猫額洞の日々

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2007年 07月 31日

森茉莉付近(17)「商船テナシチー・巡礼」

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 文庫本を目録に入れようかと覗いていたら、森茉莉について一言だが
発見。シャルル・ヴィルドラック作 山田珠樹訳 山田ジャック解説の
「商船テナシチー・巡礼」(創元文庫 53初帯)である。

 戯曲2篇のあとに山田珠樹による「シャルル・ヴィルドラック」(「会見記
及びその劇評」)があり、そこに森茉莉が1行だけ登場する。

< ある日ヌエットさんにヴィルドラックが大好きだという話をした。
 ヌエットさんはヴィルドラックは友達だから逢いたければ都合をきいて
 見ようかと云う。もとより願うところである。同宿の内藤君と「是非」と
 頼んだ訳である。ヌエットさんは、その昔ヴィルドラックと一緒にある
 本屋に勤めていたことがあるという。そんな仲だから、都合をきけばよい
 ので、諾否の問い合せなんぞは別に要らないらしい。
  その後幾日か経って、ヌエットさんが迎いに来て呉れた。一緒に連れて
 行った妻がまだ毛皮の外套を着ていたから、多分今年の三月頃だったろう。
 少し時間が早かったので、パリの町の考古学者たることを楽んでいる、
 ヌエットさんが、時間潰しに、サン=ミッシェルの広場近くの古い家を
 見せて呉れた。オートビュスの騒々しい通りを一寸裏に入ると、妙な中庭が
 あって、そこに鉄の捲上機がついた、中世期風の井戸がある。蔦のまつわった
 壁は黴臭く、中庭の敷石はじめじめしている。そうかと思うとヌエットさんは
 荷馬車の間を避けて通りながら、或る工場風の建物の前にわたしらを連れて
 行く。これがバルザックの印刷工場であるという。成る程写真でお馴染の
 建物である。そんな風にぐるぐる歩かせられた挙句、急に馬鹿に細長い狭い
 往来に出た。真正面にアンスチチュのドームが見えていたから多分 rue de
 Seine じゃないかと思う。>(p123-124)

 バスが走り荷馬車も通る20年代の巴里。このあと山田珠樹たちはパッサージュ
の6階まで暗い階段を上り、ヴィルドラックの<四、五間はある、相応の
アパルトマン>(p125)で仏日の演劇状況等を歓談しているが、森茉莉の話は
出て来ません。
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by byogakudo | 2007-07-31 14:36 | 森茉莉 | Comments(0)
2007年 07月 30日

「玻璃の天」「あめりか屋商品住宅」読了

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 やれやれ今日は例の閉店休業になるのかしら。雨粒が大きすぎて、店を
開けるのがためらわれます。

 さて、先週読んだ「玻璃の天」(北村薫 文藝春秋 07初帯)。「俳風三麗花」
と同じような時代設定だが、こちらは麹町にお屋敷のあるブルジョアお嬢さん
がメインの探偵小説仕立てだ。

 お嬢さんが謎にぶつかり、お家(うち)の女性ショーファーに助けを求める
連作短篇集であるが、ジーン・ウェブスター「あしながおじさん」と江戸川
乱歩「鏡地獄」との相似が指摘されたり、暗号ミステリになったり、探偵小説
としての工夫を凝らしつつ、テロリズムから戦争へと移り変わる時代の流れも
読み取れるつくりだ。
 アンチ・テロリズムの姿勢が結局、国家による個人の弾圧、そして国家間の
暴力の応酬である戦争へと変貌して行くありさまは、過去の歴史が現在と
地続きであることを、よく示している。決して声高に語られてはいないが。
 
 お嬢さんの生活にはまだ嵐の兆しが入り込んでいない頃、本好きの彼女が
三越の書籍売場に行くシーン。
<東京の大書店には、洋書部の充実している所がかなりあるが、ここも
 <百貨店の一部>と侮(あなど)れない。横文字がずらりと並んでいて、
 眺めているだけでも楽しい。>(p159)

