猫額洞の日々

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2016年 01月 31日

E・S・ガードナー/池央耿 訳『怯(おび)えた相続人』読了

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 27日(水)に買ったもう一冊、ペリー・メイスン・シリーズだ。あとがきに
よれば、ガードナー晩年の作になるらしい(原作は1964年刊、ガードナー
は1970年没)。

 シリーズなので、ペリー・メイスンは相変わらずタフで頼りになる中年
(であろう。若い男だと、やり手と設定してあっても、小説中の依頼人も
読者も、彼を信頼していいだろうかと考えるから)の刑事弁護士、秘書
のデラ・ストリートはおそらく、エンタテインメントに於ける恋愛可能
年齢の限度、28歳未満のまま(近ごろは36歳辺りまで延びているだろうが、
70年代以前のエンタテインメントでは30歳以後の女性キャラクターは
恋愛対象ではない)、24時間営業を誇る、私立探偵のポール・ドレイクも、
ジャンクフードで精力を保っていられるから、35歳くらいで居続けている、
ということか?

< ポール・ドレイクは、兎の巣のように狭く入り組んだ長い廊下の奥の、
 穴倉のようなオフィスに坐っていた。彼のデスクには四本の電話が引かれて
 いた。食べ残しのハンバーガーと脂の滲みた紙ナプキンを乗せた紙の皿が
 脇に押しやられていた。
  ドレイクはコーヒーの紙コップを前に置き、時々それを口へ運びながら
 電話で話していた。>(p231)

 彼はメイスンたちが、ちゃんとしたレストランでちゃんとした食事をしている
のをやっかむけれど、たしかにいいレストランとは書いてあるが、読んでいて
大しておいしそうに思えないのは、アメリカ人の食事に、こちらの偏見がある
からだろう。

 いつものペリー・メイスン・シリーズの速度(大変スピーディに話が進む)
にも関わらず、なんだか枯れた感触がするのは、二度の法廷シーンになる筈が、
二度目はペリー・メイスンが出廷せず、協力してくれた警部補に花を持たせ
たりするからだろうか?

 罠にかけられた元・弁護士秘書が、初めの事件ではメイスンの指示通り、
黙秘するのに、二度目の罠では、かっとなったとは言え、喋ればさっさと
帰してやるという警察の言葉を信用する、というのが不可解。"事務"弁護士の
秘書だから、こういう単純な警察のトリックにも引っかかるのか? 彼女が
困難に陥らないと物語が進まないからではあるが、彼女の非常識と、メイスン
に対する結果的不信頼には、無理がある。

     (E・S・ガードナー/池央耿 訳『怯(おび)えた相続人』
     創元推理文庫 1984年6版 J)





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by byogakudo | 2016-01-31 22:03 | 読書ノート | Comments(0)
2016年 01月 30日

古本屋と新刊書店に行きたい

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 寒くてSが体調を崩し、部屋に籠る日が続く。わたしは元気なので、
ひとりでほっつき歩いてもいいのだが、寒過ぎる。風邪引くじゃないか。

 本屋に行きたい。古本屋の棚を眺めて、何か見つけたい。新刊書店で
1月24日付け東京新聞で見た、伊藤隆『大政翼賛会への道』(講談社学術
文庫)が買いたい__図書館って手があるのだろうけど、行き慣れてない。

 同日の見開き書評ページ・左側の下段には、やっと、ベルナール・
ラマルシュ=ヴァデル/鈴木創士・松本潤一郎 訳『すべては壊れる』
(現代思潮新社)が短く紹介されていた。文字数に限りがある中での
要約解説なので、むずむずしてくる。もっとちゃんと称賛さるべき、
翻訳行為だ!

 買ったのにまだ読まずに溜まってる本があるのは、よく知っている。
死ぬまでには全部読みきるからさあ、本屋に行きたいの。行ってしばらく
滞在して何か手にして帰れば、当面、落ち着くのだ。これは十分に、中毒
と呼ばれる状態であろうが、お酒は飲めないし、煙草は止めた、博打は
したことがない...仕事もしてないが、さして他の悪癖にも染まらず生きて
いるのだ(悪癖に染まる体力をなくしたのだ)、本くらい買ってもいい、
でしょう? 
 誰に訊いてるのだか分からなくなってきたが、今日付けの『梟通信〜
ホンの戯言』ブログで悪かったね 荒川洋治「日記をつける」、を拝見。

 わたしも、荒川洋治「日記をつける」を読んだ上で感想を書くべき
なのだが、『梟通信〜ホンの戯言』ブログ中に引用された、

< ブログで自動記述のように、どんどん書いていけば、その言葉の量で、
 「自分がある」ような錯覚が生まれる。でも、それは「自分のない状態」
 なのだ。冷静になれば、他人もないが、自分もない状態であることに気づく
 ことになる。>

