猫額洞の日々

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2015年 08月 31日

高田文夫「大衆芸能ざんまい 娯楽・極楽・お道楽 しょの4」/澤田隆治「決定版 私説コメディアン史」読了

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 高田文夫は正岡容「小説圓朝」を読んだ前後に読んだ、と思う。

 伊呂波文庫に、2000年代の文庫や新書で、ヨレがなく紙面も
明るい、しかしながら蛍光ペン線引きありの笑芸関係本だけの
函があって、「ええい、持ってけ、100均!」の高田文夫と澤田
隆治ともう一冊だ。

 高田文夫の方は、2008年から2010年までのコラムだ。著者の
年齢でいうと60歳から62歳まで。彼のアイドルだった芸人たちが
次々に死亡する時期であり、図らずも点鬼簿の感が強い。
 3日経つと読んだ本は忘れるので、いま覚えているのはそれだけ。

     (高田文夫「大衆芸能ざんまい 娯楽・極楽・お道楽 しょの4」
     中公文庫 2010初 J)

 澤田隆治は、上方の芸能にも疎いので読むのに手こずった(?)。 
なんというか、読者に知識があるのを前提に書かれているような
書きっぷりに感じたのだが。

 『3 横山エンタツと花菱アチャコ』より引用。

 落語論は多いが、漫才について書かれた本が少ないのは、
<漫才のネタが、落語と違って、漫才コンビと密着したものであることが、
 そのネタを別のコンビがそのまま伝承していくという形をとらず、一代
 限りで終ってしまう>こと及び、

<漫才の歴史を生きてきた人達がついこの間まで元気に高座に上がって
 いたことも大きな原因となっている。しかし、その人達が大方亡くなって
 みると、そのネタは音にも活字にも、まして映像などはなにも残されていずに、
 一番不確かな記憶としてしか残っていない。いくら漫才がその時代の世相を
 反映させる庶民の笑いで、時代が過ぎてしまうと笑いが半減する性質をもって
 いるにしても、芸として伝承していっても良い部分もかなりあるのではないか。
 漫才は落語にくらべて、いまでもそんなに低俗なものであろうか。>(p109)

 "いまでも"というのは、1977年刊行の白水社版「底本 私説コメディアン史」
の頃の"いまでも"だ。

     (澤田隆治「決定版 私説コメディアン史」
     ちくま文庫 2003初 J)


 「 安全保障関連法案の廃案を求める東京電機大学関係者有志の会」では、
卒業生や関係者でなくても、賛同者として署名できます。





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by byogakudo | 2015-08-31 21:21 | 読書ノート | Comments(0)
2015年 08月 30日

国会議事堂前/日比谷公園~新宿

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 絆と連帯が苦手であっても、量が質に及ぼす影響は分かる。目にもの見せる
には量が必要だ。枯れ木も山のにぎわい、国会議事堂前を目指す。

 日曜午後の地下鉄・丸ノ内線が混んでいる。新宿で「9条 壊すな!」などの
プラカードを掲げる案内役に率いられたグループ、十余人が一車両に乗り込み、
国会議事堂前で降りていく。
 Sとわたしは国会正門前へのアプローチ地図を参考に1:50pm頃、霞ヶ関下車。
 「国会前はもう人で埋め尽くされていますので、日比谷公園の方にお集りください」
のアナウンス。ここ(桜田通り?)でも、歩道は両側とも人でいっぱいだ。「築地
市場 移転反対」のフライヤを配る女性もいる、「よかったら貰ってください」。

 周辺地図を貰い、案内係のカードをぶら下げた人(交通整理中)に日比谷公園
方向を尋ねて進む。

 交差点角に「救護」の大きな掲示のある車に数名。コールが始まる。

 日比谷公園に入るとき、「安倍晋三はアメリカ人だ ABE IS AN AMERICAN」
なるプラカードを下げた男性とすれ違う。右側からの安倍晋三批判だろうか?
 小さな労組の幟や個人参加者の手作りのアピール板(木の板に赤いLED文字が
流れる)、ベビーカーの赤ちゃんを連れた若い母親も見かけるが、圧倒的に老人
が多い。

