猫額洞の日々

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2008年 04月 30日

「千の脚を持つ男」読了

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 ジキル博士からハイド氏に変るなら人体だから、まだいい。
表題作「千の脚を持つ男」は、肩から上は人間だけど、手脚が
千本もの吸盤をもつ大蛸様に変化してしまう。可哀想。

 せめてケンタウロスにでも変る発明だったらよかった。孤独な
菜食主義者として野山にひっそり棲息することもできたのに、
動物性蛋白質が必要な海洋生物に変っちゃうなんて、不幸この上ない。

 と、すっかりフランク・ベルナップ・ロングのファンになって
しまったが、いずれも優れた短篇集で、「怪物ホラー傑作選」の
名に恥じない。配列もうまくできている。順番に読み終えてから
特にお気に入りの作に戻って味わいたくなる。

   (中村融 編 創元推理文庫 07初帯)

 Sが長篇SFを読み終えたので彼に渡す。さて、わたしは
「怪奇礼讃」だ。ん、第一作マーガニスタ・ラスキ「塔」は
どこかで読んだことがあるような。何に入っていたのだろう?
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by byogakudo | 2008-04-30 12:49 | 読書ノート | Comments(0)
2008年 04月 29日

「千の脚を持つ男」半分弱

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 女性客からまた2冊お借りした。SF短篇集から行くか怪奇短篇集に
するか。

 まずSF短篇集「千の脚を持つ男」(Th.スタージョン A.デイヴィッド
ソン他 創元推理文庫 07初帯)。創元推理文庫、がんばっているのですね。
新刊書店に行かないせいで、知らなかった。申訳ない。

 それほどモンスターSFファンではないが、4篇読んで、どれも愉しい。
だがスタージョン「それ」の素晴しさは、群を抜いている。SFという
ジャンルを通り抜けて、むしろ文学と呼ぶべきじゃないか。淡々とした
緊迫感の持続、最後の1行の痛烈さ。かっこいい。

 これも編集のバランス感覚がよくて、スリリングなスタージョンの
後には、編者自ら「怪作王」と奉るフランク・ベルナップ・ロングの
「千の脚を持つ男」である。
 ロングの他の作品としては、なになに、「脳を喰う怪物」に「海の
大蛭」? タイトルだけで猛烈さが伝わってくる。スタージョンの
全翻訳を読み終えたら、ぜひトライしてみたい作家になりかねない。

 Sが長篇SFを終わったらこれに移りたいだろう。そのときは速やかに
渡して、「怪奇礼讃」(E.F.ベンスン A.ブラックウッド他 創元推理文庫
04初)を読もう。
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by byogakudo | 2008-04-29 14:07 | 読書ノート | Comments(0)
2008年 04月 28日

ピーター・ディキンスン「緑色遺伝子」読了

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 人種差別問題から発してストーリーや思考が枝分かれ的に
展開するのかと思いながら読んでいたら、人種差別問題のまま
終わってしまった。あらあら。

 結局言いたかったのはそれだけなのか。SFであれば、もっと
思考を深めることもできたんじゃないか。
 イギリスSFによくある社会派SFに終始した感じだ。遺伝子の
せいで緑色の皮膚をもって生まれてしまい、社会的に下層に
追いやられる存在を考え出したのは、ディキンスンらしい
へんてこさで、そこは面白いのだが、それ以上行かない。

<[略]わたしたちの扱われかたといったら__何世紀ものあいだ、
 それも時を追うにつれてひどくなっていくから__もう美徳に
 したがうことなんてできないようになってしまったのよ。
 細くてまっすぐな道が爆破されてしまって、もうわたしたちには
 破滅への道を選ぶことしか残されていないのよ。選択はすべて
 邪(よこしま)なものだわ。でもひとつだけはっきりしている。
 知らん顔をきめこんだり、戦いに参加しなかったり、いつまでも
 堕落のなかに身をおいていたりしたら、それが邪なものをいつまでも
 はびこらせることになるってことね。とれる行動はせんぶ邪なもの
 だけれど、そのなかからなにかいいものが生まれてくるかもしれない。
 必ず生まれるとは言えないけれど、生まれてくるかもしれないのよ。
 わたしは可能性にかけたのよ。[略]」>(p238)

 緑色の皮膚をもつ女性ゲリラの発言である。近頃あまり使われなく
なった「ゲリラ」という言葉だが、「ゲリラ」を「テロリスト」と
言い換えられるひとは、権力サイドに立っている。無意識の裡に。

   (サンリオSF文庫 79初)
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by byogakudo | 2008-04-28 12:15 | 読書ノート | Comments(0)
2008年 04月 27日

鉛の週間

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 写真タイトルは「セルフ・ポートレイト」。

 ゴールデン・ウィーク? 古本屋にとっては鉛の週間が
いよいよ始まった。おそろしい。
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by byogakudo | 2008-04-27 13:06 | 雑録 | Comments(0)
2008年 04月 26日

