2008年 12月 14日

鈴木創士訳「花のノートルダム」読了

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 欧米の文学作品を日本語に移し変えるのは難しい。
長い一文を関係代名詞のない日本語に移調するとき、
いちばん安易な方法は、いくつかの文に分けて訳す
ことであるが、鈴木氏はそれを拒否する。

 たしかに意味は通るし、読みやすく解りやすくなる
__あらゆる豊かな表情をすべてカットした挙句の
解りやすさだ__けれど、文学作品は何が書いて
あるかではなく、いかに書かれてあるかが目的だ。

 鈴木創士訳「花のノートルダム」では、彼の基本
姿勢が貫かれている。原文の一文は日本語訳でも
一文である。従って、いわゆる読みやすさはない。
読者はジュネ=鈴木氏に導かれるまま、言語の迷宮を
さまよい、作品の時空を旅することで作品に参加する。

 裏切りが通貨であるような、ジュネの聖性の王国を
旅するのは楽ではないけれど、読み終えて確実な
何ものかが残る。
 ミルキィ・イソベによる、聖母被昇天図の白い指先と
白い百合のジャケット挿画も的確だった。

   (ジャン・ジュネ 河出文庫 08初帯)
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by byogakudo | 2008-12-14 16:39 | 読書ノート | Comments(0)


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