猫額洞の日々

byogakudo.exblog.jp
ブログトップ
2008年 08月 07日

Ph・K・ディック「暗闇のスキャナー」読了

e0030187_2130182.jpg











 こんばんは。
 はい、今日も店に来てしまったブログ中毒の古本屋・
猫額洞です。他に愉しみはないのだろうか。

 今日も暑さで出そびれる。4時過ぎに部屋を出て、徒歩
30分の義母宅へ。西日に向かって歩くのも、なかなか辛い。
 明日こそは、陽盛りであろうと(やり過ぎない程度に)
出かけなくては、仕事に復帰できなくなりそう。

 Ph・K・ディック「暗闇のスキャナー」(創元SF文庫 99年5刷)
読了。最初から最後まで、ただもう暗い話だった。電波系は
大概、暗いと決まったものであるが。


 昨日書いた「非(ナル)Amazon」の話だが、若いひとには
不思議であろうと、あとで思う。たかだかアマゾンに入って
本を売ることに、なんで誇大妄想的な世界観みたいなものを
持ち出すのか、どこで悩んでるのかがわからない、のでは
ありませんか?

 老人は悩むのです。アナログが思考基準にあるから。
たかが微小な古本屋。でも、自前HPでの通信販売は、
店売りの延長と捉えられるが、アマゾン組の末端として杯を
もらい、ショバ代を払いながら商いをするというのは、なんと
いうか__こういう言葉遣いで考えること自体がそもそも
アナクロな感受性であるけれど__、巨大な経済システムの檻の
中でしか生きられないのかという絶望感を抱かせる。
 アマゾン組の古本部門・在庫管理業者の一員でしか、もはや
古本屋を続けることはできないのだろうか、と。

 そこで、自分を無理矢理にでも納得させるロジック(!)の
ようなものが必要になるのです。部分と全体との関わりが明瞭に
ならないと、自分の立ち位置もわからない。それが嫌なのです。
 たんに「便利じゃん、使えば?」と、なれないのが老人の弱み。

 神は自分の姿に似せてひとを創ったそうだが、神の住う天国を
願って、ひとが地上に天国を創ろうとすると、いつも似て非なる
地獄が出現する。神の猿でしかないひとのやることは、ア・プリオリに
こうなのだろうか。
[PR]

by byogakudo | 2008-08-07 21:30 | 読書ノート | Comments(0)


<< 夏休み第一部終了      中島らも+Ph・K・ディック >>