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2008年 06月 30日

プリースト「魔法」を読み始める

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 草間弥生シルクスクリーン「かぼちゃ」(緑色・縦長)、レゾネ番号
229、エディション番号61/120、サイン入り、白い額付きの下に
やっと、今週の新着欄がアップしました。よろしく。
 新着欄
 
 女のお客さまからお借りしたクリストファー・プリースト「魔法」
(ハヤカワ文庫 05初)を昨夜から読む。

 プリーストは療養所が好きなのだろうか、「双生児」や「奇術師」
より前に書かれたらしいこの作品でも、主人公は爆弾テロで重傷を負い、
療養所暮らしをしている。怪我は癒えつつあるが、事件前後の記憶は
失われたままだ。

 たしかに療養所は社会から隔絶され、いわば無人島や修道院の
閉ざされた庭、あるいは胎内にも似た、孤立した世界である。
 生まれ直すことが彼の仕事だ。彼の毎日は、リハビリと失われた
数週間の記憶を取り戻すことに費やされる。
 主人公は報道カメラマンであったが、つき合っていた女友だちと
諍いを起し、彼女の部屋から帰る途中で、テロの巻添えを食う。
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by byogakudo | 2008-06-30 13:08 | 読書ノート | Comments(0)
2008年 06月 29日

「メグレと宝石泥棒」「メグレと妻を寝とられた男」読了

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 Sの「ご苦労さんな奴」という視線を感じながら、遂に
メグレ警視シリーズを8冊読了。でも全36巻だから、既読を
入れても、まだ15冊以上、未読メグレがある。河出書房は
全部、文庫で再刊する予定はないかしら。ついでにドリュ・
ラ・ロシェル「ゆらめく焔」も文庫化希望です。よろしく。

 メグレ警視シリーズ20「メグレと宝石泥棒」(ジョルジュ・
シムノン 河出書房新社 83新装初)では、めずらしくメグレと
敵対しない予審判事が登場する。敵視しないどころかメグレの
ファンで、ふたり仲良くオーヴェルニュ地方の料理を出す
ビストロで昼食をとる。

 メグレ・シリーズだけではなくフランスの小説では、登場人物の
生計の立て方が書かれていることが多いように思える。
 ここでも、殺された宝石泥棒(今まで一度も捕まっていない)は
堅実に不動産投資している。アパートメント丸々一戸、連込み宿
一軒、の持主だ。

 シリーズ22「メグレと妻を寝とられた男」(ジョルジュ・シムノン
河出書房新社 78初 TV帯 VJ)は1962年作。メグレ夫妻のアパート
メントに、TVが入った! 
<ここ数週間まえから、メグレ夫妻は食事をしながらテレビを見る
 のが習慣となっていたが、そのため自分たちの坐る席も変えて
 いた。>(p13)

 週末に帰宅したら面会者がいる。メグレは彼の訴えに耳を貸す。
< ところでメグレは、相手を疑ってかかろうとはせずに、注意を
 傾けて男の話を聞き、その表情の動きをひとつ残らず見逃すまいと
 していた。だが今晩は、妻と並んでテレビのバラエティ・ショウを
 見ることになっていたので、それが見られなくなったことを惜しむ
 気持ちもまだいくらか残っていた。メグレ夫妻はテレビの観客と
 しては新参者であったから、あの小さな画面に映しだされるすべての
 ことがひじょうに面白く思えたのである。>(p38)

< 以前なら土曜日の夜は、メグレがオルフェーヴル河岸に引き止め
 られずにすむときは、夫婦そろって映画に出かけたものだ。映画を
 観るのが目的というよりも、二人いっしょに外出するというだけの
 ために__。彼らは互いに腕を組み、ボンヌ=ヌーヴェル通りの
 ほうに向かうのが常だったが、そうして歩いていると楽しい気分に
 なり、話をする必要も感じないほどだった。>(p65)

 パリは1970年でもTVのない家は多かったが。

 さて今夜から、お借りしているプリーストの文庫本を読もう。
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by byogakudo | 2008-06-29 13:15 | 読書ノート | Comments(0)
2008年 06月 28日

「メグレと殺された容疑者」読了

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 モンマルトルで水商売を手広く営む、やり手の男が殺されるが、
彼は商売にそぐわず、とても家庭的で仕事熱心だ。仕事のやり方も
堅実・地道、周りからはやっかみ半分、「小商人」呼ばわりされても、
やくざにも税務署にも文句をつけさせない営業方針を貫く。

 ノルマンディーの漁師の息子である彼が結婚したのは、イタリア
移民の娘。結婚(正確には再婚)と同時に妻の母親を引き取り、
妻の妹は秘書になり姉夫婦宅に同居、兄は店を一軒委ねられる。
 メグレいわく
<「要するにエミール[注: 殺された男]は、家族全員と結婚したような
 ものだな・・・」>(p27)
 とてもイタリアっぽい背景である。

