猫額洞の日々

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2008年 10月 01日

桂文楽「あばらかべっそん」再読中

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 色川武大「寄席放浪記」に続いて桂文楽「あばらかべっそん」
(旺文社文庫 81重)である。たまたま同時期に手に入っただけ。

 むかし、ちくま文庫版で読んだが、光陰矢の如く、憶えていない
ものだ。もちろん部分的に記憶が甦りもするけれど、ほとんど
新鮮な思いで読んでいる。
 師匠の家に弟子が次々に稽古に来る。
< [略]おもしろいのは師匠のところに座敷で飼っている犬が
 いましたが、この犬に、
  「サー今度はお前の番だぞ」
  というと、その犬が手拭(てぬぐい)をくわえて来てふとんの
 上へチャンと坐る、いかにもはなしかのとこの犬らしくて
 おもしろいじゃありませんか。>(p45~46)

 しかし、こんなに「色ざんげ」というのか「モテたはなし」が
多かったのかしら。記憶しか自分の所有するものはない、と思って
いるのに、これでは、わたしは無一物ってことになる。

 色川武大「寄席放浪記」の「名人文楽」によれば、
< たとえば円生は、芸界の家に生まれ、芸に生きることを当然と
 して育った。円生の芸は、芸の道を本筋として考える人の芸
 だったと思う。文楽や志ん生は、ただの庶民の子で、自分流の
 生き方をつかむまでじたばたし、手探りで芸の道にきた。せんかた
 ないことながらそこがちがう。>(p47)

 落語に関する考察を引用すると、
< 落語はジャズに似ている。特に古典はジャズにおけるスタンダード
 のようなものか。もはや原曲のままでは通用しない。同じ材料から、
 各人各様の命題により、或いは個性により、独特の旋律を生み出す。
 それが、なによりも古典落語というものである。>(p46)
 このあたり、面白かった。
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by byogakudo | 2008-10-01 13:18 | 読書ノート | Comments(0)


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