猫額洞の日々

byogakudo.exblog.jp
ブログトップ

<   2014年 10月 ( 31 )   > この月の画像一覧


2014年 10月 31日

(5)高見順「敗戦日記」読了

e0030187_10291195.jpg












~10月30日より続く

 不思議な「薨去」の使い方があった。
 5月2日:
< 七時のラジオ報道でヒットラーの薨去(こうきょ)が報ぜられたと
 母がいう。
 [略]
 海外情報は[中略]ヒットラーの薨去に関しては、何も言わない。>
 5月3日:
< ヒットラー薨去が報ぜられた。>(p187~188)
 ヒトラーはドイツ国家のトップだったから、この頃は「薨去」を用いたのか?
新聞記事の引用でもあれば、普通の用法だったか判断しやすくなるだろう。

 8月15日前後の右往左往は、山田風太郎「戦中派不戦日記」に記された
ものと似ている。

 8月16日:
< 黒い灰が空に舞っている。紙を焼いているにちがいない。__東京から
 帰って来た永井君(註=永井龍男)の話では、東京でも各所で盛んに紙を
 焼いていて、空が黒い灰だらけだという。鉄道でも書類を焼いている。戦闘隊
 組織に関する書類らしいという。>(p315)
 東ドイツ・シュタージは書類を残していたから、その後、追求することができた
のだけれど、日本国では、すべて水に流したり焼いたりして、チャラにできると
信じられているのだろう。一神教と多神教のちがいと片づけていいものか。

 8月19日:
< 中村光夫君の話では今朝、町内会長から呼び出しがあって、婦女子を
 大至急避難させるようにと言われたという。敵が上陸してきたら、危険だと
 いうわけである。
 [略]
  自分を以て他を推すという奴だ。事実、上陸して来たら危い場合が起る
 かもしれない。[中略]
 しかし、かかることはあり得ないと考える「文明人」的態度を日本人に
 望みたい。かかることが絶対あり得ると考える日本人の考えを、恥かしい
 と思う。>(p323~324)

 28日、銀座のビアホールで、飲食店団体関係者から聞いた話。
<警視庁から占領軍相手のキャバレーを準備するようにと命令が出たこと。
 「淫売集めもしなくてはならないのです、いやどうも」「集まらなくて大変
 でしょう」「それがどうもなかなか希望者が多いのです」「へーえ」>(p338)

 8月29日:
< 東京新聞にこんな広告(註=特殊慰安施設協会の名で「職員事務員募集」
 の広告)が出ている。占領軍相手の「特殊慰安施設」なのだろう。今君[注:
 今日出海]の話では、接客婦千名を募ったところ四千名の応募者があって
 係員を「憤慨」させたという。>(p340)

 9月2日:
< 横浜に米兵の強姦事件があったという噂。
  「負けたんだ。殺されないだけましだ」
  「日本兵が支那でやったことを考えれば......」
  こういう日本人の考え方は、ここに書き記しておく「価値」がある。>(p345)

 9月6日:
< 神奈川県の女学校、国民学校高等科女子生徒の授業を所によっては停止
 することになった。進駐軍の横行に対する処置なのだろう。>(p347)
 
 9月9日:
< 米兵の婦女拉致の噂を街で聞くが、新聞にも出ている。>(p350)

 10月5日、ムッソリーニの逆さ吊り死体写真の話から、日本人はそれは
しないけれど、
< 日本人だって残虐だ。だって、というより日本人こそといった方が正しい
 くらい、支那の戦線で日本の兵隊は残虐行為をほしいままにした。
  権力を持つと日本人は残虐になるのだ。権力を持たせられないと、子羊の
 如く従順、卑屈。ああなんという卑怯さだ。>(p371~372)

 11月14日、銀座に行き、松坂屋横に Oasis of Ginza、下にR・A・A(Recre-
ation & Amusement Association) と書かれた派手な大看板を見つける。
 地下二階までは日本人も入れる。地下三階が「連合国軍隊ニ限ル」と貼紙
のあるキャバレーだ。