「青春の影」読了、「緑色遺伝子」へ

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 昨日のブログで代田橋を新代田と書いていた。もちろん、京王線
代田橋の間違いです(訂正済み)。
 写真は元パーサー氏のお宅。パーサーと違って「船乗りは陸(おか)に
上がると日本趣味になって、丹前を着て長火鉢の前で熱燗をやってる」
のだそうです。未だにそうであるかは判らない。

 エルコレ・パッティ「青春の影 ジョヴァンニーノ」(角川文庫
78初)読了。地方都市のブルジョア生活に飽き足らない思いを抱く
ほっそりした青年は、ようやく憧れのローマに暮らしてみる。

 日本の私小説では、田舎の地主階級の息子が好んで都会の貧乏
暮らしをすると決まっているが、シチリア小説では半年で田舎に戻り、
お金持ちでびっこの若い女性と結婚し__お見合い会場は黒シャツ党員も
多数来ている劇場だ__、父親以上にブルジョア地主階級としての
生活に邁進する。もっと収穫のよい土地を求め、財産を殖やすことしか
考えなくなる。

 小説のエンディングでは、若くて馬鹿をやった(貴族の友だちと
コケインを試みたりする)頃をはかなく思い出す、太って身の回りに
気を使わない中年男として現れる。諸行無常。淡い哀しさが好きだ。

 ピーター・ディキンスン「緑色遺伝子」(サンリオSF文庫 79初)は
半分弱まで来た。人種差別問題をSF的に扱っているが、封筒にノート
する場面を発見。書くのはイギリス人ではなく、主人公のインド人・
数学者だが。

< 彼女はヒューマヤン[注: 主人公]のそばに腰をおろしたが、
 ヒューマヤンのほうは封筒のうらを使って方程式を解いていた。>
(p41)

 今週の新着欄です。よろしく。
 新着欄
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by byogakudo | 2008-04-26 16:02 | 読書ノート | Comments(0)
2008年 04月 25日

和田堀給水場(?)

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 義母を誘ったが少し風邪気味とのことで、ふたりで和田堀
給水場へ出かける。バスで永福町、井の頭線+京王線代田橋下車、
目の前が給水場のはずである。

 まず井の頭線・新代田と京王線・代田橋の違いをわきまえて
いなかった。あわてて明大前に戻り、新宿行き各駅停車を待つ。
たしかに代田橋の踏切前に黒いフェンスが廻らされている。
やっと着いた。

 と、正門前に行ったら、「明日から公開」の掲示がある。
4月の桜の時期に一時公開、しばらく休んで明日から5月にかけて
躑躅見物用に解放される、ということだった。独自のHPを持たない
場所は、情報公開も不足している。宣伝していないから保たれて
いるのかも知れない。

 文句を言ってもしょうがない。ふたりとも代田橋に下りたことが
ないし、周囲の散歩に切り替える。Sは柵の隙間からそれでも
建築物を撮っていたが。

 フェンスに沿って歩いていたら、黄色いモッコウ薔薇が屋根まで
伸びているお家にぶつかる。家の前に錨や舵が置かれ、お庭には
大小の鐘が下がり、外壁には小さな聖母像まである。
 お家の方を見かけて「船乗りでいらしたのですか」とお尋ね
した。船乗りではなく客船のパーサーだったとおっしゃる。

 船乗りとは、船を航行させる任務のひとを指すらしい。錨や舵は
彼が勤務していた船のものではなく、仕事を辞めてから新たに手に
入れられたそうだ。鐘は昔、船で時刻を知らせるために鳴らされた
もので、今は電子式時計だが、かつては船員が全部の時計のねじを
毎日合わせて廻っていた、その当時のものである。
 氷川丸が最後の航海でシアトルに停泊していたとき、彼の船も
シアトルにいたなどと、お話して下さる。

 散歩は面白い。和田堀給水場が閉まっていたおかげで、こんな
お話が伺えた。
 お礼を述べて、さらに住宅地の散歩を続ける。現代住宅ではあるが、
かなり不思議な建物もある、京王線沿線らしい長閑な住宅地だ。
 玉川上水緑道を通って、笹塚まで。代田橋駅前で休憩したが、
3時間は歩いていた。

 でも、写真は当地ではありません。
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by byogakudo | 2008-04-25 20:56 | 雑録 | Comments(0)
2008年 04月 24日

「エッフェル塔の潜水夫」読了、「青春の影 ジョヴァンニーノ」へ

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 案じた通り、謎解き部分が苦しい「エッフェル塔の潜水夫」
(カミ 講談社文庫 76初)。軽やかに展開してきたツケが溜まった
かのように、泥くさく説明される。バランス感覚が悪いのかな。
 コーコ・シリーズでの確認もせぬまま読了。

