猫額洞の日々

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2014年 09月 30日

ケン・ブルーエン「ロンドン・ブールヴァード」読了

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 映画「サンセット大通り(ブールヴァード)」を枠組み・下敷きにして、
但し主人公はシナリオ・ライターではなく、20世紀末から21世紀の
ロンドンのギャングである。刑務所を出たばかりの。

 主人公が好きなものは、ノアールやハードボイルド、60年代からの
音楽(ロック)、映画、いい車やいい服、それらのアイテムが場面転換を
兼ねて効果的にちりばめられている。
 ハードボイルド・ミステリの主人公は、彼の行動や外観を述べるやり方
で描かれる。このストイシズムの延長として、記号化されたこれらのアイ
テムも使用されているのだろう。
 分かち書きの多用もスタイルとして愛用される。
< 三年も刑務所にいると、 
   時間と
   思いやりと
   驚く能力を失う。

  が、そのフラットを見たときは、仰天しそうになった。>(p19)
__こんな塩梅である。くさいといえばくさい、スタイリッシュといえば
スタイリッシュな文体だ。長い話ではないのでそれほど鼻につかない。

 いや、マーク・プライヤー「古書店主」みたような、拙で、もたついた
展開などしない、きびきび・あっさり終わってくれる悪くないミステリで、
それなりに楽しんだけれど、今、「サンセット大通り(ブールヴァード)」の
換骨奪胎やリメイクは、時代的に無理なのだろうとはっきり分かる。
 (それにさあ、映画ファンなのに、大昔の大女優と執事の住む館からの
仕事、と聞いて、先行する映画を思い出さなかったのかと、読者は身も蓋
もない疑問を持つのだけれど。)
 もし試みるとしても、もっと長い物語の一部に埋めこむとか、ちがった
方法論が必要だろうが、でも作者は愛するノアールやサスペンス映画に
オマージュを捧げたくて書いている面がありそうだから、無理な相談だ。

 主人公は、大女優邸の下男兼愛人の仕事の他に、ときどき、掛け持ち
アルバイトでギャング仕事もやる。ボスに紹介された主人公は、
< そこでおれは、やつが誰を連想させるのかわかった。ローレンス・
 ブロックの"マット・スカダー"シリーズに出てくる、ミック・バルーという
 男だ。[以下略]>(p139)
 このボスを殺さざるを得なくなるとき、
< 殺しのBGMはどんな曲か? おれの頭の中では、レナード・コーエンの
 <フェイマス・ブルー・レインコート>だった。>
けれども、ボス宅のドアベルはチャイムで、
< しかも曲を演奏する......<幸せの白い鳩(ウナ・パロマ・ブランカ)>だ!>
(P337)

 読んでいるうちに、自分の書いているブログへの反省が浮かぶ。
 物語を自分の言葉で要約して説明するのでなく専ら一部引用という
手段に頼っている__できるだけ生(なま)な言葉を避けて、読む人が
それぞれに解釈してくれたら、という意識もあるが__、連想を伝える
のに、画像やYouTubeの外挿を多用している__これは、webの特性
を活かした書き方、のつもり。

 本と映画と音楽などの記号的引用に満ちたケン・ブルーエン「ロンドン・
ブールヴァード」は、とても今の作品なのかも。そして今は、軽い表面で
しか存在できないのかもしれない。

     (新潮文庫 2009初 J)





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by byogakudo | 2014-09-30 20:34 | 読書ノート | Comments(0)
2014年 09月 29日

シオドア・スタージョン「人間以上」再読・読了

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 目にはさやかに見えないが、昨日も今日もどこからか金木犀が
漂ってくる。ちょっと用足しに出て、すぐにバテ果てる。

