猫額洞の日々

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2010年 04月 30日

吉井勇「墨水十二夜」読了/「市井夜講」へ

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 歓楽の後の哀しみ、というものがある。でもほんとは歓楽の真っ最中に、
これ以上はない、これが頂点で後は喪ってゆくだけだと、背筋に寒さを
覚えるような感覚が出現する。それが切実に描かれていた。

 主人公・墨水は破産状態なのに、前々からの約束だからと無理算段して
取巻きの芸者や幇間たちとの派手な新年会を開く。彼らが自分の「御沈落」を
解っていながら騒いでるのを知っている。使わせるだけ使わせ、なくなれば
次の旦那が現れるのを待つのが彼らの商売であり、遊びのルールであると
認識しつつも、到底穏やかな気持ちではいられないが、それでも、表面
ふだんと変わりなく振舞う。
 愚かという徳しか持ち合わせていない主人公であり、それはやはりうつくしい。
     (北光書房 47初)

 店の棚にもう1点、続編「市井夜講」があったので読み続ける。こちらは2冊
あった。
     (新月書房 47初)
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by byogakudo | 2010-04-30 19:16 | 読書ノート | Comments(0)
2010年 04月 29日

メカノ(オランダの方)

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 オランダの方と断らなければならないのが悲しいが、メカノ、好きだ。
来日しないかしら、ホール公演で。

 Mecano
 Mecano公式ホームページではいやと言うほどThose Revolutionary Daysが
聴けます。
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by byogakudo | 2010-04-29 13:42 | アート | Comments(0)
2010年 04月 28日

鹿児島徳治「隅田川の今昔」読了/吉井勇「墨水十二夜」へ

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 いちどきに大量の俳句や和歌・短歌を読んだのは、これが生まれて
初めてだろう。風雅の道に縁遠い古本屋だ。名前だけ知ってた正岡
子規や久保田万太郎(「火事息子」は読んだ)、吉井勇であるが、
なるほど素敵な作品が目につく。

 今さら万太郎の俳句ってすごいなぞと言うのは、無知のお披露目で、
恥ずかしくないのか、あたし、と自責の念に駆られるけれど、シンプルな
言葉遣いで余情を残す技術は、すごいなあ。
 だから小説になると、ちょっとべたつくのだろうか。

 「隅田川の今昔」(鹿児島徳治 有峰書店 72初 J)によれば「墨水
十二夜」の主人公・鈴村墨水は、鈴木台水という実在の人物がモデル
である。

 かつては落語家や芸人・幇間・芸者たちのパトロンだった旦那が
財産を使い果たし、三囲の基角堂の庵に逼塞しているという手紙が
作者に届くところから始まる。

 いいなあ、蕩尽。蕩尽できるだけのお金持ちに生まれなくとも、
蕩尽センスがないアーティストは、どうも信用しかねる。
     (吉井勇 北光書房 47初)
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by byogakudo | 2010-04-28 16:18 | 読書ノート | Comments(0)
2010年 04月 27日

森茉莉さんとお茶を (10)

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 春になって嬉しいのは、空き地や道端にオレンジ色のポピーが
咲くことだ。一輪見かけたと思うと、あちこちで群れを成す。
空き地が花畑になる。

 そして森茉莉さんの歌う"Inch'Allah"を思い出す。1970年ころ
流行った歌だ。
 Salvatore Adamo - Inch'allah

 「"coquelicot sur un rocher"ってところがすてきなのよね」と、
その部分だけ歌って下さった。歌うというより語りに近い、低い小声で
歌われたのだが。
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by byogakudo | 2010-04-27 13:40 | 森茉莉 | Comments(0)
2010年 04月 26日

鹿児島徳治「隅田川の今昔」半分ほど

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 シマックを放ったらかして「隅田川の今昔」に専念する。荒川との境目から
始まり、やっと浅草にたどり着いた。Sとの大川散歩は河口から遡り、目下、
蔵前辺りまで上って来たところで、この先はより実感的に読んで行ける。