<「支那人と犬、入るべからず」という上海の公園の文字に憤慨した日本人が、
 今や銀座の真中で、日本人入るべからずの貼紙を見ねばならぬことになった。
 しかし占領下の日本であってみれば、致し方ないことである。ただ、この禁札が
 日本人の手によって出されたものであるということ、日本人入るべからずのキャ
 バレーが日本人自らの手によって作られたものであるということは、特記に値する。
 さらにその企画経営者が終戦前は「尊王攘夷」を唱えていた右翼結社である
 ことも特記に値する。
  世界に一体こういう例があるのだろうか。占領軍のために被占領地の人間が
 自らいちはやく婦女子を集めて淫売屋を作るというような例が__。支那では
 なかった。南方でもなかった。懐柔策が巧みとされている支那人も、自ら支那
 女性を駆り立てて、淫売婦にし、占領軍の日本兵のために人肉市場を設ける
 というようなことはしなかった。かかる恥かしい真似は支那国民はしなかった。
 日本人だけがなし得ることではないか。
  日本軍は前線に淫売婦を必ず連れて行った。朝鮮の女は身体が強いと言って、
 朝鮮の淫売婦が多かった。ほとんどだまして連れ出したようである。日本の女も
 だまして南方へ連れて行った。酒保の事務員だとだまして、船に乗せ、現地へ
 行くと「慰安所」の女になれと脅迫する。おどろいて自殺した者もあったと聞く。
 自殺できない者は泣く泣く淫売婦になったのである。戦争の名の下にかかる
 残虐が行われていた。
  戦争は終った。しかしやはり「愛国」の名の下に、婦女子を駆り立てて進駐軍
 御用の淫売婦にしたてている。無垢の処女をだまして戦線へ連れ出し、淫売を
 強いたその残虐が、今日、形を変えて特殊慰安云々となっている。>(p426~427)

     (高見順「敗戦日記」 中公文庫 2005初 J)


(1)高見順「敗戦日記」
(2)高見順「敗戦日記」
(3)高見順「敗戦日記」
(4)高見順「敗戦日記」
(5)高見順「敗戦日記」





..... Ads by Excite ........
[PR]

by byogakudo | 2014-10-31 14:05 | 読書ノート | Comments(2)
2014年 10月 30日

(4)高見順「敗戦日記」3/4

e0030187_19504422.jpg












~10月29日より続く

 1945(昭和20)年7月28日、読売新聞のポツダム宣言記事の引用。

 8月7日、高見順は新橋駅で義兄に会う。「大変な話」を聞いたかと
義兄が言う。歩廊のひとのいないところへ連れてゆかれ、広島に原子
爆弾が落とされた、と教えられる。(p275)

 8月8日、新聞が届かないまま東京に出かけ、今日出海に会う。彼に
よれば新聞の記事では原子爆弾ではなく「新型爆弾」で、あっさりした
記事内容だった、と。

 8月9日、9日付け毎日新聞には、やや詳しく(?)、広島を視察した
赤塚参謀の噴飯ものの談話がある。__
 警報が解除されたので防空壕から外に出て、油断しているときに
新型爆弾を落とされた。
 この新型爆弾は熱線の威力が強く、爆風圧が従来の爆弾より強烈
であるが、これは日本でも研究され実体もわかっていた程度のものだ。
上空から地面に及ぼす垂直爆風圧の威力が大きかった。
 だから地下壕に潜み、全身を覆う服装(二枚以上の重ね着)、防空
頭巾、手甲、脚絆、顔面も覆い、地下壕奥で伏せていれば大丈夫だ。
(p283~284)
__ハリウッド映画では原子爆弾とは超大型爆弾である、という了解の
もと、巨大隕石を追い払うためなどに使用されているが、あれの先祖
みたいな認識である。

 午後、当番の日なので「鎌倉文庫」に行くと、
<続々と会員申し込みがある。会員は三ヶ月間の読書料前払、十一月八日
 までというわけだが、十一月八日まで一体この店が存在しているだろうか。>
(p285)
 急ぎつけ加えると、5月27日付けに、店番を一日ずつ当番制にする話がある。
27日川端、28日中山[注:中山義秀]、29日久米、30日川端...といった塩梅。

 4pmころ、自転車に乗ってやってきた林房雄に、ソ聯参戦の報を知らされる。
その後、永井龍男が来る。
<東京からの帰りに寄ったのである。緊張した表情である。長崎がまた原子爆弾
 に襲われ広島より惨害がひどいらしいという。
 [中略]
  店は何の変りもない繁昌である。知らないせいか、知っていても平然としている
 のか。山村、小泉両君に、ソ聯参戦のことを、そっと紙に書いてしらせた。人が
 いっぱいいる店で、何か声を出していうのがはばかられた。>(p287)

 うっかり読み過ごしていた箇所がある。東京に焼跡を確認に行った際、たとえば
3月6日では、
<まだ夜の扉がおりず、銀座通りが丸見えなのだが、まるで人通りというものが
 なく、陥落直後のラングーンが思い出された。>(p118)とか、
 6月15日、
< 沖縄では、女が闘っている。本土もやがてそうなるのだろう。>(p215)、
こういった箇所である。

