猫額洞の日々

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2012年 07月 31日

荻窪北口散歩

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 いまだ暑さに慣れない。毎日、今日も行くの?とぼやきながら店に
来る。冬場は、中野通りを越えたあたりで身体も温まるので、20分
ほどの距離を歩いて来ていたけれど、夏はそうは行かない。熱中症
確実なので往復ともバスに乗る。

 昨日の定休日も暑過ぎて出かける気になれない。4時になってやっと
外に出る。まだ充分暑いんだけれど。
 地下鉄・東高円寺から荻窪へ。今回は北口方面にする。

 「邪宗門」が開いていたが、休憩にはまだ早い。通りを渡り、昔々、
月に一度は来ていた教会通り近くの住宅地を歩く。

 通りからひとつ入っただけなのに、西の東京のかけら、というべき、
静かでなつかしい住宅がぽつんぽつん、残っている。
 板塀を廻らせた郊外住宅、南洋趣味の名残である、大きく伸びた
シュロが見えるお家、小さな庭に大木が残るお家、などなどが、新建材
使用の2~3階建て・車庫付き・庭なし小住宅の合間に存在する。

 壊されるのを待つ和風住宅の奥には、ポンプ井戸が覗く。井戸水で
炊事されていたのだろうか。進入禁止の白い紐が張られていて、ちょっと
作品めく。

 木陰が見える。「天沼弁天池公園」。つくり過ぎず、広すぎない、
感じのいい公園だ。木立がカンスタブルの描く風景に見える。

 ここらで駅に戻ろう。大して歩いていないが、疲労度が高い。
 教会通りのかつての二軒は、どちらもどこにあったか解らない。
 商店街は高円寺ぽくなっている。古いクリーニング屋さん(たしか
「東京舎」とか入口に書いてあった。)やお豆腐屋さんと、おしゃれな
雑貨屋なぞとが、細長くうねる道筋に連なる。

 結局、駅前のドトールに休み、元気を出して南口・ささま書店へ。
夜、寝床で読む本を買って戻ったのが7pm。それでもまだ夕方の景色
である。





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by byogakudo | 2012-07-31 13:42 | 雑録 | Comments(0)
2012年 07月 29日

獅子文六「てんやわんや」読了

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 「日本文學全集 41 獅子文六集」には「てんやわんや」と「娘と私」
とが収録されている。解説で河盛好蔵が書いているが、とてもいい
カップリングだ。

 「娘と私」を読んでいると、戦前・戦中・戦後の世相の移り変わりが、
作家の目を通して、まざまざと窺われる。

 あっ、このエピソードが小説になったのかと読者の好奇心を惹く、
たとえば戦後初めてバナナを口にしたときの話や、焼け出されて戦後、
住まいに困り、主婦の友社所有の<一口にいえば化物(ばけもの)屋敷>
(P482下段)に住んだことが「但馬太郎治伝」に出ていたな、とか、
面白い。

 「てんやわんや」は戦後、二番目の妻の里である四国に居を定めた
ときの見聞ノートを元にして、敗戦後の首都の混乱と田舎の落ちつき
とを比較対照させている。

 気弱なジャーナリストが戦後の混乱に疲れて、四国に逃げ出すのだが、
彼の逃走理由が、いまいち納得しきれず、入り難かった。
 療養先の湘南から東京に出てきて新橋駅前の闇市を見るシーンの手前、
車中風景の頁(p15~16)がなかったのが、入り辛さに影響したのか?
 それだけではないような気がする。
 東京(混乱真っただ中の新日本)と田園地帯や山村(古い日本)との
コントラストを描いているが、あんまり効果を上げていないように感じる
のだが。
 
     (日本文學全集 41 獅子文六集 1960年 裸本)





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by byogakudo | 2012-07-29 13:16 | 読書ノート | Comments(0)
2012年 07月 28日