 詩歌に関して不調法・殺風景極まりないわたくしであるが、愉しく読める
のは、筆に遊びがあるからだ。
 
 正岡子規が若い頃、向島の長命寺桜餅屋の二階に間借りしていた。
そこで桜餅屋の看板娘・おろくさんとの恋の噂があったという。噂の真贋を
確かめるべく、著者は子規の短歌を並べて推理する。その結果、

<[略]要するに、子規は失恋したのだ。[中略]釣りあわない恋であったの
 だろう。子規としても仮りの宿りのひょっとして出合った少女であり、桜餅屋は
 旧舗で有名であり、娘は年頃の美人であったかは知らないが、将来に大志を抱く
 帝大在学のプライドからしても一商売の娘にあきたりないところもあったろう。
 一方、おろくさんにしてもそんな書生っぽの子規とはだいぶ肌合いが違うところも
 あり、ぴったりしなかったものがあったのかもしれない。>(p96)

 三囲神社の項では、吉井勇「墨水十二夜」が取り上げられる。たしか店の棚に
あった。
 うわあ、経年ヤケ(北光書房 47初)が激しいが、この装幀は小村雪岱でしょう? 
次はこれだ。この黄ばみで、どこまで読み続けられるか自信がないが。

     (有峰書房 72初 J)
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by byogakudo | 2010-04-26 11:55 | 読書ノート | Comments(0)
2010年 04月 25日

シマック「再生の時」と鹿児島徳治「隅田川の今昔」を併読する

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 クリフォード・D・シマック「再生の時」(HPB 65初)は、かなり壮大な
タイムトラヴェルものであるにも関わらず、やはりシマックの根っことも
言うべき、のどかなアメリカの田園風景描写が(幻想空間とは言え)
記されているのが愉しい。雀百までのひとなのだろう。

 大川のお花見に行けなかった代償作用か、古書展で「隅田川の今昔」
(鹿児島徳治 有峰書店 72初 J)を見つけて、つい買ってしまった。
 隅田川を詠んだ詩歌が次々に紹介され、短歌や俳句を詠んだことも
読みふけったこともないので戸惑うが、近代の作品になると面白くなった。

 すてばちの心となりぬ隅田川水のながれを君とながめて (吉井勇)

 隅田川流灯会の話も興味深い。溺死者を弔うための灯籠流しが
民間から発案され、すぐさま警視庁の許可が出た。成島柳北が
取り上げたこともあり大評判になり、大勢が詰めかけ過ぎて、数百人が
川に落ちる事態まで引き起こした。
 紙製の鴎型の灯籠がいくつも流れてくる様子を描いた、明治31年の
「風俗画報」の絵が再録されている。

 この行事は、
<[略]何ぶんにも費用もかかることから、数年ならずして立消えになった
 らしい。まあ当時はまことにのんびりしたものであった。今は川施餓鬼
 どころでなく、川そのものを弔ってやりたいほどである。>(p33~34)

 本が出版された1970年代の隅田川は、瀕死の状態だった。

<[略]先年あまりの悪臭に堪えかねて利根川の水を導入したので
 いくぶんきれいになったようだが、それまでの隅田川は鈍色に濁って
 臭気を放ち、岸壁は浮いた油に黒く染みついて、見るも無惨な有様で
 あった。さらに[中略]、両岸はすべて十メートル近いコンクリートの
 厚壁に遮られてしまった。おまけに東岸には高速道路のハイウェイが
 通って見晴らしを塞いでいる。なんといやな川になったのだろう。結局
 あれは極限に追いつめられたマンモス都市の生きのびんがための苦悶の
 姿にほかならない。>(p4)

 明治42年生まれの著者が、今の臭くない大川を見ることはなかった
けれど、佃島や川岸の超高層ビル群を見たら、何と言うだろう。絶句する
かしら。
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by byogakudo | 2010-04-25 13:49 | 読書ノート | Comments(0)
2010年 04月 24日

晴れてる!