 エンディング近くでメグレは、警察官として不手際な処置をとる。
人情としては理解できるが、法に私情を挟むようなふるまいである。
犯人に情けをかける行為は、エンタテインメントとしては、それで
正解かも知れないが、小説としては軽くなるのではないか。

     (ジョルジュ・シムノン 河出書房新社 78初帯 VJ)
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by byogakudo | 2008-06-28 13:24 | 読書ノート | Comments(0)
2008年 06月 27日

神保町から初台へ

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 5月16日以来だから6週間ぶりにふたりで神保町へ。紫外線は
きついが颯風だ。
 本は送ってもらったが、しかし何を買ったっけ? あるんだか、
なかったんだか解らないのが恒例になっても困る(たんにボケた
だけかしら)。

 東京堂書店で「20世紀SF(2) 1950年代 初めの終わり」
(ディック/ブラッドベリ他 河出文庫 00初)を買ってからタリーズへ。
 久しぶりに本探ししたのでSは疲れている。寝不足だったし。
このまま部屋に直行するか、少し散歩しようか。ふだん行かない
初台あたりを歩いてから戻ることにする。家にも近い。

 初台というより参宮橋近辺を散歩。わたしは大昔、初台に住んで
いたから、ここらも散歩コースだったが、大変化はなくともやはり
変っている。壊されてしまった古い都営住宅(?)は、どの辺りに
あったのか。近くに来ている筈なのに特定できない。
 こんなに急な坂道ばっかりだったかしらと疑問を抱き、自分が
歳をとったからだと気がつく。嬉しくはない発見だ。一瞬、からだを
鍛えよう、なんて気になる。

 義母と三人で夕食。
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by byogakudo | 2008-06-27 20:17 | 雑録 | Comments(0)
2008年 06月 26日

「メグレと優雅な泥棒」読了

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 司法制度改革のおかげで、足で捜査する古いタイプの警官たちが
仕事がやり難くなった頃が背景にある。事件捜査の重要度を決めるのは
検事局であり、メグレたち・現場の警察官はその手脚であることを
要請され、というより強制されるようになる。
 銀行ギャング等、経済に直結する大事件に専念することが求められ、
同時期に起きたひとひとりが殺された事件なぞ、くず扱いされる。

 じつはこの殺人事件は、大金持ちの犯罪につながるのだが、上流
社会を揺るがすスキャンダルには蓋をする体制が、公表を許さない
であろうことは明らかだ。
 それでもメグレたちは真相をつかむ。犯人不詳のままで終わらせ
られるから、使ったタクシー代は、自腹を切るしかなくなるが。

 けれども、問題提起小説にならないところがシムノンだ。オルガ
という街娼が魅力的。下町娘気質が可愛いらしい。ほがらかで
おしゃべり、いたずらっぽく、やんちゃで観察眼が鋭い。自分の界隈に
ついて知らないことはない。メグレが殺人事件の犯人に目星をつけたのも
彼女の目のおかげだし、腸詰めのおいしい料理屋も教えてもらう。

 殺された男は前科持ちの泥棒であるが、メグレたちと同じような
古いタイプの犯罪者だ。単独で行動し、自分のルールをもっている。
 対するに、銀行を襲ったギャングたちは、近代化されシステム化
された犯罪組織に属する。
 取り締る側も犯罪者側も、新旧交代の時期である。
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by byogakudo | 2008-06-26 13:46 | 読書ノート | Comments(0)
2008年 06月 25日

「重罪裁判所のメグレ」「メグレと政府高官」読了

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 シリーズ番号でいくと「重罪裁判所」は17、「政府高官」は16
であるが、メグレ警視が政治がらみの事件に係るなんてピンと
来ない。後回しにしようと、なったのだが、メグレ・シリーズは
政界がらみでもやっぱり、あくまでもメグレ警視らしい話になる。

 だがその前に、「重罪裁判所のメグレ」(ジョルジュ・シムノン
メグレ警視シリーズ17 河出書房新社 77初帯 VJ)。ベッドの下の
居候は、シリアスな物語の息抜きとして用いられただけだった。

 主眼は裁判制度の問題点。
 メグレは取調べの際、容疑者の人間そのものを理解することで
犯罪を解明しようと努める。
 ところが、起訴され裁判に移されると、そこでは人間が起した
できごとではなく、すべてが犯罪行為のデータとして処理され、
メグレが係ったできごととは変質してしまう。
 メグレは、異なるコードでの言語展開ゲームの場に、証言者と
して立ち会わねばならない。そこでいつも感じる違和感・焦燥感が
描かれる。

 そういえば、裁判員制度はほんとに実行されるのかしら。自分の
意見を述べて討論する習性のない、和を乱さないのが美点とされる
日本国において裁判員制度を実行するなんて、無茶に思えるが。
 民間人の裁判員に、裁判官の分まで連帯責任を担わせ、判事の
責任を軽くさせてやるってだけではないか。「一億総懺悔」の
伝統復活ですか?

