猫額洞の日々

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カテゴリ:読書ノート( 2423 )


2017年 09月 09日

E・S・ガードナー/砧一郎 訳『そそっかしい子猫』読了

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 1942年の原作刊行なので、戦時下らしい設定がされている。

 事件に巻きこまれる若い娘には、従軍している恋人がいる。彼女は
口うるさい裕福な伯母に養われているが、せっかく誰もいない夜なのに、
訪ねてきた彼ときたら、

<「ぼくの前途に、なにが待つているか、それはぼくにもわからない。
 君にだつてわからない。敵をやつつけるという大変な仕ごとがある。
 それがすんでからでも、世界じゆうのあと片づけをやらなければなら
 ない。そんな時に、男には、たとえ、それが個人としての自分には、
 世界のなによりも大じなことであろうと、いさぎよくあきらめ、忘れ
 ようとつとめなければならないことがあるものだという。[略]」>
(p113上段)

__なんてこと言ってる。日本を討伐しなければならない、という使命感
にかられた青年である。

 また伯母宅には、コモという東洋人のボーイが住みこんでいる。自称・
朝鮮人、ほんとは日本人らしい。

< 「[略]いつも、朝鮮人らしく見せかけているクセに、動作から、顔つき
 から、話しぶりから、日本人そっくりなボーイ[略]」>(p48下段)とは、
若い娘・ヘレンの感想をペリイ・メイスンがデラ・ストリートに伝える言葉
である。

 ヘレンの伯父は長い間、行方不明だったが、ある日、電話がある。仲介者
を通じて、自分に会いにきてくれと言う。ヘレンに付き添って、ペリイとデラ
たちがホテルを訪ねてみると、仲介者の置き手紙がある。ホテルではなく、
ハリウッドの貯水池まで来るように、と書いてある、本文だけでなく署名も
タイプされた手紙である。

 ペリイがデラに示唆する。
< 「ためしに、おじぎをするように頭をさげて、顔にうす笑いをうかべ
 ながら、声を出して読んでごらん。表情を出さずに、なるべく抑揚のない
 声で読んで、どんな感じがするか、やつてみるんだ」
 [略]「あら、これ、日本人が書いたみたい」
  「わざとそう見せかけようとしても、それ以上に日本人らしい手紙を
 書くことはできないだろうね。[略]」>(p55上下段)

__しかし、本文を日本語訳で読んでも、残念ながら当然にも、
日本人らしい英文かどうかは分からないが。

 以前は住込みだった庭師との会話で、ペリイは無口な庭師の口を
開かせようとする。
<「ぼくにしたつて、まわりに、一人でも日本人(ジャツプ)がいて、
 自分が、そいつを、好きでないとしたら__そんな人間と、同じ家
 の中に暮すなど、思つただけでゾッとすることだが......とにかく、
 その日本人に、食事の用意をさせ、給仕をさせるとしたら。ぼくには、
 あの連中を、信用できない」
  「あつしの気もちも、ソックリそれと同じだ。[略]」>(p150上段)

 "日本人"が敵性外国人であり、"日本製品"が如何物を表していた
時代を、ときどき思い出してみるのもいいんじゃないか。近ごろの
北朝鮮叩きを煽るTVニュースなぞを見聞きすると、そう思う。


     (E・S・ガードナー/砧一郎 訳『そそっかしい子猫』
     HPB 1983年7版)





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by byogakudo | 2017-09-09 20:17 | 読書ノート | Comments(0)
2017年 09月 07日

シーリア・フレムリン/直良和美 訳『泣き声は聞こえない』読了

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 イギリスでの原作刊行は1980年。

 思いがけない妊娠をしてしまった14歳の少女・ミランダが家出する。
家出の理由が、大人は分かってくれないではなくて、両親ともにリベラル
(父親は労働党の役員か何か)過ぎて却って息が詰まる、というか、まあ、
そんな感じ(ユーマ・サーマンの育った家庭があまりにリベラルなので、
反抗期の自己表現として、チア・リーダーになることしか選択肢がなか
った話も思い出す)。

 リベラリズムが限界に達し、サッチャリズムの時代が始まりつつあるが、
まだ福祉国家の意識の方が強い。そういう時代状況を反映して、家出した
少女を救ってくれるのは、共同生活を実践している若い医学生だ。
<「ぼくといっしょに、先祖代々の古い家に来ないかい? 別名スクワット
 っていうんだけど。[略]」>(p75)

 医学生の行動では、彼も手帖ではなく、封筒にノートする派!だ。
< ポケットから、使用済みの封筒を出すと、連絡をつけられる電話
 番号を、時間帯別に書いてくれた。九時半から十一時:外来、十一時
 から十二時半:解剖室、十二時四十五分から一時半:小食堂、といった
 一日のスケジュールだった。>(p86)

 まだ福祉国家的であるのは、語られるだけで直接には登場しない
(ので、どうも絵空事っぽい印象になる)、少女の兄・サムの生活ぶり
にも窺われる。

 サムはやりたいことが見つからず(見つけたいという欲望も見えない)、
大学も何となく中退して__

<両親の家にいすわることに心底満足しているようで、昼日なかまで
 ベッドにもぐってい、ポピュラーミュージックのレコードをかけ、
 そしてたまたま知りあった女の子と手軽に恋愛をすませるという
 具合だった。
 [略]
 夫妻は、自分で生活をするようにとの最後の望みを託し、家の最上階
 を独立したフラットに改造したが、サムは自分の新しい城に誇りも
 興味も持たず、片付けもそうじもしないで、汚れて荒れるにまかせ、
 [略]
 近所のカバブ[略]ハウスで持ち帰り用の料理を買ってきては、以前と
 同じように両親のテレビの前にいすわって食べるのが好きで[略]>
(p62-63)

