猫額洞の日々

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カテゴリ:アート( 143 )


2015年 09月 02日

「分身残酷劇 カリガリ博士」に行った

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 天気が定まらない。昼間には雷も聞こえる。嵐を予感させる昨夕、
部屋を出る。調香師 L と三人で高田馬場ラビネストへ。

 6pm前に着いたら雨がぽつりぽつり。開場前のロビー(?)で原作者・
鈴木創士氏と音楽の佐藤薫氏とおしゃべりしていたら、俄然、雨脚が
激しくなる。

 開場。円を描く舞台と客席との距離はない。舞台と客席を仕切る幕もない。
空間のいちばん底が舞台だ。
 距離の近さからか、ふっと、舞台に本土(ほんつち)が敷きつめられていたら、
と妄想する。設置にも現状復旧にもお金がかかる無茶だけれど、見たこともない
時代、地べたで演じられていた糸あやつり人形劇の記憶が思い出されたのか。

 暗転して真の暗やみ、低い打音で音楽が入り、うめき声が聞こえる。明りが
つくと"天体広場"と呼ばれるステージには、カリガリ博士を演じる役者と夢魔
のような彼の分身である糸あやつり人形2体。

 映画「カリガリ博士の匣(キャビネット)」は妄想と現実という、二つの頭をもつ
蛇(人が生きる世界は、どのみちフィクションだ)が、頭部の優位性を賭けて身悶え
しながら争う物語、とも読めるが、今回の舞台「分身残酷劇 カリガリ博士」は、
タイトルの通り"分身"の物語である。

 "分身"は全きコピーではない、一つの生のもう一つの可能性でもあるから、
少しずつズレが生じ、他者となる。不眠の中で他者の夢を見続けてきた人形・
チェザーレは眠れないことの辛さを嘆き、人形ぶりの役者から、からかわれる。

 地球という天体を眺める視線、と受け取ったが、オドラデク(役者)も登場する
「分身残酷劇 カリガリ博士」には、キリストの奇蹟を語る乞食(人形)とカリガリ
博士(役者)との問答、さらにはカリガリによって殺された死者の記憶の例として、
ウルリケ・マインホフ(人形)も登場する。

 聖母被昇天図のように演じられるウルリケの死の場面(彼女は本当に昇天する!)
では、背景にナチやサンマルティーノ(?)の彫刻のスライドが投ぜられ、音は
匕首マッキー
 このシーンがいちばん好きだ。
 ふっと、鈴木創士氏がむかし書かれた小説「アントナン・アルトーの帰還」を
思い出す。

 役者と人形との競演だが、もう少し広さがあると、人体と人形とのヴォリューム
の差に違和感がなくなるのではないかしら。

     (糸あやつり人形 一糸座「分身残酷劇 カリガリ博士」
     @高田馬場ラビネスト 2015年9月1日)

 一夜明けて、昼前はまた雨が激しく降り、午後は風に乗って雲が飛び去る青空。

< その日は素晴らしい天気だった。
  決然として高く聳え立つどこまでもつづく空。明るく、底無しの、眩暈(めまい)の
 するような青。私は憶い出す。初夏の陽射しを浴びて、マロニエの青葉の上で揺れる
 小さな玉の露に湾曲した蒼穹が映っている。何もないがらんどうの記憶。>
(鈴木創士「アントナン・アルトーの帰還」冒頭)





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by byogakudo | 2015-09-02 15:58 | アート | Comments(0)
2015年 08月 29日

オリンピック・エンブレムについて、しろと(素人)の感想

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 2020年度の東京オリンピックに反対しているのに、エンブレム盗用疑惑に
ついて何か言うのは大変ヘンだけれど図々しく、しろと(素人)の感想を申上げ
たい。

 応募時の原案、修正案、最終決定案と、時系列に発表してパクリではない
ことを証明しようとしている
が、やぶへびではなくて?

 だって最初のデザイン、ダサい、ですもの。エンブレムの下に"Tokyo 2020"
の文字と五輪が置かれると分かっているだろうに、しまらないデザインだ。
 Tの縦線の上・左右に間抜けな軒を出し、縦線の寸足らずさ(後のデザインと
同じ太さ、長さの縦線であっても、この処理では視覚的にずんどうに見える。)
を強調するかのように足下に赤丸がごろり。
 こんなのを一位に選んだのかと、審査委員会に疑問を持つが、残り103人の
応募作はもっとひどかったのかしら?

