猫額洞の日々

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2008年 12月 27日

ピーター・ディキンスン「生ける屍」読了

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 今年最後の新着欄をどうぞ。
 新着欄

 年末年始の営業をお知らせします。
 2008年の営業は、12月30日(火曜日)まで。
 2009年度は、1月6日(火曜日)から始めます。
 よろしくお願い申上げます。

 さて、「生ける屍」(ピーター・ディキンスン サンリオSF文庫 81初)を
昨夜、読み終える。地味で面白かった。リゾート地を舞台にしても
バラードではなく、むしろグレアム・グリーン寄り。しかもグリーンの
ギリシア悲劇風の偉きさ、パセティックな響きではなく、どこまでも
地道でしぶといタッチがディキンスンらしい。主人公に英雄的
身振りをさせたがらない。

 クラシック歌手の恋人から、仕事以外の事柄に無反応なあなたは
「生ける屍」みたいなものよ、と指摘されている主人公が、旧家の
一族に支配された島で、政治犯を使って人体実験を行うよう
強制される。断れば殺される。いやいやながら何とか人道的に
ふるまおうとする主人公は、徐々に政治犯の解放に向けて努力する
のだが、決意ではなく徐々にいつのまにか、というところがいい。
ちっとも颯爽としてなくて人間的である。

 後半は、映画でいえば「大脱走」だが、主人公の感受性に即した
描写だから、読者は全くヒロイックな気分にならない。年代物の
蒸気機関車の煤煙に包まれた狭いトンネルの中で、身を縮める
主人公の冒険(?)場面を読みながら、「カタルシス、それは何?」と
問うてみたくなる。

 一種のイニシエーションを経て、主人公は「生ける屍」状態から
回復するが、その前にある後始末シーンがおかしい。独裁者を
倒し軍事政権を樹立しようとする軍人に、アドヴァイスするのである。
 アメリカがカーター政権に変り、軍事独裁国家に批判的になるから、
山岳地帯にいる世捨て人的反体制集団(人体実験に使われかけた
人々)は放っておく方が上手く行くと、アングロサクスン流交渉術を
授ける。
 また軍人に対して、余計なことは言わないから、と約束する。
契約と交渉の場面が、いかにもイギリス的だ。

 こんな感想ではなく、魔術と科学の平行対立状況の話や、
魂と肉体と服との、順列組合せの論理展開シーン__
<魂と服なら幽霊、魂と肉体だけならば野蛮人、服と肉体だけ
ならば屍__いや、屍ならば組合せなくてもひとつだけで屍だ。
服と肉体との組合せは、生ける屍ではないか。>
(p165-166)辺りを紹介すべきなのだろうが。
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by byogakudo | 2008-12-27 13:10 | 読書ノート | Comments(0)


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