猫額洞の日々

byogakudo.exblog.jp
ブログトップ

カテゴリ:アート( 148 )


2016年 02月 21日

Brigitte FontaineとAunt Sally

e0030187_16533772.jpg












 お風呂に入ってたら、あたまの中でメロディが聴こえる。Brigitte
Fontaineだとは解るが曲名が思い出せない。お風呂上がりにせっせと
検索。

 これだった__Brigitte Fontaine -- Blanche Neige 。こっちも
好きだった__Il Pleut。ああ、レコード3枚とも捨ててしまった。

 検索しながら、Aunt Sallyも思い出す。あの曲が聴きたいと探して
いたら、アルバムで出ている。おお...。
 Aunt Sally - Aunt Sally (full album) 。6:34辺り、口笛から始まる
2曲目がずっと聴きたかった。

 いいバンドだった。キッドアイラックホールで一度聴いたきり、他の
バンドも出ていた筈だが、Aunt Sallyの記憶しかない。
 暗い白熱感。一枚のモノクローム写真のような音の記憶。映って
いるのは、針を振り切って幽体と化したような何か。

 演奏の後、Phewと当時のLapis(今はLapiz)とのフォトセッション
を見ていたが(写真は佐藤ジンが撮っていたのだろうか、地引雄一
だったか、それも思い出せない)、燃焼しつくして熾火のようになった
Phewのパワーに、Lapisが、対峙しきれないだったか、敵わないだったか、
そんなことを言っていた。
 エネルギーの出し方の、男女での違いだろう。






..... Ads by Excite ........
[PR]

by byogakudo | 2016-02-21 23:54 | アート | Comments(0)
2016年 02月 18日

表現行為/表現者

e0030187_21472759.jpg












 表現された結果としての作品、それには好き嫌いが生じるけれど、
作品や作者に関して(特に作者に関して)はヒエラルキーを認めない。
誰のどんな作品でも、アートの地平にあっては同等だ。

 加納典明の写真も、ろくでなし子・作品も、バルテュス『ギターの
レッスン』も、クールベ『世界の起源』も、アートという表現行為の領域
では、すべて等し並みに"作品(アート)"である。

 だから、ろくでなし子・裁判での検察側も弁護側も、前提から間違って
いると考える。

<検察側は論告で、「性的刺激を緩和するような高い芸術性も思想性もない」
 と述べ、わいせつ物に当たると指摘。売名行為に過ぎず、刑事責任は重いと
 断じた。>

 <性的刺激を緩和するような>__なんだ、それは。芸術性と思想性と猥褻さ
の三角関係って、なに?
 <高い芸術性も思想性も>、一種、猥褻でもある芸術作品が、美術館の中で
永遠の無関心の棺に納まって鑑賞の対象となるための防腐剤・緩衝材なのか。
 そんなナフタリン・芸術性、座布団・思想性なぞ、あってたまるか。

 弁護側も弁護側だ。彼女の作品は
<芸術活動でわいせつではない>という論拠は、アートを社会に役立つものと規定
する間違いを侵している。アートは、贋金を贋金として贋金のまま流通させようと
意図する、太(ふて)ぇ奴の不逞な行為である。町起こしや村起こしの役に立つなぞ、
アートの名折れであろう。

 いつか書こうと思ってノートしていたのを思い出したから、書いておく。





..... Ads by Excite ........
[PR]

by byogakudo | 2016-02-18 20:14 | アート | Comments(1)
2016年 01月 14日

R.I.P.

e0030187_21145488.jpg












 デイヴィッド・ボウイーの死去(2016年1月10日)は、11日夕方、
偶然つけたTVで知った。

 翌日の東京新聞は、詳しく丁寧な記事を掲載した。朝刊1面の
真ん中で死去を伝え、その下、毎日のコラムである『筆洗』は、

<「スペイス・オディティ」(六九年)は消息を絶った宇宙船の歌。
 地上管制塔が何度も呼びかける。<トム少佐、応答せよ>。応答は
 ない。ボウイも宇宙へ旅立ったか。<応答せよ、願わくばもう一度、
 地球に落ちて来て>>と結ばれる。

