猫額洞の日々

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2015年 09月 04日 ( 1 )


2015年 09月 04日

森茉莉付近 (24)追記/ロジェ・グルニエ/山田稔 訳「黒いピエロ」再読・読了

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 10年前、2005年7月15日から7月18日にかけて読んだロジェ・
グルニエ/山田稔 訳「黒いピエロ」を再読して読み終える。

 今週はまだ古本屋に行ってなかった。毎日、本屋に行かなければ調子が
悪くなるほどの中毒ではないが、週に一回くらいは、なんらかの手段で本を
手に入れたいので、昨日は散歩がてら「古本案内処」へ。

 湿気と熱気で具合が悪くなり、雷も鳴り出し、散歩どころではなくなった。
急いで店に入る。2、3人先客あり。夢でも幻想でもなく、平日の昼間に人が
いる古本屋。かつては別に不思議ではなかった光景に感動する暇もなく、
本棚にへばりつく。

 しまったなあ、槙文彦「記憶の形象 都市と建築の間で」(ちくま学芸文庫)
上巻だけがあるかどうか、チェックするのを忘れていた。ヨーゼフ・ロートの
上下巻は、どうするか悩んで棚に戻したので、近々また行くだろうがしかし、
ヨーゼフ・ロート、本当にわたしは読みたいのか、まだ悩む。
 100円単行本棚に、木村毅「逍遥・鷗外・漱石」復刻版があった。かつての
お客さま・F氏にお伝えした方がいいだろうか。

 「黒いピエロ」は前回行ったときに見つけて、そのときはパスしたが、
残ってたら買おうと思っていた。待っていてくれたので、今回は連れ帰る。
やっぱりこれは、好きな本。

 フランスの田舎町に年に一度、11月いっぱい続く縁日のときだけ、やって
くる移動遊園地。メリーゴーラウンドを前にして、中年になった男の回想__
幼稚園の頃からの!__が始まり、最後のシーンもメリーゴーラウンドだ。

 誰もが誰をも知っている、小さな町の下層プチブルに属する主人公は、子ども
のとき、町一番のお金持ちの息子の遊び相手グループに選ばれ、つき合いが続く。
 なんにも変わらないように見える、眠ったような田舎町にも時代の変化が襲う。
彼が生きたのは、スペイン戦争、ナチの支配、戦後。戦乱の絶えない20世紀だ。
 けれども背景の大きな物語は、透明水彩画の色彩が水でぼかされるように遠ざけ
られ、野心を厭う控えめな観察者である主人公が身の回りを見渡す行為としてのみ、
静かに記述されていく。

     (ロジェ・グルニエ/山田稔 訳「黒いピエロ」 みすず書房 1999初 J)

 森茉莉付近 (24)/大岡昇平「成城だより」読了の最後に、山田??の教え子で
いらしたお客さまの話を書いたが、たしか山田??がテクストに選んだのがロジェ・
グルニエの何か、と伺った。(あのときタイトルを書いておけばよかった、もう
思い出せない。)
 「ほとんどの皆さんが、卒業されたらフランス語を使わない仕事に就かれる
でしょうが」という前置きで始まる授業で、年をとった後に、より理解が深まる
ロジェ・グルニエを読む。うつくしい。

 この方とお話したときだったと思う。
 「近ごろの若い人たちの中には、『デモって法律違反でしょ』と言ってる人
があるようで」と申上げたら、
 「デモは基本的人権なのに」と呆れていらした。このときお目にかかった
だけだが、先日の議事堂前で、もしかしてすれ違っていたのかしら。

 「ゴーマニズム宣言」を読んだことがないけれど、小林よしのり×奥田愛基
での小林よしのりの発言__

<『戦争論』刊行当時の状況って、ものすごく左傾化していたんです。
 戦前の日本は100%否定されて、祖父と、子や孫の世代が完全に分断
 されていた。それは間違ってると思って、わしは『戦争論』を描いた。
 『戦争論』を出した後は感謝の手紙が膨大に届いていたんだよ。爺さん
 たちは「やっと子供や孫たちが自分の話を聞いてくれた」「自分たちの
 思いをやっと代弁してくれる人が現われた」と書いてきたし、子供や孫の
 世代からは、「祖父を誤解していた」「もっと話を聞いてみれば良かった」
 と書いてきた。つまり、分断されていた世代を繋いだんだよ。

 確かに、それまで自虐史観一色だったところに『戦争論』が出たことで
 逆バネ効果が働いて、一斉に右傾化していった。加えて、ネットが盛んに
 なったり、日韓ワールドカップ(02年)があったことで、嫌韓感情や反中
 感情がすごい勢いで広がってしまって。さらに、拍車をかけるように『マンガ
 嫌韓流』(山野車輪、05年)まで出てきちゃって、あの本に影響されてしまった
 人間たちがどんどんヘイトスピーチをやるようになって。ただ、そこまでいくと、
 もうわしの感覚とは全然違う。誤読した読者の勝手な暴走。>

 __『戦争論』が雑誌に出た1995年とか単行本化された98年頃が"ものすごく
左傾化"した時代? わたしの記憶では逆なのだけれど。小林よしのり個人の歴史を
修正したいのか、惚けたので wishful thinking で言ってるのか。

[同日追記:
 たとえば1987年に亡くなった磯田光一の「左翼がサヨクになるとき-ある時代の
精神史」は1986年刊である。90年代以前に、左側はすでに十分に相対化されていた
と思う。
 小林よしのりの『戦争論』は、右側へと重心を移した風潮に乗じて、さらに燃料を
投下する行為ではなかったのだろうか。]





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by byogakudo | 2015-09-04 20:12 | 森茉莉 | Comments(0)