猫額洞の日々

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2014年 03月 31日

ジョゼフ・ハンセン「真夜中のトラッカー」読了

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 主人公の保険調査員デイヴィッド・ブランドステッターと「誰もが
怖れた男」で知り合った黒人青年、セシル・ハリスとの恋愛は続いて
いるが、前作での事件だろう、主人公の助手をするセシルは銃撃され、
回復途上である。

 「誰もが怖れた男」で死にかけて回復したデイヴィッドの父は結局、
死亡し、息子に遺産とすてきな家を残す。息子より若い義母が改装した
おしゃれな家に、デイヴィッドとセシルは暮す。若い義母とデイヴィッドの
関係も良好である。
 今回はゲイ差別の問題は表立たない。といっても、要塞のような家に
住むゲイの老人が出てくる。彼はラモン・ノヴァロの恋人だったという
設定。

 「真夜中のトラッカー」は産業廃棄物の問題が主題であるが、『__
かならず本文を読み終えたあとに』とつけ加えられた『訳者あとがき』が
面白い。この作のテーマは<失われた女(母親)>であるという観点から
考察が進む。これを読むためにだけでも、本文を読む価値がある。

     (HPB 1987初 帯 VJ無)





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by byogakudo | 2014-03-31 22:34 | 読書ノート | Comments(0)
2014年 03月 30日

戸板康二「物語近代日本女優史」読了

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 『浪花千栄子/望月優子』の章より、望月優子のダンサー時代の
話から引用。

< 昭和十年、優子はこんども竹久千恵子に誘われて、新宿で人気を
 集めていたムーラン・ルージュにはいった。
 [中略]
  この劇場は、当時、新興芸術派の吉行エイスケ、龍膽寺雄が企画の
 スタッフであった。女優としては、ムーランの作家斎藤豊吉と結婚し、
 のちに新国劇に入る外崎恵美子、豊田四郎の映画「冬の宿」で好演
 したのち早世する水町庸子、松竹少女歌劇から来た高輪芳子がいたが、
 最後の高輪は新進作家中村進治郎と挨拶状を配ってガス心中をとげ、
 話題になった。>(p253)

 2012年04月05日付け当ブログに引用した中村貞次郎は間違いですね。
 太宰治の中学の友人が中村貞次郎、モボの中村進治郎とは別人だと
わかったが__今から訂正します。__相変わらずモボ・中村進治郎に
ついては知るところが少ない。2006年10月22日に書いたことから進まない。

     (中公文庫 1983初 帯 J)





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by byogakudo | 2014-03-30 16:24 | 読書ノート | Comments(0)
2014年 03月 28日

「和朗フラット」へ

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 むかし「スペイン村」と呼ばれた、Sが住みたかった集合住宅の
ひとつ(もうひとつが「同潤会代官山アパートメント」)、「和朗
フラット」の名残を求めて、昨日は麻布へ。

 前夜、web地図で見ておいたが所在地を書きつけるのを忘れていた。
地下鉄・大江戸線を下り、ぼんやりした見当で坂の多い街をうろつく。
鼠坂、三年坂、他、どれも急勾配でしかも長い。ここらの人は健脚家
にちがいない。

 麻布台1丁目辺りで、おしゃれな自転車屋さん青年に「古い洋館が
あるところ」という言い方で「和朗フラット」ないし「スペイン村」を
尋ねると、丁寧に飯倉片町方面へ戻るよう教えてくださる。

 ぶらぶらと麻布台1丁目を歩く。3-7の路地は砂利道だ! 日本郵政の
大きなダサいビルが崖の上。崖下にある路地の両側の戸建て住宅は、
空き家が多い。空き家の扉には決まって、
<立入厳禁。
 巡回警備実施中。
   森ビル(株)>のプレートが貼られている。ここも再開発される。

