猫額洞の日々

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2008年 06月 25日

「重罪裁判所のメグレ」「メグレと政府高官」読了

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 シリーズ番号でいくと「重罪裁判所」は17、「政府高官」は16
であるが、メグレ警視が政治がらみの事件に係るなんてピンと
来ない。後回しにしようと、なったのだが、メグレ・シリーズは
政界がらみでもやっぱり、あくまでもメグレ警視らしい話になる。

 だがその前に、「重罪裁判所のメグレ」(ジョルジュ・シムノン
メグレ警視シリーズ17 河出書房新社 77初帯 VJ)。ベッドの下の
居候は、シリアスな物語の息抜きとして用いられただけだった。

 主眼は裁判制度の問題点。
 メグレは取調べの際、容疑者の人間そのものを理解することで
犯罪を解明しようと努める。
 ところが、起訴され裁判に移されると、そこでは人間が起した
できごとではなく、すべてが犯罪行為のデータとして処理され、
メグレが係ったできごととは変質してしまう。
 メグレは、異なるコードでの言語展開ゲームの場に、証言者と
して立ち会わねばならない。そこでいつも感じる違和感・焦燥感が
描かれる。

 そういえば、裁判員制度はほんとに実行されるのかしら。自分の
意見を述べて討論する習性のない、和を乱さないのが美点とされる
日本国において裁判員制度を実行するなんて、無茶に思えるが。
 民間人の裁判員に、裁判官の分まで連帯責任を担わせ、判事の
責任を軽くさせてやるってだけではないか。「一億総懺悔」の
伝統復活ですか?

 「メグレと政府高官」(ジョルジュ・シムノン メグレ警視
シリーズ16 河出書房新社 77初帯 VJ)は、シリーズに不似合いな
政府高官をメグレと同じような出身者として設定して__メグレは
彼に兄弟とまではいかなくとも従兄にも似た印象を抱く__、読者を
物語の中に誘う。地味で篤実な政治家がスキャンダルのスケープ
ゴウトにされかけるのを、メグレがなんとか防いでやる。
 ただ読者としてはやっぱり、市井の普通の人々が犯してしまった
事件の方が感情移入しやすいので、これは仕方ない。

 また話が逸れる。何か事件が起きてTVインタヴューされて答える
ひとの殆どが、被害者側の立場に立った答え方をしているが、
自分が加害者になる可能性を考えたことはないのかと、不思議に
思う。
 これは想像力の欠如ではなく、自分の人格や思想の堅固さに
自信があるから、ということだろうか。ほんとに本気で?
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by byogakudo | 2008-06-25 13:28 | 読書ノート | Comments(2)
Commented by mj at 2008-06-25 22:33 x
裁判員制度はおそろしいですね。
裁判官や検察官や医師や弁護士は、切り刻まれた被害者の遺体に対応できる教育と意志をもって職業に就いているとおもうのですけれど、我々しろうとには無理です。死刑判決に加担するのも、PTSD必至。しかも、召集がかかったら裁判が終わるまで出席しなきゃいけないのはどうなんだろう。仕事の補償はしてくれるのだろうか?どうも見切り発車感が否めないです。
加害者になる可能性ですが「ひとを殺したいほど憎んでも、殺人を実行できるかできないかは、そのひとの素質」というような、どなたかのブログのうろ覚えです。妙に納得した次第です。

世間話はお店にうかがってするべきでした。
Commented by byogakudo at 2008-06-26 18:50
高村薫も似たような意見でした。訓練されていない人々に、省略形の情報を与えて判断させることへの不安を語っていました。普通のひとの判断力を用いるなら、たとえば公害訴訟を担当させた方がよほど民意に添った判決になるだろうに、そこは相変わらず国家権力側に受け持たせるのはなぜか、と。
世間話ではないですよ、ちっとも。


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