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2007年 06月 30日

「酒場の藝人たち」読了

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 昨夜、「酒場の藝人たち 林家正蔵の告白」(矢野誠一 文春文庫 06再)
読了。追悼文が多いという印象を受けた。一時代の名人・名手が去って行く
頃に書かれたからか。

 イッセー尾形に関する箇所を引用(『笑うな!』 p63)
< 最近、彼の評価が高まるにつれて、その舞台の色彩に、わずかながらも
 変化がうかがわれるようになった。たとえば十八番の「巨人軍の応援」に
 しても、以前は巨人への声援が熱狂的になればなる程、周囲の巨人ファン
 とのあいだに違和感が生じ、やがて疎外されるといった、群衆の中の孤独
 が残酷なユーモアを生んでいた。最近の「巨人軍の応援」は、おなじ
 ようなパターンを踏襲しながら、自分自身に対する違和感が強調される
 舞台となって、批評精神みたいなものを表面に打ち出した分だけ、その笑い
 が単純になってしまったような気がする。> 初出は84年11月「小説新潮」。

 新着欄を上げました。よろしく。
 新着欄
 映画「キャンディ」の主演女優はエヴァ・オーリンだったっけ?と、
いつものように、見てない映画に関する知識をご披露する、知ったかぶり。
 いまネット検索してみたら、アニタ・パレンバーグも出ている。ちょこっと
でしょうけれど。
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by byogakudo | 2007-06-30 13:28 | 読書ノート | Comments(0)
2007年 06月 29日

昨日から今日へ/古書店と古書展

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 昨夜店を閉めてから神田川を渡って古書 伊呂波文庫へ。ずいぶん行って
なかった。久しぶりの店内はすっきり・整然、相変わらず風通しのよい
密度の濃さだ。

 自店の内向きの姿勢を反省する。わたしは自分の歓びのためだけの棚作り
になってるんじゃないかな? 開店当時より本棚の密度は上がっていると
しても、並んだ本が客に向わず店主にだけ視線を向けているような気が
してきた。入店者が少なすぎて、そんな思いに駆られるのかも知れないが。

 文庫本を買って、中野新橋駅近くのアサヒ堂書店へ。頼んでいた"Doll"
7月号が届いている頃かと思って。

 駅付近にはまだ2店、小規模新刊書店が存在する。すばらしいじゃない!
届いていた"Doll"7月号、パンクロック・マガジンの表紙や頁のデザイン・
フォーマットが、20年間あまり変わっていないことに少し驚く。ロックは
老いたる音なのだろうか。

 今日はふたりで神保町へ。Sと反対方向に向かって探す、かつての回遊
行動を取ったが、途中で一緒に探すことにする。Sはまだ、かがんで本を
見ることや、背表紙を見せて並んだ本を引き出すこと、2-3冊以上の本を
かかえて動くこと等がむずかしい。すぐ背筋にこたえる。
 それでも、ふたり一緒にまた本が探せるようになったのだ。本人は遅々
たる回復だと焦れているけれど、隣人の目から見れば、ここまで直って
来たかと、嬉しくなる。

 ところで週末をどうしようとご思案中の方、三軒茶屋はいかがですか?
microjournal
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by byogakudo | 2007-06-29 19:47 | 雑録 | Comments(0)
2007年 06月 28日

「愚か者の祈り」読了

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 題材に「ブラック・ダリア」事件が用いられていても、原作は54年刊の
ヒラリー・ウォーだから、猟奇の方面には向わない。身元不明の美女の
惨殺死体はあっさりと扱われ、地道な捜査活動がメインの警察小説だった。
寝る前に読むには、頭が上がり過ぎなくて適切だ。

 と言っても退屈ではなくて、頭蓋骨から美女の顔を復元することに熱中
する刑事の様子や、後半には、容疑者宅を大勢の警察車両や警官たちが
取り囲むアクション・シーンも描かれている。文体があくまでも落着いて
いる、ということである。エンディングのひねりも決まっている。このまま
ハリウッド映画に移行できそうな、よくできた展開だった。