 1面から飛んで社会面(p29)では業績を紹介、評論家や関係者の
コメントを載せ、さらに同日・夕刊でも、ボウイーのニューヨークの
自宅前に手向けられた花束の写真とともに、ファンやミュージシャン
による哀悼の意を伝えた。

 ルー・リードのとき(2013年10月27日)は、たんに社会面の死亡欄
だった。ロバート・クワインの死(2004年5月31日)は、新聞やTVでは
報じられなかった、これはまあ、大スターではなかったから、しかた
ないかもしれない。死亡記事の出た山口冨士夫(2013年8月14日)より、
社会的には知られていないだろうし。

 ルー・リードとデイヴィッド・ボウイーとは、わたしの中では同じ
グレイドのスターだから、なんだか不思議に感じられたのだが、広範な
影響力という点で、こういう違いになるのだろう。

 ソングライターが次々に地上を去っていく。メロディメイカーはとうに
不在者が増えていたのだが、けれども、メロディセンス、ビート感覚、
それらがあったので、ノイズも音の材として、音表現の範疇を拡大して
きたのではなかったのか。いや、そもそも、エレクトリックな音楽はノイズ
の発生から始まったのであり、当初からメロディラインのひとつであった。
雷鳴の轟く中、電圧のショックで誕生したフランケンシュタインの怪物の
ように、ノイジーでエレクトリカルなロックは存在を始めたのだった。


 Lou Reed - Waves Of Fear, La Edad de Oro, Barcelona 1984

 David Bowie's 50th Birthday Bash Pt 10 - Quicksand with Robert Smith.mpg





..... Ads by Excite ........
[PR]

by byogakudo | 2016-01-14 12:27 | アート | Comments(0)
2015年 11月 13日

第3回 宮本三郎記念デッサン大賞展「明日の表現を拓く」を見に行った

e0030187_910159.jpg












 昨日は、世田谷美術館分館ー宮本三郎記念美術館に、
第3回 宮本三郎記念デッサン大賞展「明日の表現を拓く」
見に行った。楠森總一郎氏が大賞を受賞された作品や、他の
受賞作の巡回展が、11月8日(日)から始まっている。

 楠森氏やJUNX dollのMs.JUNXと、美術館入口で待ち合わようと
していた。所在地を書きとめ、自由が丘駅からの地図を見て、行き方の
案内図もメモして行ったのに、道に迷う。早めに行って、近所を撮る前に
まず美術館の位置確認をしようと思ったのに、はなから迷う。住宅地の
中は分かりにくい。なんとか見つけた。

 駅前はごちゃついているが住宅地に入ると、碁盤目状の道が縦横に走り、
かつての文化住宅風も多少は見かけたが、おおむね新建材造りだ。縦道も
横道も起伏が激しい。多摩川に向って折り襞が重なっているみたい。

 4人が揃い、入館する。入ってすぐ、突き当たりにヴィデオがあり、3人
の審査員(酒井忠康・山本容子・横尾忠則)の審査風景やコメントを述べる
様子が見られる。

 展示会場は2階になる。こじんまりと落ち着き、コンパクトに見て回れる。
 
 楠森總一郎の作品「COSMOS FACTORY 有量の諸相」を見る。ちょっと
触りたくなるようなテクスチュアだ。パネルに和紙を貼り、H以下の鉛筆を
用いて描かれたという。
 光源が散乱し、室内でもあり屋外でもあるような空間に、目玉や人物や動物
やオブジェが、互いに無関係のようでもあり、視えないところで関係し合って
いるかのようでもある、不思議な宙吊り感覚を見る者に与えて、存在している。

 他の作品も見て回る。世の中にへたな絵描きはいない。みんなテクニシャン
だが、楠森氏の作品はテクニックが基層にありながら、それは基層に過ぎず、
画面から立ちのぼる瑞瑞しさが魅力だ。

 見終わって、お茶を飲みながら、あれこれ喋る。楠森氏が、ひとは11歳から
16歳までに感じとったものでできている、と仰る。わたしの14歳論(?)みた
ようなものだろう。ヒトは他の動物に比べて成長に時間がかかり、かなり長く
生存するけれど、その構成成分は、早い時期にほぼ決定され、あとはその拡張
である。