 「救護」車から菅直人、小池晃とスピーチが続く。一緒にやろうと思えばやれる
じゃないか。共産党も含む、選挙協力体制を願う。

 頭上をヘリコプターが旋回している。3、40分いただろうか、地下鉄に向かう。
新宿でコーヒーを買って帰る。

 いろいろな団体、沢山の市民が集まっていた。安倍晋三は「フクシマはアンダー
コントロールだ」と嘘をついて東京オリンピックを招致したが、戦争法案反対・安倍
晋三退陣要求デモは、赤ちゃんから老人まで、誰でも参加できるようにコントロール
され、安全・安心システムが配慮構築されている。





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by byogakudo | 2015-08-30 20:29 | 雑録 | Comments(1)
2015年 08月 29日

オリンピック・エンブレムについて、しろと(素人)の感想

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 2020年度の東京オリンピックに反対しているのに、エンブレム盗用疑惑に
ついて何か言うのは大変ヘンだけれど図々しく、しろと(素人)の感想を申上げ
たい。

 応募時の原案、修正案、最終決定案と、時系列に発表してパクリではない
ことを証明しようとしている
が、やぶへびではなくて?

 だって最初のデザイン、ダサい、ですもの。エンブレムの下に"Tokyo 2020"
の文字と五輪が置かれると分かっているだろうに、しまらないデザインだ。
 Tの縦線の上・左右に間抜けな軒を出し、縦線の寸足らずさ(後のデザインと
同じ太さ、長さの縦線であっても、この処理では視覚的にずんどうに見える。)
を強調するかのように足下に赤丸がごろり。
 こんなのを一位に選んだのかと、審査委員会に疑問を持つが、残り103人の
応募作はもっとひどかったのかしら?

 最終決定案しか公開されなかったときは、アルファベットをデザイン展開して
いると起こり得る事態だと思っていたし、最終案は、ややひよわで女性的とは言え、
確かに亀倉雄策へのオマージュ、あるいはモダーニズム継承の意思が伝わってくる。
 モダーニズムは、イデオロギーから離れようとする(ニュートラルであろうとする)
イデオロギーだから、バウハウス、ナチの党大会、ロシア構成主義、雑誌「NIPPON」、
どんなイデオロギーをも包摂する。
 その意味でのモダーニズムのこだまが見えるデザインで、近代が終わり切らない、
この時代らしいデザインだと了解していたがしかし、原案、途中の修正案などを眺めて
いくと、確固たる意思に基づいたデザインなどではなかったのだと、納得した。

 また、どうしてもオリンピックをやりたいというなら、既存施設をフルに使って
やりくりし、壊してしまった国立競技場跡地はそのままにしておき、皇居に続く
空っぽな空間を首都に持ち続けるって、どうでしょう。
 その場合、空地に、無駄な公共事業ではないかと立ち止まらせる、という
意味を持たせることになるけれどと、バルトを読んでなくて言ってしまうのが、
しろと(素人)の厚かましさ。ひどいなあ、あたし...。
 妄言多々、失礼。





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by byogakudo | 2015-08-29 17:35 | アート | Comments(0)
2015年 08月 28日

9月になれば

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 今日は(今日も)びっくりするほど涼しい。でも、8月は夏とされるので、
昨日の地下鉄内も夏姿と秋のスタイルとが混在していた。どんな服装を
すれば快適なのか、自分でもよくわからない。

 鈴木創士氏の翻訳と初稿ゲラも無事終られたそうだし、よかった。
 これで安心して(?)9月1日の分身残酷劇 カリガリ博士公演を観に高田
馬場ラビネスト
へ行ける。

 9月2日からは銀座レトロギャラリーMUSSEのウィーン世紀末の逸脱_
『ヴェル・サクルム創刊号』特別展示
が始まる。

 永青文庫の春画展は、19日(土)からだから、まだ間がある。





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by byogakudo | 2015-08-28 17:33 | 雑録 | Comments(0)
2015年 08月 27日