 最終決定案しか公開されなかったときは、アルファベットをデザイン展開して
いると起こり得る事態だと思っていたし、最終案は、ややひよわで女性的とは言え、
確かに亀倉雄策へのオマージュ、あるいはモダーニズム継承の意思が伝わってくる。
 モダーニズムは、イデオロギーから離れようとする(ニュートラルであろうとする)
イデオロギーだから、バウハウス、ナチの党大会、ロシア構成主義、雑誌「NIPPON」、
どんなイデオロギーをも包摂する。
 その意味でのモダーニズムのこだまが見えるデザインで、近代が終わり切らない、
この時代らしいデザインだと了解していたがしかし、原案、途中の修正案などを眺めて
いくと、確固たる意思に基づいたデザインなどではなかったのだと、納得した。

 また、どうしてもオリンピックをやりたいというなら、既存施設をフルに使って
やりくりし、壊してしまった国立競技場跡地はそのままにしておき、皇居に続く
空っぽな空間を首都に持ち続けるって、どうでしょう。
 その場合、空地に、無駄な公共事業ではないかと立ち止まらせる、という
意味を持たせることになるけれどと、バルトを読んでなくて言ってしまうのが、
しろと(素人)の厚かましさ。ひどいなあ、あたし...。
 妄言多々、失礼。





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by byogakudo | 2015-08-29 17:35 | アート | Comments(0)
2015年 08月 08日

楠森總一郎氏、第3回宮本三郎記念デッサン大賞展「明日の表現を拓く」・大賞受賞!

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 楠森總一郎氏が第3回宮本三郎記念デッサン大賞展「明日の表現を拓く」
に応募され、大賞を受賞された! おめでとうございます。

 その作品が、「COSMOS FACTORY 有量の諸相」。拡大することで
隅々まで鑑賞できる。「光のだまし絵」みたいに感じられた。webで見て
取れる範囲での感想だが。

 受賞作の展覧会は、
・小松展(会場:小松市立宮本三郎美術館) 
  2015年9月19日(土)~11月3日(火・祝)

・東京巡回展(会場:世田谷美術館分館 宮本三郎記念美術館)
  2015年11月8日(日)~12月6日(日)

 早く原画が観たい。東京巡回展が待ち遠しい。





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by byogakudo | 2015-08-08 19:55 | アート | Comments(0)
2015年 06月 07日

高円寺でチルドレン・クーデター(with 鈴木創士)を観た

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 昨夜は Night of the living mad の行われた 高円寺HIGH へ。
 但し全3バンドを立って観る体力がないので、鈴木創士氏がゲスト
として参加されているチルドレン・クーデターに絞って出かけた。

 地下3階の会場に下りていくと、アマリリス【改】のロックオペラかミュー
ジカルス(?)が続いているらしいうめき声が聞こえてくる。佐藤薫氏も出演
と書いてあったし、怖いもの見たさもあり、扉を開ける。
 世界の終わりと再生の物語のようだ。うめき声が終わり、
 「『フールズメイト』が復刊されたら、俺たちはヴィジュアル系バンドとして
生まれ変わらなくちゃならない」みたようなジョークを耳にする。

 アマリリス【改】が終わり、チルドレン・クーデターのためのセッティングが
行われている折り、楽屋口から鈴木創士氏が現れる。
 「忘れ物をして」と、吹抜けのギャラリー(地下2階に当たる)に上がって
行かれる。会場まで下りるときも螺旋状に下るような、地下の迷宮に赴くみたい
な感触があったが、面白い作りのライヴ・スペースだ。

 演奏が始まる。急いでサングラスをかける。たぶんライティングが強烈で
あろうというヨミだ。かけて正解、ときどきスポットライトが客側を射る。
 タイトでいい演奏。しっかりしたバンドだ。鈴木創士氏は"ゲストプレイヤー"
とあるから何曲か加わるだけかと思っていたら、出ずっぱりだった。
 音量は爆音ではなく、音のシャワーとして浴びるのに快適な強モード。全身に
音を浴びて気持よかった。

 終わって、鈴木氏やギャラリーから下りてきた佐藤薫氏と喋る。アマリリス【改】
の佐藤氏の出番はもっと前だったそうで、
 「一生に一度、見ておくべきだったのに」と、からかわれる。
 体調が悪くて来られなかった S が「よろしく伝えて」と言っていたのを
お伝えする。

 二次会というのか打ち上げというのか、があるそうだが、体力が終わりかけて
いたのでお礼を言って失礼する。上まで送ってくださる佐藤氏に、
 「こないだ誕生日、迎えちゃってさあ」と弁解(?)しようとしたら、すかさず
 「俺も今年、誕生日でさあ」と見事なバックハンドで返された。

 皆さん、ありがとう。楽しかったです!