 三越の洋書部? 最近どこかで目にした記憶が__と思ったら、09aに
入れた" HOUSE PLANTS " (Better Homes & Gardens 59)の後ろ見返しに
1×2cmの小さなシールが貼ってあった。
 MITSUKOSHI,LTD、その下に枠で囲って BOOK DEPARTMENT、三行目に
TOKYO JAPAN、右端に丸で囲った中に「越」の文字というシールである。

 つまり1959年には、まだ三越の洋書部は続いていたと理解してよいの
だろうか? この本もカラー印刷の色の褪せ具合がすてきで、ただの実用
園芸書であると解っちゃいるけれど、愛することの妨げではない・・・。
 むかしのカラー印刷の褪色愛好に関しては、もはや変態の域に達している
と自認してはいますが、ほんとにうっとりするほどきれいなんですよ。

 話が飛んでしまったので「あめりか屋商品住宅」(内田青蔵 住まいの図書館
出版局 87初 帯欠)に移ろう。
 あめりか屋といえば山本拙郎、雑誌「住宅」、住宅改良会。ところが
創設者については何にも知らなかった。

 あめりか屋を始めたのは橋口信助。洋風住宅や家具の輸入会社が出発点
であるが、なぜ洋風住宅が望ましいかの理由が、
<小供の時から、畳に非常に怨を持つて居つた。それは親父から厳重に
 坐る事を言付けられたが、暫く坐つていると直ぐ痛くなつて足を横に
 出す。(以下略)>(p24)

 正座が苦手と、着るものひとつ取っても、当時は今よりもっと洋風・
和風の二重生活であったので、生活の合理化運動の風潮にもマッチした
洋風住宅を広めようという理由から始まったあめりか屋であるが、勿論
最初は社会の上層部が注文する、ついで中流階級向きの小規模住宅の設計
施工に至り、あのナオミとジョージの暮す大森の文化住宅が出現する訳です。

 読んでよかった。「住宅」の合本をむかし売ったことがあるけれど、今は
裏表紙の傷んだ1冊しかない。集めたいなあ。

 雨もやみ閉店休業は免れる。人気(ひとけ)は依然としてなし。

 夕方近く、鈴木創士氏の「アントナン・アルトーの帰還」(現代思潮新社
07初帯)が届いた。第一頁からイカレる。
< その日は素晴らしい天気だった。
  決然として高く聳え立つどこまでもつづく空。明るく、底無しの、
 眩暈(めまい)のするような青。私は憶い出す。初夏の陽射しを浴びて、
 マロニエの青葉の上で揺れる小さな玉の露に湾曲した蒼穹が映っている。
 何もないがらんどうの記憶。>
 なんて狂おしくうつくしいイメージだろう! 「私は憶い出す。」以下は
もしかして最初にフランス語で考えてから書かれたのではないか、という
気がする。
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by byogakudo | 2007-07-30 12:48 | 読書ノート | Comments(0)
2007年 07月 29日

" kaiba " 創刊準備号発売中!

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 microjournal+chocochip編集による文芸同人誌 " kaiba" 創刊準備号が
入荷しました。 
 瀟酒な造りです。B6版、全15頁、最後の頁(裏表紙の裏)にwhity主演の
予告編つき。レジに置いてありますので、ぜひ一度手に取ってご覧下さい。
1部 ¥300。
 今日付けのmicrojournalに表紙の写真が出ています。タイトル上の文字、
「総合文芸同人誌(笑)」の(笑)が謎を呼びます。
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by byogakudo | 2007-07-29 13:01 | 告知 | Comments(2)
2007年 07月 28日

2冊読了

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 一昨日、お借りしている最後の本「玻璃の天」(北村薫 文藝春秋 07初帯)の
前にブレイク?として、ブレット・ハリディ「死体が転がりこんできた」
(ハヤカワ・ミステリ文庫 81初)を読む。