日本橋兜町?/武藤貴也と稲田朋美の気狂いぶり

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 昨日は一日、こぬか雨に降り籠められた。明日からまた雨が続きそうなので、
今日は日本橋兜町を目指すとSが言う。

 2pm前に部屋を出る。近ごろは地下鉄・新中野駅をよく使う、乗り換える回数
を減らそうとして。
 銀座で日比谷線に乗り換え、茅場町下車。

 地上に出るが兜町方面がよくわからない。茅場町2丁目4-7附近、道の両側の
桜並木がほの暗い影を落とす。道幅も適度で、春にはきれいだろう、人出も多い
だろうが。

 兜町方面への行き方は尋ねてわかったけれど、この辺りの小さな道の感じが
いいので、まずここらを歩く。日本橋はむかしの町の名前が残っていて楽しい。
たぶん、あたしのような田舎出の小役人にいじられて、町名を消されそうになった
のだろうが、なんとか江戸の町のサイズがわかる残り方をしている。

 所番地は人形町になっている小さな飲食店が続く通りで、「アベ政治を許さない」
A4版コピーを、ご自由にお持ちくださいとあるので、一枚頂く。

 人形町1丁目に向かい合う日本橋蠣殻町1丁目、ロイド喫茶店でひと休み。酸味の
利いたアイスコーヒーがおいしかった。

 また日本橋兜町方面を目指すのか迂回するのか分からない散歩。小網町郵便局
裏手で、すてきな喫茶店?食堂?、桃乳舎にぶつかる。
 この古さで残っているのは、戦災に会わなかったのだろうか。次回はここだ。

 蠣殻町、小網町、堀留町、小舟町。日本橋が河岸だったころを伝える町名だ。
以前なら、せっかくここまで来たんだからと大川まで足を伸ばしたが、もう無理は
しない。4pm、おとなしく日比谷線・人形町から戻る。

 兜町? 帰ってから地図を見ると大きなビルばかりだ。Sは兜町と蠣殻町を混同
してたのかな、と言う。


 武藤貴也について報道するならお金とセックス絡みの話ではなく、どうしてバカが
国会議員になるのだろう オートメーション・バカのせいかも
にある、日本国憲法に
よって破壊された日本人的価値観
こそ、広く大きく伝えるべきなのに、それでは売行き
につながらないと、イエロー・ジャーナリズムでは無視される。
 受験のテクニックと知性とは両立しないものらしいが、それにしてもこれだけ粗雑で
支離滅裂な頭で、外語大と京大大学院?!

 安倍晋三が出た成蹊大学も、安全保障関連法案に反対する学者の会に賛同した。
ここで戦争法案反対を表明しないと、自校がバカタ大学であることを認めるに等しい
と思うけれど、大体、不特定秘密保護法案のとき、大学も学者も研究者も、いったい
何校、何人が反対の意思を示しただろう。とろ過ぎる。大した反対もなく不特定秘密
保護法案が通っちゃったので、図に乗って戦争法案を出してきたのじゃなくて?

 8月13日付け当ブログに稲田朋美の狂乱を引用したが、今見たらもうwebから消えて
いる。ニュース頁は次々に上書きされて消えてゆくから、直接引用するしかないか。
 
東京裁判は検証から除外=発言修正、安保審議配慮か-自民・稲田氏

  自民党の稲田朋美政調会長は25日の記者会見で、同党が近く設置する連合国
 軍総司令部(GHQ)による占領政策などを検証するための新組織に関し、極東
 国際軍事裁判(東京裁判)については検証対象から除外する意向を明らかにした。
 参院で続いている安全保障関連法案の審議への影響などを考慮したものとみられる。
 稲田氏は6月の会見で、「裁判の結果を否定するつもりは全くない。ただ、(判決)
 理由の中に書かれた歴史認識はあまりにもずさんで、検証は必要だ」と語っていたが、
 25日は「(東京裁判の検証のための組織を)つくると言ったことは一度もないし、
 そのつもりもない」と述べ、軌道修正した。 同時に稲田氏は、新組織について「占領
 期間も含めて、きちんと日本人自身で検証して、何を反省し、何を将来に生かすかを
 総括することが政治家としても必要だ」と強調した。(2015/08/25-19:19)>
(http://www.jiji.com/jc/zc?k=201508/2015082500875&g=pol)