     (チルドレン・クーデター(with 鈴木創士)/Night of the living mad
     @高円寺HIGH 20015年6月6日)





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by byogakudo | 2015-06-07 15:29 | アート | Comments(0)
2015年 04月 26日

「楠森總一郎作品展 ランボオ遠景」に行った

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 昨夕ようやく恵比寿に行き「楠森總一郎作品展 ランボオ遠景」を見る。
Ms.JUNXの人形も出展と聞いていたが、楠森總一郎氏のランボー・モティーフ・
Tシャツや絵画に囲まれて、白い長袖Tシャツ製人形が置かれ、彼女のデビュー
を兼ねた展覧会になっていた。

 楠森氏のイラストレーションによるランボーは、清冽でパンクな若者だ。
インスパイアされた鈴木創士 訳「ランボー全詩集」(河出文庫)が入口に置いて
ある。Tシャツはイラストレーションのコラージュ。

 左壁の奥に油彩2点。"荒れた海辺"の風景がよかった。
 右の壁に、グリザイユで描かれた「手」(キャンヴァス地・アクリル)が4点。
左から2番目の背景が薄く塗られ、キャンヴァス面がガーゼの包帯のように
透けて見える1点が、特に好きだ。
 楠森氏の作風は、テクニシャンではもちろんあるのだが、"レトリカル"と
呼ぶのが、よりふさわしく感じられる。絵画による絵画批評の側面がある
ので、あの独特の距離感や佇まいが発生するのではないかしら。テクニック
なしには存在させられない現象であるが。

 Ms.JUNXによるTシャツ製人形は、原則、長袖Tシャツ1枚、目はボタン、
糸は唇の赤を除いて白と黒だけで構成される。
 Tシャツを切り開き、ポリウレタン(だったと思う)の綿を芯にして、
作りながら出てくる布地の断片から次の形が現れ、立体の一筆書きの
ように出現する"夜の子どもたち"の群が中央に坐り、あるいは立ち、パンクで
ファニーな笑みを浮かべる。
 JUNX dollは、"工芸"の罠__この世に何かを存在させたいという欲望が
ないのに、テクニックだけあるので、それを見せ(つけ)ようという欲望__
と、そもそも無関係なのがすてきだ。人形が生まれてくる状況に立ち会って
いるかのような存在感がいい。

 今日16時までです。

 「楠森總一郎作品展 ランボオ遠景」

 2015年4月21日(火)ー26日(日)
 12:00ー19:00 (最終日は16:00まで)
 @ GALERIE Malle





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by byogakudo | 2015-04-26 12:18 | アート | Comments(0)
2015年 04月 21日

匕首マッキー

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 EP-4 unitP - Mac the knife - April 8, 2015 @METRO

 砂漠を吹き抜ける風に乗って、きれぎれの音が聴こえる。
隊商(キャラヴァン)はサーカスに売る象を引き連れているのか。
いや、砂漠を移動するサーカスなのか。
 誠実な武器商人アルチュールは、どちらにも武器を売り、部族が
闘い、帝国は結果を待つ。
 砂漠を吹き抜ける風に乗って、きれぎれの音が聴こえる、ノイズ
まみれのラジオのように。周波数を固定できないラジオから、かつて
ブライアンの聴いた太鼓の音が低くざわめくように流れる、堆積する。
 風が吹き抜け、リボンのような足跡を砂漠に残し、また風に消され、
音が重なり合い、積もっていく。





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by byogakudo | 2015-04-21 19:08 | アート | Comments(0)
2015年 03月 08日

劇団フーダニット「殺人お知らせ申し上げます」/船堀というところへ行った

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~3月7日の続き

 劇団フーダニット 第14回公演「殺人お知らせ申し上げます」を観に、
船堀というところへ行った。船堀に対してなんだかつれない(?)言い方
だが、都営地下鉄新宿線・船堀駅下車、駅のすぐ前にある「タワーホール
船堀 小ホール」に行って観て帰ってきたので、こういう言い方になった。

 ミステリを専門とする演劇集団で、年に一度の公演がもう14回目。普段は
演劇の仕事に携わっていない人々のユニットであっても14年続けば、それは
プロフェッショナルな仕事ではないか。

 マティネに行った。12pm開場、12:30開演。開演時刻が近づくに連れ、
客席が埋まって行く。定員300名だが、200人は入っていそうだ。

 クリスティのミス・マープルもの「予告殺人」を脚色した作品だ。映画なら、
いくらでもフラッシュバックを挿入して背景情報を伝えられるが、演劇が現前
させるのは現在形だけなので、多くの登場人物の背景はもっぱら台詞で語る
しかない。
 本格ミステリは映画であっても状況説明に手間取り、もたつきやすい。映画が
得意とし、成功するミステリはサスペンス系あるいはハードボイルド系だろう。
 そんな困難が演劇空間では、いかに克服され、さらには活かされているか?
興味を持ちながら観ていた。