 3-2の路地は、砂利が地面に沈んで土が被さり草地になっている。
いちばん奥の木造平屋(!)住宅には洗濯物、その手前の向かい合う
空き家の壁に竿を渡し、お布団が干してある。
 布団を取り込みに出ていらした年配の男性に、挨拶してお喋りした。

 昭和三十年から住んでいらっしゃるそうで、この辺りは5・25に焼けた
跡に建てられた住宅だそうだ。戦前は一軒が300坪くらいのお家が並ぶ
お屋敷街で、戦後小分けされた跡が、
 「ほら、これ庭石でしょ」__平べったい大きな石は、たしかにそうだ。

 「区会議員で知ってるのがいるんだけど、[注:路地を]舗装してやろうか
って言うんだけれど、いいよって言ってるんだ。だってカエルがいるんだよ。
 そうそう、こないだ、アライグマだと思うんだけど、出てきてね。飼われ
てたのかなあ、妙に落ち着いてるんだ。猫を襲っちゃいけないから、ぶっ
叩いてやろうと鉄棒を持ち出したら、逃げられちゃった。住んでる人が
いなくなってエサがもらえなくなって猫も減っちゃった。
 ここらもあと2-3年かなあ」

 彼にも「和朗フラット」への道を尋ねると、飯倉片町交差点の地下道を
渡って行くのだと教えてくださる。
 「ここが和風の古い街なら、あっちは洋風の古い街で、あそこだけ焼け
なかったんだ。そうだ、江戸時代から続く庄屋さんの家も残っているよ、
ちょっと待って」と、お家に戻り、タウン紙「ザ・AZABU」をわざわざ
持ってきてくださった。お礼を述べて路地を出る。下町(地域を特定できる
耳がないのが残念)口調の、土地の妖精(グノーム)みたような方だった。

妖精(グノーム)のお宅の写真

 さて、無事に交差点を渡ったかというと、ここでもまた道を聞くことに
なった。若い山の手マダムに尋ねて、やっと通り過ぎてきたのがわかる。
彼女もとても親切だった。東京の人が冷たいとは一度も思ったことが
ないけれど、再確認。山の手であれ下町であれ、東京っ子の口調が
きつく響いたこともないし(こざっぱり、だと思う)、東京は冷たいという
のは都市伝説であろう。

 「和朗フラット」四号館へ。奥のやや男性的な作りは弐号館(と、あとで
確認)。Sがせっせと撮っている間に、ジンジャーキャットに声をかける。
 やっと着いたとぼんやりしていたら後ろから声がかかる。 
 「猫額洞さんじゃないですか。こんなところで何してるんです?」
 「スローガン」の熊谷氏だ!

 「『和朗フラット』の写真を撮りにきたんですよ」
 「うちも『和朗フラット』ですよ」と、背後の弐号館を指す。
 「なにーっ!」「なんですって!」
 「よかったら中も見て行きませんか、僕は今から出かけますけど」と、
スタッフの方に引き渡される。

 前夜はまさか、内部も見られるとは思っていなかった。残っている「和朗
フラット」だけ撮るつもりだったのに、望外の驚きと喜びが待っていた。
 暖炉まで白く塗られた白い室内、黒っぽい板の床(冬はエアコンをつけて
いても冷えたそうだ)、黒塗りの和式モデュール(?)で作られた低めの建具
(ドアや窓)を鑑賞する。長生きしてよかったなあ。住めなくてもまた訪れる
ことはできる。

 この日にお目にかかった皆さん、どうもありがとう!





