猫額洞の日々

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2008年 11月 30日

12月3日(水)と9日(火)、お休みです

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 12月3日(水)及び9日(火)をお休みいたします。
また、3日の前夜、2日(火)は7pm閉店です。
8日(月)夜も、もしかしたら早く閉めます。
 よろしくお願い申上げます。
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by byogakudo | 2008-11-30 14:19 | 告知 | Comments(0)
2008年 11月 29日

「いずれ我が身も」「モダンガール論」読了

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 (昨日のブログに写真を入れました。)
 新着欄をどうぞ。
 新着欄

 あいだに色川武大「いずれ我が身も」(中公文庫 04初)を
挟んで斎藤美奈子「モダンガール論」(文春文庫 03初)の、
2冊読了。
 どちらも面白かった。前者は枯れて軽やか、後者は10枚
くらい付箋を挟みながら読んだが、さて、どこを取り上げよう。

 <良妻賢母思想は娘たちとその親に、進学の大義名分を
与えたのだ。>(p28)という、女子の近代のはじまり(p29)。
 なるほど。近世の「女大学」による<腹は借り物、女は無学
文盲をもってよしとす>(p27)から近代の「良妻賢母」へ、
である。たしかに新しい。

 ずっと飛ばして第二次大戦前後のフェミニストの言動。
戦争の勃発に際して、羽仁もと子・奥むめお・市川房枝等の
翼賛発言は、
<どうしてそんなリベラルな人たちが保守反動勢力に
手を貸しちゃったのだろう、と思っていると、この謎は
解けない。発想をかえなくちゃ。彼女たちのような考え方こそ、
当時は「革新的」だったのだ。
 戦争は変化を求めていた人々の気持ちをパッと明るくした。
保守的で頑迷な昔風の女性ではなく、前向きで活発で
近代的なセンスをもった女性ほど、戦争にはハマりやすい
のですよ、みなさん。>(p197)

 そして敗戦を迎え、
<彼女[注: 羽仁もと子]にかぎったことではなく、市川房枝も、
奥むめおも、平塚らいてうも、戦前の婦人運動の指導者たちは、
特に過去を清算するでもなく、みんなこんな感じで戦後も
婦人解放運動・平和運動のリーダーに復帰した。だから
いったでしょ。「進歩的」な女の人は、いつも「新体制」の
前で張りきっちゃうんだって。>(p221)

 「リベラル」は自分の善意を無批判に肯定している場合が
多いから、だろうか。
 長谷川時雨がずっと忘れられていたのは、戦中に死んで
しまい、戦後の活動がなかったから、なのだろう。
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by byogakudo | 2008-11-29 15:06 | 読書ノート | Comments(0)
2008年 11月 28日

ヴィルヘルム・ハンマースホイ展/上野松坂屋

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 寒々しい空に陽が射して来て、やっと、ヴィルヘルム・
ハンマースホイ展に行く元気が出た。
 上野って何十年ぶりだろう。滅多に電車に乗らないので
池袋の先は果てしなく遠く感じる。

 雨上がりの上野の坂道がきれいだ。東京文化会館、うつくしい!
奥の西洋美術館も悪くはない。世田谷美術館のインチキ臭さを
思えば、端正な近代建築は好もしい。

 ティケットを買う列を見て怯える。しかしここまで来て戻る
訳にも行かない。入場する。
 人はかなりいるが、うんざりするほどではない。見始める。
 予想とは印象が違う。何だろう? TVや雑誌のグラフィックで
見ていた感じでは、静かな絵と思っていたのだが。

 絵の表面から伝わって来るものが、ドラマティック過ぎる。
文学性というのだろうか、言葉が多すぎる絵。
 求めていたものじゃない。

 最後から2番目のセクションに、彼の友人の画家(名前を忘れた。
ハンマースホイがその妹と結婚した絵描き)のカラー・メゾティント
が展示されていたが、むしろ、これが求める作品だった。
 カラーといっても、ごく抑えた色調の風景画や室内の女性像で、
とても欲しくなる。西洋美術館所蔵品だそうだが、知らなかった。
ライヴで見るなら、むしろこっちだ。

 あっさり会場を出ると、目の前に低く横たわる東京文化会館。
マッスとガラス窓の縦の線のコントラストが気持いい。こんなに
素敵な建築だったのか。

 上野の森を少し散歩する。寒くなってきた。帰りは御徒町から
地下鉄にしよう。ついでに早めの夕食を、ということで初めて
上野松坂屋に入る(上野は数えるほどしか来たことがない)。

 ここは、まさしくデパート。子どもの頃、日曜日のお昼を食べに
連れて行ってもらった、あのデパートの食堂だ。
 奥の壁にはガラス障子が入ったモダーン数寄屋風、黒い
ヴィニルレザーの椅子、館内には50年代ポップスが流れ、
ウェストの制服をややローカライズした制服のウェイトレスが、
一組の客のために二人がかりでサーヴしてくれる。
 エドワード・ホッパーかジョン・レジスターの絵の中にいるような
気がして来る。
 いつなのか、どこなのか解らなくなった。

