2008年 09月 03日

恐れ入谷の田山花袋

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 写真は、そうで有馬の水天宮、有馬小学校。

 いやあ、花袋に難渋。かつての東京の姿を求めて読んでいるのだが、
行く先々に苦しかった少年の日々の田山花袋、「今に偉くなるんだ」と
拳を固める花袋青年が、べっとりとまつわりつく。鬱陶しいったら、
ありゃしない。私小説家って、みんな、こんな風なのだろうか?

 風景を自己憐憫の涙で穢しまくって、何が嬉しいんだろう。むかしの
読者は、作者のナルシシズム過多や感傷性過剰に寛容だったのかしら?
 作者のセンチメンタリズムに共感して読んでいたとしたら、怖い。

 荷風だったらなあ。荷風の足取りに導かれて、寂しい荒川土手に
佇むことができるのに。自己客観視している作家と、野放しナルシシズム・
作家との違いなのか。
 小説を読んでいないけれど、花袋って、どこかいい点があるの?
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by byogakudo | 2008-09-03 13:46 | 読書ノート | Comments(0)


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