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2014年 06月 29日

メカに興味はない

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 わたしをメカ好きとかメカに強い、とか誤解するひともいないだろうが、
パソコンもカメラも、Sに任せっぱなしだ。パソコンは仕方ないから必要な
ところだけ使い方を教えてもらって、なんとか凌いでいるが、カメラはSの
担当分野である。「あそこ、撮って」と言えばそれで終わり、Sの姿勢を
見れば何を狙って撮っているか、すぐ解る。

 メカは人任せに限る。わたしがけしてカメラを手にしないのは、メカが
苦手なのが一番の理由だが、カメラの使い方を覚えたとしても、ふたり
揃って持って出るというのが気が重い。フレームの奪い合いをやりそうな
可能性なぞ潰すに限る。

 というわけで、Sがどんなカメラを持っているのか、どんなレンズを使って
いるのか、たまに話してくれることもあるけれど、ふんふんと、右から左へ
聞き流すばかりだがしかし、このレンズになったときは驚いた。

 日本の緑の欠点(?)は、緑が濃すぎる、強すぎることだと、いつも思う。
写真に撮っても、そのまま色濃く緑々(りょくりょく)しく写ってしまう。目の
前の風景にもそれを写した写真にも苛々する。せめて写真の中にだけでも、
もっと淡いはかない緑の世界が作れないか?!
 SがPhotoshop加工して見せてくれても、やっぱり違う。望みの緑色を確保
しても、今度は他の色が、わたしの願う色と外れてしまったりする。

 長年思いながら諦めていた世界が、このレンズで得られた。緑々(りょく
りょく)しくない緑が存在する写真世界では、石油化学製品、つまり青や赤した
プラスティック製品(バケツとか)の色合いもはかなくなる。なんと喜ばしい。





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by byogakudo | 2014-06-29 21:03 | 雑録 | Comments(0)
2014年 06月 28日

「楠森總一郎 Exhibition エンシェント ジプシー キャラヴァン」に行った

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 友人Bishopと会うSが先に恵比寿に行き、わたしは4時に出た。
GALERIE Malleでの「楠森總一郎 Exhibition エンシェント 
ジプシー キャラヴァン」
である。5pmからLapizのソロ。
 今回のためにT.REXを毎日聴き直した、と言う。一度ブレイク
してから、再開。雨もよいの夕方、一本のギターとひとつの声で
奏でられる、ある時空への追悼歌だ。

 「楠森總一郎 Exhibition エンシェント ジプシー 
キャラヴァン」は、明日4pmまでです。

     (2014/06/28 @GALERIE Malle)





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by byogakudo | 2014-06-28 22:08 | アート | Comments(0)
2014年 06月 26日

森茉莉付近(32)「下重暁子の出会ったひとびと 28 森茉莉」

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 「東京新聞」を取っていると、月に一度、「暮らすめいと」という
タブロイド版がおまけとして入ってくる。下重暁子が毎月、出会った
人々についてコラムを書いている。いずれ彼女の単行本に収録される
だろうが、森茉莉ファンは早く内容が知りたいだろうから、少し(?)、
いやかなり引用してみる。

< インタビューは、ご本人の指定された自宅近くの喫茶店で行われた。
 窓際に水色や透明のさまざまな形のビンが並んでいる。シンプルで
 さりげないインテリアが、ご本人の美意識に合ったのだろう。
 [中略]
 私がお目にかかったのは、晩年、八十歳を越してからだった。

  「子供がそのまま大きくなった人」との会話は楽しく、生活という
 場に最もふさわしくない人として、私はずっと惹(ひ)かれていた。
 [中略]
  私のことを同種の人間と認めてくださったのか、ご自分のアパートの
 部屋へ連れていっていただいた。その時、私は黒のセーターに黒の
 パンツ、首に黒地にベージュの小花模様のスカーフを巻いていた。
  「あなた、パリジェンヌみたいネ」。その言葉が、どんなに甘美で
 うれしく私には思えたことだろう。
 [中略]
 
  「ネ、ネ、あの庭の垣根の下に、まばらな所あるでしょ。あそこは
 猫が出入りするところなのよ。しばらく待ってみましょうネ」
  廊下は土で、中庭に井戸がある。二十三年住んだ倉運荘というアール
 デコ調の木造アパートは北窓だけの八畳。セミダブルのベッドと箪笥
 (たんす)と小机。好きな小物が積み上げられている。「贅沢(ぜいたく)
 貧乏」そのままに、何がほんとうに美しいのかを、贅沢なのかを教えて
 いただいた。>