 予告殺人が発生する前半部は、原作より登場人物を減らしてあるそうだが、
それでもやはり多少長い。交わされる台詞の中で事情を語らないと、観客に
必要な情報が伝わらないのだから、しかたがない。
 ただ、観客の殆どがミステリ・ファンであろうし、原作を読んでいなくても
クリスティの何かは読んでいるだろうから、パターン分析ができる、これは
二つで一組を成す作りであろうと。

 田舎の屋敷に住む姉には死んだ妹がいるが、姉妹の友人だった女性が同居
しているので、まず中年女性二人で一組。屋敷に滞在する親戚__兄と妹の
若い一組。もう一人、屋敷に下宿する若い美貌の女性は、離れて住む子どもが
いるので、これも一組と考えてよいだろうか?
 友人として屋敷を訪ねてくる母と独身の息子の一組、事件解決にやってきた
クラドック警部とメローズ巡査部長の一組。単独者は、難民だったメイドと、
ミス・マープルの二人だけ。前者はイギリス社会の外部に在り、後者は内部に
在りながら外の目を持つ。ついに結婚して家庭をつくることがなかった女性の、
アウトサイドした眼差しである。

 舞台装置からも二つで一組が読み取られる。この舞台装置がすてきだった。
 近頃のステージは低く作られているので、全体が見られるよう、少し後ろ目に
席をとった。

 中央部が客席側に張り出し、両端が引っ込んだ舞台だ。居間の設定で、
すべてはここで語られ、行なわれる。
 低いコーヒーテーブルが少し、曲げ木の椅子が何脚も置かれ、下手奥に
書割りの本棚、その前に長椅子、さらに前端に電話とその台。書割りの本棚は
遠近上、低めにしかも斜めにカットして描かれているので、役者の出入りに
頭が見える(が気にならない)。斜めのカットは絵巻物の雲形と考えてもいい
かしら、下手には二階への階段や裏口があるという設定だから?

 真中に二つの(!)ドア(どちらも可動)がある壁の一部が建つ。二つの部屋を
一つにした、という台詞通り、壁の真中上に桁の名残に見える凸部があり、下に
暖炉がある。暖炉には羊飼いの(?)少年だったかの置物、これは寝室にある羊飼い
の少女とペアだ。

 上手には飲み物などを置くカウンター、手前に揺り椅子など。上手には書割りが
ないので、登場人物の出入りが丸見えであり、それが効果的に使われる。怒った
メイドが足音も高く玄関に向かうときなど、黒幕の前を上手に進むだけだが、
玄関ホールや扉、さらに庭へと通じるのが視える。

 メイドは迫害妄想の強い外国人であり、怒りっぽく、まだ英語が拙いという性格
設定なので、ギクシャクと動き、妙に明晰に発声する。他の演技者はあまり芝居
がからず自然な発声や動きをとるので、これも彼女の外部性を強め、また舞台に
アクセントをつける。
 ミス・マープルは老婦人のイメージが強いので、この舞台ではずいぶん活発に
動くと思ったが、これはTVドラマに影響された偏見(?)だろう。ミス・マープル
とて中年の未婚婦人から初老の、さらに老・ミス・マープルになったのである。
 ミス・マープルはあまり衣装替えの感じがなかったが、他の女優陣は細やかに
着替える。昼間の服、宵にはドレッシーに、喪服に準ずる服と__休憩を挟んだ
第二幕では、もう一つの殺人が起きるので。

 女優たちを引き立てるために(?)、男優陣は同じ衣装で通す。女性たちのドレス
を際立たせるために、パーティに出席する男性たちの服が黒と白に限られている
ように。

 舞台は暗転を多用してシーンの移り変わりを表す。音響も、時刻を知らせる時計の
チャイム、大きすぎない音楽や効果音など、細やかである。

 事件は解決した。尋問するクラドック警部につき従うメローズ巡査部長は、いつ
台詞を喋るのかと期待させながら、ついに一言も発しなかった。サンペンスフル
である。

     (劇団フーダニット 第14回公演「殺人お知らせ申し上げます」
     アガサ・クリスティ原作「予告殺人」より
     脚色 レスリー・ダーボン/訳 大江麻理子/演出 松坂晴恵
     2015年3月8日 於:タワーホール船堀 小ホール)

