猫額洞の日々

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カテゴリ:読書ノート( 2382 )


2017年 07月 24日

『パノラマニア十蘭』を中断して岡本綺堂『綺堂随筆 江戸っ子の身の上』へ

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 久生十蘭『パノラマニア十蘭』は、あと2篇『重吉漂流紀聞』
『ボニン島物語』を残しているが、夏場に読むには、あまりに
シヴィアでシリアスでヘヴィではないかということで、岡本綺堂
『綺堂随筆 江戸っ子の身の上』を読み始めた。

 むかし(明治や大正)の小説は、いまの作家と比べて、漢字の
使用が多いので、紙面が黒々としている印象がある。いまなら
平仮名で書くような副詞も、たいてい、漢字が使われる。

 そんな中で例外的なのが綺堂だと思ってきた。『半七捕物帳』
で見たのか、正確な記憶ではないが、たとえば"夕方"を"ゆう方"
と、一部仮名書きにするような、紙面に軽さや優しさを与える
書き方を心がけている作家だと思う。

 随筆でもそういった配慮が見られる。「時事新報」、大正15年
(1926年)8月19日から22日にかけて連載された『薬前薬後』の
『雁と蝙蝠』から引用__

< 夏のゆうぐれ、うす暗い家の奥からは蚊やりの煙がほの白く
 流れ出て、家の前には涼み台が持ち出される頃、どこからとも
 知れず、一匹か二匹の小さい蝙蝠が迷って来て、あるいは町を
 横切り、あるいは軒端を伝って飛ぶ。>(p116)

 "ゆうぐれ"、"うす暗い"、"蚊やり"、"ほの白く"と、はかなくうっすら
としたタッチで舞台を整え、小さな黒い蝙蝠の登場する背景をつくる。
 こういう視覚的配慮だと思うのだけれど。

 「新潮」昭和8年(1933年)3月号に書いた『雪の一日』には、
信州の友人から言われて、戯曲ではなく小説を書こうとする経緯
が記される。

<信州にかぎらず、冬の寒い、雪の深い、交通不便の地方に住む
 人々に取って、かれらが炉辺の友となるのものは、戯曲にあらず
 して文芸作品か大衆小説のたぐいであろう。
 [略]
 戯曲には舞台が伴うものであるから、完全なる劇場をも持たない
 地方の人々の多数が、戯曲をよろこばないのは当然のことで、
 単に読むだけに止まるならば、戯曲よりも小説を読むであろう。
 [略]
 普遍的の読み物のたぐいは、場所をかぎらず、時を限らず、人を
 限らず、全国到るところで何人にも自由に読み得られる。
 [略]
 筆を執るものは眼前の華やかな仕事にのみ心を奪われて、東京
 その他の大都会以外にも多数の人々が住んでいることを忘れては
 ならない。>(p75-77)

 綺堂の"読み物"指向もあって、意図的な平仮名の使用になったの
かしら。もちろん、書くもの全部が全部、白っぽい明るい紙面を
目指すのではなく、どんな話であるかによって漢字を多用せざる
を得ないときもあろうし。

 わたしが語彙が少ないのでびっくりするのかもしれないが、
『雁と蝙蝠』中の、

<相馬の古御所の破れた翠簾の外に大きい蝙蝠が飛んでいたなどは、
 確かに一段の鬼気を添えるもので、昔の画家の働きである。>
(p115-116)

の、"昔の画家の働きである"なんて言葉遣いを見ると、こんなときに
"働き"という名詞が使えるのかと驚く。


     (岡本綺堂『綺堂随筆 江戸っ子の身の上』 河出文庫 2003初 J)




呪 亜屁沈臓/呪 共謀罪=ネオ治安維持法/呪 吐爛腐/

<横浜では4月からこの白い服きた日本会議系の団体が
 マナー教室として学校に介入しはじめました。 挨拶は40度
 と子どもに求め命令口調。すぐにでもやめさせたい( ;∀;)>
(7:36 - 2017年7月23日)