 戦争というとすぐ、自分の頭の上に焼夷弾が落ちてくる場面が目に浮かぶ。
映像的な刷り込みだ。夜中でもいつでも逃げられる服装で横になり、空襲
警報下、絶え間なく落ちてくる焼夷弾から逃げ惑う。または焼け死ぬ。
 日常の生活の場がすなわち戦場であり、戦争はそういうものと頭で思って
きた。(戦後民主主義で育ってきたからだろうか。)

 実際に戦争を体験した高見順(たち)にとっては、戦争はまず、他処のできごと
として存在する。大東亜共栄圏イデオロギーでは中国や東南アジアも、日本の
一部、外地に属するが、戦争はそんな遠い他処で起きるできごとだ。
 "出征する兵士を見送る"という言葉で表されるような、友人が外地で戦死した
と聞かされるような、よそごとだった。
 毎夜、各地が空爆される事態になってやっと、戦争は内地(本土)で起きる
できごと、自分たちがいる場が戦場になるのだと、高見順(たち)は知らされる
が、その認識が言語化、意識化される時間があっただろうか。

 戦中派・戦後派で"戦場"の規定が違っていたことに、今ごろ気がつく戦後派だ。
戦後69年、戦後生れもまた、頭で戦争や戦場を理解するだけ、よそごととしての
戦争を生きてきた。

     (高見順「敗戦日記」 中公文庫 2005初 J)

10月31日に続く~





..... Ads by Excite ........
 
[PR]

by byogakudo | 2014-10-30 20:03 | 読書ノート | Comments(0)
2014年 10月 29日

(3)高見順「敗戦日記」半分強

e0030187_2124214.jpg












~10月28日より続く

 「鎌倉文庫」誕生前後を読んだ。

 戦争末期である。原稿の依頼はあるが、なかなか書けない。ひとり高見順
のみならず、鎌倉に住む作家・批評家たちはお金に詰まり、蒐めた骨董品を
売り払おうとして安くなっているのに気づいたり、太ったことがなさそうな、
筋肉質とも言えなさそうな、あの川端康成が鎚と鑿で防空用の横穴を掘ったり
している。川端は小島政二郎に自分で掘ることを勧める。

< 「力なんか、ちっともいりませんよ。ひとりでコツコツやっていると、
 何んにも考えないで、いい気持ですよ」
 [中略]
  「頼むと三千円かかりますからね」
  川端さんは笑いながら言った。自分でやれば、つまり三千円稼ぐこと
 になる。
  「原稿を書くよりいいですよ。原稿を書いて三千円稼ごうとなると大変
 ですからね」
  みんな、笑った。小島さん夫妻は川端さんの掘った横穴を見学に行った。>
(p167~168)

 東京以外の各地方都市にも大空爆が続く。いよいよ鎌倉もかと、高見順は
疎開を考えるが、お金がない。文壇に名前が知られているのに、徹夜して
あれだけの原稿を書いた筈だのに、疎開先を探すどころか、当面のお金が
ない。
 軽井沢や蓼科など、別荘地の家賃の値上がり、避暑地の物価の高騰を
聞けば、たとえ家を借りられても生活できない、逃げることは不可能だと
悟り、ようやく鎌倉に生きて死ぬ決心に至る。

 1945(昭和20)年4月5日:
< 久米[注:久米正雄]家へ行く。小林[注:小林秀雄]はさきに来ていた。
 貸本屋の話がでて、急速に具体化しようということになった。ペン・クラブ
 (註=鎌倉ペン・クラブ)の有志が集まろうということになった。川端さんにも
 来て貰って相談した。発案者は久米、川端。駅前に家を借り、鎌倉文士の
 蔵書をあつめて貸本をやろうというのだ。
  当局との折衝、貸家の交渉は久米さんが当り、本集めその他の雑務は
 私がひきうけようと言った。>(p150)

 高見順「敗戦日記」で助かるのは、細かい註がその場でついていることだ。
荷風の日記にせよ、註釈・説明は巻末にまとめられることが多く、おまけに
少ない。読者の知識量を信頼してるのかもしれないが、もしや高見順は本が
読まれなくなり、従って文壇的常識が通用しない時代が来るのを見越して、
これら、反射神経のいい即座の註釈をひとつずつつけた日記を刊行した、
のだろうか?