 昨夜から「青春の影 ジョヴァンニーノ」(エルコレ・パッティ
角川文庫 78初)。店で冒頭部分を読み、イケそうなので持ち帰る。

 作者については何も知らないが、1931年のシチリア島・
カターニヤのブルジョア青年の自伝的物語だ。

 五感に訴える描写がいい。ガス灯がともる室内で、真ん中が
へこんだソファに沈み込んで「ニック・カーター」ものを
再読する青年という始まりから惹きつけられた。

 町に漂う秋の匂い、避暑が終わり、また厭な学校生活に
戻らなければならない倦怠感。近所の少女との淡い恋に続く
色っぽい女中との性愛(んっ、「青い体験」シリーズ?)、
街頭では共産党党員と警官隊との衝突事件が起り、親戚の青年は
マフィアとのつき合いもあるが、世界から隔絶された安らかな繭で
あるかのようなブルジョア家庭の描写。
 日本の大正から昭和にかけての小説でも読んでいる気がしてくる。
なんだか可憐で好きだ。

 お師匠さんがいらしたので広論社・探偵怪奇小説選集について
お尋ねしたが、彼もご存知ではなかった。
 全28巻がほんとに出たかも危ぶまれるとおっしゃる。21・22巻
「アンソロジー戦前」「アンソロジー戦後」がもし出ていたら
面白いのだが、と。
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by byogakudo | 2008-04-24 14:02 | 読書ノート | Comments(0)
2008年 04月 23日

「狐の書評」読了/「エッフェル塔の潜水夫」もう少し

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 写真は和田堀付近でSが昨日撮った。同日、わたしは通りすがりに
近所のお宅の藤棚を見る。屋内から藤を見上げていたのが元検番の
老夫人。以前、本を売っていただいた方で、立ち話する。
 彼女は四谷荒木町の検番に生まれ、中野新橋・検番の鼓の師匠に
嫁がれた。今でも艶っぽく張りのある声で話される。かっこいい!

 昨夜は「狐の書評」(狐 本の雑誌社 活字倶楽部 92初 VJ 帯)を
読む。評判通り、ほんとに巧い。短い書評のお手本みたいだ。
スタイリッシュな名人芸の世界。教養の蓄積から出てくるレトリックの
見事さ。なんて、もの知らずが恥知らずに褒めてよいものか。

 夜中は「エッフェル塔の潜水夫」。エッフェル塔の下に捨てられて
いたファンファン・ラ・トゥールが主人公って訳でもないのか、
その時々の物語の流れの中で、中心になって語られる人物が変る。
 しかし、幽霊や幽霊船の存在を、どうやって合理的にオチを
つけるか、エンディングが心配になってきた。
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by byogakudo | 2008-04-23 13:09 | 望月典子・松竹少女歌劇団員 | Comments(0)
2008年 04月 22日

「エッフェル塔の潜水夫」半分ほど

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 都筑道夫のコーコ・シリーズ、たしか「髑髏島殺人事件」で
「エッフェル塔の潜水夫」について言及されていたと思うが、
部屋に戻って確認しないと何ともいえない。あんまり面白い
ミステリではないと書かれていたような記憶がある。

 次から次へと物語が転がって、軽快で嫌いじゃないけれど
時代のテンポの差だろうか、速読みを自認しつつもノレずに
読んでいる。何かと併読しながら読めば、却って進むかも知れない。
 やせるために毎日エッフェル塔の階段を昇り降りするデブさんの
口調が関西弁なのも、古風な翻訳例として、気にしないで読める
のだが、時差ですね、きっと。
 エッフェル塔に降霊術にソ連邦誕生と、当時の最新モードが
満載。

 さて、併読本は何にしよう。見渡せば周りは本しかないが、
何を読みたいのか。Sは「緑色遺伝子」をまだ読み終えないかしら。
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by byogakudo | 2008-04-22 14:04 | 読書ノート | Comments(0)
2008年 04月 21日

「密使」読了、「エッフェル塔の潜水夫」へ

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 「密使」はヒチコック・パターンでもある。巻き込まれ型の
気弱な中年男を、健やかな若い女性が助けてハッピー・エンドに
もって行く点に注目すれば。

 一応ハッピー・エンドではある。敵方に殺された妻や、自身も
爆撃で生き埋めになった近過去のトラウマから抜けられない
主人公が、ようやく死者の側ではなく、生きている人間として
再び生者に信頼を抱き、ふたりで故国に戻ろうとするのだから。

 でも帰郷したところで内乱は続いている。彼らを待つのはやはり
死でしかないだろうと思わせるので、いわゆるハッピー・エンドと
いってよいものか。

 孤独で優柔不断でやり切れなさいっぱい。グレアム・グリーンが
もっと読みたい。
     (グレアム・グリーン HPB 54初)

 けれども寝床ではカミ「エッフェル塔の潜水夫」(講談社文庫 76初)。
「さまよえるオランダ人」伝説が20世紀初めのエッフェル塔周辺に
甦るが、エッフェル塔が主人公の小説か? 塔で働く主人公も
その友だちも、若い女性も、三人揃って捨子や孤児という設定は
なぜなのか、p96くらいでは不明。次々に事件や登場人物が現れるが、
物語の行き先も読めない。軽やかな場面転換を愉しめばよいのかな。
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by byogakudo | 2008-04-21 13:19 | 読書ノート | Comments(0)