 解説頁に、物語の舞台としての<郊外住宅地(サバービア)の発見>について
書かれているが、近年の作品であれば、もっとサバービアの憂鬱や影の部分に
描写の重きが置かれそうだ。たしかに、大都市ではないのに共同体意識が
希薄な、郊外の生活から生まれた犯罪とその解決の物語ではあったが。
     (ヒラリー・ウォー 創元推理文庫 05初帯)

 最近、他に何を読んだっけ? 小林信彦「時代観察者の冒険」(新潮文庫
90初)や、星新一「きまぐれ体験紀行」(講談社文庫 81初)は読了。後者で、
星新一がフィリピンの心霊手術まで受けてみたことを知った。書き過ぎる
せいの心身症と見受けられるから、刺激療法的な意義は多少あったようだ。
 また、和田誠も一緒だった香港旅行の際、誰も読めなかった「尚保羅貝蒙多」
を和田誠が「ジャン=ポール・ベルモンド」と解読する話等があった。
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by byogakudo | 2007-06-28 13:31 | 読書ノート | Comments(0)
2007年 06月 27日

何冊かかえて横になる?

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 アルトーを少しお休みして、お借りしている「ぼやきと怒りのマリア」
にも取りかかろう。単行本だけでは腕が疲れたときに困るから、何か
文庫本を__中学の友人から来た箱に「愚か者の祈り」(ヒラリー・ウォー
創元推理文庫 05初帯)がある。これで昨夜は安心して横になれた。「ぼやき
と怒りのマリア」(森茉莉/小島千加子編 筑摩書房 98初帯)には付箋が沢山
つきそうだ。

 一夜明けたら、お師匠さんがいらっしゃる。新たに2冊、お借りする。
今回は日本の若手作家のもの。お貸ししていた「東京アンダーナイト
"夜の昭和史"ニューラテンクォーター・ストーリー」(山本信太郎 廣済堂
出版 07初帯)は、力道山より横井英樹の件が面白かったそうだ。ああ、
これも読まなくっちゃ。

 暑さにまだ身体が慣れなくて、ときどき疲れきった顔で接客しています。
申訳ない。皆様もご自愛ください。
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by byogakudo | 2007-06-27 14:31 | 雑録 | Comments(0)
2007年 06月 26日

ゆっくりと「アルトー後期集成3」を読む

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 巻末に鈴木創士氏による解説があり、帯にその一部が引用されている。
<アルトーは明らかに生き延びるために書いたのであり、まさに書くことに
 よって生のただなかに力ずくで居座りつづけたのだ。>

 このフレーズは、鈴木氏のかつての師である生田耕作によるアルトー・
訳書名、「神の裁きとけりをつけるために」のエコーを聴いたような錯覚に
陥らせる。破門されたと鈴木氏は称しているが、師の反俗精神をまっとうに
受け継いだのは、鈴木氏ではないか。

 いつでもどこでもフォロアーは呪わしい。鈴木創士氏は生田耕作の弟子
ではあったけれど、<大正生まれの文学者の精神を自分の精神だと勘違い
した取巻き>(追悼文集「イクタコウサク」に鈴木氏が寄せた文章、
『レクイエム』p73より)ではなかった。なれなかった。それ故に、誠実に
師の元を辞去したのであろう。

< ともあれ、先生との日々の会話のなかから勝手に盗み取ったものが、
 後に翻訳の仕事の技術的基礎を私に与えてくれた。>(『レクイエム』
p75)その成果のひとつを、いま目にしているのである。
   (アルトー/鈴木創士他訳 河出書房新社 07初帯)
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by byogakudo | 2007-06-26 12:35 | 読書ノート | Comments(0)
2007年 06月 25日

「アルトー後期集成3」を読み始める

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 昨日の体調の悪さは熱中症気味だったってことかしら? 閑なので
奥の部屋に引っ込んでいた。PCの廃熱に湿気が加わり、人体にほどよい
冷房温度では不足だったのではないかと、思いついた。真相はわからない。