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by byogakudo | 2014-03-28 19:47 | 雑録 | Comments(0)
2014年 03月 27日

ジョゼフ・ハンセン「誰もが怖れた男」を読み終え戸板康二「物語近代日本女優史」へ

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(3月25日より続く)

 ジョゼフ・ハンセン「誰もが怖れた男」は、終盤にいちおう
アクション・シーンみたようなものがあり、主人公は犯人を
挙げるが、負傷して入院中のところで終わる。長年の恋人と
別れて、捜査で知り合った若い黒人男性とつき合い出す主人公
だが、彼が見舞いにきてくれたと思ったら、彼の兄だった。
 弟には近づかないでくれと言い渡される。

 ゲイの公民権が法律的に認められても、実体はこういうものだが、
そのアメリカで、同性婚を認める州が少しずつ増えてきている。
 日本では、「結婚は両性の合意にのみ基づく」という表現が同性婚の
実現を阻んでいるらしいが、両性は文字通りふたつの性だから、順列
組み合わせ的に、男女間、男男間、女女間の合意に基づけばいい、
という解釈は無理かしら? 結婚できないので、養子縁組をするしか
選択肢がないというのは差別だろう。

     (HPB 1985初 帯 VJ無)

 40頁くらいは読んだジョゼフ・ハンセン「真夜中のトラッカー」が
あるのに、高円寺の均一台で見つけた戸板康二「物語近代日本女優史」を
読み始めた。元の所有者は、初期の女優「川上貞奴」から「花柳はるみ
/久松喜世子」までは関心がなかったようで読んだ形跡がない。
 その後、「山本安英/田村秋子」からの赤鉛筆線引きの多さといったら。

 わたしは線引きが嫌いだ。せっせと消しゴムで消したが、赤鉛筆を
完全に消すのはむずかしい。意地になって消しまくり、肘と手首と指を
痛めた。努力に報いるために、こちらを先に読んでいる。

     (中公文庫 1983初 帯 J)





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by byogakudo | 2014-03-27 13:40 | 読書ノート | Comments(0)
2014年 03月 26日

Thomas Orand 「Au fil des jours −日々の中で−」展

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 Thomas Orand 「Au fil des jours −日々の中で−」展が
29日(土曜日)まで、ギャラリー冬青で開催中。

 おととしだったかしら、ある夏の日、ハッセルブラッドを
下げた男性が店に入っていらした。トマス・オランドさんと、
そのときは伺ったと思うが、いまwebでみると、トマ・オラン
表記だ。モノクローム写真を撮ると仰っていた。

 そして最近のある日、近所を歩いていたSの視野に、正方形の
モノクローム写真の列が入ってきた瞬間、彼だ!と思う。画廊に
入ってみると、紛うことなくトマ・オラン氏の世界である。

 正方形に区切られた小さな風景が流れてゆく。記憶として、
時間の堆積として刻まれた風景だ。webでも見られる__
In a bird bath__けれど、
オリジナル・プリントのアウラは画像では伝わりきらない。
 黒と白ではなく、グレイのすべての階調で繊細に表現された、
輝く日常のかけらが、そこにある。





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by byogakudo | 2014-03-26 14:16 | アート | Comments(0)
2014年 03月 25日

ジョゼフ・ハンセン「誰もが怖れた男」もう少し

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(3月23日より続く)

 小さな地域で大きな権力をもっていた警察署長は、彼の死後も
まだ影響力を保つ。父を崇拝する息子も警官であり、父の無謬性を
信仰している。主人公から、犯人はゲイ活動家ではないという証拠を
示されても、吟味しようともせず、かえって主人公の調査の邪魔を
するだけだ。

 ゲイ公民権運動の方法で、二手に分かれてしまったこともネックに
なる。警察署長殺しの犯人とされた男は、ドラグ・クイーンのパレード
みたような派手な活動でアピールしようとする。彼の恋人は、それは
無駄だ、ストレイトを変えることはできないと諭したが、聞かなかった。

 この恋人の考え方は、もう一方の公民権運動家、数十年来のゲイ解放
運動指導者と近い。
<「ほんとうに必要だったのは、パレードやピケ、抗議活動などでは
 なかった。法律を変えることだったのだよ。[以下略]」>(p86下段)

 法律が変わったからといって、日常の差別意識がすぐに消えるもの
ではないが、それでも少しずつ変化は起きる。ヘイト・スピーチに
言論の自由の視点を持ち出すのは間違いで、人権侵害の観点から
法律を作ればよいのだ。

