猫額洞の日々

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2017年 09月 01日 ( 1 )


2017年 09月 01日

(1)川本三郎『荷風好日』1/3

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 『第一部 散歩ことはじめ』より__

<身分制度が厳としてあった江戸時代に、大の男が昼間から
 よその町をぶらぶら歩いていたとは考えにくい。[略]
 幸田露伴は随筆『一国の首都』のなかで、江戸時代、散歩は
 「犬川」と蔑視されていたと書いている。「犬川」とは
 「犬の川端歩き」、つまり無用のことの意味である。
  大佛次郎は『散歩』という随筆のなかで、江戸時代には、
 散歩など「はしたないことで、してはならぬ行儀であった」
 と書いている。ぶらぶら歩きなど遊び人か隠居のすることで
 まともな人間のすべきことではない。
 [略]大小を腰にさしている武士は歩くことになじまない。
 町人の家でも勤勉が尊ばれたから用のない外出は戒められた。
 [略]散歩は明治になってからということになる。大佛次郎は
 「散歩は、やはり西洋人が来て教えてくれた」「日本の武士
 で町によくぶらぶら歩きに出たのは、勝海舟である。父親の
 勝小吉が武士でも本所の遊び人だったせいだけでなく、やはり
 外国人の散歩の習慣に習ったのである」としている。
  [略]
  文学作品に登場する散歩者の早い例は森鷗外の『雁』の
 主人公岡田。[略]岡田は本郷台地の下宿屋に住んでいて毎日の
 ように無縁坂を下って、不忍池から上野広小路あたりを散歩
 する。途中、何をするでもない。[略]明治十三年ころの話で、
 鷗外はここですでに「散歩」という言葉を使っている。
  おそらく岡田は、[略]西洋文化としての散歩を受容したの
 だろう。また学生という一種の高等遊民として散歩を楽しむ
 余裕を持てたのだろう。
  [略]
  池波正太郎は『東京の情景』という随筆のなかで「むかしの
 東京・下町に住み暮らしている人びとはよほどのことがない
 かぎり、自分の住む町の外へ出て行かなかった」と書いて
 いる。町人に散歩はなじまない。生活環境的に余裕のある
 山の手の知識人が散歩を楽しむようになる。>(p43-45)

 たしか山田風太郎のエッセイに、戦時中、田舎に疎開した岸田
国士が畦道を散歩していたら、土地の人から非難がましい眼差し
で見られた、とかいう話があった。

 ともあれ、散歩は文明開化の、ハイカラな行為である。近代化
ならびに都市化と切り離せない行為だ。
 小学生の夏休み、夕食を終えると毎晩、祖父と散歩に出た。
彼を思い出すたびに「俺〜は村中で一番」と、漫画の吹き出しの
ように『洒落男』のフレーズが出てくる人だったが、子ども心に、
宵の散歩は祖父の東京時代に身についた習慣だと感じていた。


     (川本三郎『荷風好日』 岩波現代文庫 2007初 帯 J)

9月2日に続く~


 阿佐ヶ谷で用足し、中野にも用事があったので、久しぶりに
ブロードウェイ4F、まんだらけ海馬の108円・均一棚から3冊。
 重盛完途『庭の美しさ』(現代教養文庫)、シーリア・フレム
リン『泣き声は聞こえない』(創元推理文庫)、E・S・ガードナー
『そそっかしい子猫』(HPB)。
 最初の文庫本には、昭和36年9月6日付けの株式会社有隣堂
(横濱市中區伊勢佐木町1丁目22番地)・領収書が挟まっていた。

 用事がメイン、ついでに古本、移動はバスと電車。これは散歩
ではない。





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 上記のPDF





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by byogakudo | 2017-09-01 21:07 | 読書ノート | Comments(0)