 ヨレていた昨夜、本を手に取る元気がなく、それでも何か目にしていたい。
目録で目ならしする。疲れているなら早く横になればいいのに、できない。
神経症の一種なのか、貧乏性か。
 
 ベッドでアルトーを数頁。アルトーってこんなに読みやすかったっけ?
太古の記憶だが、もっとこわもてで、しかも何を言ってるか不明な日本語で
読んだような気がする。いま、このすっきりした日本語でアルトーが読める
若い世代は、自分の運のよさを讃えるべきだろう。

 数頁読んだだけではあるが、思い入れや自己満足に汚染されていない、
誠実で清潔な翻訳、という第一印象である。フランス語が読めないくせに
何を言ってると非難されそうだけれど、日本語力はある。これは、とても
素敵な日本語です。

 読みながら、聖書に伝えられるキリストの口調を思い出す。聖アルトー。
     (アントナン・アルトー/鈴木創士他訳 河出書房新社 07初帯)
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by byogakudo | 2007-06-25 14:09 | 読書ノート | Comments(0)
2007年 06月 24日

「アルトー後期集成3」

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 鈴木創士氏から出版されたばかりの「アルトー後期集成3」をいただいた
(宇野邦一・鈴木創士 監修/鈴木創士・荒井潔・佐々木泰幸 訳/ミルキィ・
イソベ 装幀 河出書房新社 07年初帯)。
 
 鈴木氏は「アルトー・モモのほんとうの話」と「アンドレ・ブルトンへの
手紙」を翻訳していらっしゃる。今夜は頭を切り替え、体力をつけて読み出さ
なければ__湿気にやられて少し自信がない。

 気持のよい装幀で、それだけでも読む気に誘われる。樺色のジャケットに
渋いサーモン・ピンクの帯、Jを外してみると表紙も背も黒一色。ひらには
題名もかど革もない。背表紙に型押しで__60-70年代の本を思い出す__
タイトルが打出されていた。
 とてもアルトーを感じさせるデザイン。ミルキィ・イソベの装幀でいいと
思ったのは、じつは今回が初めてだ。

 おやおや、アルトーVS森茉莉になりそうである。パリの休暇を終えた
お客さまがいらして、今度は「ぼやきと怒りのマリア」(筑摩書房 98初帯)を
貸して下さった。「暗いですよ」とおっしゃる。
 
 さっきから何だかクラクラしている。今夜は読めるのだろうか?
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by byogakudo | 2007-06-24 13:38 | 読書ノート | Comments(0)
2007年 06月 23日

「この顔で悪いか!」読了

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 昨日、帰りの地下鉄の中から読んでいた「この顔で悪いか!」(伊東四朗
集英社 97初帯)を読み終わる。チャーミングな喜劇人のチャーミングな自伝的
エッセイ集だった。

 喜劇の舞台における"間"についての話を引用。
< 実はこれお客さんの"間”なんです。お客さんがセリフを聞いて、頭の
 中でくるっとひと回転させて、ああ、そうかってわかってから次のことを
 言わないといけないんです。畳みかけなきゃいけないとこもあるんですけど、
 全部畳みかけてると、どんどんシラけてっちゃう。
  それはテンポがいいこととは違うんです。要するに、役者がつくる"間”
 じゃないってことです。役者があえてつくってるのは"間"とは言わない。
 わたしに言わせれば無駄な思い入れ。お客さんが納得する間、それを"間”
 とわたしは言います。わたしはですよ。>(p215-216)

 何か断定的に述べた後、いつでも「わたしの場合はそう思う」とつけ加える。
シャイで、でもきっぱりした自己認識をもつ東京っ子らしい様子だ。素に近い
役柄や汗をかく熱演が苦手、お金をもらう仕事場で「かるーく、シャレで」
やるなんて性分上できない(p201)、
< 一夜づけでも、とにかくその道のプロと比べて、遜色がないと、なんとか
 そう見えるところまではもっていきたい。少なくとも努力はしたい。>
クールってこういうことだ。