 この種の丁寧で細かい事務能力があることが、却って作家たる高見順を
苦しめることにもなる。実務能力があるなら、それを使えばいいと思うが。
 だって、実務能力のない作家ならゴマンといるだろうけれど、持っている
事務能力を活かすこと(日本近代文学館の立ち上げなぞ、彼の事務能力が
あったからだろう)と、作家としての力量とは関係ないのに、いざ貸本
「鎌倉文庫」がオープンし、大繁盛して、

<新聞のゴシップにも「高見順が番頭をつとめる」と出、事実、番頭に違い
 ないのだが、記者からそう言われると、作家としての自尊心__否、虚栄心
 を傷つけられ、不快だった。
  あとで、自分はまだできていないなと反省させられた。私はなんになろうと
 作家なのである。番頭と言われて、不快を感ずるのは、作家としての自信が 
 不動の強さでないからに違いない。そう反省した。>(5月17日 p197)
__ ナイーヴってめんどくさくて困る。作家本人はナイーヴさではなく繊細さ
と理解してるのかもしれないが、いいえ、これはナイーヴ。訳語は、お馬鹿。

 もうオープン後の話をしてしまったが、店探しで四、五軒当たり、やっと見つ
かったのが4月23日。
 25日、高見順は乳母車に貸本用の本を載せて、妻と鎌倉の店に行く。
 26日、久米正雄の本も乳母車で運ぶ。
 28日、店で本の整理。
 30日:
< 本は、保証金三円、五円、七円、十円、十五円、二十円、特別の七種に
 わけた。その分類は私がひとりで当った。千冊近い出品だからさすがに
 うんざりした。>(p185)
 5月1日、無事にオープン。
< 百名あまりの申し込みがあった。現金千余円。__派手なようで、これは
 預かりの金だ。>
 2日、雨なのに、
<新規申込百余名。>(p186~187)

 8日:
< 定刻(一時半開店)より早く店へ出て、本の整理。同人より続々本の供出
 あり。>(p189)

 6月3日、同人全員の名前と、各人への配当金リストが示される。
久米正雄の911.44円がトップ、夏目伸六の2.16円が最後。(p211~212)

 貸本屋の立ち読み客の話とか、横光利一「旅愁」のニーズとか、興味深い。

     (高見順「敗戦日記」 中公文庫 2005初 J)

10月30日に続く~





..... Ads by Excite ........
[PR]

by byogakudo | 2014-10-29 21:57 | 読書ノート | Comments(0)
2014年 10月 28日

(2)高見順「敗戦日記」1/3

e0030187_21231680.jpg












~10月26日より続く

 1945(昭和20)年1月27日の空爆<最初の市街盲爆である。>(p42)で
焼けた銀座を30日に見に行った高見順は、ふと、新聞社の伝書鳩はどうした
ろうと思う。

 2月4日は半焼けの浅草に行き、「如何なる星の下に」に書いた店や人々
を訪れる。3月10日暁方の下町大空襲<罹災家屋二十五万軒、罹災民百万と
言われている由。>(p126)ですべて焼土と化した浅草を、12日に訪れる。

 東京駅で見かけた罹災者は、
<男も女も顔はまっさおで、そこへ火傷をしている。そうでなくても煙で鼻の
 あたりは真黒になっていて、眼が赤くただれている。眉毛の焼けている人も
 ある。水だらけのちゃんちゃんこに背負われた子供の防空頭巾の先がこげて
 いる。足袋はだしが多い。なかにははだしの人もいた。ぼろのようなものを
 さげている。何も持ち出せなかったのであろう。>(p126)

 浅草に着くと、
< 本所の方からの罹災者がえんえんと列をなして歩いてくる。こっちからも、
 焼跡へ掘り出しに行く罹災者、見舞の人々、見物の人々が列をなして行く。
 [中略]
 合羽橋の方へ曲った。国際劇場が、ついそこに見える。間の家がみんな焼けて
 しまったからだ。>
 「如何なる星の下に」に記した店の名前、登場した人々、アパート名が列記され、
<何もかも、灰燼だ。>(p127)と結ばれる。

< 国際劇場は、外は残ってなかはすっかり焼け落ちている。ところが松竹新劇場
 (もとの江川劇場)は無事だった。
 [中略]
 出演者や演し物の看板をおさめた飾り窓風のガラスもそのまま、なかの看板もその
 まま(その無事な色彩が異様だった)、そして裏手の家も残っていた。国際通りの外国
 の映画館(名を今思い出せぬ)も、同じように助かっていて、「格子無き牢獄」のビラ
 やスチールがガラス窓のなかで、そのまま残っている。そのガラス窓に近づいて、
 なかのスチールをじっと見ている若い男があった。>(p129~130)

 都筑道夫の3月10日の記録を思い出す。自宅焼跡にレコード盤だけ残っている! と
思って手に取ったら、色彩や文字の残るレコード・ジャケットも中身も、はらはらと
崩れ落ち灰になる様子が描かれていた。まるで自分が経験したできごとみたように
覚えてしまったが、「格子無き牢獄」のビラやスチールを見つめる若い男も、"わたし"
の記憶の一部になりそうだ。まだ生まれてなかったけれど、わたしは逢ったことのない
彼らの記憶を引き継いで生きてきた、ともいえる。

[10月29日追記:
  3月10日でなく5月25日かもしれない。レコード盤は「会議は踊る」だったような
 気もするが、何で読んだか覚えてなくてチェックできない。「昨日のツヅキです」?]

