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2016年 05月 31日

ヘレン・マクロイ/駒月雅子 訳『幽霊の2/3』読了

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 登場人物は作家、そのエージェント、出版者、批評家__
彼らとその妻たち、そして名探偵である精神科医、ベイジル・
ウィリングと妻のギゼラ。
 出版関係者ばかり登場する、1950年代後半のニューヨーク
の出版業界事情が描かれたミステリ。

 そうか、アメリカでの表現行為者はジャンルを問わず、個人と
業界とを結びつけるエージェントが必要なのだ。プロのスポーツ
競技者、役者、小説家、なんであろうとエージェントがいて、本人
に代って企業と交渉する。だから、出演依頼の電話を自分で受ける
スティーヴ・ブシェミなど、珍しい役者と言われるのだろう。
 日本にもタレント事務所があるけれど、それが表現行為者全般に
及ぶ、と理解すればいいかしら?

 アルコール中毒を克服した筈のベストセラー作家、彼のエージェント、
本の出版を一手に引き受ける出版者/出版社。
 三者とも落ち着いて過ごしていたところへ、別居中の作家の妻(女優)
が3年ぶりにハリウッドから戻ってくる。彼女と暮らしていたとき、作家
は何ひとつ書けなかった。
 エージェントも出版者もハラハラするが、社交(社会生活の必要)上
から、作家夫妻を主賓にしたパーティを開く。
 作家が妻と現れる。断っていたアルコールを口にして、危惧していた
以上の泥酔状態だ。彼にこれ以上飲ませないよう、みんなで幽霊の2/3
というゲームをする。3回質問に答えられないと幽霊の3/3、すなわち
完全な幽霊になってゲームから外れる。3問外れて、作家はアウトに
なった。
 親(出題者)が代って、新たにゲームを始める。作家に声をかけると、
本物の死体になっていた。

 これが物語の始まりだが、登場人物の描き方が大人らしく、丁寧だ。

 映画会社と契約更改できなくて戻ってきた作家の妻は、夫が死んでも
遺産のことしか考えない俗物で、関係者全員から馬鹿にされ、嫌われる。
あさましさが表面に立ち、読者も彼女を嫌うように書かれている。

 しかし、自身を知的な存在と見なす出版関係者にしたって、俗物性は
しっかり描かれ、容赦はされない。知性がまぶされている分、罪が重い
とも言えそうだ。捜査が進展するのと並行して、人間性が露わになる。

 作品を認める批評家と、認めない批評家。それぞれの文学論も面白い。
認めない立場によれば、
<「大衆小説というのは、前の時代の主流文学の亜流と相場が決まって
 います。三番街が二年遅れでパリをまねるのと同じですよ。ただし小説
 のほうは三十年近い文化のずれがありますけどね。[略]」>(p173)


 杉江松恋の解説に『幽霊の2/3』は、
<マクロイの第十五長篇にあたり、一九六二年に守屋陽一訳で
 創元推理文庫に収められた。>と、ある。

 守屋陽一、なつかしい名前だ。たしか日夏耿之介の弟子筋。
角川文庫版、ワイルド『柘榴の家』、挿絵入り。
 子どもの頃、再読するには悲しすぎて辛かった。『星の子供』
かな、地上で犯した罪は、どんなに後悔しようと、地上で許される
ことはない、と言われたようで、胸が痛くなる話だったと覚えている
が、他の物語も同じような思いを抱かせたのではないかしら。

 wikiで守屋陽一を見たら、
<50歳を過ぎてから株式投資の入門書を多く書>いたらしい。

     (ヘレン・マクロイ/駒月雅子 訳『幽霊の2/3』
     創元推理文庫 2009初 J)





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by byogakudo | 2016-05-31 22:40 | 読書ノート | Comments(0)
2016年 05月 30日

大井康介『紙上殺人現場 からくちミステリ年評』、まだ1962年

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~5月4日の続き

 思い出しては読んでいるが、なかなか進まない。あらすじさえ
分からないミステリが取り上げられているので、やはりそれは
ハンディになる。

 我身をふりかえって、不肖・わたくしもダイジェスト抜きで感想文を
書くことが多い。
 弁解するなら、これは、どんな話か知りたければ、webにいくらでも
情報がある時代なので、そこを省いてということだけれど、読む側から
したら、迷惑なことだ。ストーリーを知るために、わざわざ、web検索
するかしら? しないでしょう? かくて、一読しては訳の分からない、
薄ぼんやりした感想文だけが残る。
 反省する。反省したからとて、すぐ実行にはならないけれど。

 やっと半分近く、1962年度までクリア。
 しかし、ひとり・ボケとツッコミ(対話体)で批評を書くのは、思考
の流れの記述でもあるので、書く側は書きやすいかもしれないが、妙に
古風な印象を与えることがある。澁澤龍彦のエッセイで、このスタイル
を目にしたとき、むかし臭さが感じられて、これは意識的選択なのか、
無意識的・安直スタイルなのか、判断に困った。(なつかしくて対話体
で書いた、という解釈もできるか。)

 『1962年の現場 7月』より引用。水上勉の『若狭湾の惨劇』について、

< "吉田健一にタキつけられてこのかた、水上は俺は普通の推理小説
 作家と一緒にみてもらいたくないと、野心を燃しているといわれる
 のは事実だろう。>(p154)

 吉田健一による水上勉・評は、どこに収められているかしら?

