猫額洞の日々

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カテゴリ:読書ノート( 2396 )


2017年 06月 29日

(3)山口由美『箱根富士屋ホテル物語』もう少し

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~6月28日より続く

 "ノンフィクション"と呼ばれる評伝の書き手には、対象との
微妙な距離が必要だ。つかず離れず・遠慮せず。
 可能な限りの資料を集め、精査しても、それで"書ける"わけ
ではない。人物評伝なら、対象が存命かどうか。遺族や関係者
の生死。それらはやはり書き方に影響する。
 微妙というより絶妙な距離感覚を保ち続けられるかで、仕上がり
が決まるだろう。

 日本のホテルは、明治維新以後、外国人のための宿泊施設として
始まったが、ホテルという施設は、建物(ハード)に経営者の個性
の息(ソフト)が吹き込まれなくては動き出さない。

 箱根富士屋ホテルの初代・山口仙之助は、開化(1860年頃)の
横浜の遊廓、「神風(じんぷう)楼」の養子であった。この話は
ホテルの正史『富士屋ホテル八十年史』ではタブーである。敢えて
書けるのは、著者が直接の血のつながりはないが、仙之助の子孫で
あること(タブーにも遠慮せずに踏み込みやすい立場)と、100年
以上前の話であること、そして富士屋ホテルが、もはや創業家の手
を離れた存在である、からだ。
 絶妙な距離からのレポートである。

 二代目、山口正造。わたしにとっては、"We Japanese" の山口
正造。日光・金谷ホテルの創業者の次男が、山口仙之助の長女の婿
養子になり、二代目として腕をふるう。

 しかし今の時代、"婿養子"って、どの程度、理解されるのだろう?
核家族で育ち、周りも同じように両親+子どもの家庭しか見当らない。
わかるだろうか、"婿養子"?
 日本の職業の歴史では"家業を継ぐ"形態の方が長い。家業を伝えて
ゆくにはその業にふさわしい子孫が必要で、遺伝子継承者である息子が
ふさわしいとは限らない。不適格なら婿養子を取る。それなりに合理性
のあるシステムだが、"家業"から"会社組織"へと資本主義的発展をした
時代、核家族化した時代とは、ずれが生じる。


     (山口由美『箱根富士屋ホテル物語』
     小学館文庫 2015初 帯 J)

6月30日に続く~ 
 
 

呪 亜屁沈臓/呪 共謀罪=ネオ治安維持法/呪 吐爛腐/

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by byogakudo | 2017-06-29 21:56 | 読書ノート | Comments(0)
2017年 06月 28日

(2)山口由美『箱根富士屋ホテル物語』半分弱

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~6月27日より続く

 以前(2015年1月31日)読んだ『クラシックホテルが語る昭和史』
はクラシックホテルを舞台にした"昭和史"だが、こちらはホテル本体
の歴史だ。

 日本の評伝はどうも遠慮しいしい書かれているのが多い、という
ようなことを読んだはずだけど、どこで読んだのだったか。
 ドナルド・キーン『私の好きな場所』だ!

< 伝記は、文学でありながら歴史でもあります。或いは歴史であり
 ながら文学でもあるというべきかも知れません。もともと原始的な
 伝記には、大体死んだ人の評価が出ています。
 [略]
  中国やヨーロッパには古代から伝記がありました。
 [略]
 『平家物語』を平清盛の伝記として読めないこともありませんが、
 [略][注:清盛の]肖像画というより漫画に近いものです。
 [略]
 今でも伝記らしい伝記は、日本では不思議に少ないのです。本屋で
 伝記のコーナーがあったら、大抵どこそこ株式会社の社長についての
 伝記です。>(p123-125『II 文学と歴史の境界線を越えて』)

 遺族や関係者に忖度する(?)気配が小野幸恵「焼け跡の『白鳥の湖』」
にも感じられたのを思い出す。

 『箱根富士屋ホテル物語』の良さは、著者が血縁の関係者であることが
有利に働いた例であろう。曾祖父・山口仙之助の過去について、いわば
身内だから踏み込める考察を行なう。

 『富士屋ホテル八十年史』には、山口仙之助がアメリカに行ったとき、
岩倉使節団の一行と同じ船だったという記述がある。NHKの番組『歴史
発見』の「前途洋々・維新留学生岩倉使節団の若者たち」では、
<唯一の平民留学生という扱い>(p18『I 箱根山に王国を築く__
仙之助』)だったと紹介される。

 だがこれには研究者から異論が出る。著者は研究者を訪ね、いろいろ
資料を当ってみた結果、仙之助が岩倉使節団の従者のひとりであること
は証明できない、と結論する。

<しかし、そうだったとしても、私は彼が使節団の存在を意識し、そこに
 加わることを切望していたような気がする。
 [略]
 どこかで使節団同航の留学生と接触し、一緒に写真を撮った仙之助が、
 彼らの立場に自分をだぶらせたとしても納得できる。
 [略]
 岩倉使節団というものが仙之助の青春の原点には存在していた。そして、
 そこから、すべての彼の夢と野望は始まったのに違いない。>
(p29-30『I 箱根山に王国を築く__仙之助』)
 

