猫額洞の日々

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カテゴリ:読書ノート( 2423 )


2017年 07月 25日

(2)岡本綺堂『綺堂随筆 江戸っ子の身の上』半分ほど

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~7月24日より続く

 岡本綺堂は漢文と英語で、彼の日本語をつくってきた/
生きたのだろう。

 『半七捕物帳』や『情話』『怪談』などの小説ではあまり
英語のひととは感じなかったが__例外は『三つの声』と
いうタイトルだったか『半七』に入っていた短篇が、英語の
ミステリの翻案かしらと思うくらい、すっきりした本格推理
だった__、随筆では、かなり英文脈のにおいのするものが
見られる。

 初出不明の『正月の思い出』は、明治28年(1895年)の
お正月のできごとが記されているので、それ以降に書かれた
としか分からないが、綺堂の麹町一番町に住む叔父が、明治
27年(1894年)の末、12月30日に死亡した。

 いまでも年末年始は世の中の動きがスローだが、むかしは
全国的・全面的にオフだ。
 死去の知らせをするにも、大晦日に死亡通知の葉書を印刷して
くれる印刷所なぞない。電話は普通の家庭にはまだ存在しない。
特に親しいひとへ電報を打つしかできなかった。

 迎えて元旦。まだ年賀状も存在しないから、直接、新年の挨拶を
述べにくる客毎に、
<「実は......」と打ち明けなければならない。
 祝儀と悔みがごっちゃに>(p42)
なった会話を繰り返す。

 1月2日午前10時、青山墓地で葬儀がある。
<途中葬列を廃さないのがその当時の習慣であるから、
 私たちは番町から青山まで徒歩で送って行く。>(p43)
 近所の人その他、合わせて50〜60人の葬列になった。

 ときはまさに日清戦争の戦捷気分のさなかである。それで
なくてもお正月は、のどかに晴れやか・賑やかなのに、街は
もはや、ドンチャン騒ぎになっている。
 その喧噪・混雑の中を潜りぬけて進む、黒い暗い葬列。

 明暗対比するありさまが交互に、落着いたタッチで述べられるので、
悲しい話なのに、おかしみがこみ上げる。そのまま英訳しても通じる
文体だろう(落語の演じ方でもあるだろうが)。

     (岡本綺堂『綺堂随筆 江戸っ子の身の上』 河出文庫 2003初 J)

7月26日に続く~



<そもそも、とか、まさに、とか、いわば、とか、わけであります、とか、
 本来の使い方を逸脱しすぎていて、しかも文節でないところで切るので、
 日本語の体をなしていない。忍耐をもってようやく聞き取っても、内容は
 空疎、思想は薄弱。その虚しさに疲れる>
(1:41 - 2017年7月24日)

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by byogakudo | 2017-07-25 16:26 | 読書ノート | Comments(0)
2017年 07月 24日

『パノラマニア十蘭』を中断して(1)岡本綺堂『綺堂随筆 江戸っ子の身の上』へ

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 久生十蘭『パノラマニア十蘭』は、あと2篇『重吉漂流紀聞』
『ボニン島物語』を残しているが、夏場に読むには、あまりに
シヴィアでシリアスでヘヴィではないかということで、岡本綺堂
『綺堂随筆 江戸っ子の身の上』を読み始めた。

 むかし(明治や大正)の小説は、いまの作家と比べて、漢字の
使用が多いので、紙面が黒々としている印象がある。いまなら
平仮名で書くような副詞も、たいてい、漢字が使われる。

 そんな中で例外的なのが綺堂だと思ってきた。『半七捕物帳』
で見たのか、正確な記憶ではないが、たとえば"夕方"を"ゆう方"
と、一部仮名書きにするような、紙面に軽さや優しさを与える
書き方を心がけている作家だと思う。

 随筆でもそういった配慮が見られる。「時事新報」、大正15年
(1926年)8月19日から22日にかけて連載された『薬前薬後』の
『雁と蝙蝠』から引用__

< 夏のゆうぐれ、うす暗い家の奥からは蚊やりの煙がほの白く
 流れ出て、家の前には涼み台が持ち出される頃、どこからとも
 知れず、一匹か二匹の小さい蝙蝠が迷って来て、あるいは町を
 横切り、あるいは軒端を伝って飛ぶ。>(p116)

 "ゆうぐれ"、"うす暗い"、"蚊やり"、"ほの白く"と、はかなくうっすら
としたタッチで舞台を整え、小さな黒い蝙蝠の登場する背景をつくる。
 こういう視覚的配慮だと思うのだけれど。

 「新潮」昭和8年(1933年)3月号に書いた『雪の一日』には、
信州の友人から言われて、戯曲ではなく小説を書こうとする経緯
が記される。

<信州にかぎらず、冬の寒い、雪の深い、交通不便の地方に住む
 人々に取って、かれらが炉辺の友となるのものは、戯曲にあらず
 して文芸作品か大衆小説のたぐいであろう。
 [略]
 戯曲には舞台が伴うものであるから、完全なる劇場をも持たない
 地方の人々の多数が、戯曲をよろこばないのは当然のことで、
 単に読むだけに止まるならば、戯曲よりも小説を読むであろう。
 [略]
 普遍的の読み物のたぐいは、場所をかぎらず、時を限らず、人を
 限らず、全国到るところで何人にも自由に読み得られる。
 [略]
 筆を執るものは眼前の華やかな仕事にのみ心を奪われて、東京
 その他の大都会以外にも多数の人々が住んでいることを忘れては
 ならない。>(p75-77)