 超能力といわれるものは、ヒトの進化の過程で不要になり退化した
能力をいう。言葉を得たのでテレパスである必要はなく、ものをテレ
ポートさせなくとも、二足歩行して余った腕や手・指で掴んで動かせば
いいし、機械を作って、それにやらせてもいい。
 だが進化には退化という方向もある。退行能力だけ発達したヒトビトが
存在する。蒙古症の白人の赤ん坊(聞かれればコンピュータ的能力を発揮
する)、唖の黒人の双子の姉妹(テレポートできる)、ふだんは無口だが
口をきけば辛辣なことをもらしてしまう白人の少女(テレパスなので、赤ん坊
の答えを仲間に伝えられる)、そして彼らをまとめ上げ、ひとつのゲシュタルト
生命形式として存在させたのが、眼力で他の普通の人々を動かせる、白痴の
白人青年と、彼の死後、若すぎて跡を継いだのでゲシュタルト生命体を崩壊
させてしまった、同じ能力を持つ白人少年。

 ひとりずつでは無能力者だが、集まって一個体をなすと超人類になる存在は、
普通の人々からは侵略者と見なされかねない。人類と超人類との共生は可能か、
という物語でもある。彼らと関った普通の人々は、あるいは殺され、あるいは
狂わされるが、これらの人々もまた孤独でひとりぼっちの存在、社会のミスフィット
たちである。

 SFは、孤独な少年たちが屋根裏部屋で紡ぎ出す孤独な夢想という背景を持つ。
スタージョンの世界では、ここはわたしの場ではない、という痛切な思いがストレート
に述べられる。読んでいる間だけは、本と読者との間に橋がかかり、わたしたちは
孤独でありながらひとりぼっちではない。傷をなめ合うのではなく、孤独であること
が、そのまま肯定される。

 超人類によるゲシュタルト生命体ではないが、普通の人類も、ときに調和のとれた
理想の生命様式、テンポラリな共同体を持ち得る。すぐに思い出すのが、ハワード・
ホークス「リオ・ブラボー」で、役目が終われば解散して、けして共同体の維持を
指向しない。各人が孤独でいられる社会こそ、目指すべき社会である。(映画や
本の中に理想の共同体を見いだすけれど、現実には恊働しようとはしないのが、
わたし。)

 2006年3月1日以来、久しぶりに読んでも面白かった。

     (HPB 1965再 VJ無)





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by byogakudo | 2014-09-29 16:25 | 読書ノート | Comments(0)
2014年 09月 28日

散歩日和?

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 Sが大川端から電話してくる。
 「川岸は日陰がなくて眩しいよ。外に出ないの? 」
 「歩けないからなあ」
 「部屋にいないで、外に出るってことをしたら?」

 というわけで足取り重く文庫本2冊持って、近場のBOへ。
20円支払われる。日曜日なので人が入っている。買って
いるかというと、そうでもなく、棚を物色している人々。

 買取額のレシートと購入分のレシート時刻を見比べると、
30分くらいいたようだ。文庫本3冊、うち1冊は定価の半額。
 このBOは半額から108円に降りてくるまで時間がかかるような
気がする。あまり回転してないのかもしれない。もう少し人口の
多い地域のBOのほうが、読めそうな本のある確立が高いけれど、
今はしょうがない。

 「ロンドン・ブールヴァード」というタイトル背文字に呼ばれて
手に取る。ケン・ブルーエン? 近頃の作家は知らない。
 訳者あとがきを斜め読みすると、「サンセット大通り」を下敷きに
していて、ローレンス・ブロックのマット・スカダーもの「墓場への
切符」からの引用があるそうな。タイトルに呼ばれたのだし、何かの
縁というものか、買ってみる。期待はしない。
 
 読まずにきたジョン・ル・カレ「ティンカー、テイラー、ソルジャー、
スパイ」も108円で。

 秋尾沙戸子「ワシントン・ハイツ GHQが東京に刻んだ戦後」は
半額。

 よろよろとBOの階段を上がり、のそのそと部屋に向かう。近くの
急坂で春からよく見かける、モノクローム猫兄弟(あるいは姉妹)に
また会う。大きくなったのね。前ほど跳ね回らず、すぐ脇を通っても
落ち着いてやり過ごす。





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by byogakudo | 2014-09-28 20:45 | 雑録 | Comments(0)
2014年 09月 27日