__<ブログで自動記述のように、どんどん書いて>行けるかなあ? ブログの
基本は、他人の目に触れることを前提とした書記、でしょう? そして、ひとが
言葉を用いて考える段階で、他者が存在している。それを記述する以前に、"わたし"
という第一の他者が存在を始める。

 荒川洋治によれば、ブログに対して日記は、非公開が前提であり、

< ひとりになり、自分に向き合い、自分があることを感じとりながら、静かに
 日記の文字を書く。最少の文字に思いをのせる。感じたことも、思ったことも、
 自分のなかにとどめる。だいじなことは、時間をかけて考える。こうした内側の
 ひとときをもつことをたいせつに思う人は、ブログによりかかることはないように
 思う。>

__なんだか(失礼ながら)ナイーヴに聞こえる。内省の時間を持とう、ってこと
だろうが。

 建前を本音として生きていたい、と思ってきた。だって、そうでしょう? みんなが
本音むき出しに生きていたら、それは非人間的な社会である。
 お酒に酔っぱらって互いに我を忘れた言動をする(見せつけ合う)ことによって、
腹を割った本気のつき合いが成立する? まさか。それは日本の近代というマザコン
文化の中でしかあり得ない、特殊な状況だ。
 検閲はまず"わたし"から始まるが、それなしにも人間は人間として存在しない。





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by byogakudo | 2016-01-30 21:33 | 雑録 | Comments(3)
2016年 01月 29日

秦豊吉『三菱物語』読了

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 おととい27日(水)、ひとりで中野に、Sの用事で行った。Sがややダウンして
いる。
 すぐ用事をすませ、ここまで来たからと、ブロードウェイ4階、「まんだらけ
海馬」の100円棚を覗く。100円(消費税を入れると108円)均一棚と連続して、
500円から5000円(だったかな? よく覚えていない)までの本が並ぶ棚がある
けれど、こっちは睨むだけ。

 たぶん未読のペリー・メイスン文庫本と、小振りで背ヤケがひどくて題名が
読めない軽装版を取り出したら、秦豊吉『三菱物語』ではないか! 表紙と扉絵
が木村荘八! うれしいな。

 どんなひとかと興味があったのに読んでなかった秦豊吉だが__「粋人酔筆」
シリーズで何か目にしているかもしれないが__、読んでみると(期待していた
ほど)面白いひとでもなかった。

 歌舞伎役者の血筋であるが、いや、それだから逆に堅くなったのかしら、
明治生まれ(青年期は大正時代)らしい律儀なひと、という印象だ。
 40歳まできまじめにサラリーマンを勤め、40歳を迎えて、いや、やっぱり、
やりたいこと・好きなことを仕事にしたいと、きまじめに考え、劇場の仕事に
転職した演出家、翻訳家、その他。

 読みながら、『西部戦線異常なし』と『凱旋門』の区別がついてなかった
ことに気づいて苦笑したが、興味をもつ手がかりのない小説なので、作家と
しては、あまり肌が合わないだろう。(これらとか『風と共に去りぬ』は、
安っぽいメロドラマ風味は好きだけれど、大作風なので、わたしはそっぽを
向いてしまう。)

 三菱合資会社ロンドン支店のベルリン出張所に1917年から26年まで勤務
したので、ハイパーインフレ下のドイツを知っている。この本の初版は1952年
(昭和27年)だが、

< 「貧乏人は麦を食え」と云ったとか、云わなかったとかいう大蔵大臣池田
 勇人の手柄は、ドイツでのインフレーションを体験した者から見れば、何と
 いっても敗戦日本に、あれだけの破局的なインフレーションを食い止めたと
 いうことだ。
  [中略]私らはあの当時にも、もし日本にこれだけの状態が起ったら、内地は
 暴動混乱、それこそ内乱続出になるだろう。しかしドイツ人なればこそ、辛抱
 強く我慢し続けたもので、やっぱり国民性によるものかと思ったのである。尤も
 敗戦後の米国軍の直接管理もあり、事情は余程第一次大戦後とは違う。>
(p126 『恐しいインフレ』)

 判断根拠を"国民性"なぞという曖昧漠然たるものに求めると、いかにいい加減な
言説が発生するかという、いい例かもしれない。

 若いサラリーマン(商社マン)時代の回想である。面識を得た人々の当時の身分・
肩書きを書いたあと、名前の下に括弧して小さな字で、1952年現在の身分・肩書き
も付記される。立派な役職名、錚々たる名前のオンパレードだが、

< 駐独日本代表は、臨時にホテル・カイゼルホーフに部屋を構えていた書記官
 東郷茂徳(戦犯)から、初代大使日置益(元のブラジル大使)に代った。>
(p98『事務所を伯林に』)
__と、ほんとに律儀である。実業家としての事務能力あるいはセンスであろうか。