 大江戸線はシャクであるが、近い。在に住むわたしたちが
行きたい町を網羅している。

 レオン・スピリアールトはわたしたちの直接の先祖であり、
友人であるが、ハンマースホイは、そうじゃなかったと解る。
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by byogakudo | 2008-11-28 19:51 | アート | Comments(0)
2008年 11月 27日

斎藤美奈子「モダンガール論」を読み始める

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 フェミニズムに興味はないけれど__男たちと仲良くいられる
フェミニズムがあるなら関心がもてるが、大抵、恨みがましい
トーンが出がちである。自分でマザコン批判なぞ書いてみると、
我ながら積年の怒りがあることに気づく。__「モダンガール論」
(斎藤美奈子 文春文庫 03初)を昨夜から。

 元気な本。なりたい将来像が皆無のまま生きてきて、やっと
「フリをしてみたい」職業を見つけたような人間が、読んでいるのも
変なものだ。
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by byogakudo | 2008-11-27 14:52 | 読書ノート | Comments(0)
2008年 11月 26日

「おひとりさまの老後」「義男の青春」読了

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 しかし義母に勧めて読んでもらえるものかと気がかりになり
昨夜、「おひとりさまの老後」(上野千鶴子 法研 07年13刷 帯)を
全部読んでみる。

 グループホームの辺りは読んでいて、めんどくさくなるかも
知れないが、まあ、何とかなるだろう。わたしの母(生きていたら
89歳)には薦められなくとも、義母なら、娘時代に仕事をした
経験もあるし、「激しいのねえ」と思いつつも読んでくれるのでは
ないか。
 良妻賢母主義者の母では、フェミニズムに反感を持ちそうで、
まず無理だけれど。

 今日、義母が店に立寄ったので本のタイトルを言ったら、
 「ああ、近頃流行ってるんですってね」と答える。
 安心してお貸ししてよさそうだ。

 「アフリカ騎兵」(ピエール・ロチ 岩波文庫 52初帯)を読みかけ、
うまくノレずに「義男の青春」(つげ義春 講談社漫画文庫 76再)に
取り替えて眠る。
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by byogakudo | 2008-11-26 16:49 | 読書ノート | Comments(0)
2008年 11月 25日

上野千鶴子「おひとりさまの老後」瞥見

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 義母に読んでおいてもらおうかと、上野千鶴子
「おひとりさまの老後」(法研 07年13刷 帯)に
目を走らせる。

 ちょっと無理かなあ? 
 『介護される側にもノウハウがいる』の章なぞ、
彼女の性格を思うと、洗脳ではない、人格改造セミナーに
でも通ってからなら実行可能かもしれないが、今のままでは
読んでも決して納得しないことが、確実だ。

 ま、「何かの参考になるかも」くらいで手渡せば
読んでくれるだろうか。「意味のわからない言葉は
すっ飛ばして、わかるとこだけ読めばいいんですよ」と
つけ加えよう。
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by byogakudo | 2008-11-25 16:43 | 読書ノート | Comments(0)
2008年 11月 24日

「シルヴェストル・ボナールの罪」読了

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~11月21日より続く

 第二部は、老学者が初恋のひとの孫娘を救う物語。
彼女は負債を抱えて死んだ両親のおかげで、寄宿学校で
使用人兼生徒の立場にいる。恋が実らず独身を通してきた
シルヴェストル・ボナールは、彼女を惨めな境遇から救う
ことを最晩年の仕事にしようと決心する。

 「シルヴェストル・ボナールの罪」という題名が謎であった。
ひっそり暮らす老学者が、どこでどうやって犯罪行為に
加担するのだろうと思っていたら、後見人によって、成人する
まで寄宿学校にいることを強制されている彼女を、自分の
住まいへ連れ帰ることが誘拐行為に当たる。

 この事件も、第一部の古文書の顛末と同じように、ご都合
主義的決着を見るのだが、気になることはこれではない。
19世紀末頃の小説に出てくる女教師や、女の寄宿学校
経営者に対する扱い方である。

 ウィルキー・コリンズ「月長石」や「小公女」のミンチン先生を
思い出すと、彼女たちはいつも悪役ないし馬鹿げた存在として
登場するが、ここでも寄宿学校経営の独身女性は、貧相な
後見人同様、成り上がり志向の俗物として描かれる。

 ブルジョアジーの自己保存本能が、自分の階級の下にいる
彼ら・彼女等を馬鹿にすることによって保たれているのかと、
考えたくなる。ブルジョアや貴族階級の俗物性だって、描こうと
すれば、いくらでも思いつきそうなものだけれど。
 典型というよりパターン化に思える。

   (アナトール・フランス 岩波文庫 76再 帯)
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by byogakudo | 2008-11-24 14:19 | 読書ノート | Comments(0)
2008年 11月 23日