 「共謀罪」法施行 警察監視の独立機関が必要 法律家ら提言

 共謀罪強行成立記念! 安倍政権の暴挙を忘れないために振り返る
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by byogakudo | 2017-07-24 16:35 | 読書ノート | Comments(0)
2017年 07月 22日

久生十蘭『パノラマニア十蘭』を読んでいる

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 『パノラマニア十蘭』収録の『巴里の雨』と『風祭り』とは、
『十蘭万華鏡』収録の『川波』を加えて、3篇から成る連作と
いうより、三つのパートで記される一つの変奏曲を構成する。

 そう書きながら、空間現代・ライヴも思い出す。クラシック
だったら変奏曲という手法があるのに、なぜあの場にいて、
それを思い出さなかったのだろう。ジャンル分けの枠組みに
とらわれていたからか?

 音や音楽の世界では当たり前に在る変奏曲という典型が、
小説ではどうも否定的な扱いを受ける。ワンパターンだとか、
同工異曲と誹られがちだ。小説の中の物語部分が、非難の
根拠になるのだろう。
 落語だったら、またあの咄を一席と頼まれるのに、小説
ではマンネリと言われると、たしか荷風も書いてたっけ。

 話を戻して。
 『巴里の雨』は、『サンデー毎日』'49.5新緑号、初出。
 『風祭り』が、『苦楽』'49.6、初出。
 『川波』、『別冊文藝春秋』'56.4、初出。 

 どれも戦前のブルジョアジーに属する男が主人公だ。
 ブルジョアジーは閉鎖系である。財産の拡散を防ぐため、
ブルジョアジー内部での婚姻しか認められない。
 男は大人になった、昔なじみの女に改めて恋をするが、
女はすでに、同じブルジョア階級の男と結婚している。
 女の夫は嫉妬深い。恋する男女は、女の夫に妨害され
ながらも、秘かにヨーロッパに逃れようとするが、第二次
世界大戦の勃発に行く手を妨げられ、悲恋に倒れる。

 『巴里の雨』『風祭り』『川波』は、このモチーフでの展開だ。
"変奏"曲なので、各短篇の見せる表情、ニュアンスがちがう。

 『巴里の雨』にはスパイ小説めいた味つけが施される。

 『風祭り』は、タイトル通り、
<げにわれは うらぶれて ここかしこ さだめなくとび散らふ
 落葉かな、というなにやらの詩人の詩は、豊川[注:主人公]
 の身の上をうたったのではなかろうかというようないわれの
 ない思いに誘われた。>(p69)
わびしさが溢れるが、語り手は物語の外に位置する。

 『川波』は、最後にヒロインの側の描写があるのが前の2篇と
異なる。

 恋するふたりは、女の夫の目と耳をはばかる。離婚スキャンダル
も(階級的に)避けなければ成らない。
 恋人たちは、彼なら/彼女なら、こう動くはずだと類推しながら、
落ち合おうとする。相手の考えることと自分の思考が一体になった、
オカルティズムや夢の中にも近い状況を生きる。

 恋することで、彼らは世俗の囲いであるブルジョアジーの外に出る。
それは酸素ボンベなしに大気圏外に出るに等しい行為なので、死が
彼らを待つのは当然のことだけれども、彼らはたしかに飛翔し、死者
の視線で世界を見わたす資格を得たのである。


     (久生十蘭『パノラマニア十蘭』 河出文庫 2011初 J)
 



呪 亜屁沈臓/呪 共謀罪=ネオ治安維持法/呪 吐爛腐/

<強烈な稲田朋美ブーメラン
「笑わせないでくださいよ。国民目線というのであれば、
 素人を防衛大臣にしないでほしいというのが国民目線
 ですよ。部下に責任を取らせてご自分は保身を図る、
 それが政治主導ですか。政治主導というのは政治家が
 責任を取ることですよ。…」(報道ステーション)>
(6:24 - 2017年7月21日)
__稲田朋美は都合が悪くなると、表情を固めて非力な
女っぷりを見せる。