 「メグレと政府高官」(ジョルジュ・シムノン メグレ警視
シリーズ16 河出書房新社 77初帯 VJ)は、シリーズに不似合いな
政府高官をメグレと同じような出身者として設定して__メグレは
彼に兄弟とまではいかなくとも従兄にも似た印象を抱く__、読者を
物語の中に誘う。地味で篤実な政治家がスキャンダルのスケープ
ゴウトにされかけるのを、メグレがなんとか防いでやる。
 ただ読者としてはやっぱり、市井の普通の人々が犯してしまった
事件の方が感情移入しやすいので、これは仕方ない。

 また話が逸れる。何か事件が起きてTVインタヴューされて答える
ひとの殆どが、被害者側の立場に立った答え方をしているが、
自分が加害者になる可能性を考えたことはないのかと、不思議に
思う。
 これは想像力の欠如ではなく、自分の人格や思想の堅固さに
自信があるから、ということだろうか。ほんとに本気で?
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by byogakudo | 2008-06-25 13:28 | 読書ノート | Comments(2)
2008年 06月 24日

メグレ警視シリーズの不思議

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 たまたま、そうなったのだろうけれど、続けて読んだ3冊全部に
出てくるのが、ベッドの下の居候。
 家出したフランスの若者はみんな、友人宅のベッドの下に
寝かせてもらうのかと思い違いしそうだ。

 「メグレと若い女の死」で殺される若い女は、南仏から家出して
パリに出る。長続きする仕事がなく、下宿代が払えないことが多い。
要領のいい女友だちが寄宿している叔母さん宅に、こっそり泊めて
もらう。冬のパリの少なくとも数週間、毎日、叔母さんが仕事で
出かける時間まで、ベッドの下に潜んでいたが、ある日見つかって
追い出された。

 「メグレとベンチの男」では、被害者の娘のボーイフレンドが、
男の友人宅のベッドの下に寝る。彼はパリに両親の住まいがあるが、
殺害者と疑われるのを怖れて(殺人ではないが褒められないことは
している)友人宅のベッドの下に一夜を明かす。女より根性が足りない
のだろうか。
<「・・・体はあちこち痛くなるし、始終くしゃみが出そうで。
 アパルトマンが狭い上に、ドアは開けたままになっているから、
 友だちの叔母さんが動きまわる音が聞こえるんです。・・・」>
(p217)

 昨夜から読み始めた「重罪裁判所のメグレ」(シムノン 河出書房新社
77初帯VJ)には、本筋とは無関係らしいが、銀行強盗を企てた若い男たちが
出てくる。三人組であるが、ふたりは同時に捕まる。
<「リュカが二人を捕まえたんです。ひとりは坊やの母親の家で。
 もうひとりの坊やはベッドの下に隠れていて、母親も気づかなかった
 んです。三日前から二人は外出しなかった。可哀そうなのは母親で、
 息子が病気だと思い、ラム湯をつくってやったりしていた。・・・」>
(p75)
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by byogakudo | 2008-06-24 13:05 | 読書ノート | Comments(0)
2008年 06月 23日

メグレ2冊/草間弥生シルクスクリーン

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 6月21日付け新着欄に追加です。上の囲み枠3番目に載せましたが、
草間弥生シルクスクリーン「かぼちゃ」(緑色・縦長)を販売いたします。
よろしく。

 メグレ2冊「メグレと若い女の死」(シムノン HPB 72初 VJ)と
「メグレとベンチの男」(河出書房新社 77初帯 VJ)を読了。
 前者は悲劇的、後者は喜劇的なタッチであるが、どちらも良い。

 ロニョン刑事の捜査行動がわりと詳しく記されているのは、同じく
土星のもとに生まれついたような、若い女の被害者とダブらせて
あるからだと、読み終えたときに気づく。
 また被害者の若い女には、同じようにパリに出て、上のクラスの
仲間入りを望むもうひとりの若い女友だちがいるが、要領のいい
女友だちは願いを果たすのに、彼女は訳も解らず殺されてしまう
皮肉なコントラストが鮮やかだ。
 哀れな話だが哀れっぽくない。乾いていてしかも抒情的な余韻が残る。

 「メグレとベンチの男」にはロニョン刑事が登場しないせいか、
コメディータッチが目立つ。翻訳のせいもあるんじゃないかしら?