猪野健治「日本の右翼」をまだ諦めてない

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 基礎知識がないからちゃんと読めないのだと分かってるけれど、
なんだかシャクだからまだ諦めずに時々読んでいる。

 『津久井龍雄 叛骨・異端の人』は、わりと興味の持てる人みたいだ。
「一人一党」の傾向の強い右翼をまとめようとして失敗し、左右両方の
人々が、彼の出版記念会に集うような人。

 津久井龍雄には論理性が認められる。
 再軍備反対の論拠第一に、
<占領軍が押しつけた"占領憲法"であっても、それが有効な間はこれを
 遵守しなければ、国自らが法の尊厳を破ることになる。>
 第二に、
<新憲法下での再軍備は、占領体制の軍事的延長にすぎない[以下略]。
 装備面だけ強化された自衛隊は、[中略]米軍の補助部隊ないしは
 隷属的性格から脱しきれない。>
 第三に、
<真の国軍を編成するには憲法改正しかない[略]。
 交戦権を放棄した軍隊は存在の必要がない。>(p297~298)

 憲法改正を取りつける自信がないから、安易な方法で実質、改変した
安倍晋三は右翼ですらなく、なんだろう、あれは? 総理の座にあるこの
機会を利用して、個人的なルサンチマンを満たそうとする男か。
 と書いたところで、右翼と呼ばれる連中に総じて感じられるのが"個人的な
ルサンチマン"だ。私生活で満たされなかった自我を国家規模に投影して
満たそうとする衝動。大きな言葉で装飾すれば、ちっぽけなエゴの充足も
国家の意思に見せかけられる、という幻想。
 その意味では安倍晋三は、そこらによくいる右翼である。甘ったれた、
論理性皆無の。

 昭和が平成に変わって間もないころのインタヴューで津久井龍雄は、
< 率直に言って昭和天皇は、それほど優秀ではなかったと思う。戦争が
 終わったときに退位されて、皇太子を摂政にされたらよかった。
 [中略]
 そうすれば今ごろ戦争責任問題なんて出て来ない。>(p307~308)

 新右翼の平成維新について、
<おそらく実ることはない[以下略]。一水会あたりでも天皇を讃美している
 ようだけれども、いかにもとってつけたようで一般の人にはその心理的な
 過程はわかりませんよ。
 [中略]
 ただ共産党が政権をとっても(あり得ないことだが)、天皇があった方が
 便利だから、あるいは残すかもしれない。しかしそれは[中略]
 アメリカが天皇制を残しておいたのと同じ意味です。>

 象徴天皇制は天皇機関説そのままだという猪野健治の意見に対して、
< その通りだね。しかし日本だって天皇が実権を持ったのは明治以来
 だから。[中略]
 源頼朝以来は幕府をつくっちゃって政治はそこがやってきたんだから。
 そのくせ天皇をいつも悪い方に、自分の都合のいいように利用して
 もっともらしく天皇に忠義だてを言っている。>(p309)

 冷静な視線で、右翼に(同じく左翼にも)絶望している点がまともだ。

     (ちくま文庫 2007年5刷 J)

 丹生谷貴志氏の今日付けツイッターより__
<いつも熱狂していたいという焦慮にあるものたちは要は「国家」を渇望する・・・。> 





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by byogakudo | 2014-09-27 20:07 | 読書ノート | Comments(0)
2014年 09月 26日

シオドア・スタージョン「輝く断片」再読・読了

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 表題作『輝く断片』は、フランケンシュタインの怪物の、狂おしい
愛の物語だ。

 醜い肉体、知能も低い。この18年、デパートの夜間の掃除夫として
働いているが、53歳になる今まで、友だちひとりできなかった。
 ひとりぼっちの初老の男が、仕事帰りに重傷を負った若い女を見つける。
ひとり暮らしのアパートに連れ帰り、大出血している彼女を救う。
 <おれが全部なおしてやる。>(p328)