 1917年ころのドイツで日本支社を置くのは商業都市・ハンブルクが主流だったが、
三菱が初めて、ベルリンに支社を置いた(『事務所を伯林に』)とか、第一次大戦の
敗戦国ドイツから、そのときの勝利国・日本への、大型潜水艦用ジーゼル・エンジン
6台の密輸出(『宝物密輸の苦心』)、押し寄せる日本からの客への応対(商社や
銀行の海外支店は、どうしても私設大使館の役割になる)に忙し過ぎるから、等級
をつけて接待することにした(『紹介状に三階級』)とかが、まあ興味深い箇所だろう。

 アメリカ経由でヨーロッパに向かうとき、スペイン風邪が流行り、乗船中に三度も
水葬を見た__水葬の手順が具体的に描かれる__話(『スペイン風邪』)と、ニュー
ヨーク支店勤務中に妻を亡くした先輩・堀朋近が、

<この夫人の亡骸を、恐らく義理ある両親に見せもせず、異国の灰にしてしまうに
 忍びなかったのであろう。防腐手術(エンバームメント)を施して、内地に送ると
 云い出した。モスクワにおける生けるが如きレーニン像も、このエンバームメント
 手術を施した一例である。>(p39『美男堀の夫人』)
__これも手順が詳しいのは、作家的関心、というのだろうか?
 むかしの日本の男の感受性を想像するのは難しい。

     (秦豊吉『三菱物語』 要書房 1953年3版)


 いまの日本の男の感受性(?)だって理解不能である。大臣は辞任したが
議員辞職はしない、甘利明が内閣府の職員に向けた退任の挨拶で、辞任理由
として、

<「日本経済全体の指揮を執るという大役をお任せいただいたが、責任の
 取り方に対し、私なりのやせ我慢の美学を通させていただいた」>
(2016年1月29日 東京新聞・夕刊2面)
__えっ、"やせ我慢の美学"?! 安くなったものである。

 まだ日本の法律に"司法取引"はない筈だが、すでに"ひとり司法取引"状態を
創り出している、甘利明の弁明である。
 ここまでの罪は認めるから、これ以上の追究は勘弁してくれと言っているに
等しい説明ではないか。これで検察が手を引くようなら、名実ともに安倍晋三の
お仲間である。

 そして甘利明の後任に石原伸晃...。他に誰もいなかったのか?!
安倍晋三は、よくもまあ、ひとを馬鹿にしきって...。
 政局混乱につき、TPP批准の署名を差し控えさせて頂きたい、という言い訳で
引き延ばすことだってできそうなものを。
 





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by byogakudo | 2016-01-29 20:43 | 読書ノート | Comments(0)
2016年 01月 28日

鈴木創士氏の 文楽かんげき日誌 第14回「隠れた主役」 その他

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 2016年初の鈴木創士氏の 文楽かんげき日誌は、第14回「隠れた主役」


 さて、あんまりでべらぼうな甘利明である。安倍晋三・独裁政権では
謀略説で乗り切ろう、なぞと、市民をナメきった態度だ。
 
 リテラから引用すると__

甘利大臣賄賂疑惑で安倍政権・自民党がふりまく“謀略説”に騙されるな!
 口利き・賄賂受け取りは明らかな事実だ
や、

甘利大臣、続投方針も「文春」が第二弾でトドメの詳細証言! 告発者は
安倍首相の「桜を見る会」に参加していた


__があるが、どうして、自民党の高村正彦の唱える謀略説をそのまま
使って、アンチ・共謀罪キャンペーンに使おうとしないのだろう。

 冤罪事件が続けざまに起こり、その防止のためにあれこれを考えた法案、
という表向きで、焼け太りした、検察や警察にとって使い勝手のいい法案
ばかり出してくる。共謀罪とおとり捜査が、その例だ。
 これらの法案が通ると、<高村正彦の唱える謀略説>が日常になるのである。
高村正彦の言葉をそのまま使って、誰でもこんな目に遭うのだ、と言えばいい
じゃないか。ここを衝かなきゃ!