 そうね、日本人自身の手で、岸信介の有罪宣告と、死後の名誉剥奪でもやるとか。





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by byogakudo | 2015-08-27 21:30 | 雑録 | Comments(0)
2015年 08月 26日

トマス・チャステイン/真崎義博 訳「死の統計」読了

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 写真は8月18日の本郷台地。この辺りで小学生の男の子とすれ違ったら、
「こんにちは」と挨拶され、こちらも挨拶を返す。学校の教育なのか、
お家のしつけなのか、いい習慣だ。

 先日の伊呂波文庫で手に入れたトマス・チャステイン/真崎義博 訳
「死の統計」。検索して確認したら__もう、記憶は外注するんだ!
__、これで「16分署乗取り」以外の4冊を読んでいるらしい。('85年
現在、全5冊翻訳出版されている。)

 16分署シリーズの主役はお洒落なニューヨーカー、マックス・カウフマン
署長だが、番外編なので元警官、いまは私立探偵のJ・T・スパナーが主役を
張る。
 違いの分かる男、マックス・カウフマンみたいな鬱陶しい描写はないが、
スパナーはスパナーで、離婚した元妻ふたりが秘書をする探偵事務所を
やっている。前妻同士は仲がいい。彼は彼女たちそれぞれと、時々寝ている。
それでも理想的な(だろうか? 喧嘩するよりいいが)三角関係を保っている。
結婚には向かないが、友人には向く男なのだろう。

 ハリウッドのアクション映画を見ていると、すぐに殺されそうなキャラクター
が出てきて、予想通り次のシーンで殺されるが、ここにもそんな男が出てくる。
 1977年(原作刊行年)から30年以上前(だから戦前)に、西海岸では人を
雇ってわりと大手の私立探偵事務所を経営していたのに、老人(60歳ぐらい!)
になった今や落ちぶれてワンマン・オフィスに住み込んでいるような老探偵に、
スパナーが質問する。

< 「当時向こうで、マーロウ__フィリップ・マーロウ__という男に会った
 ことはないか?」
  「マーロウ__マーロウね__聞き慣れた名前だが思い出せないな」
  「スペードという私立探偵はどうだ? サム・スペードというんだが」
  彼は考えていたが、やがて首を横に振った。
  「いや、知らない」
  「ふたりとも、向こうの私立探偵だ。マーロウはロスアンジェルス、スペードは
 サンフランシスコで動いていた。俺の聞いたかぎりでは、ふたりとも信頼できる
 男で、かなりの仕事をしたらしい」
  「俺はロスアンジェルスやサンフランシスコで仕事をしたことはない」[中略]
 「サン・ディエゴにいたんだ」>(p89)

 こんなにあからさまに言及しなくてもと思うが、1977年なら、これも許されるか?

 物語は、特に悪女の扱い方(大した悪女ではない)に、マーロウ的なものを感じ
させなくもない。犯罪都市ニューヨークの苦々しい物語。

 なぜかヤンウィレム・ヴァン・デ・ウェテリンクを再読したくなった。

     (トマス・チャステイン/真崎義博 訳「死の統計」
     サンリオ文庫 1985初 帯 J)

 最終頁はサンリオ文庫目録だ。<ロマンス>なんてジャンルもあるが、
<ビジュアル>に小林信也 編「自分で、自分に火をつけろ。 長嶋茂雄語録
というタイトルがあった。ほんとに出版されてる...。





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by byogakudo | 2015-08-26 17:30 | 読書ノート | Comments(0)
2015年 08月 25日

昨日は日本橋界隈から新宿へ+日本会議に株安に

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 昨日もわりと涼しかった。2pmにもならないころ部屋を出て、地下鉄で
京橋へ。明治屋口から上がって、日本橋界隈を歩く。すぐに休憩。夏場の
散歩は、お茶を飲みに行くだけに出かける感じが強い。十余年前に初めて
本郷散歩に行った頃は、冬だということもあったけれど、4、5時間歩きっ
ぱなし。休息は自動販売機で買った温かいお茶を立ち止まって飲むと、ストイ
シズムの極まりみたような無茶な行軍をしていたものだが、今それをやったら
救急車を頼むことになる。ひとは老いる。