 夕食をともにし、21日(土)の映画「アレノ」初日にまたご一緒にすることに
して帰宅。丸ノ内線・新宿三丁目経由の副都心線を使うと、渋谷駅の地下を通り
ながら、渋谷を意識せずにすむ。横浜にだって、さっと行ける。やっと知った。

 巡回展は12月6日(日)まで。毎週月曜日と11月24日(火)・休館、11月23日(月)
は開館。

     (第3回 宮本三郎記念デッサン大賞展「明日の表現を拓く」
     @宮本三郎記念美術館 2015年11月12日)


 出かける前に郵便受けを見たら、ベルナール・ラマルシュ=ヴァデル/
鈴木創士・松本潤一郎 訳「すべては壊れる」(現代思潮新社 エートル叢書23
2015初 帯 J)が届いていた。ありがとうございます! 体力をつけて、拝読に
かかります。





..... Ads by Excite ........
[PR]

by byogakudo | 2015-11-13 17:24 | アート | Comments(0)
2015年 09月 06日

馬越 寿・セルゲイ草柳・銀座レトロギャラリーMUSEE(銀座画廊散歩)+新富町!

e0030187_1327835.jpg












 昨日は晴れていた。銀座の個展会場散歩に行く。土曜日の午後なので、
ひとが多いだろうと思っていたが、中央通りは"歩行者天国"している。

 馬越 寿氏のガラスを見に、ギャラリー おかりやへ。エレヴェータを地下
二階で降りると、すぐ会場。
 白過ぎない室内、やわらかな照明に、馬越氏のガラス作品が映える。
ビー玉の新作(球体の中に立方体が潜む!)やマダム・ランヴァンへの
オマージュみたような底部の広がりのある壜、ヒューマーをたたえた
馬越氏の世界だ。
(明日、7日・月曜日まで)

 次はSがwebで見つけた、セルゲイ草柳写真展「空(くう)の中の散歩」
会場の銀座ビルは、前に撮った古い赤茶色のビルでなく、その隣の銀座ビル
写真弘社 銀座サービスセンター ギャラリーアートグラフ)だった。

 和紙を印画紙に使うとwebで読んでいたけれど、壁にかけられたモノクローム
の写真は、たしかに和紙のしなやかで堅固な質感と表情が豊かだ。印画紙と聞くと
平面に思えるが、むしろ紙という手触りを持つオブジェに写真が溶け込んでいる。

 作者・セルゲイ草柳氏自ら、手漉き和紙の作り方を解説してくださる__紙が
漉けたら泥水に浸けて乾かし、それでも写真を定着させる土台には足りないと
感じたら、草の汁や柿渋に浸けてまた乾燥させと、紙ができるまでに、たっぷりと
時間がかけられる。

 写真に撮られたものやことは、シャッターが切られた瞬間に過去に属するが、
その過去を定着させる印画紙自体に時間が堆積していて、わたしたちは二重に
重なった過去を目の前にするという、モダーンアートな作品だと感じた、なぞと
賢しらぶった台詞をセルゲイ草柳氏が聞かれたら、笑われることだろう。

 初めてお目にかかったのに、とてもフレンドリーな方だ。
 Sが、「写真って、好きか嫌いかでしょう?」と言ったら、「その通り!」と
握手を求めて来られた。

 webではセルゲイ草柳氏の写真の魅力は伝わらない。webで見られるのは作品の
モチーフだけなので、会場で、あの紙質を体験されることをお勧めする。
(10日・木曜日まで)

 ひと休みして、「ウィーン世紀末の逸脱 ー『ヴェル・サクルム創刊号』特別展示」
を見に、久しぶりに銀座レトロギャラリーMUSEEへ。
 「ヴェル・サクルム」が三方だけガラスで囲まれたケースに置かれている。贅沢な
展示だ。これは見るだけだが、ウィーン工房のガラス作品や、当時のテキスタイルが
今でも使われているテーブルセンターやクッション地を、買うこともできる。
(展示は20日・日曜日まで)

 ギャラリー おかりやの女性、セルゲイ草柳氏、銀座レトロギャラリーMUSEEの女性、
親切でやさしいひとばかりに会えた一日だった。銀座は絵や写真を見たあと、余韻を
保って散歩が続けられる。