 不機嫌そうに見えるメグレ警視の注文を取るボーイの台詞を
<「おビールで?」>(p65)と訳さなくてもいいような気がする
のだが。
 後半に出てくる元道化師の泥棒の口調は、
< 男はいかにも場馴れしたようすで、答えたものである。
 「では、ご免なすって。」>(p181)
 自分のことは「あたし」だし、
<「旦那! そいつはないよ!」>(p194)といった調子に
終始する。ここまで浅草テイスト(?)にくだけなくても、と思う。
 好きずきだけれど、もっとこざっぱりした翻訳が好みなので。

 直接法の会話の終りに句点が打たれているのが、今では珍しい。
今なら<「では、ご免なすって」>と句点は省かれるから。

 また、この小説では、パリ再開発風景が描かれる。殺された
ベンチの男の勤めていた会社のビルは、取り壊されて映画館になる
という話で、会社も解散、他の店子たちも続々追い出されたのに、
取り壊し計画は中断し、荒れ果てた建物が残される。
 ベンチの男の住まいは郊外の新興住宅地で、
< シェーヌ(柏)街......リラ街......エートル(ブナ[原文は漢字])
 街......。建築物とは名ばかりの安普請の家々が、これらの樹々が
 正常の大きさに成長する以前に崩壊してしまわなかったならば、
 このあたりはいつの日か、一種の公園の様相を呈することだろう。>
(p14)
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by byogakudo | 2008-06-23 16:10 | Comments(0)
2008年 06月 22日

グラディーヴァからメグレ警視へ

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 自分で読みたいから手に入れて新着欄に載せたのかと、聞かれれば
そうですと答えるしかないメグレ警視シリーズ(しかし、わたし以外
にもファンは必ずいると信じる)。フロイトの「グラディーヴァ論」を
止めてシムノンになる。梅雨時にはなおさらぴったり。春先のパリにも
雨が降る。そんなシーンからスタート。

 暗い宿命論者のロニョン(第二地区の刑事)は、今回も徒労に終り
そうな地味な聞き込みに励んでいる。
 メグレの属する司法警察本部に入りたくて仕方ないのに、刑事と
しての基礎教育のないこと、あらゆる試験に失敗したこと、そして
彼の性格のせいで、夢は叶わない(p74下段)。
 家に帰れば不具者で寝たきりの奥さんの、呻き声と愚痴。彼は
家事や買物も一手に引受けている(p24上段)。
 ありとあらゆる不運の星のもとに生まれてしまったのか。

 ひがみっぽく受止めやすいから、メグレも口のきき方に気を遣う
のだが、やっぱり否定的にしか受取れない性格のロニョンは、
現実に隣人だったら、とてもつき合いきれないが、メグレ・シリーズの
陰影を深める、なくてはならない登場人物のひとりである。
 報われることを諦め、それでも仕事を投げ出さない(む、古本屋の
鑑とも言えそう)ロニョンに共感しながら__でも、こうなっては
おしまいと自戒しつつ__「メグレと若い女の死」(ジョルジュ・
シムノン HPB 72初 VJ)を読んでいる。
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by byogakudo | 2008-06-22 13:17 | 読書ノート | Comments(0)
2008年 06月 21日

「グラディーヴァ/妄想と夢」途中

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 まずは新着欄です。よろしく。
 新着欄

 「グラディーヴァ/妄想と夢」(イェンゼン/フロイト 作品社
96初帯)の小説部分だけ読了。笑いながら読んでもいい箇所と、
そうではない箇所とが渾然一体している小説だ。

 ビーダーマイヤーのウィーンを描く場面は、作者も喜劇として
書いている。困るのは、主人公、ノルベルト・ハーノルトの
夢や連想(妄想)が、それらの喜劇的因子と分ちがたく連なって
描かれているからだ。作者の自己批評というべきなのか。

 グラディーヴァと呼ぶレリーフの女性像は、ポンペイの大噴火で
死んだ美女に違いないと、ノルベルトの連想はジャンプする。
そして訪れたポンペイでまさに夢の女に出遭うのだが、彼女の出自は
といえば、「ガール・ネクスト・ドア」である。悲喜劇極まりない。

 グラディーヴァことツォーエ(英語ではZoe)は、廃墟の階段に
腰を下ろし、足首や脚を充分にノルベルトの目に触れさせながら、
彼の現実認識の誤りを糾弾する。
 「あたしたち、幼なじみなのよ、解らないの?」

 これを読んだおかげで、長年の疑問が解けた。シュルレアリストの
ミューズ、ガラやロベルトはグラディーヴァなのだ。
 ヨーロッパのインテリはおっかない女教師風の女性に、母性を
感じているのだろうかと不思議でならなかったが、そうではない。

 グラディーヴァは神の死後、父なきキリスト教世界に孤児として
生まれた男たちの父であり母である。彼女の(実務)能力によって、
ひ弱な男たちは地上の重力を実感し、創造行為の場を得ることが
できる。それ故のミューズなのだ。 
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by byogakudo | 2008-06-21 12:32 | 読書ノート | Comments(0)