 今週の新着欄です。上げる前に1冊売れてしまいましたが。
 新着欄
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by byogakudo | 2007-06-23 15:31 | 読書ノート | Comments(0)
2007年 06月 22日

雨降りの新宿/五反田

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 雨降りの定休日、SはMRI検査結果を訊きに新宿へ、わたしは五反田へ
本を探しに。

 Sの結果は良好だった。「きれいにくっついていますよ」ということで、
ともかく歩いてリハビリすればよいと言われる。骨が変なつき方をして
手術という展開だってありえたので、ようやく不安が解消される。

 傘をさして本を抱えて戻るのが憂鬱だ。腰が重い。夕べ読み終えられ
なかった「切り裂かれたミンクコート事件」(ジェームズ・アンダースン
扶桑社 06初帯)を最後まで読んでから、ようよう出かける。あんまり
コージーな印象ではなかったな。

 雨に加えて、来た時間が遅かったせいもあるけれど、五反田1階がいつも
より寂しい。ふだんなら早く切り上げて2階に行かなくっちゃと焦るのに、
今日はあっさりと一周する。その代り2階に長居してしまったので、滞在
時間はいつも通り。
 BIBAをまとめて紹介している本が出ていて、ちょっと欲しくなる。BIBA
の指で塗るタイプのアイシャドーは、顔料?が強すぎて、付けてしばらく
すると瞼がかゆくなったっけ。きれいな深緑色だったけど、あきらめて
パウダー・タイプの黒を使っていたことなど思い出していた。本は結局
買わず。

 4pm。神保町に寄る元気はない。ひとりでタリーズ、というよりは
「五反田タリーズ」に行くのも愉しくない。速やかに帰ってSの吉報を
聞いた訳です。
 

 
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by byogakudo | 2007-06-22 19:56 | 雑録 | Comments(2)
2007年 06月 21日

「切り裂かれたミンクコート事件」足踏み中

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 昨夜は「時代観察者の冒険」(小林信彦 新潮文庫 90初)を再読(だと
いうことが途中で判明)していて、「切り裂かれたミンクコート事件」
は未だ何事も起らず待機している。

 その「ミンクコート事件」であるが、巻末にミステリー評論家による
解説がついている。作者・アンダースンのコージーなミステリ感覚を、
ミステリの愉しさは「上品な軽はずみ」にあるというアレン・レーン
(ペンギン・ブックスを作り上げた出版人)の言葉を引いて説明している
箇所に重箱の隅を発見。

< だいたい、第二作の舞台が前作とまったく同じ大邸宅で、ほとんど
 同じシチュエーションで物語が進行するという趣向自体が「軽はずみ」
 以外のなにものでもないだろう。こういうことをしたり顔でやってのける
 「余裕と稚気」を作者と読者が共有できるところに、このミステリーの
 楽しさがある。>(p571)

 一体いつ「したり顔」という言葉は、「平然とした」や「淡々と」という
意味に逆転してしまったのか。担当の編集者は受取った原稿をちゃんと
読んだのだろうか。読んでも何の疑問ももたなかったとしたら、もはや言う
べき言葉はない。

 尤も、「時代観察者の冒険」中の『編集者評論のすすめ』によれば、
編集者は三タイプに分れていて
<  1 クリエーティヴな編集者
   2 事務屋
   3 事務屋以下のお使いさん  >(p302)になるそうである。

 小林信彦は<(中略)苦節十数年のすえ、私は1のタイプの人とだけ
仕事ができるようになったのだが、何千人か何万人かいる編集者の多くが、
2、3のいずれかであることは否定できまい。>(p303)と述べるが、この
コラムの初出は「本の雑誌」17号(80年3月)である。27年前だ。状況は
ちっとも改善されず、ますます悪化しているという訳か。
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by byogakudo | 2007-06-21 13:25 | 読書ノート | Comments(0)