     (「暮らすめいと」 20014年(平成26年)7月号(第69号))





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by byogakudo | 2014-06-26 16:41 | 森茉莉 | Comments(0)
2014年 06月 25日

桜庭一樹「製鉄天使」読了

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 毎日ヨレてて、ヨレは深まり、この先しばらくこれが続くかと
気が重くなる今日この頃ではあるが、であるからか、近くのBO
までヨレた身体を引きずって行く。なんにもないので特に知られる
近場のBOだけれど、それでも眼光紙背、4冊見つける。執念である。
 あ、半額の前田愛「幻景の街 文学の都市を歩く」(岩波現代文庫
2006初 J)の鉛筆線引きを見つけてしまって、それを告げたら108円に
してもらったBOでもある。線引きを発見しちゃうのが、まだ古本屋の
尻尾なのだろうか。これは半分くらい読んで止まっている。

 見つけた4冊のうち、ローレンス・ブロック「墓場への切符」(二見文庫
1995初 J)をSに廻し、須賀敦子「本に読まれて」(中公文庫 2001初 J)と
小島政二郎「天下一品 食いしん坊の記録」(河出文庫 2012初 J)を読み
ながら、桜庭一樹「製鉄天使」(創元推理文庫 2012初 J)を読み終えた。

 数年前(え、2007年だった!)に読んだはずの「赤朽葉家の伝説」の
スピンオフらしいが、「赤朽葉家の伝説」自体、覚えていない。あの頃
お師匠さんから次々にお借りして読んで、当時流行りの(?)民俗学ネタ
みたいなところに食傷して(だったと思う)、「私の男」で好きになった
桜庭一樹である。
 直木賞をもらった後で、ライトノヴェル調というのか、鳥取県のレディース
の物語を書く、という、立派指向しない根性ないしセンスが大変結構だ。
そこを評価すべきだと思うが、あまぞんのレヴュー(ふーっ)を見ると、
同好の士があまりいないようで。

 寒村の老舗(?)のレディースの族名を「エドワード」という。中心部が
郊外に移り、寂れてしまった駅前の立体駐車場「エドワード」に屯している
からだ。これはスティングなどが出ていた「さらば青春の光」的テディボーイ
に即した命名だと思う。ストーリーへの漫画や何かからの影響は、漫画を知ら
ないので解らないけれど、「エドワード」は当たっているのではないかしら?

<「私の男」をただの結婚詐欺の物語とけなしたあの林真理子が桜庭一樹は
 やっぱりこの程度かと陰で笑っているようで腹が立つ。二晩ぐらい徹夜して
 読んでしまうような小説はもう書けないのか。>と、愛し過ぎる故の怒りの
レヴューがあったが、ばかばかしい話ではいけないのかなあ?

 それに、なに、林真理子? 「ファム・ファタール」を「ファム・メタール」
と覚えていた女流作家でしょ?

 病院の待合室に「週刊朝日」(だったと思う)があり、林真理子がホステスを
務めるページがあった。新人作家がゲストに呼ばれ、彼女が感想を述べるとき、
「あのヒロインの『ファム・メタール』ぶりがよかった」と言う。
 作家も編集者も、一瞬沈黙に陥り、編集者か誰かがおずおずと、「あのー、
それは『ファム・ファタール』ではないでしょうか?」と口を挟む状況説明箇所
があった。

 作家は言葉を道具にする職業だ。誰だってミスはあるけれど、こういう間違いは
普通、恥ずかしがって、ページから削除してくれるよう編集担当者に頼まないかしら? 
それとも林真理子は、このミスは彼女のファン層には影響しないし、むしろ愛嬌として
使えるから、そのままにしようと計算したのだろうか? そうとでも考えないとこの
箇所を残した理由がわからないのだが。
 で、そういう女流作家が直木賞や何かの選考委員をしている日本の大衆文学状況、
というのがミステリアスなのよ。ま、わたしはあまり大衆性が理解できない質なのだ
けれど。





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by byogakudo | 2014-06-25 20:18 | 読書ノート | Comments(0)
2014年 06月 24日

「楠森總一郎 Exhibition エンシェント ジプシー キャラヴァン」始まる

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 楠森總一郎氏の個展
「楠森總一郎 Exhibition エンシェント ジプシー キャラヴァン」
が恵比寿のギャラリーまぁるで今日から始まった。シャツやTshirtが
展示及び販売される。

 12:00-19:00まで、但し最終日・6月29日(日曜日)は16:00まで。
 28日(土曜日)17:00-19:00にレセプション・パーティが行われ、
Lapizのプレイも少しあるそうです。

 あいにくな季節ですが、雨の止み間に、あるいは雨の日の散歩が好きな
方は傘をさして、お出かけください。(大雨が降ったって遭難する、わけ
ではありません!)