 ビルとビルの隙き間を覗き込み、入口のガラスに映る風景を愛でる。
街は楽しい。近いからというので、誰も歩いてないようなバス停さえ遠い、
さみしい住宅地を歩くことが多いので、たまに行く街は気持を浮き立たせる。
 日本橋高島屋のオリエンタルな入口装飾を見て、そういえば古いデパート
探査をやってない。デパートとファッション・ビルの区別が曖昧な近ごろで
あっても、建物自体がむかしのままのデパート探険をやらないでどうする。
銀座や日本橋はうってつけなのに。
 むかしのデパート建築はゆったりした空間設計で、ハレを見せる。今の
ファッション・ビルは、なんだろう、ブロイラー式消費活動に強制参加
させられるところ?

 また地下鉄で西に戻る。新宿で2、3、用事があって。散歩は好きだ
けれど、用事は"しかたなく"の側面があるので、あまり楽しくない。
行ったり来たりで疲れ果て、部屋に着いたのが7pmころ。ブログを書く
元気がなかった。


 
 日本会議、いや日本糞便会議だ。こういう名誉男性を目指す女って、
どこで発生飼育されているのか。

 無理にでっち上げた戦争法案だから、どこから突かれてもすぐ破綻する。
抗弁しようとするから、ますます混乱して答弁は二転三転、自分が最初に
言ったことを否定してみたり、気狂い踊りを見せる。会期いっぱい何か言い
続けていれば議員数で勝てるから、ともかく居直り、居座り。非論理ぶりを
見せつけて国民をうんざりさせ、疲れさせて勝つ、とでも思ってるのか。
 役人から渡されたペーパーを読むペーペーどもが。官僚たちは自分が矢面
に立つわけじゃないからと、高をくくっているのだろう。安倍晋三以下のペー
ペー政治屋は、自分たちが役人の操り人形に過ぎないことをもっと自覚して
憤るところではないか。その頭もないか。

 中国の株式市場がほころびると、世界中のフィクションが崩壊する。
アメリカですらやらない、老齢基礎年金まで株式市場にぶち込んだ
塩崎恭久は、どう責任を取るつもりか。やたら、「私に責任があります」
と見えをするのが好きな安倍晋三に頼み込んで、お札でも増刷してフィク
ションを続けるのか。
 個人がやれば偽札だが、国家の後ろ盾があるから通貨としてフィクショ
ナルに存在できるが、裏付けのない増刷は財政破綻って言うのでしょ?





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by byogakudo | 2015-08-25 19:52 | 雑録 | Comments(1)
2015年 08月 23日

椎名誠「風景は記憶の順にできていく」読了

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 写真は8月18日の散歩で会ったカエルさん。急な坂道を降りようと
していたら、斜面の途中で力つきたのか、日向の方に停まっていた。
ふだんはどこかのお庭に棲んでるのだろうが。

 「小説すばる」2012年1月号から2013年1月号連載の「風景進化論」
に加筆・修正した、とある。椎名誠は1944年生れだから連載時は67~
68歳くらい。

 椎名誠の感傷旅行あるいは舞踏会の手帖の風景版だが、わざわざ
年齢のことを言い出すのは、68歳でかなりな距離の疾走をやったよう
なのだ。

 小学校の遠足で行ったきりの銚子の灯台を再訪しようと、東京駅で
中央線下車、早足でも10分かかって地下三階の京葉線に着いたが、
列車が見当たらない。京葉線じゃなかった、プラットフォームを間違えた。
 彼が乗ってきた中央線の真下の地下三階にある総武線に乗るべきだった
のだ。特急発車まであと6分弱。そこで今までの移動空間を人を掻き分け、
階段を転げ落ちそうになりながら走って戻り、発車20秒前で間に合う。