 ハードボイルドらしい文体で書かれたミステリだ。つまり、客観描写が
多くて、主人公を作者の代弁者にしない、作者と主人公との距離を
保ち続けている感じが強い。

     (HPB 1985初 帯 VJ無)

(3月27日に続く)





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by byogakudo | 2014-03-25 12:05 | 読書ノート | Comments(0)
2014年 03月 23日

ジョゼフ・ハンセン「誰もが怖れた男」を読み始める

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 ゲイの探偵(保険会社の調査員)、デイヴィッド・ブランドステッター
ものが何冊かあったので、ばらけているが刊行年度に沿って読もうと、
第四作「誰もが怖れた男」を持ち帰った。

< 「過激論者(ラディカル)、麻薬中毒、それに変質者」
 [中略]
 「そんな連中の言うことなど、主人は気にもとめなかった。主人は、
 この国を偉大にしたもろもろのことを体を張って守っていたのよ」>
(p14上段)と妻には評価される、白人至上主義者みたような警察署長
が殺され、ゲイ公民権運動家が逮捕される。奥さんも警察も犯人は彼
しかいないと信じて、それ以上調べようともしないが、保険会社はそうは
いかない。調査員デイヴィッド・ブランドステッターは被害者の周囲を
調べ始める。

 ところで、店には七作目「真夜中のトラッカー」があって、暇なもの
だから昼間はそっちを読んでいる。こちらはトラック運転手が殺された
事件で、どちらを手にしても、えーと、今、どういう展開だったっけと、
しばし考える。
 
 ようやく春の気配が見られるこの頃、横になるとすぐ眠気に襲われ、
「誰もが怖れた男」はまだ調査の初期段階もいいところだ。今夜は
もう少し読み進めないと、我ながらじりじりしてきた。

 早く本気の春になって、部屋に戻ってジャケットや上着を取るときに
静電気の心配をしないですむ季節になってくれ。ヴェロニカは咲いて
いるし、部屋の前の公園のユキヤナギも咲き始めた。
 それなのに、店が寒いので相変わらず冬の格好をしている。周囲の
軽装の人々を見る度に、違いに驚く。

     (HPB 1985初 帯 VJ無)

(3月25日に続く)





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by byogakudo | 2014-03-23 20:25 | 読書ノート | Comments(0)
2014年 03月 22日

小島政二郎「小説 永井荷風」読了

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 Sが半分近くまで読んで手を離した(また読むのだろうが)ので、
先に読み終えた。

 文学あるいは小説についてのコンセプト(?)が小島政二郎と
かなり違っているようで、それにそもそも、ここで引き合いに
出される「私小説」を読んでいないし、「私小説」に対する、
なんだろう、真心主義とでもいえばよいのか、それはわたしの
理解の範囲を越えていて、全部読んではみたけれど、あまり
よい読者とは言えないみたい。

 わたしが考える小説や文学は、たとえば「シルトの岸辺」、
「アウラ」や「モレルの発明」、森茉莉「甘い蜜の部屋」などが
そうで、言葉だけを素材として、誰も否定できない空中楼閣を
築き上げたものが小説であり文学だと思ってきた。

 だから小島政二郎が、荷風「西遊日誌抄」のすばらしさの元を、
< それもこれも、アメリカの五年間に、彼が本当に自分自身の
 生活をしたからであった。自分自身の生活をしたからこそ、文学的
 にも、本当のものを掴まえることが出来たのだ。>(p107~108)
 __仕事に悩まなくては生活したことにならないのかしら。

 あるいは、
< 彼はアメリカで自分流の生活を送っている間に、新しい文学の
 洗礼を受けた。どんな作家を彼が愛読したかは、私が前に列挙
 した通りだ。彼はいつの間にか、主義のないモーパッサンやロチに
 血の近さを感じた。彼のテンペラメントとして、これは当然のことで、
 彼のような詩人的な稟性(ひんせい)の人間が、ゾラのような科学的な
 「小説作法」を遵法(じゅんぽう)することは不可能だったに違いない。>
(p139~140)
 __主義がなくても小説は書ける。

