猫額洞の日々

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2010年 03月 31日

恒川光太郎「南の子供が夜いくところ」読了

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 大好きな恒川光太郎。でも、これは・・・、困ったなあ。だめじゃん、
エコロジー思想ベースの神話調ファンタジーなんて。原初の楽園神話と
いま現在の社会との距離がくっつき過ぎてて、大きくジャンプできない。
 ゆるいなあ。でも、次作を期待してる。
     (角川書店 2010初 帯 J)
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by byogakudo | 2010-03-31 12:40 | 読書ノート | Comments(0)
2010年 03月 30日

「岡本綺堂随筆集」読了

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 単行本未収録の随筆「我楽多玩具」から引用。

<[略]大人でないと笑われても、私はこの年になるまで、我楽多玩具と
 別れを告げることは出来ません。[中略]ほんとうの道楽は一山百文式の
 我楽多玩具にあること勿論です。しかし時代の変遷で、その我楽多も
 だんだんに減って来るので困ります。大師(だいし)の達磨(だるま)、
 雑司(ぞうし)ヶ谷(や)の薄(すすき)の木菟(みみずく)、亀戸(かめいど)の
 浮人形(うきにんぎょう)、柴又の括(くく)り猿(ざる)のたぐい、皆(みん)な
 私の見逃されないものです。>(p311~312) 

また「怪談集」と「半七捕物帳」を読み返そうかしら。
          (千葉俊二編 岩波文庫 08年4刷 J)
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by byogakudo | 2010-03-30 13:25 | 読書ノート | Comments(0)
2010年 03月 29日

楠森總一郎 個展

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 友人の友人、楠森總一郎氏の個展が4月に、
恵比寿ギャラリーMalleで開かれます。
_________________________

  4月6日(火)〜11日(日)
  12:00~19:00(最終日は16:00まで)
  ギャラリーMalle  phone&fax 03-5475−5054
           〒150-0013
           渋谷区恵比寿4-8-3
          (JR恵比寿駅東口より徒歩3分)
_________________________

 一、二度お目にかかっただけの楠森氏だが、いい絵を描くひと
だろうな、という印象だった。予想通りのDMを頂き、4月は再び
恵比寿に行かなくっちゃ。

 期間が短いので、お見逃しなく。
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by byogakudo | 2010-03-29 14:04 | アート | Comments(0)
2010年 03月 28日

花冷え・花曇り

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 桜が咲くころは天候不順になりがちだが、昨日今日と寒さが
いや増す。夕方、用足しに出たら、頭がキンキンと冷えてきた。
 風邪を引くのが怖いので、今日は早仕舞いします。また明日。
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by byogakudo | 2010-03-28 13:22 | 雑録 | Comments(0)
2010年 03月 27日

「岡本綺堂随筆集」半分弱

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 写真は、4mの距離を保って、コテンとお腹を見せる猫(S談)。
わたしは、まだ遇ったことがない。


 種々の随筆集から抜粋された「岡本綺堂随筆集」(千葉俊二編
08年4刷 J)だが、「五色筆」中の「思い出草 四 湯屋」に、銭湯に
二階があった頃の思い出が書かれている。

 七歳か八歳の綺堂少年が、近所(麹町四丁目)の湯屋の二階に
連れて行ってもらったのは、1880年頃と思しい。

<[略]火鉢に大きな薬缶(やかん)が掛けてあって、その傍(そば)には
 菓子の箱が列(なら)べてある。後(のち)に思えば例の三馬の『浮世
 風呂』をそのままで、茶を飲みながら将棋(しょうぎ)をさしている
 人もあった。
  時は丁度五月の始めで、おきよさんという十五、六の娘が、菖蒲
 (しょうぶ)を花瓶(はないけ)に挿していたのを記憶している。松平紀義
 (まつだいらのりよし)のお茶の水事件で有名な御世梅(ごせめ)お此
 (この)という女も、かつてこの二階にいたということを、十幾年の
 後(のち)に知った。>(p81)