 昨日、「昭和恋々」に傷痍軍人が出てこないのはなぜかと書いたけれど、戦争と
いう楔を打たれた戦前戦後の昭和から、小春日和の記憶を取り上げる試みである。
戦争に直結する傷痍軍人や、街頭の千人針の記憶は背後に置かれるべき項目で
あろう。
 政治的でない言説など存在し得ない、わかりやすい一例。

     (高見順「敗戦日記」 中公文庫 2005初 J)
     (山本夏彦/久世光彦「昭和恋々」 文春文庫 2003年3刷 帯 J)    

10月29日に続く~ 





..... Ads by Excite ........
[PR]

by byogakudo | 2014-10-28 20:54 | 読書ノート | Comments(0)
2014年 10月 27日

(2)山本夏彦/久世光彦「昭和恋々」読了

e0030187_13575876.jpg












~10月26日より続く

 1980年で時間の流れが変わった。流域が変わり、ちがう時間の川が寸断
されながら流れる、あるいは一時停止と再開を繰り返しながら流れるように
なった。それ以前は長いスパンでいえば、幕末明治からそれほど変化しない
時間が流れていた。

 大正4(1915)年生れの山本夏彦の記憶にある「髪床」(p29)も、昭和10
(1935)年生れの久世光彦の語る「サインポール」(p136)のある床屋さんも、
彼らは東京っ子であるが、戦後昭和生れ・田舎町育ちのわたしにも、全部わかる
世界である。あまり見覚えがなかったとしても類推可能な、かつてのありふれた
日常だ。

 異界のひと「虚無僧」(p202)が怖かったのはわたしだけでない、昭和14、5年
ころ、5歳くらいの久世光彦少年も同じ恐怖を抱いていた。
 ひと、もの、できごと、細々とした詳細な細部だけで綴られた昭和史にもなって
いるが、"傷痍軍人"というトピックがないのはなぜだろう。政治的になるからと、
意識的に避けられたのだろうか?

 久世光彦の前書きに、<向田邦子は、突然現れてほとんど名人である>と山本
夏彦が絶賛したと、ある。
 向田邦子は一、二冊読んだことがあり、ある時代を共有できる読者にとっては
親密な"物語"だろうと思ったけれど、"小説"としては認められなかった。幸田文
の「流れる」が"小説"として認められないのと似たような理由で、素材に寄り
かかって成立する"小説"世界では、しょうがないだろう、と思ったのだ。
 何だったか忘れたが、夜の電車の窓に映る顔の陰影、暗さが記されていたが、
そこに気づいた作者が自分から「ブンガク的な観察でしょう?」と言ってるように
感じられて、異議申立てしたくなったのだ。"ブンガク的"感受性かもしれないが、
そんなもの"文学"とは何の関係もない、小手先の技芸ではないか、と。

 個人が所有するのは記憶だけ。思い出だけが、ある世代間の共通言語になる。
ノスタルジーの魅力と限界とを伝える一冊だ。

     (山本夏彦/久世光彦「昭和恋々 あのころ、こんな暮らしがあった」
     文春文庫 2003年3刷 帯 J)

10月28日に続く~





..... Ads by Excite .......
[PR]

by byogakudo | 2014-10-27 20:32 | 読書ノート | Comments(2)
2014年 10月 26日

(1)高見順「敗戦日記」+(1)山本夏彦/久世光彦「昭和恋々」

e0030187_17344487.jpg












 ローレンス・ブロックからの切り替えに困っていたが、昨日「伊呂波文庫」
に行った。帰るさ「古本なべや」にも寄った。昨夜から戦前戦中の昭和、敗戦、
戦後昭和の日本、を読もうとしている。高見順は初めて読むし、山本夏彦・
久世光彦には興味がない__需要の点では理解する__のだけれど。

 「敗戦日記」に時たま顔を出す、がんばって仕事しなくっちゃ風、自己激励
には驚くが(無防備にナイーヴさをさらけ出すので、出版時に削らなくて良か
ったのかしらと心配になる。)、東京より空爆度が低かった鎌倉から度々、東京
に出かけて歩き回り、観察している。1945(昭和20)年、敗戦の年の元旦から
大晦日までの記録だ。