森茉莉付近(29) 獅子文六「娘と私」読了

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 「娘と私」でのマリイ・ショウミイの描写を引用。

< 彼女はエレーヌと呼び、中部フランスの小さな町の小学校長の娘
 だった。女学校を出てから、ロンドンへ英語の勉強に行き、その
 語学の助けで、パリの米国人商社に勤め、自活してるうちに、私と
 知り合ったのである。その時、彼女は二十六歳、私は三十を迎えていた。
 翌年の冬に、彼女は麻理[注 娘・巴絵の小説中の名前]を妊娠した。
  彼女は意志の強い、理性に富んだ、そして極めてジミな女だった。
 彼女の情熱は、潜在的で、堅実で、道徳的でもあった。私と結婚前に、
 社会主義運動なぞに加わったのは、その一例であった。体は、骨格型の
 中肉中背で、容貌も平凡、やや近視である外に、病気を知らず、パリ女
 の繊弱さと遠い女だった。>(p200下段)

<彼女は読書好きの女の持ち前で、料理が得意でなく、パリでも安飯屋で
 外食ばかりしていた。>(p200下段)

< 妻は料理下手(べた)ではあったが、裁縫は好きだった。自分のドレス
 は、パリでつくったものを、いつまでも着ていたが、麻理の服は、一切、
 わが手で新調した。フランス婦人雑誌なぞに出てる、子供服の型を、
 私にも相談して、あれこれと選び、ミシンの音を立てた。白セルのツー・
 ピースで、襟(えり)に細い縁(ふち)取りのように、あり合せの黒い毛皮を
 縫い込んだ服なぞは、まず妻の傑作だったろう。その頃の女や子供の洋装
 は、非常に幼稚だったから、妻が、その白い服を着た麻理を連れて歩くと、
 人が眼をそばだてた。>(p202上段 「そばだてる」原文は漢字表記。)

 1951年、娘・麻理が神田のカトリック教会で結婚式を挙げるとき、
<日本の媒酌人役のような、証人夫婦が必要と聞いて、私は、仏文学の
 先輩のT博士に、お願いした。T氏は、亡きエレーヌを、知っているし、
 麻理を可愛がってくれて、東大の講義が傍聴できるように、計らって
 くれた人である>(p581下段~p582上段)

 このT博士は辰野隆だろう。森茉莉はまだ逼塞時代かしら?

     (日本文學全集 41 獅子文六集 新潮社 1960年 裸本)


 今週の新着欄です、よろしく。
 新着欄 





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by byogakudo | 2012-07-28 13:43 | 森茉莉 | Comments(0)
2012年 07月 26日

森茉莉付近(28) マリイ・ショ(ウ)ミイ/獅子文六「娘と私」

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 獅子文六週間のようである。

 「日本近代文學全集 41獅子文六集」(新潮社 1960年 裸本)の
「娘と私」から読み出す。最初に結婚したフランス人女性の名前と、
森茉莉の本の記憶がクロスする。

 「獅子文六集」巻末の年譜を見ると、

 1922(大正11)年 渡仏
 1923(大正12)年 マリイ・ショウミイと知り、恋愛。
 1924(大正13)年 [略]
 1925(大正14)年 6月、マリイ・ショウミイとともに帰国。
          8月、長女巴恵、誕生。

 森茉莉は1922年から23年にかけてパリに住んだ。
 「記憶の繪」(筑摩書房 1968初 函)から、パリ滞在中の
エッセイを斜め読みする。

 『矢田部達郎』や『巴里の降誕祭(クリスマス)』『続・巴里の
降誕祭』に出てくる、矢田部達郎と恋愛している<フランス語の
会話の女教師のマドゥモァゼル、ショミイ>と、獅子文六の結婚した
マリイ・ショウミイとは同一人物であろう。

 検索してみるとこの件は、YAHOO!知恵袋 にも出ていたので、
屋上屋を重ねることになるが、いちおう書いておこう。





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by byogakudo | 2012-07-26 12:39 | 森茉莉 | Comments(0)
2012年 07月 25日

獅子文六「おばあさん」読了

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 戦時中に書かれた家庭小説。時局を刺激しないように注意深く書いて
ある__たとえば一家のもてあまし者的・三男坊の属する新劇団体は、
赤ではなく、中流階級向けの演劇集団である。__が、真っ最中の
戦争に関しては、日清日露を引き合いに出し、主人公「おばあさん」
の口を借りて、冷静に述べている。

 東京のあるプチブルジョア一族の「おばあさん」はご隠居では
あるが、家族全員の動きに秘かに気を配っている。あの世で亡夫に
まみえたとき、家がたしかに存続されていると伝えられるように。