 松平紀義のお茶の水事件といえば、都筑道夫「東京夢幻図絵」中の
「浪花ぶし大和亭」に、松平紀義の贋ものが出てくる。被害者・御世梅
この、の読み方について、

<御慶の御に世界の世、梅松桜の梅と書いて、さあ、なんと読むんで
 しょう。わたしが見たなん冊かの本は、ゴセウメ、ゴセメ、ゴヨノ
 ウメ、ゴヨウメ、みんなふりがなが違ってるんで、どれが正しいのか、
 わかりません。とにかく名前は、この、という四十歳の大年増。
  わたしはミヨウメじゃないかと思うんだが、[中略]、この事件の
 顛末を読物にしたてた本には、ゴセメとルビがふってある。いちばん
 古い文献だからって、あまり信用はできませんが、いちおう御世梅
 (ごせめ)このでお話ししましょう。>(p33~34 中公文庫 78初 J)

  今週の新着欄です、よろしく。
 新着欄 
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by byogakudo | 2010-03-27 14:48 | 読書ノート | Comments(0)
2010年 03月 26日

木村威夫さんが亡くなられて

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 ちょっとお目にかかったことがあるだけなので、ブログに書くなんて
おこがましく、厚かましいことだけれど。昨日、木村威夫さんが21日に
亡くなられていると知って、ショックだった。デートリッヒに死が不似合い
だったように、木村威夫さんも、少なくとももう何本か映画を撮られるの
だろうと、思い込んでいたので。

 偉きな存在が地上から消えると、ぽっかり穴があく。不在が彼の偉きさを
ひとに示す。

 やりきれなくて義母に電話しようかと思いながら、日常の雑事を片づけて
いると、氷雨の中、当の義母がやって来た。
 戦後すぐ東宝の事務職だった彼女によれば、東宝に木村さんと仲のいい
プロデューサーがいて、会いに来ていたらしい。数度見かけただけで直接
知りはしないが、彼女もショックを受け、話したくなったという。
 
 ふたりで「ツィゴイネルワイゼン」や「陽炎座」の話をする。映画ファン
同士の追悼だ。後刻、木村さんを知る森秀貴氏からも電話があった。
界隈で喪に服した一日。
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by byogakudo | 2010-03-26 15:33 | 映画 | Comments(0)
2010年 03月 25日

安部公房 ドナルド・キーン「反劇的人間」読了

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 元版が1973年ということは、安部公房/ドナルド・キーンともに
50歳前後の対談集だ。

 対話は、「日本人とは」という問題意識自体がよく解らないと
安部公房が語る辺りから始まる。
 時代を経ても相変わらず、日本人は日本人論が好きだ。
この変らなさも、なんだかすごい。

 そこから徐々に、文学や演劇・戯曲の話に移る。アリストテレスの
カタルシス論では覆いきれない演劇空間の話になり、「ゴドーを
待ちながら」を例にとり、安部公房が述べる。

< 普通は、ある物語の構造があって、出来事というものが始まり、
 展開し、終る。この関係は、空間的ないろいろな出来事ですが、
 それが時間的な関数で表現されるわけです。ところが『ゴドー.....』
 の場合には空間的な出来事はなんにもなくて、時間だけがそこに
 示され、しかもその時間が、無限につづいてもこわれない時間です。 
  この時間が、演劇にとって非常に重要なのじゃないか。その時間と
 いうものを示すために、手段としてぼくらは物語という形を選ぶ。つまり
 物語には必ず始まりがあって終りがある。どんな物語でもそういう構造を
 持つわけです。なんのためにそのような構造を持つかというと、実は
 構造を与えることによって時間というものが示されるからじゃないか。
 人間の、おそらくあらゆる動物との違いの一つは、時間認識、つまり
 時間として自分をとらえることにあるのじゃないか。>(p103~104)

 ここらが、いちばんノッて読んだ。
     (中公文庫 79初 J)
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by byogakudo | 2010-03-25 16:08 | 読書ノート | Comments(0)
2010年 03月 24日

「パリ、ジュテーム」を見た

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 5分くらいの短編が14本集められた「パリ、ジュテーム」。玉石混淆と
までは行かず、砂利の中にきれいな準宝石が4編あった。

 コーエン兄弟の「チュイルリー」では、地下鉄チュイルリー駅でガイド
ブック頼りのおのぼりアメリカ人、スティーヴ・ブシェミが散々な目に遭う。
 彼はなんで、あんなにどっさり、モナリザ絵はがきを買っていたのだろう?