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by byogakudo | 2014-06-24 19:30 | アート | Comments(0)
2014年 06月 22日

ジャン=ジャック・シュル「黄金の声の少女」読了

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 湖に小石を投げると波紋が広がる。ひとつの単語が投じられ、小さな
うねりを起こし、次々に伝わっていくつかのエピソードを結び、波打つ
物語が描かれる。
 「スクリブ」という単語を例にとって見てみよう。読みやすくするために
スクリブとボールド表示する。

< 鍋の音だ! しかし、空咳のようなこの音が、ひっそりと静まりかえった
 パリのスクリブ・ホテルのどこから生まれるというのだろう。>
(p71)
 イヴ・サン・ローランが予約してくれたホテルに、女優イングリット・
カーフェンは主婦でもあるので、何か役に立つかもしれないからと台所
道具を持ってやってくる。案内されたスイートは、白いユリの花だらけ。

< イヴが三日おきに花を取り替えさせたので、しまいには椿姫の舞台の
 ようになった。
 [中略]
 彼が彼女の女王の衣装のデッサンを描くあいだ、ユリの花に囲まれた
 彼女は息が詰まりそうになる。ジャン・コクトーの『双頭の鷲』は、十九
 世紀のバイエルン地方を舞台にした物語だ。そこではアナーキストが......
 電話が鳴る。ミュンヘンからだ。まさにバイエルン地方だ。「もしもし、
 イングリット?」それはライナー[注:ライナー・ヴェルナー・ファスビンダー]
 の、少年のようにやさしくきれいな声だった。この声の持ち主の肉体から
 彼女は逃げてきたのだ。
 [中略]
 「バーダーマインホフのメンバーが、乗客で満員の飛行機をハイジャック
 した。やつらは飛行機を爆破しようとしている。場所はソマリアの首都の
 モガディシオだ」。彼の声がホテルの部屋に達して、ユリの花のなかに、
 スクリブ・ホテルの白い花のなかに浸み込んでいった。
  彼の短いことばとともに、ジークフリートの神話の世界が、ドイツ第三帝国
 の子供たちが内に抱える、不幸の意識と憧憬(ゼーンズフト)に満ちた世界が、
 まるでオペラの衝撃の場面のように、偉大なデザイナーが君臨するこの静かで
 贅沢な空間に入ってきた。
 [中略]
 彼女はコクトーの戯曲の台詞を口ずさむ。目の前ではイヴ・サン・ローランが、
 タバコの煙とアルコールとコカインに付き添われて女王の衣装のデッサンを
 描いている。 
 [中略]
 なにもかもが混沌と混じりあう。彼女が演じる女王は、警察に追われている
 テロリストを愛している。これが『双頭の鷲』のテーマで、しかもそのテロリスト
 は、亡き王に驚くほどそっくりなのだ。彼女はここにやってきたばかりだという
 のに、ほうら、人生は芸術を模倣する!
 [中略]
 彼女はアンドレアス・バーダーとウルリケ・マインホフのことを思い出す。彼らが
 出入りしていた学生や女優のたむろするいくつかのカフェに、彼女もよく通って
 いたのだ。>(p76~77)
 ひとつの肉体からもたらされたひとつの声が、それを聞いた別のひとつの肉体に
刻まれたヨーロッパ現代史を露わにする。現在進行形で。

 執拗にファスビンダーを追うバーダーマインホフ・グループと、彼らに会いに行く
イングリット・カーフェンのエピソード。そして、ヌーヴェルヴァーグ・フィルムの
プロデューサーであり、フランス映画界の帝王になり損ねたマザール(ジャン・
ピエール・ラッサム)の思い出が綴られる。

< ある日、気分がすぐれなかったマザールは、<救急医療サービス(サミュ)>に
 電話をかけた。若い医師がモンテーニュ大通りにやってきて、聴診器を手に
 かがみこみ、低いベッドのかたわらの床に座って、入念にマザールを診察した。
 [中略]
 マザールの胸に顔を寄せた医師が眠り込んでいる。呼気からドラッグを吸い込んで
 患者よりずっといい気分になってしまったのだ。>(p87)
 以来、医師はマザールの友人、ドラッグ・ドクターになる。