 肉体派のペリー・メイスン、といったところか。主人公の私立探偵、
マイク・シェーンは、何度も殴られながら大事に至らない、驚異の身体の
持ち主である。ちょっと城戸禮の三四郎シリーズも頭に浮かんだが、あんなに
のんきではなくて、ハードボイルドです。

 フィルム・ノアールでは友情や親愛の象徴として煙草のやり取りや火を
つけてやるシーンがよくあるが、ここにも典型的に出て来る。

< シェーンはたばこをすすめた。女が首を振ったので、自分だけつけた。>
(p18) これは事務所を訪れた初対面の客(ブロンド美人)に対して。

<彼女は体をおこすと、シェーンのワイシャツのポケットからたばこを二本
 取り出した。そして、二本とも火をつけると、一本を彼の唇にはさんだ。>
(p76-77) シェーン夫妻のやり取りである。フィリス・シェーン夫人は
危険な事件なので夫に手を引いてもらいたいが、健気にこらえるシーン。

<(略)シェーンはたばこの箱を取り出しながら後ろへさがった。彼は一本
 振り出してメイスにすすめると、自分も一本取って、同じマッチで両方に
 火をつけた。>(p92) これは一見、同じ女(先のブロンド美人)を
訪れた二人の男、という状況だったので、シェーンは緊張緩和を図っている。

 このように映画にミステリに便利な煙草場面であるが、
<(略)ウォルト・ディズニーは二十五日、今後製作するディズニー映画には
 喫煙シーンを一切登場させない方針を表明した。映画に描写される喫煙
 場面が子どもの喫煙を助長しているとの批判に対処し、大手映画会社と
 しては初めて「喫煙シーン追放」を宣言した。>という記事を、発見。
東京新聞、7月26日夕刊より。
 なお同記事には、禁煙キャンペーンを展開する民間団体の調査結果も
載せられている。団体名は「アメリカン・レガシー・ファンデーション
なる由。レガシーねえ。平和のパイプってアメリカの伝統じゃないんだ。

 昨夜読んだ北村薫の方は、長くなるので明日にでも。これも巧かった。

 今週も新着欄をアップしました。よろしく。
 新着欄
 梅雨が終ると夏枯れが始まる。呪われし者よ、汝の名は古本屋。
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by byogakudo | 2007-07-28 14:15 | 読書ノート | Comments(0)
2007年 07月 27日

今日は共栄堂のカレーにつきる?!

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 もう梅雨明けといっていいんじゃないか。暑さに気を重くしながら
ふたりで出かける。まず、五反田。午後に来るからいけないと言われる
かも知れないが、夏枯れっぽい。1階は早く切り上げ2階へ。やっぱり
しぶとく見てしまう。Sは選んだ本を抱えることこそ、しないが、以前と
同じ調子で(そう見える)背をかがめて本を探す。

 コーヒーを切らしている。ヒマラヤ杉の神保町タリーズでポイントが
溜っているのに、なぜか白山通り寄りのタリーズに入る。暑さで判断力が
低下してるのでしょう。Sは譫言のように「北の丸公園・・・」とつぶやく。
余力なぞないと解った上での冗談。

 外に出るとやっと陽が陰ってきた。コーヒーを買う前にSの提案で共栄堂
に入ってみる。カレーで早い夕食だ。

 前を通る度に、いつかここで焼き林檎と紅茶を頼みたいと思っていた
共栄堂である。つまり、安東更生「銀座細見」ごっこがしてみたい。
銀座千疋屋の神保町ヴァージョンですが。

