猫額洞の日々

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2008年 06月 21日

「グラディーヴァ/妄想と夢」途中

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 まずは新着欄です。よろしく。
 新着欄

 「グラディーヴァ/妄想と夢」(イェンゼン/フロイト 作品社
96初帯)の小説部分だけ読了。笑いながら読んでもいい箇所と、
そうではない箇所とが渾然一体している小説だ。

 ビーダーマイヤーのウィーンを描く場面は、作者も喜劇として
書いている。困るのは、主人公、ノルベルト・ハーノルトの
夢や連想(妄想)が、それらの喜劇的因子と分ちがたく連なって
描かれているからだ。作者の自己批評というべきなのか。

 グラディーヴァと呼ぶレリーフの女性像は、ポンペイの大噴火で
死んだ美女に違いないと、ノルベルトの連想はジャンプする。
そして訪れたポンペイでまさに夢の女に出遭うのだが、彼女の出自は
といえば、「ガール・ネクスト・ドア」である。悲喜劇極まりない。

 グラディーヴァことツォーエ(英語ではZoe)は、廃墟の階段に
腰を下ろし、足首や脚を充分にノルベルトの目に触れさせながら、
彼の現実認識の誤りを糾弾する。
 「あたしたち、幼なじみなのよ、解らないの?」

 これを読んだおかげで、長年の疑問が解けた。シュルレアリストの
ミューズ、ガラやロベルトはグラディーヴァなのだ。
 ヨーロッパのインテリはおっかない女教師風の女性に、母性を
感じているのだろうかと不思議でならなかったが、そうではない。

 グラディーヴァは神の死後、父なきキリスト教世界に孤児として
生まれた男たちの父であり母である。彼女の(実務)能力によって、
ひ弱な男たちは地上の重力を実感し、創造行為の場を得ることが
できる。それ故のミューズなのだ。 
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by byogakudo | 2008-06-21 12:32 | 読書ノート | Comments(0)


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