 銀座レトロギャラリーMUSEEの裏手、新富町をまた歩く。再読と再訪の晩年だ。
2012年11月10日以来の新富町1丁目4番4号の建物は取り壊しが決まり、btf ANNEX
も印刷所も引っ越し先案内が出ていて、外壁の蔦はずっしりと重そうに垂れる。
 見にきてよかった。堆積した時間にさようならが言えるから。

 いい散歩だった。





..... Ads by Excite ........
[PR]

by byogakudo | 2015-09-06 18:06 | アート | Comments(0)
2015年 09月 02日

「分身残酷劇 カリガリ博士」に行った

e0030187_23185165.jpg












 天気が定まらない。昼間には雷も聞こえる。嵐を予感させる昨夕、
部屋を出る。調香師 L と三人で高田馬場ラビネストへ。

 6pm前に着いたら雨がぽつりぽつり。開場前のロビー(?)で原作者・
鈴木創士氏と音楽の佐藤薫氏とおしゃべりしていたら、俄然、雨脚が
激しくなる。

 開場。円を描く舞台と客席との距離はない。舞台と客席を仕切る幕もない。
空間のいちばん底が舞台だ。
 距離の近さからか、ふっと、舞台に本土(ほんつち)が敷きつめられていたら、
と妄想する。設置にも現状復旧にもお金がかかる無茶だけれど、見たこともない
時代、地べたで演じられていた糸あやつり人形劇の記憶が思い出されたのか。

 暗転して真の暗やみ、低い打音で音楽が入り、うめき声が聞こえる。明りが
つくと"天体広場"と呼ばれるステージには、カリガリ博士を演じる役者と夢魔
のような彼の分身である糸あやつり人形2体。

 映画「カリガリ博士の匣(キャビネット)」は妄想と現実という、二つの頭をもつ
蛇(人が生きる世界は、どのみちフィクションだ)が、頭部の優位性を賭けて身悶え
しながら争う物語、とも読めるが、今回の舞台「分身残酷劇 カリガリ博士」は、
タイトルの通り"分身"の物語である。

 "分身"は全きコピーではない、一つの生のもう一つの可能性でもあるから、
少しずつズレが生じ、他者となる。不眠の中で他者の夢を見続けてきた人形・
チェザーレは眠れないことの辛さを嘆き、人形ぶりの役者から、からかわれる。

 地球という天体を眺める視線、と受け取ったが、オドラデク(役者)も登場する
「分身残酷劇 カリガリ博士」には、キリストの奇蹟を語る乞食(人形)とカリガリ
博士(役者)との問答、さらにはカリガリによって殺された死者の記憶の例として、
ウルリケ・マインホフ(人形)も登場する。

 聖母被昇天図のように演じられるウルリケの死の場面(彼女は本当に昇天する!)
では、背景にナチやサンマルティーノ(?)の彫刻のスライドが投ぜられ、音は
匕首マッキー
 このシーンがいちばん好きだ。
 ふっと、鈴木創士氏がむかし書かれた小説「アントナン・アルトーの帰還」を
思い出す。

 役者と人形との競演だが、もう少し広さがあると、人体と人形とのヴォリューム
の差に違和感がなくなるのではないかしら。

     (糸あやつり人形 一糸座「分身残酷劇 カリガリ博士」
     @高田馬場ラビネスト 2015年9月1日)

 一夜明けて、昼前はまた雨が激しく降り、午後は風に乗って雲が飛び去る青空。

< その日は素晴らしい天気だった。
  決然として高く聳え立つどこまでもつづく空。明るく、底無しの、眩暈(めまい)の
 するような青。私は憶い出す。初夏の陽射しを浴びて、マロニエの青葉の上で揺れる
 小さな玉の露に湾曲した蒼穹が映っている。何もないがらんどうの記憶。>
(鈴木創士「アントナン・アルトーの帰還」冒頭)





..... Ads by Excite ........
[PR]

by byogakudo | 2015-09-02 15:58 | アート | Comments(0)
2015年 08月 29日

オリンピック・エンブレムについて、しろと(素人)の感想

e0030187_2004819.jpg












 2020年度の東京オリンピックに反対しているのに、エンブレム盗用疑惑に
ついて何か言うのは大変ヘンだけれど図々しく、しろと(素人)の感想を申上げ
たい。

 応募時の原案、修正案、最終決定案と、時系列に発表してパクリではない
ことを証明しようとしている
が、やぶへびではなくて?