 東京新聞、今日の朝刊『こちら特報部』は、もちろん甘利疑惑を取り上げている。
末尾に『デスクメモ』という小さなコメント欄があり、適切極まりないノートである。

< 今回の疑惑で懸念しているのは世間の反応だ。鈍いというか、あまり熱を
 感じない。それは疑惑が薄いからではない。仮に事実であっても「世の中
 そんなもの」。そんな諦観にとらわれているかに見える。十六世紀のフランス
 青年、ラ・ボエシの「自発的隷従論」。時代と国を超えて、同じ問いに迫っている。>

 そして、貨幣経済が始まって以来ずうっと、金が敵の世の中、ではある。お金が
あれば大抵の問題が解決する、ことも事実である。世の中全体に、薄くても万遍
なくお金が行き渡っていれば、問題は起きにくい。今のように、1%にお金が集中し、
99%に不足していると、99%の抱く不満は敵を見失い、目の前の、自分と似たような
誰かに向かう。

 1%の思うつぼである。何も対策を講じず、貧乏人同士を闘わせていれば、それで
すむ。国内に第三世界を出現させて、低賃金で高品質のメイドインジャパンを作らせ
世界に輸出する戦略が取れる。

 写真家・sudiさんのブログ光と影に記された、彼女への否定の言葉を読むと、
つくづく貧乏人根性丸出しだと思う。

<しかしほとんどの意見は私が今まで東京で、ヨーロッパで受けてきた評価
 とは全く違うものでした。違いすぎて理解ができなかったと言っても過言で
 ありません。中でも情報を排除しすぎて日本か海外かもわからない、名前も
 sudiで日本人としてのアイデンティティがない、作品だけみたら日本人の作品
 と思わない。そういう作風では海外では全くウケない。日本人の名前でやる
 べきだ。という意見を帰り際にいただきましたが、全く受け入れがたい意見
 でした。私は日本人のアイデンティティをいうものを考えてことがありませんし、
 また日本人であるかどうかということは作品には直接関係のないことです。
 今まで色々な場で作品を見せてきて、そのようなことを言われたことは一度も
 ありません。フランスでも一度も言われませんでした。とても日本的で保守的な
 意見だと感じますし、そのような考えを心から残念に思います。>

 安倍晋三と日本会議は、これらの、ねたみ・ひがみ・そねみ・やっかみ根性を刺激し、
これらを燃料にし、これらによって支えられている、のがよく窺える。
 不況が続くからって馬鹿になっていい訳がない。安直なナショナリズムで傷をなめて
いないで、1%の敵を直視することがまず必要だ。

 甘利明の閣僚辞任で幕引き? 甘いよ。次は、安倍晋三の任命責任追及と内閣打倒、
解散総選挙ではなくって?

 甘利明の件は2月7日に続く~





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by byogakudo | 2016-01-28 19:59 | 読書ノート | Comments(0)
2016年 01月 27日

森茉莉付近(39)/柴田宵曲『明治の話題』読了

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~1月26日より続く

 『7 菊人形』より__

< 鷗外の観潮楼は団子坂の上に在つたから、菊人形を見物しないでも、
 菊人形から出る木戸番の声は、厭といふほど聞かされたらう。「青年」
 の中に「四辻を右へ坂を降りると右も左も菊細工の小屋である。国の
 芝居の木戸番のやうに、高い台の上に胡座(あぐら)をかいた、人買か
 巾着切りのやうな男が、どの小屋の前にもゐて、手に手に絵番附の
 やうなものを持つてゐるのを、往来の人に押し附けるやうにして、
 うるさく見物を勧める。まだ朝早いので、通る人が少い処へ、純一が
 通り掛かつたのだから、道の両側から純一一人を的(あて)にして勧める
 のである。外から見えるやうにしてある人形を見ようと思つても、純一
 は足を留めて見ることが出来ない」といふ描写があるが、そんなに早く
 菊人形見物に出かける者はない。こんな観察は団子坂の居住者にして
 はじめて下し得るのである。>(p187)

 『7 占ひ』より__

< 森鷗外が晩年に人から医者にかゝることを勧説された時、支那の神卜
 の話などを引いて、もし自分の死が予知されたところで、結局それが
 何の役にも立たぬ、前知せずに死ぬのと同一である、仮りに名医の診察
 は間違はぬとしても、それで病人の精神状態がよくなるか悪くなるか、
 我内部に故障があつてその作用の進む速度を知つたならば、これを知らぬ
 と同様に平気では居られぬ、断然名医にも見てもらひたくないと云ふ結論
 が生ずる、と云つて謝絶した。>(p200)

 『7 催眠術』より__

< [注:鷗外の]「魔睡」を掲載した明治四十二年六月の「スバル」は
 発売禁止になつたので、「鷗外全集」が刊行されるまで、どの短篇集
 にも入らなかつた。これは描写や表現の問題よりも、実在の人物に
 関するためだと聞いてゐる。単に催眠術を婦女に施すだけの小説なら、
 同じやうな事柄が菊池幽芳(ゆうほう)あたりの書いたものにあつたかと
 思ふ。>(p205~206)

 『8 豆売り』より__

 鷗外の、木下杢太郎の小説についての批評が引用されている。

<「河岸の夜」の「炒りたあて……まめまめよお……」>などを例に
引いた批評だが、
<この文章を読むと慥(たし)かに昔聴いた「煎りたて豆」の声が耳底に
 浮んで来る。>(p226~227)

