猫額洞の日々

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2009年 03月 28日

グレアム・グリーン「現実的感覚」読了

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 今週の新着欄です、よろしく。
 新着欄

 「現実的感覚」(グレアム・グリーン 早川書房 69初帯)には短篇が4作、
収められている。いちばん長い、最初の「庭の下」がいちばん好きだ。
 原作出版当時、グリーンは59歳くらい。そろそろ老いを自覚し、と同時に、
子ども時代の記憶を呼び起こすには、最適の年齢ではないだろうか。

 末期癌を医師に告げられた初老の探検家が、子どもの頃を過ごした
田舎の家を再訪すると、彼が「宝島」に影響されて書いた、13歳のときの
作文が残っていた。「宝島」と、彼が見た夢から書かれた作文である。

 子どもにとっては大きな湖、実際は庭の小さな池の真ん中にある地面の
下で、宝物を発見するという物語であるが、彼がかつて見て未だに忘れられ
ない夢は、こんなものではなかった。初老の男は、一晩がかりで、自分が
憶えている夢の話を書き記す。

 地下洞窟には、自らを劣等種(ローグ)と称するかたわの老夫婦が住んでいる。
妙に哲学的な語り口の老人と、口蓋のない老婆との間に生まれた娘の写真を
見せられると、途方もなく美女である。

< 「おまえは、マリアとわしのような者からどうしてあのような美しい娘が生まれた
 のかふしぎに思っているんだろう。そもそも美というものについて誤った考えを
 持っているから、そういうことがふしぎに思えるのだ。よいか、美は美から生まれる
 ものではない。美(ビューティ)から生まれてくるものといったら、せいぜいきれい
 (プリティネス)ぐらいなものさ。地上の世界を見てごらん、当人が美しく、その娘が
 きれいだなんていう女が、いったいどれだけいると思う? 美はたえず減り、衰えて
 ゆく一方だ。まさに収穫逓減の法則というやつさ。だんだん減っていってついに
 ゼロに、つまり醜さの極限に達した時、はじめてそこでふたたび自由となり独立する
 チャンスが生じる。[以下略]」>(p73~74)

 彼は子どもの頃の夢想の実現に、一生を費やしたのだと理解するエンディングが、
しみじみ愛おしい。
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by byogakudo | 2009-03-28 14:00 | 読書ノート | Comments(0)


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