 だって最初のデザイン、ダサい、ですもの。エンブレムの下に"Tokyo 2020"
の文字と五輪が置かれると分かっているだろうに、しまらないデザインだ。
 Tの縦線の上・左右に間抜けな軒を出し、縦線の寸足らずさ(後のデザインと
同じ太さ、長さの縦線であっても、この処理では視覚的にずんどうに見える。)
を強調するかのように足下に赤丸がごろり。
 こんなのを一位に選んだのかと、審査委員会に疑問を持つが、残り103人の
応募作はもっとひどかったのかしら?

 最終決定案しか公開されなかったときは、アルファベットをデザイン展開して
いると起こり得る事態だと思っていたし、最終案は、ややひよわで女性的とは言え、
確かに亀倉雄策へのオマージュ、あるいはモダーニズム継承の意思が伝わってくる。
 モダーニズムは、イデオロギーから離れようとする(ニュートラルであろうとする)
イデオロギーだから、バウハウス、ナチの党大会、ロシア構成主義、雑誌「NIPPON」、
どんなイデオロギーをも包摂する。
 その意味でのモダーニズムのこだまが見えるデザインで、近代が終わり切らない、
この時代らしいデザインだと了解していたがしかし、原案、途中の修正案などを眺めて
いくと、確固たる意思に基づいたデザインなどではなかったのだと、納得した。

 また、どうしてもオリンピックをやりたいというなら、既存施設をフルに使って
やりくりし、壊してしまった国立競技場跡地はそのままにしておき、皇居に続く
空っぽな空間を首都に持ち続けるって、どうでしょう。
 その場合、空地に、無駄な公共事業ではないかと立ち止まらせる、という
意味を持たせることになるけれどと、バルトを読んでなくて言ってしまうのが、
しろと(素人)の厚かましさ。ひどいなあ、あたし...。
 妄言多々、失礼。





..... Ads by Excite ........
[PR]

by byogakudo | 2015-08-29 17:35 | アート | Comments(0)
2015年 08月 08日

楠森總一郎氏、第3回宮本三郎記念デッサン大賞展「明日の表現を拓く」・大賞受賞!

e0030187_1962010.jpg












 楠森總一郎氏が第3回宮本三郎記念デッサン大賞展「明日の表現を拓く」
に応募され、大賞を受賞された! おめでとうございます。

 その作品が、「COSMOS FACTORY 有量の諸相」。拡大することで
隅々まで鑑賞できる。「光のだまし絵」みたいに感じられた。webで見て
取れる範囲での感想だが。

 受賞作の展覧会は、
・小松展(会場:小松市立宮本三郎美術館) 
  2015年9月19日(土)~11月3日(火・祝)

・東京巡回展(会場:世田谷美術館分館 宮本三郎記念美術館)
  2015年11月8日(日)~12月6日(日)

 早く原画が観たい。東京巡回展が待ち遠しい。





..... Ads by Excite ........
[PR]

by byogakudo | 2015-08-08 19:55 | アート | Comments(0)
2015年 06月 07日

高円寺でチルドレン・クーデター(with 鈴木創士)を観た

e0030187_1254270.jpg












 昨夜は Night of the living mad の行われた 高円寺HIGH へ。
 但し全3バンドを立って観る体力がないので、鈴木創士氏がゲスト
として参加されているチルドレン・クーデターに絞って出かけた。

 地下3階の会場に下りていくと、アマリリス【改】のロックオペラかミュー
ジカルス(?)が続いているらしいうめき声が聞こえてくる。佐藤薫氏も出演
と書いてあったし、怖いもの見たさもあり、扉を開ける。
 世界の終わりと再生の物語のようだ。うめき声が終わり、
 「『フールズメイト』が復刊されたら、俺たちはヴィジュアル系バンドとして
生まれ変わらなくちゃならない」みたようなジョークを耳にする。