__日本での引きこもりとはちがうようだ。引け目を感じないで
いられるので、鬱屈の挙句、家庭内暴力を振るったりはしない。
個人主義的でいられるって、いいじゃないかと、こちら側では思う
けれど。

 "ポピュラーミュージックのレコード"という大まかな言い方を見ると、
シーリア・フレムリンは(クラシックはどうか知らないが)音の知識が
少ないのではないかしら。
 妊娠に気がついた、1980年ころの14歳の少女が、自分の赤ちゃんの
将来を想像するときの描写__

<まさにこの瞬間、ニッカーのウエストゴムのほんの一インチか二インチ
 下では、細胞の最初のかたまりが集まりつつある。シェークスピアを
 読み、ベートーベンやエルヴィス・プレスリーを聞き、「ウェストミン
 スター橋の上で」を暗記するのに備えて。>(p31-32)

__1980年の作品で、ビートルズですらなく、エルヴィス・プレスリー?!
編集者もポップスやロックに疎くて、時代考証が甘くなったのかしら。
 お兄さんのサムが、ヒッチハイクしてインドに行っているという設定も、
歴史物ではない現在時ミステリとしては、やや時代感覚的なズレを感じるが。

 少女期の憧れや期待、自意識の在りようなど、よく出ているけれど、
ミステリとしても風俗小説としても、『夜明け前の時』の方がすばらしい。
 (2016年8月27日/2016年8月29日)


     (シーリア・フレムリン/直良和美 訳『泣き声は聞こえない』
     創元推理文庫 1991初 J)




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by byogakudo | 2017-09-07 16:20 | 読書ノート | Comments(0)
2017年 09月 06日

(3)川本三郎『荷風好日』読了

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~9月2日より続く

 『第三部 時の中で』の『空襲による「恐怖症」』では、戦後の
つまり晩年の荷風の作家としての衰えには、シェルショックが
あったのではないかと推測されている。いま風にいえばPTSDか。


 1945年3月10日、東京大空襲で偏奇館を消失(荷風、65歳)。
同日より、代々木駅西口近くの杵屋五叟の家に寄宿。

 4月15日、菅原明朗と永井智子の住む東中野・国際文化アパート
に引越す。
 5月25日、山の手大空襲により国際文化アパート、消失。避難する
際、1m近いところに直撃弾が落ちる。
 同日、菅原明朗・永井智子と荷風は、杵屋五叟の寄宿先・代々木の
鈴木薬局を訪ねるが、ここでは断られ、駒場の宅孝二の家に行く。

 6月2日、菅原明朗・永井智子と荷風は、菅原の故郷、明石市に向かう。
 6月3日、明石の西林寺に落着く。
 6月9日、明石も空襲に遭う。爆心地からは4kmあるが爆風が甚だしい。

 6月12日、菅原明朗の知人が多く、宅孝二も来ている、岡山に疎開。
宅孝二の知人の家、岡山ホテルの後、弓之町の旅館「松月」に落着く。
 6月29日、菅原明朗・永井智子が留守の真夜中に、岡山の大空襲。
地理がよくわからない中、ひとりで河原に逃げる。

 旅館「松月」が焼けたので、菅原明朗・永井智子・永井荷風は岡山市の
北、空襲の被害のなかった巌井三門町(みかどちょう)の武南(たけなみ)家
に寄宿。ここでの荷風は、明らかにシェルショック状態だ。
 永井智子の手紙によれば、
< 「[略]あのまめだつた方が横のものを建[ママ]にもなさることなく 
  まるで子供の様に わからなくなつてしまひ、私達の一人が昼間
 一寸用事で出かけることがあつても、「困るから出ないでくれ」と
 云はれるし [略]>(p182)

 どんなに散歩で脚を鍛えてあろうと、いまから72年前の65歳(年末
には66歳になる)は、十分に老人だ。逃げる先々で、荷風を待っていた
かのように空襲がある。おかしくもなるだろう。

 まだ地方に疎開する前、駒場の宅孝二の家に住まわせてもらっている
ころの記述に差し挟まれる一節__

<荷風の愛読者である安岡章太郎によれば、当時、焼け出された被災者は、
 無事だった人間から見ると災いをもたらす者のように思われて、肩身の
 狭い思いをしていたという。>(p177-178)


 やっと戦争が終わり、生まれて初めて、自分の書く原稿料だけで
生活費を稼ぎ出さなくてはならない、荷風の戦後が始まる。65歳に
して、初めての自活だ。
 

     (川本三郎『荷風好日』 岩波現代文庫 2007初 帯 J)


 以前、単行本で川本三郎の荷風関連本を読んだのにタイトルが
思い出せなかったが、検索して発見。
 「荷風と東京『断腸亭日乗』私註」(都市出版)だった。
 
 (2008年5月6日)
 (2008年5月7日)
 (2008年5月8日)
 (2008年5月10日)
 (2008年5月12日)




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 共謀罪強行成立記念! 安倍政権の暴挙を忘れないために振り返る
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