 器具の熱湯消毒、サルファ剤、ガーゼ。まともな家庭の医学だ。
 太腿の動脈出血を抑えるのは、昔おぼえた銀線で鎖を作る技術であり、
胸の長いカミソリ傷を縫うときは、鶏の串刺しの要領を思い出し、銀の
ブローチ・ピンの列を作る。彼女を救う家庭の医学ならぬ家庭の手術の
シーンは、細かくリアリスティックな描写が続き、白熱した切迫感が胸に
迫る。もし見ている人があったなら、フランケンシュタインの怪物が花嫁を
創造する場面と間違えそうだ。

 誰からも、母親からも愛されず、どこに行っても馬鹿にされ続けた人生で、
初めて出逢った感情生活の対象である。彼は彼女を保護するために生きる。
愛することで愛されなかった過去を補おうとする。

< 女が起きだすようになると、彼は赤い部屋着をおみやげに買ってきたが、
 彼女がベッドから出ることは許さなかった。おみやげは頻繁に買ってきた。
 水にひたした花が一週間ももつガラス球、生きた亀が二ひき入ったプラス
 チックの金魚鉢、<ロッカバイ・ベイビー>のオルゴールを仕込んだ薄青い
 ウサギのおもちゃ、目のさめるような朱色の口紅などなど。>(p348)

 ジャンクな彩りのうつくしさ! シオドア・スタージョンとジョゼフ・
コーネルの世界観は近い。

 フランケンシュタインの怪物は花嫁が欲しかったのではない、少女に
向かって一輪の花を捧げたかっただけなのに、回復した彼女は彼の人生
から出て行こうとして、悲劇の大詰めを迎える。

     (河出書房新社 2005初 帯 J)





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by byogakudo | 2014-09-26 21:50 | 読書ノート | Comments(0)
2014年 09月 25日

「吉田調書」と宅間正夫

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 連日、「吉田調書」を載せている「東京新聞」だが、今日の朝刊で、
元・柏崎刈羽原発所長、宅間正夫に「吉田調書」への感想を聞いている。

< 「原発の所長経験者としてひとこと言いたい。私たち現場の電力
 マンは、自分のプラントは死んでも守るという精神をたたき込まれて
 いる。
 [中略]
 この問題は、現場に対する官邸の理解不足を感じる」>

 東電本部の応対のまずさを、宅間正夫はどう考えるのだろう?
 TVカメラの前に出てきては、不得要領なことをもぞもぞ喋ってる印象
しかない東電幹部(? パシリではなかった筈)だったが、現場を知ら
ない彼らが政府との間に立つことで、伝言ゲームめいた悪循環が始まった
のではないか。

 故・吉田昌郎・福島第一所長の調書によれば、消防庁(あの数日間に聞いた
中でいちばん説明が明確で、ほっとしたものだが)の放水も含めて、上からの
放水は何の役にも立たなかった、という。
< 「セミの小便みたいですね」>

 非常事態が連鎖して何か手だてを打とうとすると、次の大事故。対処計画の
組み替えからやり直し、足の踏み場のない現場の片づけをするにも、立ち入れ
そうもない放射線量の中に入らなければ始まらなかった。

 今でも実質は、水をかけて冷やし続けるしか対処できない原発事故現場で、
もしまた大地震が起きたら、どうするのだろう。原発を再稼働したら発生する
使用済み核燃料の問題に対処方法はないのに、宅間正夫は、
<「個人的にはエネルギー問題を考えれば原発再稼働は必要で、事故後の
 安全対策でリスクは下がり、深層防護も徹底されつつあると思う。」>

 原子力ムラの男どもは、ウィッシュフル・シンキングというのか、ウィッシュフル・
シンカーというべきか、新興宗教信者のそれに似た信仰を、原発に抱いているようだ。
 もしかして東日本大震災を原発信仰に対する試練とでも考えて、技術力を高め、
システムを微細に調整していけば、原発という神殿を護り抜くことができ、原発安全
神話も続く、とでも思っているのか。気違いだ。





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by byogakudo | 2014-09-25 19:13 | 雑録 | Comments(2)
2014年 09月 24日