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by byogakudo | 2017-07-22 20:45 | 読書ノート | Comments(0)
2017年 07月 19日

(2)フエンテス/木村榮一 訳『フエンテス短篇集 アウラ・純な魂』もう少し

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~7月18日より続く

 最後の『アウラ』を残すところまで来たが、再読しようか
どうか迷う。(ひと息つこうと、昨夜は『パノラマニア十蘭』
を手にした。)

 『ヴェニスに死す』を思い出すフエンテス『最後の恋』は、富豪
の老人のモノローグで綴られる。彼はお金で若い女性を一夏、買った
のだが、彼女は買われながらも、あっさり彼を裏切っている。

<どれもこれも同じなのに、ひとつひとつが異なっている、一見した
 ところ実体がないように思える波が、高くうねっては崩れ、死んでは
 ふたたび蘇るという運動をたえず繰り返していた。それは時間の外に
 存在するどれも同じ形をした波、自身を映す鏡、始源の波、失われた
 千年王国、来るべき千年王国を映しだす鏡にほかならなかった。
 [略]
 何を選びとればいいのだ。自分の意志ではどうにもならない必然が
 集まって偶然が生まれてくるが、その偶然をどうやって避ければいい
 のだ。>(p72)

 最後の段落は冒頭と同じく、浴室である。メディシン・キャビネットに
入っている品々が列記される。老いた彼と若い愛人が毎日を過ごすのに、
全部で25種類の雑多な品物が要る。
 たった一夏の関係であっても、日々の生活はあきれるほどの細部に
支えられて在る、という客観描写で念を押した後、

<鏡の向こうで顔をしかめているのはまぎれもなく自分だった。>
(p80)と、物語はリアリスムに徹して(無慈悲に)終る。


     (フエンテス/木村榮一 訳『フエンテス短篇集 アウラ・純な魂』
     岩波文庫 2001年第2刷 J)




呪 亜屁沈臓/呪 共謀罪=ネオ治安維持法/呪 吐爛腐/

<尊敬する祖父がこういう人物であったことを安倍首相は
 どう考えているんだろう? 「戦犯(容疑者)だった岸氏は
 50年代半ば、大使館のわれわれによって傘下に収まった。
 その後(自民)党総裁になり、信頼に足る忠実な協力者と
 なった」(かつて極東担当の国務次官補だったグラハム・
 パーソンズ氏)>
(4:09 - 2017年7月17日)

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by byogakudo | 2017-07-19 20:41 | 読書ノート | Comments(0)
2017年 07月 18日

(1)フエンテス/木村榮一 訳『フエンテス短篇集 アウラ・純な魂』再読中

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 以前書いた記事を探したら、2008年9月9日だった。
そんなに、むかし。

 『チャック・モール』から引用__

<束の間空中を漂う葉巻の煙、サーカスの歪んだ鏡に映る
 化け物じみた姿、こうしたものも現実なのだ。とすれば、
 すべての死者、目の前にいる人たち、忘れ去られた人びと、
 彼らもまたひとり残らず現実の存在ではなかろうか......。
 ある男が夢の中で楽園を通り過ぎる。その時に、楽園を訪れた
 証に一輪の花をもらうが、夢から覚めると、手にその花を握り
 しめている......。これをいったいどう解釈すればいいのだろう
 ......。ある日、現実が、頭はあそこ、尻尾はここというように
 粉々に砕け散ってしまった。僕たちはその巨大な全体の散乱
 した一部分しか認識することができないのだ。現実とは何もの
 にも縛られることのない空想上の大洋で、それを巻貝の中に
 閉じこめてはじめて現実として認められるようになる。>
(p18-19)

 『チャック・モール』の登場人物は、語り手と、アカプルコで溺死
した話者の友人・フィリベルト(話者と同じく役人)、フィリベルトが
手にいれたチャック・モールの石像(徐々に人間化する)の三人だが、
フィリベルトとチャック・モールの二人だけでは成立しないかと、むだ
なことを考えてみる。