 「おばあさん」は肉親相手であっても(あるがこそ)、話の持って
行きように気を遣う。相手に合わせて伝え方を考えて言う。
 読んでいると、死んだ祖母を思い出す。彼女も家庭内政治学の大家
だった。「おばあさん」そっくりのやり方である。

 ダイレクトに言うとただ反感を買うだけだと思えば、搦め手から迫る。
 いまここで文句が言いたくても、後で言った方が角が立たず効果がある
と思えば、後日にする。
 ひと言で言えば人間通だが、こういう技術を受け継がなかった(継ぐ
能力がなかった)のが、思えば残念なことである。

     (角川文庫 1955年7版 裸本)





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by byogakudo | 2012-07-25 12:53 | 読書ノート | Comments(0)
2012年 07月 24日

蔵前〜両国散歩

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 昨日はふたりで蔵前へ。あんまり暑く(寒く)なると行けないね、なぞと
言いながら、真夏も真冬も大川へ行っている。禁断症状が起きやすい川だ。

 7月3日、4人で行ったとき入ったブリキもの・アルミものの雑貨屋さん
「れとろま」でSが小物を買う。第一目的完了。
 厩橋方向に歩くと「国松レジスター」。いるかな?とガラスドアを覗くと、
いた! 黒い長毛種の猫さん。外から声をかけると、返事は聞こえないが
口を開け、明らかに鳴いて答える。

 厩橋を渡って横網2丁目界隈を歩く。陽が出てきた。旧安田庭園近くの
排水溝の蓋のデザインがいい。

 庭園のベンチで休んだり、ぶらぶら歩いたりしていたとき、白鷺だ!
 Sは30回以上、シャッターを押す。清澄庭園で会った白鷺もそうだった
けれど、人間の視線や動きを意識しながらも、落着いている鳥だ。
 池ではトンボが飛び交い、黒い鯉が波立てて泳ぎ、白鷺と鴨の親子が
のんびり過ごしている。すぐ傍を高速が通っているのに。

 両国公会堂が使えればなあ。EP-4ライヴの会場にぴったりだ。九段会館も
好きだった・・・。

 JR両国駅。ここもいい。近所の江戸東京博物館の阿呆らしさが悲しい。
両国橋を渡り、日当りのいい側から大川を見る。戻って柳橋界隈へ。
又しても両国橋を渡って地下鉄で戻る。暑いと、惚けた動きになる。





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by byogakudo | 2012-07-24 13:09 | 雑録 | Comments(0)
2012年 07月 22日

加賀まりこ「とんがって本気」読了

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 <"素敵の自転車操業">(p36)とはつまり「鹿鳴館の系譜」である。

 文明開化期の権力者たちは本気で欧化生活を試みた。本格的な洋館を
建て、ヨーロッパ風のおもてなしや仕事上での来客を迎える。
 それと同時に、これまでの日常を続けるために(頭で変わっても
身体ごと変わるのは大変だ)、洋館の隣に家族用・私生活用の日本館を
持ち、平衡を保とうとしていた。

 加藤和彦・安井かずみ夫妻のライフスタイルは、ハレのみを日常と
して、個人規模で文明開化(日本の近代)のやり直しを試みたようにも
思われる。
 彼らの住まいは一戸建てだったのかしら、集合住宅かしら。ドアは
内開きだったのか、三和土があって靴を脱ぐ生活だったのか、そこらが
知りたくなる。

 歌謡曲界に曲や歌詞を提供しながら、日本の中にヨーロッパ租界を
作って生きることをしていたのだろうか。

      (新潮社 2004初 J) 





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by byogakudo | 2012-07-22 14:32 | 読書ノート | Comments(0)
2012年 07月 21日

加賀まりこ「とんがって本気」もう少し

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 一昨日の昼間、出てくるときはあんなに熱かったのに、帰る頃には
ひんやりした風が吹いている。昨日はいきなりの涼しさ。暑さに馴れ
ようとしている身体がとまどう。

 昨日は、近所の女子美・美術館の絣コレクション他の展示を見に行き、
「プリシラブックス」に寄る。加賀まりこ「とんがって本気」(新潮社
2004初 J)を買って読み出す。