Iggy Pop / Les Feuilles Mortes

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 頭の中で聴こえているのは La Vie en rose なのに、
Iggy Pop - Les Feuilles Mortes (Live @ France Inter)

 脱いで歌う歌だろうか? 最初から脱いでるステージなので、
こうなってるのだろうが。
 そういえば昔、真正面で全裸で写ってる(撮らせてる)ジャケット
の海賊版LPを持っていた。イギー・ポップの場合、彼の裸はヌード
じゃなくてネイキッドだろう。





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by byogakudo | 2014-09-24 21:59 | アート | Comments(0)
2014年 09月 23日

スタージョン『マエストロを殺せ』VS『死ね、名演奏家、死ね』

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 シオドア・スタージョン「輝く断片」に入っている『マエストロを殺せ』
を若い方にお勧めした後で気になった。よかった記憶はあるけれど、どう
よかったのか、覚えていない。
 たしか、柳下毅一郎 訳『マエストロを殺せ』は、ビートニクなセンスが
すばらしかった筈である。つまらないスタージョンなんて、ないけれど。

 昨夜、再読。やっぱりかっこいいじゃないか。だいじょうぶ、お勧めして
正解。しかし「一角獣・多角獣」中の『死ね、名演奏家、死ね』(小笠原
豊樹 訳)が同じ作品だと解説にある。前に読んだとき、こちらは飛ばして
いたかもしれない。気になって、これも少し読んでみる。

 翻訳者がちがえば解釈と文体がちがい、印象がかなり変わる。1960年代
の翻訳・日本語の速度と、2000年代の翻訳とでは、スピードがちがう。
 翻訳者を育んできた音楽的環境の違い(圧倒的に今のほうが音にまみれて
生きてきただろう)が、ことにこの小説みたように音楽とジャズ・バンドの中で
物語が繰り広げられるとき、決め手になるだろう。柳下毅一郎 訳のビートを採る。
 表題作『輝く断片』(伊藤典夫 訳)の発熱する狂おしさは、もう何とも言い
ようがないし、ともかく読める限りのスタージョンを読んでくださいと言うしか
ない。もし何か一冊読んで、気にいったなら。

 「輝く断片」(河出書房新社 2005初 帯 J)
「一角獣・多角獣」(早川書房 2005初 帯 J)

 ああ、ベスター「願い星、叶い星」を読んでなかった! なんてことだ。





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by byogakudo | 2014-09-23 17:45 | 読書ノート | Comments(0)
2014年 09月 22日

猪野健治「日本の右翼」があった

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 途中で抛り出されている本が、いつも何冊かある。猪野健治「日本の
右翼」も、まだ半分くらいで閉じられていた。猪野健治、黙って拝借して
きた「やくざ親分伝」のほうが楽しめたみたい。日本近現代史に弱いから、
誰それが何とか事件に関係したと書いてあっても、どんな出来事なのか
イメージできなくて、いまいち感情移入(?)しづらい。

 『三浦義一 戦後裏面史の"無謬の黒幕"』を眺めてみた。大分市長や
衆議院議員だった父を持ち、兄弟は大学教授や大手企業の上役(たぶん)、
姉妹も裁判所所長夫人だったりの<「名門、秀才一家」>(p239)だそうで、
敗戦後、アメリカの占領政策にも介入した大物・右翼らしい。

 三井系の江戸英雄たちとも幼いころから親しく、財閥解体の時期には__
<三浦は事態の収拾に全力をあげた。三井十三家のなかでも、三井弁蔵
 の未亡人が三浦をもっとも信頼していたという。三井[注:財閥]は、
 そこで三浦のために[注:日本橋室町の三井ビル西三号館の]事務所を
 提供したのである。>(p248)

 政界にも力があり、建国記念の日(猪野健治は右翼の心情に沿うかのように
「建国記念日」と書いているが、わたしは認めてないので、あれは「建国記念
の日」)が2月11日に決まったのは、佐藤栄作・首相と、友人・三浦義一の間の
電話による、ということだ。