 『8 ミルクホール』より__

< 鷗外は「雁」の中に[中略]
 「羊羹と云ふのは焼芋、金平糖と云ふのははじけ豆であつたと云ふ
 ことも、文明史上の参考に書き残して置く価値があるかも知れない」
 といふ説明を加へた。「雁」の発表された明治末大正初年には、まだ
 書生の羊羹といふ言葉が通用した筈であるが、書生といふ種族の亡びた
 今日になつて見ると、この説明は慥(たし)かに必要である。明治年間に
 そんな言葉はなかつたが、もし「書生のカツフエー」といふものが
 存在したとすれば、当年のミルクホールがそれであらう。>(p230)

 『9 牛肉』より__

< 「牛鍋」といふ短篇が鷗外にある。
 [中略]
 [注:鷗外の]「金比羅(こんぴら)」は瀕死の状態に陥つた女の子が、
 牛と葱が食べたいと云ひ出す。父親の文学博士は上等のロースを
 挽肉にして、ビフテキのやうに焼き、柔い葱のバタでいためたのを
 附け合せて持つて来ることを料理屋に命ずる。その三分の一ほど
 食べて、粥のお代りをした女の子はそれから回復する。牛肉といふ
 ものがこれほど効果を発揮した作品は他にないかも知れぬ。吾々の
 感銘も無論「牛鍋」よりこの方が深い。>(p246~247)

 そして回復した女の子・森茉莉は、絢爛たる空中楼閣『甘い蜜の部屋』
他をわたしたちに残してくれた。

 『9 サンドヰツチ』より__

 鷗外の「椋鳥通信」(明治四十二年)に、サンドウィッチの名称の由来が
記されていること。

 『9 アイスクリーム』より__

< 高利貸をアイスと称するのは氷菓子から来た洒落である。鷗外は
 「金色夜叉上中篇合評」の中で「想ふに、これから幾千万年の後に
 ICE-CREAMで氷菓子といふ洒落なども分らなくなつてから、開明
 史家は此小説を研究して、これをたよつて今の人物、今の思想を推知
 するだらう」などと大分遠い将来の事を心配してゐるが、アイスクリーム
 を氷菓子と称するのは、高利貸をアイスと呼ぶほど永く行はれなかつた
 のではあるまいか。>(p255)

 『10 ラムプ』より__

< 東京の一般住宅に電燈がつくやうになつたのは意外に遅かつた。
 [中略]
  鷗外夫人の書いた「旅帰」といふ短篇に、旅から帰つた良人に
 「電気の附いたのを御覧なさいよ」といふことがある。それも簡単に
 引いたのではない。その前の夏あたりから問題になつてゐたのを、
 いろ〱[注:後のいろは、くの字点]の事情を考慮した上、翌年の年末に
 漸(ようや)く二室だけ電燈にするのである。観潮楼あたりがこれだと
 すると、他は大体思ひやられる。>(p293)

 『10 洒落』より__

<坪内博士には慥(たし)かに洒落気が附き纏(まと)つてゐた。逍遥、鷗外
 と並称された森博士の方は、「膝栗毛」の合評の冒頭に「洒落は分らぬ男
 と、世間の相場が極まつて居る僕の事だから、この処少しまごつく気味が
 ある」と断つてゐるくらゐで、それがない。地方出であることは両博士とも
 同じ、外国文学の造詣も略々同じ、年齢も大差ないのだから、やはり個人
 の性格に帰すべき問題であろう。
  明治文学の初頭には江戸から持越した洒落が多分に残つてゐた。
 [中略]
 「くたばつてしめへ」で「二葉亭四迷」などは、洒落としても鮮やかな
 方ではない。洒落のわからぬことを標榜する鷗外博士などは「浮雲、
 二葉亭四迷作」といふ八字は珍らしい矛盾、稀なるアナクロニスムと
 して、永遠に文芸史上に残して置くべきものであろう、と云つてゐる。>
(p312)

 文庫本を横に書き抜きながら、パソコンの漢字変換機能に、正漢字・
正仮名遣い機能が加わらないものかと、しみじみ願っていた。
 森家の話題は出てこないが、『4 香水』と『7 うつし絵』にも抜き書き
しておきたい、可憐な箇所があった。今年の8月23日で、宵曲没後50年
である。

     (柴田宵曲『明治の話題』 ちくま学芸文庫 2006初 帯 J)





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by byogakudo | 2016-01-27 12:16 | 森茉莉 | Comments(0)
2016年 01月 26日