 アマリリス【改】が終わり、チルドレン・クーデターのためのセッティングが
行われている折り、楽屋口から鈴木創士氏が現れる。
 「忘れ物をして」と、吹抜けのギャラリー(地下2階に当たる)に上がって
行かれる。会場まで下りるときも螺旋状に下るような、地下の迷宮に赴くみたい
な感触があったが、面白い作りのライヴ・スペースだ。

 演奏が始まる。急いでサングラスをかける。たぶんライティングが強烈で
あろうというヨミだ。かけて正解、ときどきスポットライトが客側を射る。
 タイトでいい演奏。しっかりしたバンドだ。鈴木創士氏は"ゲストプレイヤー"
とあるから何曲か加わるだけかと思っていたら、出ずっぱりだった。
 音量は爆音ではなく、音のシャワーとして浴びるのに快適な強モード。全身に
音を浴びて気持よかった。

 終わって、鈴木氏やギャラリーから下りてきた佐藤薫氏と喋る。アマリリス【改】
の佐藤氏の出番はもっと前だったそうで、
 「一生に一度、見ておくべきだったのに」と、からかわれる。
 体調が悪くて来られなかった S が「よろしく伝えて」と言っていたのを
お伝えする。

 二次会というのか打ち上げというのか、があるそうだが、体力が終わりかけて
いたのでお礼を言って失礼する。上まで送ってくださる佐藤氏に、
 「こないだ誕生日、迎えちゃってさあ」と弁解(?)しようとしたら、すかさず
 「俺も今年、誕生日でさあ」と見事なバックハンドで返された。

 皆さん、ありがとう。楽しかったです!

     (チルドレン・クーデター(with 鈴木創士)/Night of the living mad
     @高円寺HIGH 20015年6月6日)





..... Ads by Excite ........
 
[PR]

by byogakudo | 2015-06-07 15:29 | アート | Comments(0)
2015年 04月 26日

「楠森總一郎作品展 ランボオ遠景」に行った

e0030187_1145653.jpg












e0030187_11452774.jpg












 昨夕ようやく恵比寿に行き「楠森總一郎作品展 ランボオ遠景」を見る。
Ms.JUNXの人形も出展と聞いていたが、楠森總一郎氏のランボー・モティーフ・
Tシャツや絵画に囲まれて、白い長袖Tシャツ製人形が置かれ、彼女のデビュー
を兼ねた展覧会になっていた。

 楠森氏のイラストレーションによるランボーは、清冽でパンクな若者だ。
インスパイアされた鈴木創士 訳「ランボー全詩集」(河出文庫)が入口に置いて
ある。Tシャツはイラストレーションのコラージュ。

 左壁の奥に油彩2点。"荒れた海辺"の風景がよかった。
 右の壁に、グリザイユで描かれた「手」(キャンヴァス地・アクリル)が4点。
左から2番目の背景が薄く塗られ、キャンヴァス面がガーゼの包帯のように
透けて見える1点が、特に好きだ。
 楠森氏の作風は、テクニシャンではもちろんあるのだが、"レトリカル"と
呼ぶのが、よりふさわしく感じられる。絵画による絵画批評の側面がある
ので、あの独特の距離感や佇まいが発生するのではないかしら。テクニック
なしには存在させられない現象であるが。

 Ms.JUNXによるTシャツ製人形は、原則、長袖Tシャツ1枚、目はボタン、
糸は唇の赤を除いて白と黒だけで構成される。
 Tシャツを切り開き、ポリウレタン(だったと思う)の綿を芯にして、
作りながら出てくる布地の断片から次の形が現れ、立体の一筆書きの
ように出現する"夜の子どもたち"の群が中央に坐り、あるいは立ち、パンクで
ファニーな笑みを浮かべる。
 JUNX dollは、"工芸"の罠__この世に何かを存在させたいという欲望が
ないのに、テクニックだけあるので、それを見せ(つけ)ようという欲望__
と、そもそも無関係なのがすてきだ。人形が生まれてくる状況に立ち会って
いるかのような存在感がいい。

 今日16時までです。

 「楠森總一郎作品展 ランボオ遠景」

 2015年4月21日(火)ー26日(日)
 12:00ー19:00 (最終日は16:00まで)
 @ GALERIE Malle





..... Ads by Excite ........
[PR]

by byogakudo | 2015-04-26 12:18 | アート | Comments(0)