2008年 12月 12日

「花のノートルダム」途中

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 読みながらコクトー「怖るべき子供たち」を思い出す。
同じように壁に<悪漢や、探偵や、アメリカのスター>の
ピンナップが貼られていても__ジュネの登場人物は
殺人者しか貼らないし、家ではなく独房であるが__、
片やプチブル以上の家庭、ジュネの語る人々はそもそも
家がない。この世に存在するための基盤なしに生まれて
来た。

 もしエリザベートとポールが同じ状況にあったら、怖るべき
子供たちは、ジュネの描く人々とそっくり同じ行動をとるに
違いないだろう。ふたり揃って街頭に立つしか、生き延びる
方法はない。

 コクトーを思い出し、「花のノートルダム」を裏版「怖るべき
子供たち」の視点で読み進んでいる。設定だけのことであるが。

 訳者あとがきに、ジュネの終身刑の問題に関する経緯が
紹介されている。

<コクトーとサルトルが中心になって大統領にジュネの
最終的な恩赦を求める。恩赦に賛同したもののなかには
コレット、クローデル、ピカソが、反対した者のなかには
カミュ、アラゴン、エリュアールがいた。>(p391)
 ちゃんと(わざわざ)反対者名を記すところが、意地悪で
すてきだ。

   (ジャン・ジュネ 鈴木創士訳 河出文庫 08初帯)
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by byogakudo | 2008-12-12 17:34 | 読書ノート | Comments(0)


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