずたずた)に引き裂かれてゐるのは西日の烈しく照付ける
  ためであろうが、私には何やらむ米國小説家ポーがアッシャ家の
  光景宛らですさまじかつた。板戸の透きから覗見すると、異人館の
  前庭は芝生で、紅百合一つ、さびしく色褪せてちりかけてゐた。
  [以下略]」(p525 正岡容『荷風前夜』より)

 みんな一様に、荒れ果てた庭と建物の印象を持っている。
 川本三郎は、荷風が好きなのは、庭掃除そのものではなく「掃庭」と
いう言葉__江戸文化につながる行為を示す言葉__ではないかと
述べる。この観念性は森茉莉の「贅沢貧乏」にも通じていないだろうか。
 まあそれが作家、かもしれない。

5月12日に続く~
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by byogakudo | 2008-05-10 15:29 | 森茉莉 | Comments(0)


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