 1月5日:市ヶ谷の友人宅で空爆に遭う。静まってから北鎌倉の自宅に向かう。
<電車がなくなるからだ。外へ出ると真っくら、月はまだで、足もとが危い。
 こういう東京は支那から帰ってはじめてだ。靴をひきずりながら歩き、真っくらな
 東京のかわった姿に感慨を催す。 
  駅へ行くと、かすかに口を開いて扉がしめてある。なかも真っくらで、切符売場に、
 ほんのすこしの光、手探りで切符を買う。階段をおりるのが一苦労だった。歩廊
 (註=プラットホーム)も暗い。
  暗い電車がくる。客はまばらでしいんとしている。>(p9)

 1月9日:鎌倉駅に行くとき、頭巾をかぶった小学生を見て、
<一度かぶると暖かくてくせになる。ずっとこの風俗は残るかも知れない。
  風俗といえば、[中略]スカートと靴下という女の洋風姿は今ではほとんど
 全く見られなくなった。スカートの布地、靴下がないせいもあろうが、もんぺい
 又はズボン型の決戦服がすっかり普及した。これなど、後までも残るかも知れない。
 前の欧州大戦のとき、物資窮乏で欧州に短靴ができ、それがずっと残ったように。>
(p13)

 この調子で引用して行くと大変だから、適宜引用に止めるつもりだけれど、敗戦後、
物資が出回るようになってから、布地をたっぷり使うサーキュラー・スカートが流行った
のは、戦時中の反動だろう。「決戦服」なんぞ強制されたくないし、女らしさの強要で
スカートを穿きたくもない。
 <物資窮乏で欧州に短靴ができ>というのは、それまではブーツが主流だった、という
ことだろうか。靴の歴史を知らないので何ともいえないけれど。


     (高見順「敗戦日記」 中公文庫 2005初 J)
10月28日に続く~


 「昭和恋々 あのころ、こんな暮らしがあった」は項目毎にモノクローム写真入り。
    (山本夏彦/久世光彦「昭和恋々」 文春文庫 2003年3刷 帯 J)
10月27日に続く~





..... Ads by Excite ........
[PR]

by byogakudo | 2014-10-26 20:27 | 読書ノート | Comments(2)
2014年 10月 25日

ローレンス・ブロック「緑のハートをもつ女」読了

e0030187_1911356.jpg












~10月24日より続く

 これ、すてき! こぶりで、力作じゃなくて、犯罪は引き合わなくて、
再開した詐欺行為の魅力に惹かれて続けてしまう、中年の男。
 生きることは何かに中毒しながら生き延びることだ。お金、政治、
権力、仕事、女(男)、ギャンブル、ドラッグ...生きるためのアリバイ。

 ひとりの土地成金を引っかけるために周到に準備し、機が熟すまで
じっと待ち続ける、丁寧な仕事ぶり。舞台が整い、主役である被害者
登場、というところで、すべてが終わる。カードの家が崩れるように。
 成功しても失敗しても、後始末をしなければならない。カードを一枚
一枚、拾い上げ、詐欺の舞台装置の痕跡を、被害者と加害者の接点を
消して廻る、地味で堅実なプロセス。

 90分以内の映画にしたら良さそうな気もするが、詐欺の細かい準備
段階、撤退作業の細目など、本で読むからこそ面白いシーンだ。映画
だとアプローチを変えなければならない。頭の中でキャスティングを
考えるくらいにしよう。
 でも、今どきの女優で、あの悪女役がいるかしら? 男優はいくらでも
いそうだが、この手の役はすぐニコール・キッドマンとかに割り振られて
つまらない。彼女とキルスティン・ダンストが、映画を寂しく貧しいもの
にした張本人だと思っているのだが。

     (ローレンス・ブロック/田口俊樹 訳「緑のハートをもつ女」
     創元推理文庫 1990初 帯 J)





..... Ads by Excite ........
[PR]

by byogakudo | 2014-10-25 17:45 | 読書ノート | Comments(0)
2014年 10月 24日

ローレンス・ブロック「緑のハートをもつ女」1/2

e0030187_20171458.jpg












 まだまだ続くローレンス・ブロック。ああ、「魔性の落とし子」はどうしよう?
どこかの文庫で「危険な文通」を復刊してくれないかなあ。これは、もしかすると
好みではないかという気がするので、洛陽の古書価を低からしめると分かっちゃ
いるけれど、お願い、復刊してください。

 1965年に原作刊行なので、ローレンス・ブロックは27歳くらい。若いとき
から巧い作家だったのが、よくよく分かる。ポール・エングルマン「死球(デッド
ボール)」と違って、こちらは小人数、4人きりだ。主人公、その友人、女秘書、
土地成金、それだけ。主人公と友人が詐欺師コンビ、土地成金の会社・社長
がカモ、社長の秘書兼愛人である女が内部から手助けする、シンプルな構成、
定番のプロット、そして面白い。