 リチャード・ラグラヴェネーズ「ピガール」。ボブ・ホスキンスとファニ−・
アルダン(ああ、太っちゃった! でも、すてき)が中年の恋の鞘当てを
見せると思わせて、オチが巧い。

 「ペール・ラシェーズ墓地」は、オスカー・ワイルドのお墓の前で婚約解消
沙汰になった男を見て、ワイルドの亡霊が出現。彼女を追いかけろと諌める、
ロマンティック・コメディ。監督がなんと、ウェス・クレイヴン!

 アレクサンダー・ペイン「14区」。デンヴァーの女性郵便配達人が、上手く
ないフランス語で、小学生の作文並のパリ旅行記を読み上げる作りだが、最後、
ほろりとさせる。
 アメリカの中年女のヨーロッパひとり旅というと、「旅情」。しかし、ここでは
恋は発生しない。けれども輝く一日が存在する。

 あとの10編は、PV上がり(差別用語)みたような、しだらなさだ。
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by byogakudo | 2010-03-24 13:29 | 映画 | Comments(0)
2010年 03月 23日

笠原和夫「破滅の美学」読了

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 結局、天皇制がわからない、ということは解った。戦後民主主義で
育ってしまったせいだろうか、「国家」や「国民」(そのような概念
すら無根拠なフィクションと感じる)をひとりの人間(現人神)に託して
生き死にするのが、どうにも解らない。頭では了解しても、ハートに
来ない。
 男の本質がホモセクシュアリティにあるのは、よく解ったが。

 また、ヤクザ映画やポルノ映画が、そんなに貶められていたとも
知らなかった。
 1970年代の若い衆が全員、学生運動に走った訳ではなく、当時、
ヤクザ映画やポルノ映画が流行っていてもオンタイムで見たことがない
ので、事情を知らない。

 なにしろ、「ズラカル」をテーマに生きてきた。同時代人であっても
知らないものは知り様がない。ようやく、そうだったのかと蒙を開かれた
次第。
     (ちくま文庫 04初 帯 J)
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by byogakudo | 2010-03-23 16:23 | 読書ノート | Comments(0)
2010年 03月 22日

横尾忠則「東京見おさめレクイエム」読了/笠原和夫「破滅の美学」もう少々

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 横尾忠則のほうは、19日(金)、往復の地下鉄内で読んでいた。
アーティストはみんな、関係妄想だ。読者もそれに感染する。
     (光文社 知恵の森文庫 00初 帯 J)

 ヤクザ映画も殆ど見ていないが、面白く読んでいる「破滅の美学
_ヤクザ映画への鎮魂曲(レクイエム)」(笠原和夫 ちくま文庫 04初
帯 J)。

 男とは何ぞやを考えた挙句、
<[略]要するに、<男>というのは、子宮を持たない人類の半分が
 幻想として描いたフィクションであって、実体はどこにもない、という
 のがわたしの結論だった。>(p57)
 そういう認識のひとが書く脚本なら、信頼できる。

 でも、フィクションを否定し、本音だけで生きようとする男は、現実には
「オバサン」として存在するしかない。若い男/オバサンが目につく、
今日この頃だ。

 マザコンの反動であるマチスモを否定しつつ、それでも男のひとには
男として在ってもらいたい。こちらも女形に倣って、自覚的に女の様式を
身につけたい。
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by byogakudo | 2010-03-22 13:02 | 読書ノート | Comments(0)