猫額洞の日々

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2017年 05月 10日 ( 1 )


2017年 05月 10日

鹿島茂『パリの異邦人』読了

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 < パリというのは、どうやら触媒都市であるらしい。
 [略]
  「パリジャンは変わらない」と「異邦人が異邦人のままでいることを
 許す」という事実のおかげで、異邦人は自らを見つめ、自らを変容させ、
 [略]そこから新しいものを創り出すことができるようになった[略]。
  これぞ、触媒的パラドックスである。
  この意味で、異邦人が大量にパリにやってきて、「モダン」なるものを
 創造した二十世紀前半のパリほど興味深いものはない。>
(p282『あとがき』)

 「遊歩人」連載のコラムを2008年に単行本化(中央公論新社・刊行)。
 文庫化に当り「CREA TRAVELLER」に連載された『パリ、人生の移動
祝祭日』という短いコラム集が加わった。

 20世紀前半、パリに異邦人たちが続々と押し寄せて、モダーニスム都市・
パリが花開く。
 リルケ、ヘミングウェイ、ジョージ・オーウェル、ヨーゼフ・ロート、
ヘンリー・ミラー、と来れば次はアナイス・ニン、エリザベス・ボウエン、
そしてガートルード・スタイン、で終わる。

 最初の方では"明るいパリ・イメージ"と"陰りのあるパリ・イメージ"との
対比で記述されていたが__鹿島茂の用語では「陽パリ」と「陰パリ」。
「ようぱり」「いんぱり」って響きが、どうも気になる。__、ヘンリー・
ミラーとアナイス・ニンの四角関係の話辺りから、俄然、ノッてくる。
 読むこと、読み解くことの快楽が直接にライヴに伝わってきて、次の
エリザベス・ボウエンの項で最高潮に達する。

 エリザベス・ボウエン『パリの家』の分析の、ドライヴ感のすばらしさ。

<どんよりと曇った暗い冬の早朝の、[注:パリの北駅の]陰鬱な雰囲気
 の描写>(p170)に始まり、リュクサンブール公園近くに在るらしい
「パリの家」から発する悪意の感取。そこから小説の深奥部へと、螺旋状
に降りていくような分析・記述。パリには在るのだけれど、パリの描写は
ほとんどされない、「パリの家」という小説。

< 現実的なトポスとのつながりをほとんど排除した上で、人間的な
 「悪」が「家」として、他所から来た少年と少女の前に姿をあらわして
 いくのを描くパリ小説。
  ボウエンは、奇跡に近いこの大胆な賭けに勝ったのである。>(p196)
という結論に至るまでの思考と記述のサスペンスに、読む側もノッちゃう
のである。


     (鹿島茂『パリの異邦人』 中公文庫 2011初 J)




呪 吐爛腐/呪 亜屁沈臓/呪 共謀罪=ネオ治安維持法/

 森友学園や加計学園について聞かれるのがいやで、別口の憲法改正案を
思いついて口に出す、出放題のデタラメ男・安倍晋三、滅びよ。





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by byogakudo | 2017-05-10 22:30 | 読書ノート | Comments(0)