2008年 09月 29日

色川武大「寄席放浪記」読了

e0030187_1312685.jpg









click to enlarge.


 知らない名前がずらり出そろい、さしずめ星屑(スターレット)の
墓場あるいは墓標のような1冊だ。
 色川武大がせめて名前を書き残さなかったら、そのまま無名の
芸人たちとひとくくりにされ投げ込まれてしまうような、生き延び方の
下手な、それゆえに愛すべき、しかも困ったひとたちばかりである。

 特に、浅草の芸人たちに、そんなひとが多い。
 ある朝、小学校をサボってランドセルを背負ったまま浅草六区を
うろついていた色川武大少年が見た、朝帰りか徹夜麻雀明けの
ような高屋朗(たかや・ほがら)の印象を、彼はずっと記憶している。

< 歓楽の夜のあとの、というか、おもしろおかしい毎日に澱(おり)の
 ようにたまってくる屈託、というのか、そんな色が表情に出ていて、
 それは与太郎風の顔とあまりにかけはなれて見え、オヤ、と見返った
 憶えがある。>(p198~199)

 いくら幼い頃から落伍者意識が強かったとはいえ、「歓楽のあとの
哀しみ」に同調するランドセル姿の小学生、というのがすごい。
 まあ、子どもは大人が思う以上に、そこらの機微を直接的に理解する
ものではあるけれど。

 対談や鼎談も1冊中に含まれる。台本作家の淀橋太郎との話に出てくる
山茶花究のエピソードを引用する。

色川 あのころ、ぼくは子供だったけど、究さんのところはわりに
接近していた。薬を打っているという噂があって、あるとき、舞台で
究さんがあくびをしたのね。あっ、これはなるほど、何か薬を打って
いるなと思った。[略]何の薬だったのかな。
 淀橋 モルヒネを夜打っていました。あいつは注射が大好きで、
年柄年中もっている。でも、モルヒネをせっかく何年も打っている
くせに、とうとう中毒になり損なっちゃった、ばかな男だね(笑)。
 色川 中毒にならなかったのなら、いいじゃない。
 淀橋 いや、あれは中毒になりたくてしようがなかったの。
変な病的なものが好きなんだ。>(p252)

   (廣済堂文庫 89再)
[PR]

by byogakudo | 2008-09-29 13:01 | 読書ノート | Comments(0)


<< 谷克二「サバンナ」半分だけ      しぐさのうつくしさ >>