<そして夜も更けるころ、<スピード>をやった二人は、車に飛び乗って街に繰り出す。
 気のいい医者は、車の床に置いてあった救急用の回転灯を手に取ると、窓から腕を
 伸ばして屋根に載せた。>(p87~88)

 猛スピードで走るので、小さな青い帽子のような回転灯は、コンコルド広場のオベ
リスクの足もとに落ちる。車の方は、ボザール通り十二番地のレストランに着く。
<そもそも、このレストランのちょうど真向かいにあるボザール・ホテルでオスカー・
 ワイルドが死んだのだ。あいつはなんて言ったんだっけ? 「人生とは私を眠りから
 守ってくれる夢である」。そう、マザールは夢を見続けた。それも、あまりにも長い
 あいだ。そこから遠く離れたコンコルド広場では、小さな帽子から送り出される
 回転照明がオベリスクのヒエログリフを断続的に青く染め、一匹の猫と、死の河
 に浮かぶ一艘(そう)の小船と、ひとりの書記(スクリブ)が浮かび上がっていた。>
(p88)

 書くこと、書き留めることは、血の歴史を書き記す行為なのか。
 この10頁余の間に、救急用の回転灯に呼応して、ジャッキー・ケネディがダラスで
冠っていたタンバリン型の帽子のエピソード(その後も繰り返される)も差し挟まれる。

 こういう穏やかならざる小説のタイトルを、「黄金の声の少女」とするセンスが
わからない。原題は"INGRID CARVEN"である。そのまま「イングリット・カーフェン」
で押し通せばよかったのだ。多数とは言えないかもしれないが、熱烈なファスビンダー・
ファンは喜んで書店に買いに行く。

 たしかにイングリット・カーフェンは幼いころ、ナチの将校たちの前でクリスマス・
ソングを歌い、黄金の声と賞賛されたアイロニカルな過去を持つけれど、いきなり
「黄金の声の少女」と聞いて、あるいは目にして、アイロニーを感じるのは無理である。
なんだか少女趣味なタイトルとしか受取れない。もっと少数の熱狂者を信じて出版する
無謀さが必要だったのだ。編集者たちが若すぎて、ケネス・アンガー「ハリウッド・
バビロン」に熱中した世代を知らなかったのかもしれないが、中途半端な文学(少女)
趣味に迎合したタイトルでは売れるものも売れない。

 「文学的」も「アーティスティック(いや、"アーティ"とでも言うべきか)」も、
とっととくたばればいい。去勢されたものにしか、消費者は手を出さない、お上品な
傾向があるのは、わたしも知っているけれど、それでも、本を出すのは情熱的な
意志が前提にあるべきではないか。

     (新潮クレスト・ブックス 新潮社 2005初 帯 J)





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by byogakudo | 2014-06-22 13:42 | 読書ノート | Comments(2)
2014年 06月 21日

近代建築はどんな基準で世界遺産に登録しようとするのか?

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 「近代化遺産」ということで富岡製糸場は世界遺産に登録された
らしいけれど、同じロジックで国立競技場と神宮外苑の風景も登録
申請できるはずだ。なぜしない? 土建屋と広報屋と政治屋と役人業の
利権が絡まないから、登録したくないのか? 恥を末代に晒してもいい、
いま、自分たちが生きているときの金目(かねめ)に関係しないものは、
さっさと壊してかまわない、ということなのか?





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by byogakudo | 2014-06-21 21:39 | 雑録 | Comments(0)
2014年 06月 19日

SHE... charles aznavour & bryan ferry+Huaska

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 SHE... charles aznavour & bryan ferryと、
Huaska - Foi-se が好き。





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by byogakudo | 2014-06-19 22:27 | アート | Comments(0)
2014年 06月 18日

アヴァンゲール

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 別に意図した訳ではないのに続けざまに戦争の記憶、戦争の影に
覆われた小説を読んでいる。

 獅子文六「おばあさん」(主婦之友社 1949初 裸本)、「おぢいさん」
(主婦之友社 1949初 裸本)。前者は雑誌「主婦之友」に1942年2月~
1944年5月まで連載。戦時中の連載なので、時局を刺激しないように
注意しながらリベラルな姿勢を崩さない。「おぢいさん」の方は1949年
に書き下ろされたのかしら? 不明だけれど、空爆(空襲)で殺された妻
の死を公然と嘆く人間的な夫が描かれているので、たぶん戦後に書かれた
のではないだろうか。