 あ、いま気がついた。文明開化の日本は、西洋の文物のアラモードに
すぐ飛びついて、絵画なら印象派に直行したように、文学は自然主義を
まず学んでしまったのだ。古典は古いものだから、今の潮流を知らなくっ
ちゃ、と。そこから始めてしまって、日本的な変容が加わり、「私小説」
というジャンルができたのかしら。

 怪しい文学論はさておき、先だって覚えたばかりの「ホモ・ソーシャル」
なる概念を持ち出したくなる小島政二郎の「小説 永井荷風」だ。
 「兄貴ぃ、なんで江戸趣味なんぞに回帰するんです? 兄貴は、もっと
先に進めたはずじゃありませんか?」等々、言外から聞こえてくるような、
愛憎相半ばする小島政二郎の一冊である。

 しかし、荷風の女好きがそんなに問題になるか? 覗き趣味や秘密写真
撮影は「異常性」と呼ばれるべき行為だろうか。殺さなければ満足でき
ないというなら、性的に異常で問題だと言ってもよいと思うが。

< 私はこの荷風の恥を知らない異常性を見過ごしに出来ない気がする
 のである。なぜだかよく分らないのだが、何かこの異常性が彼の芸術の
 根元をなしているように思われてならないのだ。>(p405~406)
 __エロティシズムは創造行為の元ってことでしょう?

 荷風の文学の秘密は、
<厭味とポーズと嘘と、この三つのものがうまく渾然(こんぜん)として
 一体となった時、そうだ、もう一つ忘れてはならぬのが彼の文章の魅力だ。
 彼の美しい文章という言葉を得て、厭味とポーズと嘘とが忽ち見事な
 散文詩と生まれ変わるのである。>(p320)
 __言いたいことはわかるけれど。

     (ちくま文庫 2013初 帯 J)





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by byogakudo | 2014-03-22 20:15 | 読書ノート | Comments(0)
2014年 03月 20日

la mimosa/エリオット・ポール「最後に見たパリ」より

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 仏和辞書で引くと、le mimosa である。エリオット・ポール「最後に
見たパリ」の『第一部 戦後の二十年代 第三章 黒衣の女の巡回』では、
ミモザは男性名詞か女性名詞かという議論が記される。

 パリのアメリカ人、エリオット・ポールが知り合ったユシェット通りの
人々のひとりであるオルタンス・ベルトロ未亡人は、第一次大戦前は豊かに
暮していたことを感じさせる存在だ。会った当時は、パリ警視庁の事務職を
している中年女性である。

<彼女は優しい茶色の眼で、皺のある顔は人を惹きつけた。お喋りではないが、
 抑制された声を聞けばすぐに、彼女が逆境にも拘らず育ちのいい婦人である
 ことに変りはないことがわかった。二十代の頃には愁いを含んだ美人だった
 に違いないということは、すぐにはわからなかった。>(p32~33)
 
 エリオット・ポールがユシェット通りにやってきた翌日、オテル・デュ・
カヴォーで彼女と一緒に昼食をしていると、近所のポン引きが入ってきた。
< 「いやな人ですよ、あれ(ル ニュメロ)は」と、ベルトロ夫人が囁いた。>
(p33)

<「ニュメロ」はベルトロ夫人の精緻な用語で「ティップ(type)」より一段下で、
 「アンディヴィデュ(individu)」よりはましなのだ。「ティップ」は、大した
 ことのない男を指す。「ニュメロ」は危険な、反社会的な男か、さもなくば
 無害なおどけ者だ。しかしベルトロ夫人のように言葉を選んで喋る女なら、
 ランドゥリュほど酷いわけではない人間を「アンディヴィデュ」とは呼ばない。>
(p34)