< ここの客には一つのテイクニツクがある。それは「焼きりんごと
 マカロニ」だ。つまり夕方六時前後のドヤドヤがすんだ頃、丁度銀ブラ連
 が出がけに寄る。それから第二期、九時過ぎのドヤドヤまで一寸二時間
 ほどは随分静かで、秋口なんか、クロスは白い、ウエトレスは小さい、
 それが目白押(めじろお)しで奥の方につつましくひそひそ話でもしている。
 長居も気兼ねでなく、テエブルの上が紅茶と煙草だけでは間が継げない。
 そこで焼林檎(やきりんご)を注文する。と、きまつて「お気の毒ですが、
 二十五分位かかりますが宜しうございませうか」と断られる。客の方では
 願ふところで、さてやつと出来て来たところで、今度は更めてマカロニを
 誂へる。するとこれまたお長くなりますがと断られる。つまりあとさき
 一時間半余りはこれで楽に頑張(ぐわんば)つて居られるといふ、仲々念の
 入つた時間消費法だ。>(春陽堂 31初 p152より)

 長居するだけのゆとりはないけれど、寒くなったらいつか試みたい。
今日はカレ−。地下に下りる階段部分が、ちょうど中庭の効果を出している
素敵な作りだ。店内もこざっぱりして居心地がいい。若い客たちは大盛りや
中盛りを頼んでいる。すごいなあ。

 店主の体さばきが見事。いい間合いで客のグラスに水を勧め、皿を下げる。
やや崩れた身ごなし(というより、やっぱり体さばきと言いたくなる)ながら
決して崩し過ぎない。プロフェッショナルはうつくしい。
 「お昼時の子供連れのお客様はご遠慮ください」の掲示も素晴らしい。
プロはこうでなくっちゃ。おいしかったし、また行きたい共栄堂です。
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by byogakudo | 2007-07-27 20:50 | 雑録 | Comments(2)
2007年 07月 26日

「青年のための読書クラブ」読了

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 ときとところを違えて存在し続けるすべての本読みに捧げられた本だ。
文句なし。素敵です。

 外界とうまくフィットできなくて、ひっそりオンボロ部室に閉じこもり
各人、好きな本に読みふける「読書倶楽部」の概してサエない少女たちは、
性別・年齢・時代こそ違え、お師匠さんの肖像であり、わたしでもある。
 表紙にのみ書かれている英語題名"St. Mariana Girls' High School
The Reading Club for the Youth"のYouthは、young at heartの意で
あろう。物語には少女期と少女の晩年の姿も記されている。
 
 第五章に出て来る「紅はこべ」愛読少女、五月雨永遠(さみだれ・とわ)の
<目立ちたくない、学園においてけっして何者にもなりたくない>(p196)
思いの痛切さ。

 時代の変化をほとんど寄せつけない、卵のような閉鎖系であるお嬢さん
学校・「聖マリアナ学園」、その中のさらなる閉鎖系「読書倶楽部」という
二重の囲い込みは、多くの本読みの願望であろう。

<「(略)部室にいるのは、我々と、彼ら三人。名もなき、力なき者たちだ。
 ぼくたちが世の中を変えることはけしてないだろう。」>(第三章 p128)
 一人称に「ぼく」を選ぶ少女たちは、本に読みひたることによって、
世界への不服従の態度を貫く。アンチではなくナルであり続けることは
不逞の輩足りうる必須条件である。

     (桜庭一樹 新潮社 07初帯)
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by byogakudo | 2007-07-26 12:51 | 読書ノート | Comments(0)
2007年 07月 25日

「青年のための読書クラブ」途中

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 その前に、昨日の「駒形」は「こまかた」が本来の発音であると、
古書伊呂波文庫さんから早速、ご連絡いただく。
 芥川龍之介が「『こまかた』と言っていたが、明治の終り頃(?)には
『こまがた』が多くなった」と記しているそうである。
 持つべきものは「東京弁辞典」を秘蔵する先輩だ。感謝。

 「俳風三麗花」は1930年代だから「こまがた」ルビで、おかしくは
ないが、折角、句会中心に話が廻るのだから、古風に「こまかた」ルビも
ゆかしいのではないか。「麦茶」ではなく「麦湯」が運ばれて来るのだし。

 昨夜からお借りした3冊目「青年のための読書クラブ」(桜庭一樹
新潮社 07初帯)。そう、2月に読んであまり感心しなかった「赤朽葉家の
伝説」の桜庭一樹だ。思わずお師匠さんの顔を見上げると、
 「ところが、これがいいんだよ」