 加賀まりこというと、わたしの分類では、芸能人・社交界系になり、
苦手意識があった。読んでみると、そんなにスノッブではない。
 仲良しだった安井かずみが加藤和彦と結婚以来、ザ・スノッブな
家庭生活__
< 夕食はキャビアにシャンパン。メイドさんにもヨーロッパの上流
 階級のお宅のような白と黒の格好をさせて、夫は毎日家の中でも
 ネクタイ姿。>__を送るのを、<"素敵の自転車操業">(p36)と
批評する。

 加賀まりこの場合、スノッブ以前の神田っ子が、ベースなのだろう。

 前に「プリシラブックス」で買ったジーン・セバーグの伝記を
まだ読んでなかった。分厚くてあんまり開きがよくないので長い時間
読んでいられず、「悲しみよこんにちは」撮影辺りで中断している。
 しかし「プリシラブックス」に行くと女優の伝記を買うのは、
なぜなんだろう?


 今週の新着欄です、よろしく。
 新着欄 





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by byogakudo | 2012-07-21 18:49 | 読書ノート | Comments(0)
2012年 07月 19日

川本三郎「マイ・バック・ページ」読了

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 60年代というより70年代初頭の自伝だが、川本三郎は文学的なひと
ではあっても、ジャーナリストには不向きの人柄だったのだろう。

 インタヴューした過激派青年が、意気を示すだけとしか思えない、
殺人事件を起す。それでも彼と接触した川本三郎は、ジャーナリスト
の基本的モラル、ニュースソースの秘匿という原則を貫こうとする。

 政治的に過激になり過ぎた「朝日ジャーナル」の編集部が刷新され、
前編集者たちからは第二組合視される雑誌になった「朝日ジャーナル」
に配属され、なんとかジャーナリストとしての仕事をしようとする、
やや無防備な青年の苦闘が後半に描かれる。
 そのときも悩み、後年に至っても結論や割り切りのできない問題を、
できる限りの誠実さで記述しようという姿勢である。

 ナイーヴとは、こういうときに用いられるべき言葉だろう。

 荷風は「花火」を書いたときに傍観者であることを選んだが、
川本三郎青年は当事者として事件に巻き込まれる。その後の小文字で
語る彼の文体は、ここが起点だろうか。

     (平凡社 2011年4刷 J)





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by byogakudo | 2012-07-19 16:14 | 読書ノート | Comments(0)
2012年 07月 18日

川本三郎「マイ・バック・ページ」半分強

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 何の気なしに手に取って開いたら、保蔵幸恵という若くして
自殺したアイドルのページだった。川本三郎が最初に所属した
「週刊朝日」の表紙を飾るアイドルだったそうだが、斜め読み
していると、
< 三年ほど前、私より若い劇作家の高取英が『聖ミカエラ
 学園漂流記』という戯曲+エッセイの本を出したとき、
 そのなかのエッセイで、彼が熱烈な保蔵幸恵のファンだと
 書いているのを知って、彼女から借りたままで、ついに返す
 ことができなくなってしまった絵本を高取英に譲った。>(p42)
とある。

 持ち帰って読んでみると、学生時代の話で、阿佐谷の、
< 私の家のすぐ隣はアパートだった。そこにひとりの風変わりな
 男が住んでいた。昼ごろ私が新宿に"出勤"していこうとそのアパート
 の前を通ると、その男は、ネコを膝に抱いてひなたぼっこをして
 いたり、フトンを干していたりする。坊主頭で眼光鋭くヒゲを
 はやしている。容貌魁偉(ようぼうかいい)。やくざにしては貧乏
 書生の暮らしぶり。いつも美人のカミさんに用事をいいつけられて
 いるところはヒモふうである。>(p86)
 もちろん、1968年ころの麿赤児だ。状況劇場公演で知り合う。

< それから男の前を通るときに声をかけ、やがて"近所のお付き合い"
 をさせていただいた。ネコの名前が「政五郎」という立派な
 ものであることも知った。夕暮れ、怪優がネコに食事をやろうと
 遊びに行っているネコを「政五郎、政五郎」と呼ぶのがなんだか
 内田百閒のエッセイのひとコマのようでおかしかった。>(p86)

     (平凡社 2011年4刷 J)





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by byogakudo | 2012-07-18 16:25 | 読書ノート | Comments(0)