<一気に走れたのは毎日やっているトレーニングのおかげだろう。
 でも座席にへたりこんでしばらく全身であえいだ。>(p222)
 体力と縁がないので恐ろしい話だと思う。信号待ちが嫌いなSが黄色で
走ろうとするのにも腹を立てるくらい、走ることが嫌いで苦手なので。

 椎名誠は25歳から20年間、小平市に住んでいたとある。1969年から
1989年くらいだ。わたしは70年代後半、国分寺市南町に部屋があった。

< 秋の頃は東京駅から電車に乗って吉祥寺(きちじょうじ)まで来ると
 「ホッ」とし、国分寺まで来ると「ゾッ」とする、とよく言われた。
 まだそれだけ都心とは実際の空気感がちがっていたのだろう。>(p55)
 これは覚えがある。夏の夜、渋谷から戻ってくると、確実に2℃は
涼しいと感じられた。湿気の少ない夜風が吹いていた。

<久しぶりに訪ねたその駅はかつて栄えていた北口が取り残された
 ように汚くさびれ、かつてあまり降りる人もいなかった反対側の
 南口が圧倒的に立派になり、風景に活気があった。>(p56)

 そんなぁ...。
 南町に住んでいたとき、近くにお店がないから、ガード下を通って
北口に周り、スーパーマーケット(たしか「西友」)で買い物をする
前に向かい側の新刊書店で文庫本を買い(「ハリウッド・バビロン」も
ここで買ったが、何という本屋だったか?)、読み終わるとジャケットを
捨てた本で申訳ありませんと謝罪しながら「国分寺書店」のオババさまに
引き取っていただいていた。

 国分寺北口、正確には恋ケ窪に住むようになられた方からお誘いを受け、
涼しくなったらお邪魔しようと思っていたところに昨日「伊呂波文庫」で
この本に会い、いろいろと思い出す。

 空間は時間でもあるので、同じ場所を再訪しても同じ風景に会うわけは
なく、訪れた身体自身、時を経てもはや変わっているので定数(観察者の
資格)ではなく、つまり一回性の世界で思い出すってどういうことだろう。

 本から離れてあれこれ思い出したり考えたり。

     (椎名誠「風景は記憶の順にできていく」
     集英社新書 2013初 帯 J)     
 





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by byogakudo | 2015-08-23 21:55 | 読書ノート | Comments(0)
2015年 08月 22日

広岡敬一「浅草行進曲」読了

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~8月21日より続く

 何が書かれていたのか、ほとんどすっかり忘れていたのが分かった。
 たとえば、『第5章 ストリップ黄金時代』の『3 踊り子とコメディアン
の恋のゆくえ』は、渥美清の話だった。

< ストリップ・ショーのコメディアンから映画やテレビで世間に
 出た[注:浅草は世間じゃなくて、近所合壁の世界なのか?]連中も、
 ほとんどが無名の時代は彼女[注:ストリッパー]たちのお世話に
 なっている。ところが出世[注:!]しても一緒に暮らしている例は
 数えるほどだ。珍しくて、美談になるくらいである。たいてい浅草を
 去るとき、この恩人との仲を清算する。イタチの道切りのようなもの
 で、一方的な自然解消のほうが多い。「もう、住む世界が違うのだから」
 と、彼女は跡(あと)を追わない。男に賭けるのは、浅草の舞台までの
 ことでいいらしい。>