森茉莉付近(38)/柴田宵曲『明治の話題』、まだ続く

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 写真は、たしか荻窪辺りで。

~1月25日より続く

 『4 眼鏡』では、鷗外の「直言」という詩が紹介されている。

<「金縁眼がね、バイシクル。留守を使へど、まのあたり、帰るを
 見つと、上がり来る」>で始まる、無礼な原稿依頼を断る詩だ。
<「たとひ詰まらぬ作なりと、お名前あれば人は買ふ」>なんて
言い放たれては、ますます断るだろう。
 この詩は、
<「金縁眼がね、バイシクル、人は見掛によらぬもの、此直言を
 敢てする」>と終わる。(p123)

 悪妻と言われる森志げだが、こういう手合いから夫を守るために、
切り口上で断ってきたのだろう。

 『5 変つた乗物』では、鷗外「ル・パルナス・アンビユラン」。
文学者の葬式に軍服・騎馬で参列する戯画化された自画像、
だそうである。(p150)

 『5 飛行機』より__

< 鷗外がスツッケンの「飛行機」を訳したのが明治四十三年で、
 四十五年に土曜劇場の人々によつて有楽座で上演された。>(p150)

< 日本の飛行機は明治の産物ではない。
 [中略]
 新たな事象にあこがれる子供の玩具の飛行機は、本物が天空を翔
(かけ)らぬうちから出来てゐた。鷗外の小説「不思議な鏡」の中に
 「さて明治四十五年となつて、新年のお慰みに吸ひ寄せられると云ふ
 光栄を、己が担つたわけだ。屋の棟に白羽の矢が立つと云ふのは古い
 から、おもちやの飛行機かなんかが飛んで来て、引つ掛かつた事だらう」
 とあるが、玩具ならばもう少し前からあつた筈である。>(p152)

 『6 園遊会』より__

<鷗外夫人の書いた小説には園遊会が二つ出て来る。一つは麹町の
 伯爵家といふだけで格別の事もないが、もう一つの方は友達の結婚
 披露で、精養軒の庭がシルクハツトといろいろな形の庇髪(ひさしがみ)
 で一杯になる。やがて夜の景色に変ると、篝火と提灯の光りの中に余興
 の国風舞踏がはじまる、と書いてある。>(p154~155)

 『6 音楽会』より__

< 鷗外訳の「埋木」は音楽家を描いた小説である。天才よりも世才に
 よつて成功を贏(か)ち得たステルニイと、天才を懐いて落魄するゲザ
 との対照はいつの世、如何なる国にも起り得べき事柄で、斎藤緑雨も
 「とはいへゲザは悲むべし、天才ならぬゲザは悲むべし、全盛時を
 もたざるゲザは悲むべし」と云つてゐる。かういふ題材の小説が明治に
 少いのは、必ずしも洋楽が渡来して日が浅かつた為ばかりではあるまい。>
(p156~157)

 『6 かるた会』より__

 お正月のかるたと聞いて、いま頭に浮ぶのは
<教科書にあるやうな平仮名にした>活字体のかるただけだが、
< 標準がるたといふ百人一首の出来たのは、明治の末年であつたろらう。>

 この以前には様々な書体、草書や変体仮名で書かれたかるたしかなく、
書き文字を読み慣れている人とそうでない人とではハンディがつく。標準
がるたができて、ゲーム化されたかるた会になった。

< この標準がるたが鷗外夫人の書いた小説に出て来る。八つになる
 娘さんが誕生日の祝いに貰つたもので、旅行から帰つたパパもかるた
 取りの仲間に入らされる。かるたの読み方が間違つてゐると云つて、
 一々直させるなんぞは如何にも鷗外らしいが、結局さんざんに札を抜か
 れて鷗外の負けになる。__鷗外自身の作品では窺はれぬ家庭生活の
 一面である。>(p159)

__おお、八歳の森茉莉! 鷗外は「このたびは」ではなく「こぬたびは」、
百人一首ではなく百人首と発声する、のだったかしら? うろ覚えだ。

     (柴田宵曲『明治の話題』 ちくま学芸文庫 2006初 帯 J)

1月27日に続く~





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by byogakudo | 2016-01-26 18:01 | 森茉莉 | Comments(0)
2016年 01月 25日

まだ続く、柴田宵曲『明治の話題』からの抜き書き

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~1月24日より続く

 森茉莉の両親以外の話題でも、書き抜いておきたいところがあるので。

 『1 投票』は、新聞や雑誌での人気投票である。

<大町桂月(けいげつ)の主宰する「学生」は各都府県の偉人投票を募り、
 その高点者に関する評論のやうなものを、同じ府県の出身者に依頼して
 「郷土偉人号」といふ臨時増刊を出した。東京の高点者が幡随院長兵衛
 (ばんずいいんちょうべえ)であつたことは、いさゝか意外だつたので今に
 忘れ得ない。>(p036)