 かたぎの生活に滑りこもうとしている刑務所帰りの中年の主人公を、若手の
詐欺師が誘いにくる。二度と刑務所に戻らないために誘惑を拒否する主人公だが、
ついにノり、詐欺行為が始まるプロセスが、きびきびした文体で記される。
 悪女を直感させる女秘書のあでやかさと安っぽさ。主人公が仕事を忘れて
彼女にのめり込むだろうと予感させる、ふたりで過ごす一夜。絵に描いたような
ファム・ファタールぶりがうつくしい。

     (ローレンス・ブロック/田口俊樹 訳「緑のハートをもつ女」
     創元推理文庫 1990初 帯 J)

10月24日に続く~


 Bryan Ferry - Hold On!I'mA-Comin' (Live)
- Nuits de Fourvière, Lyon, FR (2011/07/25)

 同じライヴのYouTubeがいくつかあるけれど、これがいちばん、
ダンサーの動きに注目している。下手(しもて)にもうひとり髪の長い
(ヘアピースかもしれないけれど)ダンサー。
 振りつけとパフォーマンスにうっとりする。ダンスだけれど、まるで
音を出すメンバーの一員みたような踊りっぷりだ。





..... Ads by Excite ........
[PR]

by byogakudo | 2014-10-24 20:15 | 読書ノート | Comments(0)
2014年 10月 23日

ポール・エングルマン「死球(デッドボール)」読了

e0030187_1911587.jpg












~10月22日より続く

 野球ファンだったらなあ、もっと楽しかったかもしれない。実際に野球
をやる人たちで9人、監督その他のスタッフで数名、球団オーナーやコミッ
ショナー代行、大金持ちのベーブ・ルース狂と手下たち、主人公に相棒に
主人公の恋人に、他にも大勢、登場する。やや多すぎる。それでもサッカー
界をミステリの舞台にすると関係者はもっと増えるだろうから(?)、これ
くらいですんだのか?

 いまベーブ・ルースを検索してやっと、物語が1961年に設定されている訳が
わかった。この年にロジャー・マリスがベーブ・ルースの年間ホームラン記録を
破ったからだ。そういうことだったのか。
 1983年原作刊行なのに61年の話にしたのは、軽ハードボイルド・タッチの
のんきなベースボール・ミステリを存在させる必要条件としての、近過去設定
だと思っていたのだ。野球がスポーツの王様だったころ、嫌煙権が地上を覆う
ことなく、みんなが煙草を吸い酒をあおる状況を描いても不自然にならない
近過去・1961年、かと思っていた野球知らず、である。

 物語の中でベーブ・ルースの記録に迫るのがマービン・ワレスという左翼手、
彼が所属するニューヨークの架空の球団名がジェンツなのは、「紳士たれ」が
モットーのヤンキースに由来している、ということにも、いま気づいた。読み
終わってから前提に気がつくようでは、読み手として問題がある、と思う。
 ジェンツ・オーナーの最終的行為なぞ、文字通りジェントルなのだ。

 もちろん野球好きでなくても面白がれる。ベーブ・ルースの記録が破られそうに
なって、あわててルース時代の試合数の範囲内で、という枠を持ち出したコミッショ
ナー代行のスピーチは、さながら、団菊じじいである。

<「モーリー・ウィルスはタイ・カップの記録を破れやせんよ、[中略]。マービン・
 ワレスだってベーブ・ルースの記録を破れやせん」
 [略]
  「人間の格だよ」胸をそらしていう。自分にもその格があるといいたげだ。
 「わしはベーブとタイ・カップがプレーするのをこの目で見とる。彼らには
 格があった」
 [略]
 「品格の問題なんだ。わしは野球の伝統を守る責任を負っとる。ホームラン
 記録は伝統の最たるものだ。だからわしはきちんとするんだ」>(p207)

     (ポール・エングルマン/大貫昇 訳「死球(デッドボール)」
     サンケイ文庫 1986初 J)


 品格がないので、SMバーの領収書が政治活動費として計上されていた
ニュースを喜ぶ。閣僚の首をすげ替えたばっかりなのに。
 昔ながらの政治とカネの問題で、適当に入閣させたビッチが安倍晋三内閣
を去り、靖国フェチのビッチが残る。

 憲法の問題や秘密保護法、共謀罪、靖国、沖縄の基地、それらを議論する
ことによってでは安倍晋三政権が倒せない現状を、忌々しく思うが、それでも
倒せないよりましだ。
 もしこれで倒せたとして、また根本的問題の先送りになるのだが。誰かが統治
してくれて、自分に災いが及ばないなら__できれば、おこぼれが欲しい__
誰だって構わないとする、昔ながらの日本人風景...。