 坂口安吾「復員殺人事件」(高木彬光「続編 (樹のごときもの歩く)」
付き)(角川文庫 1981年6版 J)。ミステリとしても風俗小説的に読んで
みても、あまり面白いとは思えないが、戦死したと思われていた息子が、
現代版丹下左膳__右手がなく、左足がない。両眼とも失明し、片アゴを
失い、鼻をつぶされて言葉を喋ることもできない。__状態で帰宅する。

 秦早穂子「影の部分 La Part de l'ombre」(リトルモア 2012初 帯 J)は、
前に書いたように、戦前と戦後で一変した生を生きる女性の物語である。

 そして、これもやっと手に入れた、ジャン・ジャック=シュル「黄金の
声の少女」(新潮社 2005初 帯 J)。ナチズムの記憶はずっと尾を引く。

 どう見たって第三次世界大戦前夜の様相を呈してきたので、こんな本
ばかり読んでるのかしら。





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by byogakudo | 2014-06-18 20:59 | 読書ノート | Comments(0)
2014年 06月 17日

Merde-cureな日常

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 からだを半分、水星に預けて過ごす日々もひと月経った。
少しペースがつかめてきたような。

 毎週火曜日、水星を訪れ、チェックしてシュート。3、4日間、
金曜日辺りまで、なんとか動ける。薬に持って行かれるような、
引きずり込まれるような、妙なハイの感覚がある。いわゆるハイ、
ともちょっと違う、なんといえばいいのか、多幸感も全能感もない
ハイで、強制的な集中の強さを"ハイ"という言葉で伝えるしかない。

 たとえば、根を詰め過ぎてるから少し休もうと頭の片隅で思いながら、
雑用にやたら時間をかけてしまう、とか...。別に今しなければならない
ことではない、後でやればいい領収書の整理みたようなことであっても、
気がつけばやり始めている。止められない。頭が混乱しやすく、すぐ分類が
ごっちゃになったりして、注意していないと余計な時間がかかり、結果、
疲れてしまう。なまじ身体がついて行くものだから無駄に集中してしまう。

 3、4日後、"ハイ"の反動がくる。薬に引きずられて無理やり動いて
いた身体や頭が、反作用的に停滞する。薬の引力が否定的な方向、
タナトス方向を指し示し、心身ともに引きずられる。これはちょっと
怖いものがある。明らかに被害妄想的、迫害妄想的になる。

 何か小さなミスをしたとして、それが実際よりも大きく膨れ上がる。
普段なら気にも留めない、Sの軽いひとこと「ダメじゃん!」が全否定
的に轟き渡る。彼もまさか、自分の言葉がそこまで響くとは思っても
みないだろうが、ふくらし粉的妄想世界が実体化しているので、一瞬、
全面否定の宣告に聞こえる。
 過剰反応は反対面でも同じ強度で働く。Sの言動にちょっとした欠点
や欠陥と思えるものを感じると、瞬間的に猛烈な怒りに駆られる。
Sもわたしの怒りを感じて、「あ、薬が回ってる」と思うそうだ。

 Sが解ってくれていて、だからといって腫れ物に触るような接し方を
しないから助かるのだが、現在のわたしは、なんともつき合い辛い。
病人が不機嫌だったり、わがままだったりするって、こういう状態かと、
あとで思う。今のところ大過なく(?)過ごせている(と信じたい)が、
ひとり病人がいると、そうでない人も影響される。

 久しぶりに前にかかっていた病院に行ったら、医師は、ドロップ
アウトせずに治療を続けなさいねと言い、顔なじみの看護師は、
あまり辛すぎたら無理しない方がいいと、逆のアドヴァイスをくれる。
個人差の大きい治療手段みたいで、神経症タイプの人間だと、どうも
妄想が天駆ける。

 心理面の過剰反応だけでなく、物理的・化学的にも過剰に反応
する。日光アレルギーだし、服の背中の小さなタグのこすれにも
過敏に反応する。隣席の老人が無神経に大きなくしゃみを連発
すると、飛び上がりそうになる。全心身が副作用の固まりであって、
副作用が見られるということは本来の作用も働いていることを証明
している、のだと信じたい。

 動ける日にはひとと会いたいと思うが、きっかけがつかめない。
水星行きと同じように、予定を入れてしまえば、ピンポイントで
行って帰ってきて、なんとかなるだろうか。
 渋谷区や新宿区の中野・杉並寄りくらいだったら、疲れたとしても
タクシーで帰れるし、À bout de souffle であろうと歩かないと、
もう太腿の筋肉が落ちていて、身体を支えきっていない。まずい。





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by byogakudo | 2014-06-17 11:32 | 雑録 | Comments(0)