猫額洞の日々

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2017年 10月 19日 ( 1 )


2017年 10月 19日

(1)夏堀正元『風来の人 小説・高田保』1/2

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『小説・高田保』であって『評伝・高田保』でないのは、
高田保を中心に据えて、時代とそれを生きた人々を描こう
という意図なのか、と思う。

< 高田が早大英文科に入ったのは、同校をでた従兄の
 すすめもあったが、中学時代の恩師北昤吉(北一輝の実弟)
 が強力に推薦したからだった。北昤吉は、忠君愛国の国家
 主義と立身出世主義とが結びついた明治期教育の推進者で、
 「郷党の興望を担って、大文学者になれ」と高田を励まして、
 送りだしてくれた。>(p35)

 日本の近代を長く通底して流れたのが、"身をたて名をあげ"
というフレーズだ。
 個人はあくまでも出身地の"もの"である。個人が(世間という
名の)社会で成功することは、共同体にとっての成功と同一視
される。"郷党の興望を担って"上京(!)して脱落すれば、共同体
全体の不名誉であろう。そこに"個人"は存在しない。

 ペラゴロ時代の高田保の周囲に登場するのが、辻潤、大杉栄、
竹林無想庵、宇野浩二と芥川龍之介、...。"個人"を生きることを
試みる人々。
 彼らは、鍵のかかる個室がある本郷・菊富士ホテルの居住者と
なるが、日本の近代は関東大震災で、ほぼ息の根を止められる。

<芥川は、「将来に対するぼんやりした不安」のためにみずから
 死を選んだ。高田はその"不安"には、自分もまた感じている
 ような、時代閉塞の状況が影を落していると思い、そのことから
 明治末の「大逆事件」の直後、石川啄木が『時代閉塞の状況を
 排す』[注:1910年]という論文で日本の危険な方向を鋭く批判
 したことを連想した。
  __してみると、日本は明治末といま[注:1923年ころ]とでは
 あまり違っていないわけか。
  高田はばかばかしい気がした。いや、明治末よりいまのほうが、
 時代閉塞の状況はわるくなっているではないか。>
(p85)


     (夏堀正元『風来の人 小説・高田保』
     文春文庫 1985初 帯 J) 

10月20日に続く~
 




 東浩紀は名前しか知らない。彼の、
"2017年秋の総選挙は民主主義を破壊している。「積極的棄権」
の声を集め、民主主義を問い直したい。"
キャンペーンは、
<少し表現を変えました。煽る感じなのをやめました。>そうだ。

 "煽る感じ"の、前の文章は読んでいないが、煽らなければ意味ない
でしょ、こんなにモタついた文体で何を伝えたいのか。
 読んだ人が思わず、よーし、積極的に選挙制度を否定してやるぞと、
心に誓うくらいにアジった挙句、最後に、べつに実際に棄権しろとは
言ってないぜと、断ち切るような切れ味の文章でなくちゃと思うけれど、
それはwebでの炎上状況を知らないから、言える台詞かもしれない。
 ジム・ジョーンズ並みの説得力はないのか、と思うが、東浩紀の芸風
ではないのかな。

呪 亜屁沈臓/呪 汚池腐裏子/呪 共謀罪=ネオ治安維持法/呪 吐爛腐/

 安保関連法(こと戦争法)の本会議投票行動(PDF)東京都の
安保関連法(戦争法)に賛成した議員名


 共謀罪強行成立記念! 安倍政権の暴挙を忘れないために振り返る
「共謀罪トンデモ答弁・暴言録」


 【票を入れるな危険】日本会議所属の都議候補一覧

 小池百合子氏 日本会議“本流”から外れた愛国者

 「共謀罪」法 衆参両院議員の投票行動

 上記のPDF





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by byogakudo | 2017-10-19 21:36 | 読書ノート | Comments(0)