2008年 11月 16日

加藤周一「雑種文化」読了

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~11月15日より続く


 「松山の印象__民主教育の問題__」は、松山で開かれた
日教組大会の模様のレポートと考察である。

 「民主教育の確立」というテーマでの討議を傍聴して、「民主主義」
の原理だけで教育の問題のすべてを解こうとするのは、無理がある
と、当然の指摘をする。

<教育は人間をつくる仕事である。ところが民主主義は人間活動の
一部を規定する原理であって、全部を規定する原理ではない。民主
主義の規定しない部分の人間活動は、[中略]常識、習慣、倫理、
美学、その他の総じて歴史的な文化といわれるものからひき出される
他はないのである。>(p171~172)

<子供にとって、自主的であることは必要だが、決して充分ではない。
極端ないい方をすれば、自主的であって、無学文盲、愚劣な趣味と
低級な倫理しかもたぬ人間もあり得るのだ。自主的な子供、__を
つくることが教育の充分な目的でないことはあきらかである。>
(p172)

 このところの人間離れした発言をして、テンで恥じない前大臣や自衛隊
幹部及び日本語力のない首相は、この「自主的であって・・・」の民主教育の
産物であろうかと、斜め読みしたくなって来た。

 理想を抱きながら、大局的に相対的にものごとを見極めて進んで行く
必要が書かれた本だ。サブタイトルに「日本の小さな希望」とある。

   (講談社文庫 74初)
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by byogakudo | 2008-11-16 13:21 | 読書ノート | Comments(0)


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