 『1962年の現場 9月』には三好徹『海の沈黙』__翻訳小説と
同じタイトルをつけるのは、いまに始まった訳ではないようだ__
では、日本でのカミュ『異邦人』論争に言及される。

<『異邦人』のムルソーは判事にまともに説明をするのが七面倒で、
 太陽のせいだとつっぱなすにすぎない。『海の沈黙』の主人公が
 誤解しているぶんにはさしつかえないが、作者は誤解していない
 だろうね。広津和郎がそうだったからね。余談だが代々木を通ると、
 野坂[注:昭如ではない]支持の立看板に広津和郎を見出し、やはり、
 戦時中、日本は戦争も世界一なら、文学も世界一と講演したという
 人だと思ったよ。そんな人と同じ解釈じゃ情けないや">(p165)

 戦争協力しなかった表現者のほうが圧倒的に多かったと思われるが
__だからアプレゲールは大人のいうことに、ともかく反抗したのでは
ないかしら?__。

 <判事にまともに説明をするのが七面倒で>という説がすごい。
 "異化効果"とか、そのころは知られていなかっただろうが"マクガフィン"
とか、真正面から"ギリシア悲劇的"とか、言えるだろうに。
 だけどわたしは、『異邦人』論争、未読。

     (大井廣介『紙上殺人現場 からくちミステリ年評』
     教養文庫 1987初 J)





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by byogakudo | 2016-05-30 14:45 | 読書ノート | Comments(0)
2016年 05月 29日

今週のホイホイ(8)敗戦時、彼らは何歳だったか

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~5月28日より少し続く

 敗戦を何歳で迎えたかが、かなり決定的だろう。

 1925年生まれの三島由紀夫は、20歳。
 1928年生まれ、澁澤龍彦、17歳。
 1931年生まれ、秦早穂子、14歳になったばかり。
 1932年生まれ、小林信彦が、13歳になる前。
 1935年生まれ、久世光彦は、10歳。

 無名人だが義母や叔母が、それぞれ16歳と15歳で8・15を
迎えている。(向田邦子も同年生まれ、15歳だ。)

 若いとき、幼いときの2、3歳の違いはその後の年代より、
感受性に於いて違いが大きい。

 どんなにマセていても10歳は子どもだ。久世光彦の場合、
軍国主義下と幼年期の記憶とは、dead ringer 関係だろう。

 6歳違うが、家の(間取りやなにかの)記憶、子どものころの
風景の記憶の共通性で、向田邦子と久世光彦は話が合ったらしい
が、敗戦までの向田邦子も、愛国少女だったのだろうか。

 人生を始める前の、その意味では幸福な幼児期・少女期と
軍国主義の時代とは、向田邦子にあっても、dead ringer して
いたのか。敗戦時に何も考えなかったとは思えないが、向田邦子の
愛読者とは言い難い__下手な小説家としか思わない__ので、
分からない。

 1922年生まれの山田風太郎は、23歳だった。いまだ青年期にある。
物心ついてからずっと戦争だった彼の世代。

 彼ら、敗戦時に子どもや若い人であった彼らが、戦後を生きることで
戦後という時代の感情的・感覚的インフラが整えられ、戦後に生まれた
人間は、それを当然のものとして使って生きてきた。

 戦後生まれが新たにつけ加えたと言えるのは、戦後生まれ(の、ごく
一部、少数派)が感応した、音のセンスであろう。これは、いまの若い
人々のビートや音感に受け継がれたと思われる。





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by byogakudo | 2016-05-29 20:34 | 読書ノート | Comments(0)
2016年 05月 28日

久世光彦『むかし卓袱台(ちゃぶだい)があったころ』読了

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 これはわりと感じよく読めるかなと、読み出したけれど、
やっぱり久世光彦だった。という感想で終わるのもあんまり
なので。

< ふと思うと、日本の家屋や調度は低い視点からの<見た目>
 を考えて作られているような気がする。死者の視点とまでは
 言わないが、臥(ふ)せっている者の視点である。日本間の
 真ん中に立っていると、なんとも落ち着きが悪い覚えは誰に
 だってあるだろう。とにかく坐りたくなる。>
(第一部『願わくば畳の上で』p13)

 第一部に収録されたエッセイは、1994年から95年にかけて
雑誌『室内』に寄せられた。1935年生まれの久世光彦は59歳
から60歳。父の亡くなった年齢を越え、死と幼児期への懐古の
思いが(ますます)強い。

 本との関わり、本に対する思い入れを語る『本棚からつぶやき
が聞こえる』(第一部)や『ある秋の一日......』(第二部)などは、
本好きには思い当たるところが多く、読んでいて共感できるが、
うーん、"ナルシシズム芸"と呼ぼうか、これには相変わらず閉口
する。いや、"芸"の域に達してないからクサさを感じるのか。