< ロック座にいたストリッパーのY子もその一人だ。入籍までした仲
 なのに、男が浅草から出世[注:じゃあ、浅草は外のない共同体?]
 したとたん縁を切られた。そのAとは百万ドル劇場で知り合った。
 昭和三十年ごろだ。
 [中略]
  赤羽のアパートに所帯を持って、Y子はロック座、彼はフランス座にと
 劇場を移った。
  Aが倒れたのはそれから間もなく、以前から胸を患(わずら)っていた
 というが、療養所に一年。その費用と、彼の母を引き取った生活を支えて
 Y子は懸命に働いた。
 [中略]
  「Aのおにいさんは二枚目じゃないけど、絶対に個性で売り出す人よ」
  彼の出世を信じて、仲間たちの眼には苦労がむしろ楽しそうに見えた
 という。
 [中略]
  ようやく浅草に戻ったAは、間もなく仲間とトリオを組んでテレビの
 レギュラー。そして日劇の大舞台から映画の主演。[中略]
  ところがテレビに出るようになったあたりから、Aは彼女の部屋に
 ほとんど帰らなくなる。おなじ浅草のストリッパーに横取りされた。
 そのK子はY子より若くて美人だった。
  「生活に疲れ切って見る影もなかったし、K子は強引なタチだから
 Aのおにいさんは負けたのかもしれないけど、それにしてもこの二人は
 人間じゃないわよ」
  Y子の苦労は六区じゅうの楽屋で美談だったから、仲間たちは怒った。
 [中略]
 結局のところK子は、劇場からいびり出されてしまった。
  Aの評判も散々である。楽屋のテレビに彼の顔が映ったりすると、
 汚らわしいとばかりチャンネルを変えてしまう。
 [中略]
 そのとき以来Aは浅草と縁切りのようだ。何十年と経ったいまでも土地の
 催し物にほとんど顔を出さないし、そこで育ったことを世間に忘れて欲しい
 ように見えるくらいだ。
 [大きく略]

  Y子も表面では諦めたように見えるが、しばらくの間は酒が入ると以前
 より荒れることが多かった。それにつけても彼女の心根は立派だった。
 Aを懸命にかばっていた。彼のほうでどう思っているか知らないが、Y子を
 おろそかに考えたら罰が当る。>(p190~194)

 広岡敬一が女性週刊誌の仕事でAの出世物語をまとめようとしたとき、
<スキャンダラスに取り上げるつもりはなかったが、それでもY子は自分
 との関わりに触れないでくれという。
  「もっともっと出世をする人なんです。だから、いまを大切にして
 あげたいの」
 [中略]
 この企画を諦めることにした。Y子の気持を思えば、無理はしたくない。
  しかし念のため、Y子とのことをAにただしてみようと考えた。問い合わ
 せたとき彼は不在で、あとから代理の人を通して返事をもらった。
  「そのような女性について、Aは記憶にないと申してます」
  国会での証人答弁のように素っ気ない。まさか本人が......。そんな
 ことはあり得ない。おそらく、スキャンダルになるのを恐れた取り巻きが、
 勝手にごまかそうとしたのだろう。二十年以上も前だから週刊誌はまだ
 穏やかな時代だ。しかも記者は気の弱いこの私である。深追いされずに
 コトは済んだ。もし現在のようにTVリポーターが大活躍だったら、Aは
 とことん追求されただろう。下町人情が売り物のシリーズを続けられたか
 どうか。>(p194~195)

 ここまでイニシャルで通されると、訴えたりはできない。渥美清は(ビート
たけしを例にとってもいいが)自と他の関係が浸透し合う浅草から抜け出す
ことによって、浅草を相対化する視線と立ち位置を手に入れ、下町に生きる
人々を演じることができたのだ。

     (広岡敬一「浅草行進曲」 講談社 1990初 帯 J)

 






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by byogakudo | 2015-08-22 16:38 | 読書ノート | Comments(0)
2015年 08月 21日

広岡敬一「浅草行進曲」1/2強+オリンピックも武藤貴也も止めよう!

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 8月18日の大亜堂書店の1冊、広岡敬一「浅草行進曲」だ。
むかし大急ぎで読んで、速やかに売れてしまった。バロン薩摩、
浅草の恋の物語があるのも忘れていた。

 モノクロームのストリッパーたちの写真の中に、
2014年6月8日 吉村平吉「吉原酔狂ぐらし」読了に書いた
<新年会かクリスマス・パーティか、胸をはだけたふんどし姿の
 お姐さんの、ふんどしを引っ張ると日の丸柄である。>ような
写真がない! ということは、件の写真は、おそらく小沢昭一の
「珍奇絶倫 小沢大写真館」辺りで見たのかしら?

