猫額洞の日々

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2008年 07月 05日

井田真木子「フォーカスな人たち」読了

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 昨日はほんとに熱中症だったかもしれない。ブログを書き、メール
チェックして、ブログ非公開のまま戻ってしまった。今朝見て驚く。
どうか、本格的なボケの始まりではありませんよう。もう少しの間、
古本屋でいたいのです。

 というところで、今週の新着欄です。よろしく。
 新着欄

 なお、今日の写真は昨日の高円寺フォト。由緒正しく、密やかに
うつくしい、木造モルタル・アパートメントだった。新建材の
悲惨さから、わたしたちはもう逃れる術がないのだろうか。
中央郵便局は、あのままの形態を保って使い続けることは不可能
なのだろうか。貧乏国で「美しい町」を望むことが、そもそも
非国民的行為にあたるのか。オリンピック誘致に皇太子を先頭に
立たせたいと望むのは、明らかに政教分離の原則に違反する行為
であるが、都知事が発言すれば、それは愛国的行為として賞讃さる
べき事柄になるのか。

 名前だけ聞いていた井田真木子「フォーカスなひとたち」(新潮文庫
01初)を読む。1956年生まれ、2001年に急逝。ナンシー関も彼女も
早く逝く。

 バブル経済頃の日本を、ある角度で代表する五人の人たちについての
レポート集だ。五人とは、黒木香・村西とおる・太地喜和子・尾上縫・
細川護煕。
< 取材については、彼ら五人については通常行なわれるような
 方法をとった。そして、"彼らに似た人々"については、少し
 変わった方法をとった。新潮社刊の写真誌「フォーカス」と、
 講談社刊「フライデー」を中心に、創刊から九四年九月時点まで
 通読して、記事中に"彼らに似た人々"を探し、"彼ら"と"彼らに
 似た人々"との関係について考えたのである。>(p14)

 つまり補助線を引き、より立体的にあの頃を描こうとした。クールで
端正な筆致で。ノンフィクションや人物評伝にまま見られる、心悸亢進
振りとはほど遠い冷静さだ。

 単行本 「旬の自画像」(文藝春秋 95年)
 文庫  「フォーカスな人たち」(新潮文庫 01初)
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by byogakudo | 2008-07-05 14:49 | 読書ノート | Comments(0)


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