 『2 懸賞小説』より__

< 中村星湖の「少年行」田村俊子(としこ)の「あきらめ」など、懸賞小説を
 以て世に現れた作家はその後にもいろいろある。俊子は露伴門下の佐藤露英
 (ろえい)として屢々筆を執つてゐるから、一部の人には知られてゐたが、田村
 俊子と名乗る出世作といふところに「あきらめ」の意義があるのであらう。
 [中略]
 「あきらめ」の原稿が全部紫インクの細い字で書いてあつたといふことも、
 この女流作家の出世作にふさはしいやうな気がする。>(p052)

 『5 花電車』より__

< 花電車が人を乗せず、昔の山車(だし)のやうに人形だけ飾つて走るのは、
 大正四年の御大典以来の事と思ふ。それ以前は電車の外側を装飾するだけ
 で、客は普通に乗れた。電車唱歌の表紙に画いてあるのが日露戦後の花電車
 の格好である。飾り立てる電燈の数だけでも大変なものだから、乗つて見ると
 暑いといふ話を聞いたおぼえがある。
  電車の満艦飾と思へば大した間違ひはない。装飾の意匠も単純なものだから、
 昼間はあまり見栄えがしなかつた。多くの電燈が悉(ことごと)くともるに及んで、
 はじめて光彩を発揮するのである。東京市内の電車は明治三十六年に開通した
 ので、日露戦後の凱旋当時までは、花電車を運転する機会がなかつた。>
(p143)

 衣装を着けたマネキン人形を立たせた花電車の話を、わりと最近読んで、外側の
装飾だけじゃなかったのかと驚いた記憶があるのだが、それは内田魯庵『魯庵の
明治』だっただろうか。ぱらぱら捲ってみるが見つけ出せない。

     (柴田宵曲『明治の話題』 ちくま学芸文庫 2006初 帯 J)

1月26日に続く~





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by byogakudo | 2016-01-25 15:56 | 読書ノート | Comments(0)
2016年 01月 24日

森茉莉付近(37)/柴田宵曲『明治の話題』から

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 写真は昨日に続いて、練馬区関町。大きな廃墟の近くで。

~1月23日より続く

 『3 高利貸』より書き抜く__

< 高利貸を描いた文学は、前に「金色夜叉」があり、後に「雁」がある。
 作者の紅葉も鷗外も、共に高利貸には縁のなささうな人であるが、それ
 だから客観的に高利貸を書く余裕があつたかも知れぬ。
 [中略]
 大学の小使が徐(おもむ)ろに金を溜め、高利貸に転進して池之端に
 居を構へる「雁」の方が遥かに自然である。吾曹先生福地桜痴の隣
 に住んでゐたなどといふのも、あの時代の明治らしくて面白い。>
(p097)

 しかし、森茉莉によれば、件の高利貸の喋り方に、ふだんの鷗外の口調
が混じっていて、おかしいらしいが。

 『4 カイゼル髯』より__

<鷗外がドイツへ行つたのは大分時代が古いが、陸軍に籍を有する関係
 から云つても、その髯がピンと跳ねるのは当然であつた。横山健堂は
 銀座の台湾喫茶店に於て、独字新聞を読みつゝある軍服の鷗外を叙して、
 「両頬の端より、髯の先き刎(は)ねて見ゆ」る一事を見遁さなかつた。>
(p108)

 『4 夏帽』では、夏用の帽子の話として、鷗外の「田楽豆腐」が取り上げ
られている。当時の流行りは鍔が狭くて<「日も何も除けられはしない」>。
 奥さんと、
<「そんならパナマをお買ひなさいまし」
 [中略]
 「パナマは十五円いたします」>と話した後、安価な麦藁帽子を買う。
<帽子店の小僧は「それは旦那方のお被りなさるのではありません。
 労働者の被るのです」と云つて相手にせぬのを、「かう見えて己も
 労働してゐるのだ」と云つて買ふのである。>(p116)

 思わず、森茉莉「父の帽子」に話を続けたくなるが、柴田宵曲の随筆は
漱石「吾輩は猫である」の迷亭君のパナマ帽に転進する。

     (柴田宵曲『明治の話題』 ちくま学芸文庫 2006初 帯 J)

1月25日に続く~





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by byogakudo | 2016-01-24 22:13 | 森茉莉 | Comments(0)
2016年 01月 23日

森茉莉付近(36)/柴田宵曲『明治の話題』を読み始める

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 写真は、今日なぞ猛烈に寒かろう、千川上水。


 本は本から作られる。
 ひとつ、題目を決める。それについてのエピソードが、そういえば、
あの本にも、この本にもあった、と思い出して、また一冊の本が
できる。随筆って、そういうものだろう。(そこから更に一部分を
取り出して書き出すと、ただの抜き書き。)