 たしかに今回、なかなかです。資料負けしてない、ぴったりの文体で
書き綴られている。創立100年近い歴史をもつミッションスクール
「聖マリアナ学園」のダークサイド、「読書倶楽部」秘話という設定が
自在に語られて行く。こんなに書ける人だったのねと、失礼なことを
思ってしまった。

 お師匠さんは70台後半。わたしがお師匠さんの歳まで生きたとして、
ここまで現役の読書ができるものかどうか、自信がない。

 ところで、朝刊に早川書房の広告があったが、ディー判事シリーズは
どうなってるんでしょう? 音沙汰なし。ボリス・ヴィアン全集の時も
はらはらするような間隔で出版され、でも全巻ちゃんと刊行されたから
気長に待てということだろうが、あれは20年前のこと。もう持ち時間が
足りないので、できるだけ早めにお願いしたい。
 それから是非、どこでもいい、キリル・ボンフィリオリを選集でいい
(全集ならもっといい)、出して下さい、早急に! こっちは、あとがない
のです。生きていたとしても本を読んで愉しめる心身であるか、環境に
いられるか、危ういのですから。心残りなく死なせてくれ、頼む。
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by byogakudo | 2007-07-25 13:04 | 読書ノート | Comments(2)
2007年 07月 24日

「俳風三麗花」読了

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 これも巧い時代小説だ。戦前の昭和、1930年代の東京・日暮里
渡辺町での句会を中心に、つかの間の小春日和から第二次大戦へと向う
世相がよく伝わってくる。

 時代小説とは江戸や幕末がメイン・ステージなのだろうが、明治以降・
戦前の昭和まで、もはや時代ものと見なしてもよいのではないだろうか。

 この小説は、向田邦子+久世光彦の世界より少し前を扱っているが、
もうこれらは(「東京タワー」等(読んでいませんが)の昭和レトロ
スペクティヴなぞより)知る人もいない、はるか大過去に属している
のではないか、という気がしてならない。その頃を知る人々が死に絶えた
訳ではないが。

 昭和史の読み替えの風潮とも関係していそうだが、戦前戦中を舞台に
した近ごろのTVドラマなぞを瞥見すると、信憑性の希薄さに頭を抱える
ことがほとんどである。舞台装置や小道具にどんなに凝ってみても、
登場人物の感情表現が嘘くさかったら、それは成立しない。

 三田完「俳風三麗花」(文藝春秋 07初帯)は、まずまず、当時の空気に
ほんとらしさが感じられる。句会に集う若い三人の女たちの心の揺らぎや
諦念が、句会の四季とともに無理なく語られて行く。関東大震災の被害から
ようやく復興し、やがて国内でも戦争が始まるまでの時代状況とのからみも
巧い。

 気になったのは「ひと段落」くらいだろうか。あと、これは東京ネイティヴ
の方にお聞きしたいが、「駒形」の発音は「こまかた」ですか、それとも
ルビにあるように「こまがた」でしょうか? Sに尋ねてもいいのだが、
杉並区出身のネイティヴでは、ちょっと信頼感を持ちにくくって、どなたか
ご教授ください。
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by byogakudo | 2007-07-24 14:22 | 読書ノート | Comments(0)
2007年 07月 23日

「鹿男あをによし」読了

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 (写真はクリックすると拡大します。)

 上手だったと書くと、生意気で無礼な響きだが、ほんとに巧い小説家
だと思う。

 東京で大学の研究室にいた青年が、人間関係のトラブルで奈良の女子高
の臨時教師として短期赴任する、「坊ちゃん2007」。赴任先での出来事等、
かなり「坊ちゃん」の下敷き通りに展開していると思うが、なにせ元版を
読んでいないので保証はできない。