..... Ads by Excite ........
[PR]

by byogakudo | 2014-10-23 19:53 | 読書ノート | Comments(0)
2014年 10月 22日

ポール・エングルマン「死球(デッドボール)」まだ半分強

e0030187_18592134.jpg












~10月21日より続く

 昨日はなぜあんまり読まなかったのだろう? 朝早くからの Mercure 疲れで、
帰ってきてから寝ていた。夜は、そうだ、多すぎてジャンルのばらつきが目立つ
ブックマークの整理をしていた。片づかないことったら...。ブックマークの度に、
似たような箇所に移動させておけば、めんどくさくならずにすんだのに。
 今朝も少し試みて、あきらめる。いつかすっきりジャンル毎に一山ずつまとめて
構成できる、と信じているが、それでも面倒くさいものは、めんどくさい。

 ポール・エングルマン「死球(デッドボール)より__
< 警官の多くはモノにならなかった運動選手だ。警官をズラリと並べたら、
 高校クラスのフットボールのチームができあがる。楽しいじゃないかと思う
 かもしれないが、仲間とうまくやっていくには、年がら年中アホづらをしていな
 けりゃならないってことがすぐわかってくる。ま、こいつが典型的なアメリカの
 ライフ・スタイルだ。最初はボーイ・スカウト、ついで高校のスポーツで鍛えられ、
 行きつくところは陸軍だ。才能のある本物の選手はプロ入りする。落ちこぼれが
 警官になる。どこにも行けなかったものがリトルリーグの監督になるってわけだ。>
(p66)

 そうか、映画「がんばれ!ベアーズ」は負け犬集団による反撃の物語だったのか。
マイナー・リーグで活躍したこともある現・プール清掃人、ウォルター・マッソーが
リトルリーグの監督になり、ピッチャーの才能がある白人(だけど女の子)や、運動
神経の鈍い男の子たちを率いるという設定は。今ごろ気がつくのも遅すぎるけれど。

 殺し屋ケラーにしても、非社交的な少年だったのに、地域のバスケットボール・
ゲームに参加しようとしたりする。大人になり殺し屋になってるのに、陪審員に
選ばれそうになると、テストには受かりたいと思うものだからと、選ばれる方向
で質問に答える。全くもう、アメリカは生存競争が激しい。

 今の日本も生存競争が激化してるのかもしれないが、勝つことに関心がなく
ても生き延びられる時代に若い時期を過ごしてきたので、あまり実感がない。
もっと言えば、勝ちたいと望むのは下品だと信じて生きてきて、今でもそう思う。
勝ちたがる人は勝手に勝ったと思っていればいい。但し、わたしには興味がない
事柄だから、勝利に共感しろと言われれば、断固拒否する。勝利なんぞ犬にでも
食わせておけばいい。

 頭と運動神経がよくて、能力を伸ばせる環境(お金持ちの家)の白人の男に生まれる
こと。それプラス、社会的な成功を目指す意志があることが、アメリカン・ドリームの
前提にあると思うのだが、それらの条件を欠いてるのに、ひとしなみに無意識下にアメリ
カン・ドリームを刷り込まれるからサイコパスも生まれる、という理屈ではないかしら。

 新自由主義経済...。新自由主義経済で検索して不毛なやり取りを目にしたが__
読まなきゃいいのに__、おかしかったのは反対するほうも賛成側も、どちらもお金持ち
とは読み取れないことだった。現に大金持ちだったら、web上での新自由主義経済是非
論なぞに顔を出す必要がないが、文と、それを書き記す個体との関係は面白い。自分の
状況を偽るのは可能で、たとえば、わたしが新自由主義経済賛成の立場で書くことも
できるけれど、どこかでバレるだろう。文は人なりとは、教訓的なことではなく、ただの
リアルな事実だ。何かしら言葉の裏側や余白から、うっすらと立ちのぼり、表面的な
言説を裏切る。

     (ポール・エングルマン/大貫昇 訳「死球(デッドボール)」
     サンケイ文庫 1986初 J)

10月23日に続く~

 発売されたばかりの「殺し屋ケラーの帰郷」の説明をよく読んでみたら、電子書籍版の
"Keller in Dallas"(2009) が日本語版の「殺し屋ケラーの帰郷」になるようだ。『ケラー・
イン・ダラス』等が含まれる連作短篇集「殺し屋ケラーの帰郷」、とあるから。





..... Ads by Excite ........
[PR]

by byogakudo | 2014-10-22 19:45 | 読書ノート | Comments(0)