 綺堂の"読み物"指向もあって、意図的な平仮名の使用になったの
かしら。もちろん、書くもの全部が全部、白っぽい明るい紙面を
目指すのではなく、どんな話であるかによって漢字を多用せざる
を得ないときもあろうし。

 わたしが語彙が少ないのでびっくりするのかもしれないが、
『雁と蝙蝠』中の、

<相馬の古御所の破れた翠簾の外に大きい蝙蝠が飛んでいたなどは、
 確かに一段の鬼気を添えるもので、昔の画家の働きである。>
(p115-116)

の、"昔の画家の働きである"なんて言葉遣いを見ると、こんなときに
"働き"という名詞が使えるのかと驚く。


     (岡本綺堂『綺堂随筆 江戸っ子の身の上』 河出文庫 2003初 J)

7月25日に続く~




呪 亜屁沈臓/呪 共謀罪=ネオ治安維持法/呪 吐爛腐/

<横浜では4月からこの白い服きた日本会議系の団体が
 マナー教室として学校に介入しはじめました。 挨拶は40度
 と子どもに求め命令口調。すぐにでもやめさせたい( ;∀;)>
(7:36 - 2017年7月23日)

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by byogakudo | 2017-07-24 16:35 | 読書ノート | Comments(0)
2017年 07月 22日

久生十蘭『パノラマニア十蘭』を読んでいる

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 『パノラマニア十蘭』収録の『巴里の雨』と『風祭り』とは、
『十蘭万華鏡』収録の『川波』を加えて、3篇から成る連作と
いうより、三つのパートで記される一つの変奏曲を構成する。

 そう書きながら、空間現代・ライヴも思い出す。クラシック
だったら変奏曲という手法があるのに、なぜあの場にいて、
それを思い出さなかったのだろう。ジャンル分けの枠組みに
とらわれていたからか?

 音や音楽の世界では当たり前に在る変奏曲という典型が、
小説ではどうも否定的な扱いを受ける。ワンパターンだとか、
同工異曲と誹られがちだ。小説の中の物語部分が、非難の
根拠になるのだろう。
 落語だったら、またあの咄を一席と頼まれるのに、小説
ではマンネリと言われると、たしか荷風も書いてたっけ。

 話を戻して。
 『巴里の雨』は、『サンデー毎日』'49.5新緑号、初出。
 『風祭り』が、『苦楽』'49.6、初出。
 『川波』、『別冊文藝春秋』'56.4、初出。 

 どれも戦前のブルジョアジーに属する男が主人公だ。
 ブルジョアジーは閉鎖系である。財産の拡散を防ぐため、
ブルジョアジー内部での婚姻しか認められない。
 男は大人になった、昔なじみの女に改めて恋をするが、
女はすでに、同じブルジョア階級の男と結婚している。
 女の夫は嫉妬深い。恋する男女は、女の夫に妨害され
ながらも、秘かにヨーロッパに逃れようとするが、第二次
世界大戦の勃発に行く手を妨げられ、悲恋に倒れる。

 『巴里の雨』『風祭り』『川波』は、このモチーフでの展開だ。
"変奏"曲なので、各短篇の見せる表情、ニュアンスがちがう。

 『巴里の雨』にはスパイ小説めいた味つけが施される。

 『風祭り』は、タイトル通り、
<げにわれは うらぶれて ここかしこ さだめなくとび散らふ
 落葉かな、というなにやらの詩人の詩は、豊川[注:主人公]
 の身の上をうたったのではなかろうかというようないわれの
 ない思いに誘われた。>(p69)
わびしさが溢れるが、語り手は物語の外に位置する。

 『川波』は、最後にヒロインの側の描写があるのが前の2篇と
異なる。

 恋するふたりは、女の夫の目と耳をはばかる。離婚スキャンダル
も(階級的に)避けなければ成らない。
 恋人たちは、彼なら/彼女なら、こう動くはずだと類推しながら、
落ち合おうとする。相手の考えることと自分の思考が一体になった、
オカルティズムや夢の中にも近い状況を生きる。

 恋することで、彼らは世俗の囲いであるブルジョアジーの外に出る。
それは酸素ボンベなしに大気圏外に出るに等しい行為なので、死が
彼らを待つのは当然のことだけれども、彼らはたしかに飛翔し、死者
の視線で世界を見わたす資格を得たのである。


     (久生十蘭『パノラマニア十蘭』 河出文庫 2011初 J)
 



呪 亜屁沈臓/呪 共謀罪=ネオ治安維持法/呪 吐爛腐/

<強烈な稲田朋美ブーメラン
「笑わせないでくださいよ。国民目線というのであれば、
 素人を防衛大臣にしないでほしいというのが国民目線
 ですよ。部下に責任を取らせてご自分は保身を図る、
 それが政治主導ですか。政治主導というのは政治家が
 責任を取ることですよ。…」(報道ステーション)>
(6:24 - 2017年7月21日)
__稲田朋美は都合が悪くなると、表情を固めて非力な
女っぷりを見せる。

 「共謀罪」法施行 警察監視の独立機関が必要 法律家ら提言

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