     (山口由美『箱根富士屋ホテル物語』
     小学館文庫 2015初 帯 J)

6月29日に続く~



呪 亜屁沈臓/呪 共謀罪=ネオ治安維持法/呪 吐爛腐/

 安倍晋三稲田朋美も中学校で、三権分立を習わなかったに
違いない。授業はあったが、理解力・記憶力のない子供だった
ので記憶していないのか。そんな頭で、稲田朋美は弁護士資格
を持つのだ。おぞましい。
 元文科相・下村博文は、加計学園から200万円違法献金の疑い
が露わになった。

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by byogakudo | 2017-06-28 20:01 | 読書ノート | Comments(0)
2017年 06月 27日

(3)松葉一清『集合住宅』から(1)山口由美『箱根富士屋ホテル物語』へ

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 集合住宅の次はホテルだ、というわけではないが、山口由美
『箱根富士屋ホテル物語』を読み始める。

 集合住宅とホテルが、わたしの好きな居住空間だ。共有または
共用する空間が好きなのだろうか? 戸建てに興味がないのは、
いまの戸建て住宅が貧しすぎるからだ。下町の長屋だって庭は
ないが、路地に面した軒先は通る人の目も楽しませる、園芸空間
(共有可)である。住宅地の新建材・戸建てにも多少の植栽は
あるが、まず目に入るのが"自家用"車、というのは寂しくないか。

~6月26日より続く

 昨日、私有の反対が即・共有にはならない、と書いた。もう少し
書きたい。

 ファミリーレストランのメニューに、「シェアしませんか」と謳い
文句付きで、ひとり分ではなく二、三人分のサラダやおつまみが出て
いる。数人で行けば、プラス一品、余計に頼むときもあるだろう
("シェア"ねえ。広告代理店用語の響きがする)。レストラン側の
レシートには、頼んだ料理だけでなく、人数や性別、なども読み
取れるようにしてあるのだろうか。
 近所にはカーシェアリングの駐車場もよく見かける。借りたひとが
どこに行って帰って来たか、データは当然残る。
 スーパーマーケットでもコンヴィニエンスストアでも薬局でも、同じ
一枚のポイントカードが使える。貯まったポイントで支払いもできるが、
何を買ったかが記録される。ビッグデータとして匿名化される前に、
個人の購買履歴として、まず記録される。わたしは商品購買履歴を
企業に売って、ポイントという貨幣に変換し、新たな消費行動に移り...、
ん、消費は労働の一種なの?!

 "共有"が結局、資本の"私有"に帰する。わたしたちは結局、消費者として、
ただのデータとしてしか存在できないのか、という絶望だ。大げさな、って
言われるだろうが。


     (松葉一清『集合住宅__二〇世紀のユートピア』
     ちくま新書 2016初 帯 J)


 箱根富士屋ホテル・創業者一族の末裔、山口由美による
『箱根富士屋ホテル物語』では、外国人専用ホテルだった
頃の滞在客を調べるために、ホテルのレジスターブックを
開く。

<残されたサインを追っていけば、いつ、どんな人が、どこの
 部屋に泊まっていたのかがわかる。何度となく登場している
 サインも多い。
 [略]
 富士屋は[略]外国人にとって、サロンのようなものであった
 らしい。
  そして、その中心的人物がチェンバレンだった。レジスター
 ブックに最も多く登場する名前の一つでもある。>
(P89-90『王堂文庫』『II 箱根山に王国を築く__仙之助』)

 ホテルのレジスターブックもデータ集である。顧客名簿の筆頭項目
である。サブの名簿には顧客それぞれの好みがノートされ、宿泊を
重ねる毎にデータは累積してゆく。後代には、このように資料として
活用される。

 このような小さなデータ集は承認できて__顧客データは良い
サーヴィスに不可欠だ。__、いまの世界的企業による大規模な
データ収集を、あずましくないと感じるのはなぜなのか。
 量が質を変容させる作用に、どうしても納得できない違和感を、
ずっと抱いているからなのか。
 かといって、わたしは"肉親"とか"家族"といった遺伝子ベースの
小単位に深い信頼感なぞ抱けないのだが、ただ広漠たるシーンを
思い浮かべると、とっかかりのない心もとなさに途方に暮れる。


     (山口由美『箱根富士屋ホテル物語』
     小学館文庫 2015初 帯 J)



呪 亜屁沈臓/呪 共謀罪=ネオ治安維持法/呪 吐爛腐/

 共謀罪強行成立記念! 安倍政権の暴挙を忘れないために振り返る
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by byogakudo | 2017-06-27 20:49 | 読書ノート | Comments(0)
2017年 06月 26日