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 雨が降ってない。ときどき陰るけれど、まあ、晴れたり曇ったりの
一日だった。嘘みたい。


 連休に怯える猫額洞より、今週の新着欄をどうぞ。
 新着欄
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by byogakudo | 2010-04-24 13:30 | 雑録 | Comments(0)
2010年 04月 23日

越澤明「東京都市計画物語」を半分読んで諦める

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(~10/04/21から続く)

 超過収用についての説明(p124)がある。
<[略]道路や広場を新設・拡幅する際、その道路・広場予定地の 
 周囲までも都市改造実施前の安い地価で強制買収することが
 できるという制度である。[中略。都市改造後の]売却処分の収入は
 都市改造事業の財源となり、道路の沿道や広場の周囲の区画は整理
 され、綺麗なビルディングが建ち並ぶことになる。しかし、都市改造
 実施前の裏宅地時代に居住していた住民は追いたてられることになる。>

 やっと細民(差別用語)への視点が記述されるが、都市計画についての
本であり、政治の目配りが必要な事柄にまで話を広げるのを避けたので
あろう。そこは了解する。

 しかし、村長個人の意志と熱意で区画整理が行なわれた玉川村の
記述で、
< ところが、基本設計図が出来あがり、計画の全容が明らかになると、
 純朴な農村にとってはあまりに革新的で破天荒な内容に全村が賛否
 入り乱れて騒然とした状態となった。>(p169)

 農村の枕詞に、躊躇なく「純朴な」が付けられるセンスが解らない。
この種の肌理の荒さには、肉体的な疲労を覚える質なので、もはや
諦めよう。

 新宿西口も郊外の住宅地も、すでに戦前に計画されていたことを
知り、戦後の東京は、むしろ、それらの遺産を無にして来たような
ものであるとは解った。
 興味あるジャンルの本ではあるが、著者の日本語センスとの乖離は
いかんともし難く、読み続けるのを諦めることにする。

 自分でも、めんどくさい奴だなあとは思うけれど、合わないものは
どうしようもない。
     (ちくま学芸文庫 01初 J)
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by byogakudo | 2010-04-23 18:17 | 読書ノート | Comments(0)
2010年 04月 22日

China my China

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 なんとなくBrian Eno China my China
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by byogakudo | 2010-04-22 14:13 | アート | Comments(0)
2010年 04月 21日

越澤明「東京都市計画物語」をまだ読み続ける

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(~10/04/20から続く)

 あれこれ悪口を言いつつ、まだ読み続けている。口直しにウェストレイクの
短篇を挟みながら。

 明治神宮外苑が出来たての頃は、芝生のオープンスペースや並木もずっと
豊かだったようだ。今の外苑風景は、当初のプランや意気込みを無視して、
経済効果を求めた建物に無惨にも埋められていると、著者は嘆く。
 あの素晴らしい南青山一丁目広場は、昔の外苑風景のかけらなのかしら?

 さて、オープンスペースの件りである。
<外苑のオープンスペースとは、芝生の上で恋人同士が指をからませて
 語らい、腰を下ろした若妻のスカートの回りを幼児がキャッキャッと
 はしゃいで回り、また二四時間戦う企業戦士が静かに一時の瞑想にふける
 __そのような静寂な都市空間として存在しなければならないのである。>
(原文の傍点をボールド表示 p102~104)

 なんか気色悪い表現だなあ。「指をからませて」が猥褻表現に感じられ、
「腰を下ろした若妻」でカストリ雑誌を思い浮かべ(昭和三十年代の「主婦の
友」グラヴィアでもかまわないのに)、「二四時間戦う企業戦士」に、これは
クリシェを用いたヒューマーのつもりだろうかと悩み・・・正解は、何も考えずに
漠然としたイメージを記しただけ、ではないか。

 大体、単行本が出された1990年代の若い母親が、公園に幼児連れで行く
とき、スカートをはくだろうか。パンツスタイルが普通だろう。

(10/04/23へ続く〜)
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by byogakudo | 2010-04-21 14:38 | 読書ノート | Comments(0)