 「浅草行進曲」の『エピローグ』に、満州生れの広岡敬一の遍歴が
記される。

< それにしても、まさか花魁の白粉(オシロイ)クビを移す商売をしよう
 とは......。
  戦争が終るまで帝国陸軍航空隊で、特攻隊員ばかり撮っていた。第五
 錬成飛行隊といって、カミカゼの訓練部隊で私は写真班員だ。
  杉本という少佐が部隊長だ。この人は変わった軍人だった。
  帝国陸軍でバイブルのような戦陣訓を教科から外してしまった。"生きて
 虜囚の辱(はずかしめ)を受けず"。捕虜になるくらいだったら死んでしまえ、
 という一節がある。杉本少佐は、これをこしらえた首相の東條英機が大嫌い
 らしいのだ。
  その部隊長のおかげで、私はいっさいの軍務から外され写真だけ撮れば
 いいことになった。
  特攻の出撃まであと何日。だんだん顔つきが変わっていく隊員たちを
 カメラのファインダーから覗いているうち、ようやく戦争が終った。
 [中略]
 日本は、東京しか知らないのだ。満州で父母の安否はわからない。
  吉原で流しの写真屋をはじめるまでは、進駐軍の写真関係の仕事を
 したりヤミ屋で喰っていた。都合よく勝手な理屈をつけて、復員兵ばかり
 のグループをこしらえ集団強盗もやった。
  「敵の物資を奪いとって戦力を低下させるのは、まだ戦いをやめていない
 われわれの重大な任務である」
 [中略]
  ひとりぼっちで日本に外地からおっ放り出され、マトモな仕事につくのは
 難しかったのだ。戦後しばらく、そんな人間が都会にあふれていた。>
(p219~221) 

 広岡敬一は1921年生れだから敗戦時に24歳。山田風太郎が1922年生れ、
敗戦時に23歳。十代で敗戦を迎えるとグレる手(?)があるが、一応の年齢
である。
 女だったら、生きるために観念は要らない。逆転した社会でも生存本能に
従って生きていく。敗戦時に16歳くらいだった叔母は、軍国少女だったこと
を自己批判したそうだが、たまにそんな女もいるだろう。大抵は何も考えず、
だって食べてかなきゃ、という理由だけでしゃかりきになれる。李香蘭が戦後
すぐ山口淑子に戻ったとき、何を考えていたか感じていたか。
 男は何をするにもロジックがなければ身体が動かない。切羽詰まっての強盗
であろうと、観念を要する。

     (広岡敬一「浅草行進曲」 講談社 1990初 帯 J)

8月22日に続く~


 新国立競技場もオリンピック・エンブレムも、トラブル続きだ。立ち止まって
頭を冷やし、2020年東京オリンピック開催辞退はできないのか?
 頭を冷やして、フクシマがアンダーコントロールだと嘘をついたことを謝罪し、
桜島の噴火を見て川内原発はやはり稼働中止に決め、武藤貴也の未公開株の
一件は詐欺事件、犯罪の可能性があるので、国会に参考人招致するなり、でき
ないのか?

 何が「プライベートに関する件で党にこれ以上迷惑をかけられない」から
離党するだ。
<昨年、知人らに「値上がり確実な新規公開株を国会議員枠で買える」と
 持ち掛け、23人から約4100万円を集めたが、実際には株は購入されず、
 出資金の一部も返済されていないという。>(東京新聞8月21日朝刊)
 国会議員の肩書きなしに未公開株云々と言って、出資者が出る? プライ
ベートという認識自体、おかしい。あるいはこの男も、近ごろの日本語に
不自由な野郎のひとりだからか?

 この疑いが「一方的かつ事実と異なる」なら、どう異なるのか、事実はどう
だったのか、安倍晋三と違って、具体的な中身を伴った"丁寧な説明"をする
べきだろう。
 離党届を受け取った自民党も自民党だ。犯罪の可能性を見て見ぬふり、
もしかしたら結果的に犯罪者をかばうことになっても構わないのか?
 戦争法案賛成議員数は多ければ多いほどいいから、辞職を迫らないのね?





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by byogakudo | 2015-08-21 21:45 | 読書ノート | Comments(0)