 フィリベルトの遺体を引き取りに行った話者が、彼のノートを
見つけて、それを紹介する形で物語が進行する。話者がときおり
註釈を入れて、フィリベルトが少しずつ人格崩壊していく様子が
わかるが、これは見出された手記として直接に記述されたとしても、
可能である。

 けれども、フィリベルトとチャック・モールだけでは、読み手の
可視域がせまくなるだろう。語り手は読者と同じように、フィリ
ベルトやチャック・モールの世界から遠い。その遠さから語られる
ことによって、読者は物語を読み取るのに十分な距離をもつ。
 近過ぎず、遠過ぎず、正確な焦点距離。

 それに、語り手がいなければ、読者はフィリベルトの遺体とともに
元・フィリベルトの家を訪れることができないだろう。
 ドアの内側に立つ、

<ガウンを羽織り、マフラーをした黄色いインディオ
 [略]
 安物のローションの匂いがぷんぷんし、皺を隠そうとしているのか、
 顔におしろいをはたき、口紅は唇から大きくはみ出し、髪の毛は
 染めているよう>(p27)な、

生けるチャック・モールに直面する事態は起こり得ないだろう。

 チャック・モールの石像は最初、フィリベルトの家の地下室に
置かれた。そこに今度はフィリベルトの棺が置かれる。語り手も
また、フィリベルトと同じように雨の神、チャック・モールに仕える
生贄になるのではないか。
 そうして読者もまた、フィリベルトや語り手と同じ位置、ヨーロッパ
文明に滅ぼされたマヤ文明の神に復讐される立場にいるのでは
ないか、と気づくことになる。


     (フエンテス/木村榮一 訳『フエンテス短篇集 アウラ・純な魂』
     岩波文庫 2001年第2刷 J)

7月19日に続く~




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by byogakudo | 2017-07-18 21:14 | 読書ノート | Comments(0)
2017年 07月 17日

クリスチアナ・ブランド/三戸森毅 訳『切られた首』読了

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 アイリス・マードックにも同じ日本語タイトルの小説がある
(読んでない)けれど、原題は何というのだろう?__検索
すると、"A Severed Head"(1961年刊)。
 ブランドのミステリの方は、"Heads You Lose"(1941年刊)。

 英語知らずだからそう感じるのかもしれないが、a severed と、
head を修飾する言葉を最初に持ってくるのは日本語頭でも理解
しやすいが、head を先頭にして後から you lose と説明するのは、
英語だなあと思う(漢文が得意だったら、不思議ではなかった?)。
 しかも、you lost と過去形ではなく、you lose と現在形。読み終
わって改めてタイトルを考えると、そうか、現在形なのはそういう
ことかと、英語知らずなりに理解する。

 クリスチアナ・ブランドの第二作らしいが、なんとなく、もたついて
いるように感じるのは、原作がそうなのか、翻訳でそうなってるのか。
 『はなれわざ』とか、後年の流麗な作を最初に読んでいるので、
もたつき感を感じてしまうのだろうか? (そもそもわたしは、第一作
『ハイヒールの死』(1941年刊)を読んでいたか?)

 第二次大戦中のイギリス、田園地帯での物語。登場するのは上流
階級の人々。村で死体が見つかり夜中に起こされる度に、すわ空襲か
と驚くギャグがある。
 仮説を立てては"どんでん返し"が続く最終部なぞ、もっと緊迫感を
感じてもよさそうなのに、早く終らないかなと思ってしまうのは、
恩知らずというものであろう。


     (クリスチアナ・ブランド/三戸森毅 訳『切られた首』
     HPB 1991年3版 奥付に「リサイクル資料 練馬区立
     図書館」の赤いスタンプ)

 
 

呪 亜屁沈臓/呪 共謀罪=ネオ治安維持法/呪 吐爛腐/

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by byogakudo | 2017-07-17 16:07 | 読書ノート | Comments(0)
2017年 07月 15日

(3)久生十蘭『十蘭万華鏡』読了