< 一九二三年当時、「不滅」の名を奉呈されたフランス・アカデミー会員達は、
 官編フランス語辞典の改訂で「M」のところまで来ていて>

 ポン引きがホテルのバーのカウンターに凭りかかっているちょうどその時、

<そこから西へ数区画行った場所では権威達が、ミモザは男性名詞か女性名詞か
 で議論していた。男性名詞なら「ル・ミモザ」で、女性名詞なら「ラ・ミモザ」
 という訳だ。ベルトロ夫人は後者の立場だった。「ラ・ミモザ」は「ル・ミモザ」
 より彼女の繊細な耳には響きがいいからだ。ピエール・ロティは「ラ・ミモザ」
 と書いているとオルタンスは言った。私にはそれで決りだった。>(p34)

 そういう訳で、わたしも「ラ・ミモザ」。

     (河出書房新社 2013初 帯 J)

 山崎阿弥さんから先日、一枝のミモザをいただいた。ミモザを見る度に
「雪のなかのミモザ」というフレーズが浮かぶ。前にも書いたと思うが。
 凍えるような冬のパリの花屋で、わたしは南仏から届いたばかりのミモザ
を見たのだろうか。それともその記憶がある酩酊の日に甦り、ミモザは
すべて雪の白さを背景に見えてくるようになり、言葉としてイメージとして
わたしという肉体に宿ってしまったのか、四十年余も。





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by byogakudo | 2014-03-20 10:24 | 読書ノート | Comments(0)
2014年 03月 19日

ロジャー・L・サイモン「ストレート・マン」読了

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 じつは「大いなる賭け」、「ストレート・マン」、「ペキン・ダック」
の順で読んだのだけれど、感想文は刊行年度に従う。店では(まだ)
見つからなくて、「ワイルド・ターキー」と「カリフォルニア・ロール」
は読んでいない。

 1986年原作刊行なので、時代は「ヒッピーからヤッピーへ」である。
かつての金に詰まっていた私立探偵、モウゼズ・ワインが1時間95ドルの
精神分析医にかかっている。

 モウゼズ・ワインは一時期、私立探偵を止め、調査員として会社勤めを
していたので、ターボ・チャージャー付きのBMWと高級アパートメントを
持っている。その部屋を、探偵事務所兼自宅として私立探偵業に戻ったが、
不眠症と気分の落ち込みに悩んでいる。

 子どもたちは大きくなり親から離れていった、女との関係はうまく行かない、
この先待っているのは浮浪者への道だけしかないだろう、と鬱病傾向にある。
この中年の精神的危機を打開するための分析医通いだが、そこで探偵仕事を
依頼される。それも芸能界がらみの話。
 日本流にいえば「ボケとツッコミ」のツッコミ役(ストレート・マン)が
自殺した事件だが、彼の奥さんは他殺と信じているので、彼女の力になって
欲しい、というもの。

 調査を始めると昔なじみの警視に会う。
<しかし、彼の姿を見て、その変わり様に驚いた......十五ポンドほど
 体重が減り、<ジェントルマンズ・クウォータリー>から飛び出したような
 スタイリッシュな服とヘアースタイルだ。かつては『フレンチ・コネク
 ション』のポパイ・ドイルに瓜二つだった。>(p26下段)
 変わったのはお互いさまだろうが、そのスーツはアルマーニかと聞くと、
ヴェルサーチだと返ってくる。

 いかにもハリウッドな芸能界の話が、やはりモウゼズ・ワイン・シリーズ
らしく、民族問題・国家問題にまで発展する。

 なお、この本で、ようやく「モーゼス・ワイン」ではなく「モウゼズ・
ワイン」表記なのに気がついた。今から前の2冊の表記も書き換えなくては。

     (HPB 1988初 帯 VJ無)





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by byogakudo | 2014-03-19 17:11 | 読書ノート | Comments(0)