 青年の生家は鹿島大神宮を信仰していて、その大神宮と奈良の春日大社
とは神様同士、関連がある。そこから民俗学的ファンタジーになる訳だが、
青年は奮闘せざるを得なくなる。地球規模とまでは行かなくとも、日本に
大災害が起りかねない事態に巻き込まれるのだ。その間、女子高対抗の剣道の
試合なんて青春小説風味も同時進行する。

 エンディングはどうするかと期待していたら、ファンタジーというより
お伽噺的に甘くさわやかに終ってくれた。なかなか綺麗。

 ただ、近ごろの小説は、みんな世界の危機が物語の基点にないと書いちゃ
いけないのだろうか? たしかに地球は危機的状況にあるし、日本の閉塞感は
強いし押しつぶされそうな気分が蔓延しているけれど、小説ではなく大説型が
目につく。危機型ファンタジー? それともファンタジーは不安の時代に
書かれるものなのか。
     (万城目学 幻冬舎 07初帯)
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by byogakudo | 2007-07-23 13:21 | 読書ノート | Comments(0)
2007年 07月 22日

「鹿男(しかおとこ)あをによし」を読み始める

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 (写真はクリックすると拡大します。これも湯島散歩中。)

 お師匠さん一押しの万城目学(まきめ・まなぶ)「鹿男(しかおとこ)
あをによし」(幻冬舎 07初帯)、さすがです。

 文章がいい。軽やかでコミカル、しかも品がいい。軽装版で、
表紙には若い男と鹿と剣道着の少女が漫画っぽいイラストレーション
で描かれているからって、偏見を持ってはいけませんね。(お師匠さん、
どんな顔してレジに差出されたのかしら? 想像するとたのしい。)

 物語は漱石「坊ちゃん」を下敷きにしているようだ。ようだと書くのは
「坊ちゃん」(と「三四郎」)を読んでいないからだが、いつぞやの
「漱石先生の事件簿 猫の巻」(柳広司 理論社 ミステリーYA! 07初帯)
のシンプル・マインデッドとは雲泥の差。民俗学的ファンタジーが
現代版「坊ちゃん」の地平に語られる。巧くって感じがいい。どう着地
させるか、期待しながら読んでいる。

 その前に読んでいた「深夜の散歩」は読了。福永武彦ご推薦のシャー
ロット・アームストロング「疑われざる者」は、お師匠さんによれば
「ありきたりだね」。
 丸谷才一の中に時々「フェミニスト」という言葉が出て来るけれど、
70年代ウーマン・リブ以前の語用なので、もっぱら「女性尊重論者」
(たいていは建前としての尊重)の意で使われているのが、時代を
表している。

 フリッツ・ライバー「妻という名の魔女たち」は、呪術の蘊蓄ばかり
目につき、読み進める元気が出ない。たぶん、このまま棚に出すでしょう。
 「闇の聖母」等は、もっと素材と物語とが練れていたと思うのだが。

 感激したのが「くたばれスター野郎!」(竹中労 秋田書店サンデー新書
67初)。
 映画スターたちの大邸宅がほとんど会社からの借金で建てられている
実体を数字を上げて示し、遊女の丸抱えに等しいと喝破する。その対局に
ある大部屋役者たちの悲惨な在り様に怒って、俳優ユニオンの立ち上げに
協力する南部僑一郎や竹中労たち。

 この対立図式は、いまの正社員 対 フリーター・派遣労働者の二重の
労働事情に等しい。その方が企業にとって都合がいいからだけれど。
 売名記事はルポライターたちに書かせても、己の醜聞に関しては
プライヴァシー権を持ち出して報道規制を望むスターたちの様子は、
芸能人化した今の政治屋たちにそっくりだ。

 状況は結局いつも変わりないことがよく解る。何も解決して来なかったし
テロの恐怖という名目の立つ現在の方が、報道規制はもっとやりやすい。
 「勝てば官軍」「寄らば大樹の陰」って処世術が、あたし、いちばん
嫌いです。勝つって怖いことだと、もっと自覚する人が増えればいいのに。
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by byogakudo | 2007-07-22 13:40 | 読書ノート | Comments(0)