 『1 演説』より書き抜く__

 漱石「野分」の中での長い演説場面の話から続いて、

<鷗外の書いた「青年」では漱石らしい人物が登場して、イプセン
 に関する話をする。これは演説と云つても小人数の会合であり、
 「声色を励ますと言ふやうな処は少しも無い」とある。学者や文士
 の話は後には講演といふことに相場がきまつたが、こゝでは鷗外も
 演説といふ言葉を使つてゐる。
 [略]
  テーブルスピーチは洋食の卓上から発生したもので、しやべる
 当人は愉快かも知れぬが、謹聴する側は迷惑な場合が多い。鷗外
 夫人が小説の中で「一体坊さんのお経は早い程貴く、食卓演説
 なんぞは短い程有難いと思ふ」と述べたのは千古の鉄案である。
 夫君鷗外博士は演説は断じてやらぬといふことになつてゐるが、
 今日は禁を破つてちょつと挨拶をする、といふ前置の下に、与謝野
 鉄幹(よさのてつかん)の外遊を送る席上で演説を試みたが、それも
 長いものではなかつたやうである。>(p030~031)

 『2 号外』より__

< 明治四十何年頃であつたか、「東京パツク」が号外を出した。
 いづれ内閣更迭前後のものであらうが、その閣僚には文部大臣
 森林太郎とあつた。パツク一流の号外でも、やはり鈴を鳴らして
 売り歩いたと見えて、鷗外夫人の書いた「友達の結婚、パツクの
 大臣、流産」といふ奇抜な題の小説に、ちょつとその事が書いて
 ある。>(p048)

 最初のほうの森志げの小説題名は、何というのだろう?

     (柴田宵曲『明治の話題』 ちくま学芸文庫 2006初 帯 J)

1月24日に続く~





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by byogakudo | 2016-01-23 21:54 | 森茉莉 | Comments(0)
2016年 01月 22日

(3)正宗白鳥『新編 作家論』読了〜柴田宵曲へ

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~1月19日より続く

 ああ、柴田宵曲は、さらっとさわやかでいいな。俳句をやれば、
やりさえすれば、こんな日本語が身につくってことではないだろうが。

 という話の前に、長々とつき合った正宗白鳥『新編 作家論』である。
自然主義作家たちについての評論は、結局、よく分からないまま終えて
しまったけれど、岩野泡鳴は、もしかして、滑稽小説の一種として読める
かもしれない。作家本人が大真面目に書くので、無意識のおかしみが
かもし出されているのではないかと、におう。(どうかな?)
 青空文庫でいくつか公開されているし、続々、公開準備中だ。

 TPP交渉でアメリカに媚び諂った甘利明は、なぜか手柄顔していたけれど、
ミッキーマウス法に賛成した責任を、どう取るのか。農業に対する責任は?
 安倍晋三・独裁政権の一翼を担う甘利明は、わたしみたような非国民の
目から見ても、売国奴だが。

 正宗白鳥はダンテも愛読していた。聖書も、様々な人生が描かれた物語
(「人生記録」)として愛読する。

<イザヤ、エレミヤなどの慷慨(こうがい)悲憤の予言書や、ポーロの
 伝道的書翰(しょかん)などには、さほどの興味を寄せていない。
 [中略]
 創世記の古代人の物語は、さながら現代人の生活を映しているように
 私には思われる。出埃及(エジプト)記、利未(レビ)記など、人類の
 集団的生活を写した写実小説のように思われる。>
(p411『ダンテについて 一』)

<神曲がダンテの存命中すでに、イタリーの有力な貴族達に興味を持って
 愛読され、また一般市民も街上でその一部を愛唱したといわれるのは、
 さもあるべきことと思われる。辛辣な写実の筆が面白かったのだ。時と
 しては他を怒らせたであろうと思われるくらいに無遠慮に、辛辣に、
 当時の人々の知っている人間や事件を描いたのだから、我々が時所を
 隔てて今日此処(ここ)で読んでいるよりも、当時のイタリー人には遥かに
 興味が多かったに違いない。......現在の大臣や代議士や陸軍大将や大学
 教授など知名の人物を、『神曲』の地獄中の罪人どものように取り扱った
 演劇が今日実演されたとしたらどうであろう。>
(p426『ダンテについて 二』)

 風太郎版『神曲』は、この正宗白鳥のエッセイから書かれたのだろうか?
 『ダンテについて』初出は、昭和二年(1927年)三月『中央公論』である。
正宗白鳥にヒントをもらわなくても山田風太郎なら、いずれ書いたか。

     (正宗白鳥『新編 作家論』 岩波文庫 2009年3刷 帯 J)


(1)正宗白鳥『新編 作家論』
(2)正宗白鳥『新編 作家論』
(3)正宗白鳥『新編 作家論』





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by byogakudo | 2016-01-22 20:36 | 読書ノート | Comments(0)