 日本の政財界(権力機構)は右翼のお友だちであり、右翼は権力の裏面に在り、
やくざは右翼に命じられて汚れ仕事を実行する、というヒエラルキーかしら?
 官僚機構を再生産し続ける東大・文1組は、右翼と似たような裏方の一種
(但し表業としての裏方)であり、権力構造の重要な一環である...。お洒落な
ところがまるでなくて馬鹿馬鹿しいだけの、権力の生態系だ。たしかに近代は
終わってない。垂れ流しが続いている。

     (ちくま文庫 2007年5刷 J)





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by byogakudo | 2014-09-22 22:00 | 読書ノート | Comments(0)
2014年 09月 21日

子母澤寛「玉瘤」読了

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 やっとパソコン中毒が一段落したのか、それとも風邪気味で昼間も
横になっていたから自動的にそうなるのか、子母澤寛「玉瘤」を読み
終える。
 子母澤寛では、いまだ「愛猿記」と「二丁目の角の物語」が好きだ。
どうやらわたしは、時代小説作家の本業ではなく、エッセイが好きらしい。
池波正太郎もエッセイしか読んでないし、積極的に「鬼平」や「剣客商売」
を読んでみたいとも思わない。

 あれっ、岡本綺堂の「半七」は時代小説なのか? 綺堂のいう「読み物」、
奇譚や、幕末の風俗も同時に描く捕物帖は、時代ミステリではあるが、
時代小説とは言わないのか?

 誰も見たことのない幕末、その意味では未知の世界ではあるが、人間の
感情はあまり変わらなかった(と思われる)幕末を舞台にしたほうが、古き
よき時代であったと書きやすいだろうし、登場人物たちを声高に喋らせなく
とも、以心伝心、互いにそっとしておく心遣いの奥ゆかしさも描きやすそう
である。

 スマートフォンのメールで連絡し合う現在を舞台にしたって、人情話は書け
なくはない。ニューヨーク人情話であるマット・スカダー・シリーズも、後に
なるほど、パソコンや携帯電話の登場と、主人公との葛藤を描写しなければ
ならない。それはそれで物語にうまく絡めて書いてあり、風俗小説の面目躍如
たるものがあるが、最新作「償いの報酬」ではパソコンなんて存在しなかった、
どこかで存在してはいたけれど、日常生活を侵蝕していなかった古きよき時代の
回想である。
 現在はつねに切っ先が鋭いから、ひと昔ふた昔前を舞台にしたほうが、読者を
しみじみほっとさせる世界を作り出しやすい、ということだろうか。じゃあなにか、
ポケットベル時代にしたほうがアイフォーン時代に設定するより、ノスタルジック
な世界が描けるかというと、そうはいかない。現在に近すぎる。

 ある程度の距離、自分の祖父母がもしかして暮していたかもしれないような
時代設定なら、適度であろう。幕末維新を体験している祖父母がいる世代も
死に絶えているが、(古墳時代に設定したりするとファンタジーの要素が強まり、
いわゆる人情を描くのに不適切だろう。)幕末辺りなら、今となんとなく地続き
みたいな気もするから、そのころには細やかな人情が交換されていたとしても
おかしくないと、読者も作者も同意できる、幕末を舞台にした時代小説が書き
続けられるのだろうと、読んだことのないわたしが言っている。

 子母澤寛「玉瘤」は、自在な書きっぷりを楽しむ時代小説集だろう。
 『玉瘤』では、講釈師の講釈口調と地の文章の入れ替わりがさりげなく
巧妙だ。幕末のできごとを、三人称の小説と、辻講釈師の語る物語とを
重ねながら描く。
 『香亭先生伝』では、三人称小説の間に小笠原長生の聞き書きが入り、
さらに聞き書きに対する作者の反応が、<作者云う。>として脚注的に
差し挟まれる。小説はたしかに、どんな風にでも書いて行ってよいのだ。

     (新潮社 1965初 函)





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by byogakudo | 2014-09-21 20:57 | 読書ノート | Comments(0)