少女たち

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 近所のお客さまから電話があって買取に。選び終わったら
コーヒーでもいかがというお誘いに嬉しくお呼ばれする。
 少女っぽいイメージの方であるが、少女趣味の透徹は
甘くはならず、むしろクールに至る。
 子どもの頃から持っていらしたお人形、最後の一滴を
飲み干すとカップの底に現れるてんとう虫の絵柄、制御された
少女の記憶である。きれいだ。

 本を運ぶためのカートを取りに部屋に戻り(すぐ近く)、
カートを拡げたら声をかけられる。LAから帰って来られた
ばかりのMさんだ。思わず、
 「来日中ですか!」
 「昨日戻ってきて、また1週間くらいいます。行きますね」

 少女たちに会った一日。
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by byogakudo | 2008-11-23 19:01 | 雑録 | Comments(0)
2008年 11月 22日

中島らも「アマニタ・パンセリナ」読了

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 今週の新着欄です、よろしく。
 新着欄
 婦人之友社の「ビスケット」は裸本ですが、赤と紺に分けられた
表紙が愛らしい。但し単位が匁です。
 「コニー・マック自伝」は、1934年74歳でベーブ・ルースたちを
率いて来日した元大リーガーの自伝。56年、95歳で死去。
 小振りな本のサイズが好きで買ったけれど、未読。

 「シルヴェストル・ボナールの罪」、第二部に入っていないのに、
中断して中島らも「アマニタ・パンセリナ」(集英社文庫 99初)を
昨夜、読了。みんな死んで行く。生き残ったものは仕事をする
しかないか。

 「ドラッグの七・・・有機溶剤」から引用。
<[略]当時あった新神戸ホテルというところに泊った。セミダブルを
ひとつとって三人で潜り込もうという腹である。
 このホテルは昔風の船員用の安ホテルなのだろう。料金も安いが
設備もしこたま悪い。昔の日本旅館のように、廊下に流し台の
洗面所がついていたりする。幽霊が出る部屋もあった。>(p139)

 昔、渋谷パルコの裏手にあった「ヒルトップ・ホテル」に似ていそうだ。
お茶の水の「ヒルトップ」とは何の関係もない(たぶん)、薄暗くて
シャワーカーテンが外れかけていたりする素敵なホテルだった。
 長期滞在もできそうだったが、短時間使用も可で、渋谷「屋根裏」の
ラリーズ・ライヴを見に行ったとき、具合が悪くて、ここでしばらく
休んだことがある。廊下に洗面所はなかったけれど。
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by byogakudo | 2008-11-22 16:50 | 読書ノート | Comments(0)
2008年 11月 21日

「シルヴェストル・ボナールの罪」を読み始める

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 アナトール・フランス、名前だけは知っている。読んだことが
あるだろうか。
 昨夜から読み始める。オブジェ愛の小説かしら? 

 古書目録を読むのが大好きという、紙魚のような老学者、
シルヴェストル・ボナールは猫と老女中と共にひっそりと、
セーヌ河畔に暮らしている。
 ある日、長年探し求めていた古文書の実在が明らかになり、
彼はわざわざシチリアにまで赴くのだが・・・。

 彼の日記を再録するかたちで小説は進むが、今は本という
オブジェにしか関心のない老人にも、少年時代はあった。
 少年・シルヴェストルが欲しくて仕方なかったのが、悪趣味な
人形だ。

<私の好きな人形はせめて美しくはあったろうか。いな、それは
今でも目に残っている。両頰には朱色の斑点がついていた。
ふにゃふにゃした短い腕、醜悪な木の手、左右にひろげた長い脚。
花模様のスカートが二本のピンで胴につけてあった。この二本の
ピンの黒い頭が今でも目に見えるようである。いかにも場末くさい
下品な人形であった。当時まだほんの子供であり、半ズボンも
たくさんはきつぶしてはいなかったけれど、この人形には品(ひん)も
たしなみもないこと、下卑(げび)てがさつだということを、私は私なりに、
しかも痛切に感じていた。それにもかかわらず好きなのである。
いな、それゆえにこそ好きなのである。ただ一途に好きなのである。
ほしいのである。>(p24)

 とてもよくわかる。悪趣味であるからこそ訴えてくるオブジェって、
あるものだ。

 後に彼が知り合う貴族の夫婦は、印刷技術が優れている訳ではない、
たんに珍しいだけのマッチ箱を求めてシチリアまでやって来た。
 彼はその蒐集をくだらないとは思うものの、自分の古文書趣味も
似たようなものだと自覚する。

 オブジェ愛の小説として愉しく読んでいるが、メロドラマティックな
展開には疑問あり、かしら。

   (アナトール・フランス 岩波文庫 76再 帯)

11月24日に続く~
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by byogakudo | 2008-11-21 20:43 | 読書ノート | Comments(0)