(2)松葉一清『集合住宅__二〇世紀のユートピア』読了

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~6月11日より続く

 資本主義には、その構造上、貧富の差がつきまとう。
 少数の誰かが勝てば、大多数の"敗者"(とまでは行かない
としても、順々に階層差異のある大衆)が出現する。
 貧困層を放っておくと、恨みつらみが重なり、社会不安
が増大する。持てる側も寝覚めが悪いって意識を、クリス
チャンでなくても感じるだろう。もし資本主義社会を維持
してゆきたいのなら、緩和材が必要だ。

 広く見れば、社会保障制度だが、話を住宅に限れば、会社
だったら、たとえば三菱の福利厚生としての軍艦島の労働者
用・集合住宅。フランクフルトやウィーン、アムステルダムの
行政府による低所得者用・集合住宅団地(その影響で作られた
同潤会アパートメント)、キリスト教の慈善意識に発する、
ロスチャイルド財団などのパリ郊外の集合住宅団地等々がある。

 著者はそれらを実地に訪れ、考察する。ヨーロッパで20世紀
初めに構想され、建てられた集合住宅団地(ジードルンク)が
現在も残っているのか、使われているのか。

 ヨーロッパに於いては住み手が変わり、新たな低所得者層で
ある移民たちの住居になったりもしているが、1920-30年代
に作られた集合住宅が現役で使われている。愛されて住まわれ
ている。
 外からやってきた観察者である松葉一清にも住民が誇らしげに、
あそこは見たか、ここは見たか、と聞いてくる。

<街路で囲まれた都市のなかのひとつの区画を「タウンブロック」
 と呼ぶ。そのタウンブロックを複数まとめてひとつの敷地として
 扱うのが「スーパーブロック」である>(p105)
そうだが、この複数ブロックの集合により、中庭が出現する。

 ウィーンの集合住宅団地、「カール・マルクス・ホフ」等を
例に上げて__

<ウィーンにおいて驚くのは、中庭を閉ざしているところはどこ
 にもなかったことだ。パリなどでは昔の写真では解放されていて
 都市の街頭とつながっていたはずの集合住宅の多くがゲートを
 閉め切ってしまっている。物騒な世相だから、無理からぬこと
 なのだが、建築家や設置者である公共体の開かれた都市住居
 という初志は断ち切られつつある。
 [略]
 ドイツの集合住宅の多くは[略]敷地内に園芸や家庭菜園のための
 小土地が住民のために確保されている。[略]住民たちは近隣と
 競い合うように、芝生を植え、子どもの遊具も置いて、賃貸住宅で
 ありながらあたかも「小土地所有者」の感覚を持つことができる。
  一方、ウィーンの住民は、敷地内の屋外空間のほとんどすべてが
 公共として扱われているために、そのような「持てる階級」の幻想
 を初めから抱けないようになっている。
 [略]
 ウィーンの社会民主党市政と建築家たちは、共有空間のスケール
 感を住民全員で共有する、つまり、集住しているがゆえに味わえる
 「スーパーブロック」にこだわったと見なせよう。それはまた集合
 住宅を教材とする、労働者階層の都市居住の「行儀」を啓蒙する
 選択であり、そのことが功を奏した結果を、わたしは実感する。>
(p120-121『第3章 赤いウィーン』)

 居は気を移すってフレーズもある。いまは慣れたが、住宅地の中の
アパートメントに越してきた当初、三階建て・戸建て住宅(1階は必ず
駐車場)が並ぶ近所を歩く度に、プチブル的所有の観念が伝わって
きて居心地悪かった。
 戸建て信仰は、戦後、お金がなかった政府が"持ち家政策"を進めた
せいだろうか。八田利也『現代建築愚作論』(日本のビート文学でも
ある)を買い直して読もうかな。

 それはともかく、YouTubeやTwitterを見ていると"共有する"って、
よく出てくる。資本の支配下で共有させられること、だろうか?
 私有しないことが即、開かれた共有になる訳ではない。

 日本のジードルンク(?)、同潤会アパートメントは使われた素材の
問題や、メインテナンス(本書の表記は"メインテナンス"!)意識の
欠如により、そして日本の土地本位制により(これがいちばんの理由
ではないだろうか?)、すべて壊された。
 日々、廃墟化が進む、生きている廃墟・軍艦島が残った、残っている。

 ジードルンクを訪ねるヨーロッパ・ツアーがあるなら、ぜひ参加したい
と思わせる一冊だ。


     (松葉一清『集合住宅__二〇世紀のユートピア』
     ちくま新書 2016初 帯 J)

6月27日に続く~



呪 吐爛腐/呪 亜屁沈臓/呪 共謀罪=ネオ治安維持法/





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by byogakudo | 2017-06-26 22:56 | 読書ノート | Comments(0)
2017年 06月 23日

(2)ドロシイ・セイヤーズ/松下祥子 訳『箱の中の書類』読了