3月10日に続く~





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by byogakudo | 2015-03-08 21:41 | アート | Comments(0)
2015年 01月 29日

l'aigle noir/barbara

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 このところ頭の中で聴いている、l'aigle noir/barbara





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by byogakudo | 2015-01-29 22:08 | アート | Comments(0)
2015年 01月 18日

思い出してばっかり

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 明日(あした)の日数(ひかず)のほうが昨日の日数より断然少なくなって
きたせいか、昔レコードで持っていて失くした歌をCDで買い直すのが、
これで二度目だ。

 Mary Ann Mccall " DETOUR TO THE MOON "のCDを、年末に手に
入れた。

 数日前から、誰かに持って行かれたきりの、ということは40年以上前に
聴いたきりのレコード「ピエール・バルーとフランシス・レイの世界」を思い
出している。

 かつての日本版のレコード・タイトルは「ピエール・バルーとフランシス・
レイの世界」だが、これは今CDになっている「VIVRE~生きる」と同じもの
なのか。ちょうどヤフー・オークションにレコード盤が出ていたので、ジャケット
裏の曲名をCDと較べてみる。少し訳語がちがうが同じ音源だ。

 昔聴いて、頭の中ではいまでも聴こえる「ムシュー・ド・フュールスタンベール」
(レコードでのタイトル)と、「フュールステンベルグさん」(CDでのタイトル)
がどうちがって、どれだけ同じ印象だろう?
 映画でも本でも時を隔てて接すると、イメージがちがう場合が多い。音や香り
だと、大きくは、ずれないけれど、差異は前者より明確に感じる。より身体的記憶
だからかしら。





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by byogakudo | 2015-01-18 16:53 | アート | Comments(0)
2014年 12月 20日

ジュリアン・ムーア他、やっと発見

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 記憶に変容と脱落はつきものだ。レコードを処分してしまったので、
新たにCDで買い直した MARY ANN MaCALL " DETOUR TO THE
MOON "も、頭の中で聴いていた唄い方とちがっていた__ほとんど
全曲覚えていたが、記憶の歌唱法ではもっと粘っこく歌っていた__し、
映画のシーンも、そのストーリーも見直すと、ちがっていたりする。

 ジュリアン・ムーアを初めて、借りたヴィデオで見たのは、1992年度
の手帳の記録によれば、
<Julianne Moore ; as Cony Stone(singer) in " Mr.Lovecraft ">
である。ナイトクラブの歌手の役で、口パクだけれど、すてきな女優だと
思った。一緒に出ていた可愛い少女も、
<Alexandra Powers ; as Olivia Hackshow>と、ノートしてある。

 ときどき思い出して YouTube や、検索欄に出てくる彼女のフィルモ
グラフィを覗いてみるが、" Mr.Lovecraft " は見つからない。たしかに
こういう題名で借りたはずなのに、「ラブクラフト VHS」とか「Mr・
ラブクラフト VHS」で検索しても存在しない。

 いろいろやっていて、ついに昨夜、その映画は「SFXハードボイルド 
ラブクラフト」
だと分かった。しかし記憶し、記録もしているタイトルと
ちがうのはなぜ? ヴィデオのパッケージまでは覚えてないが、紹介文を
読むと、たしかにわたしの見たヴィデオだ。

 それはともかく、YouTube に「Julianne Moore ラブクラフト」と
打ち込んだのだったか、経緯は忘れたが、とうとう発見。
 ラブクラフト (Cast a Deadly Spell) - The scene which Julianne
Moore sings & end credits

 これによれば、英語タイトルは " Cast a Deadly Spell " らしい。
ますますわたしの記憶と記録の危うさを示すようだが。

 もう一曲、記憶の歌。大昔、大橋巨泉がNHK・FMに出ていた。
チェット・ベイカーもその番組で知ったのだが、同じ番組で聴いて、
歌手の名前が覚えられなかったけれど、頭の中でたまに聴こえるのが
" Blue Christmas " だ。

 他にヒントになりそうな言葉はない。YouTube の " Blue Christmas "
を片端から聴いて、ジャズらしき音源には気をつけて耳を澄まし、たぶん、
これだったと思う。
 Bob Dorough with Miles Davis Sextet - Blue Xmas
(To Whom It May Concern)

 記憶の中の唄い方はもっとヒステリックな感じだったようだけれど、
たぶん、これだろう...。なにせ、50年前の記憶の音である。ひずみも
ゆがみもノイズや変調もあるというもの。





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by byogakudo | 2014-12-20 20:16 | アート | Comments(0)