 わたし自身の発しているナルシシズムはどうなのか? クサ味
たっぷりよ、と反省もしてみるが、久世光彦の十分に完遂され
なかったが故の、幼年期の王国への固着は、あまりに手放しで、
鼻白む思いを抱く。

 久世光彦は、いまの阿佐ヶ谷北二町目15番地の木造二階建て
借家で生まれた。向田邦子ドラマの家は、あの当時の借家の様式、
久世と向田、ふたりの記憶の家そのままだそうだ。職業軍人である
父親の転属や戦争による疎開がなければ、病弱で床に就くことが
多かったあの家で、ずっと幼年期の夢想を育んでいられたのに、
小学校2年生までしか過ごせなかった。
 甘く儚い夢の王国が中絶させられた。その恨みつらみ故に幼児期
の王国への思いが強まるのだろう。それは分かるが、しかし。

 "病弱"にしたって、末っ子である彼のすぐ上がふたり、立て続けに
亡くなっている(戦前や、戦後すぐは、幼児死亡率が高かった)ので
過保護に育てられ、実態以上に病弱になった面が強いけれど、彼の
自画像としては、やはり蒲柳の質でないと夢想の王国は完成しない
だろうし、諸々分かるけれど、ノレない。

 ナルシシズムなく生を生きるのは、まず無理な相談で、誰にしても
何らかのナルシシスティックな自画像を描きながら生きるのだけれど、
なんというか、近代の男の自分の抱きしめ方は往々にして見てられない
ものがある。(平出隆『猫の客』など、そのせいで読み終えることが
できなかった。)

 久世光彦は"ナルシシズム芸道"の道を極める以前に道に迷ったのか、
たんに、読者であるわたしが、この体臭は好きだが、あの臭いはだめ、
というだけの話か。

<私が生れたころ、高円寺から阿佐ヶ谷、荻窪界隈の新興住宅地を、
 古くからの土地の人たちは<胴村(どうむら)>と呼んでいたそうである。
 横溝正史を連想するような気味の悪い名前である。その由来が、退役の
 軍人や役人、定年になった大学教授、そういった人たちの家が多かった
 からだと言われても、私にはよくわからなかった。
 [略]
 答えを聞いて、私は笑ってしまった。首になって胴体だけになった人たち
 だというのである。退職金で手に入れ、年金で暮らすのに手ごろな住宅地
 だったのだろう。>(『第二部』『私の生れた家__花のある家』p158)

__このエピソードや、『第三部』『地図の話』などは好きだ。

 少年小説には精緻なペン画の挿絵がついているが、
<気に入った絵のあるページを開き本を壁に立てかける。隣にもう一冊
 立てかける。どんどん並べて行く。[略]
 まるでひとつの絵物語のように思えて来る。[略]
 挿し絵を別のページのものと入れ替えたり、順序を並べ変えたりすれば
 私の冒険潭はますます波瀾万丈になって行く。>(p187)

 5、6歳時の雨の日はそうやって、ひとりで遊び、晴れると少年探検家の
気持と服装で外に出る。自作の"秘密の地図"制作の詳細さもいい。

 甘美な幼児期を繭に包まれて室内で過ごす。部屋の外は戦事下、
軍国主義の時代である。幼年期の王国と軍国主義の時代とが絡み
合っていて、二つを分離して思い出す、あるいは考えるのは至難の業
なのだろう、と想像する。

     (久世光彦『むかし卓袱台(ちゃぶだい)があったころ』     
     ちくま文庫 2006初 J)

[5月29日追記: 
 最後の文章を訂正。]
 
5月29日に多少続く~





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by byogakudo | 2016-05-28 21:53 | 読書ノート | Comments(0)
2016年 05月 27日

板橋雅弘/岩切等 写真『廃墟霊の記憶』読了

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 1992年にマガジンハウスから『失楽園物語』というタイトルで
出版された紀行文+写真集を、
<いま[注:2001年]となっては不要と思われるものを少し削除し、
 かわりに新たに加筆と加写してできた>(p189)文庫本であり、
<10年早すぎた本が、今度は「廃墟ブーム」とやらに乗って多くの
 人の目に触れるといいなあと願いつつ。>(p190)刊行されたらしい。

 バブル経済は1991年2月に潰れたが、不況が一気に日本中に波及した
訳ではない。大きなクラックがいくつか、そこから少しずつじわじわと
綻びが広がり、やがて底なし沼の様相を呈し、いまに至る。(だって
底なし沼だもの。)

 92年当時では、ずっとこのまま放置されそうなにおいを放つ事象・物件
"廃墟"であったが10年も経つと、なし崩しであれ、風景は変わる。
 壊され更地になり、廃墟ですらなくなったり、崩壊度が加速していたり、
廃墟のその後の姿もレポートされる。

 ひとが利用・使用するために、ひとの手と意志で作られた建物や設備が
利用されなくなり、忘れ去られたまま時が経つと、モノはたんに"経年劣化"
では済まされない存在になる。
 "自然"と称される風景に対峙しても、ひとは自画像を見出す。J・G・
バラードに倣ってテクニカル・ランドスケープと言うべき人工物に、
時間が降り積もると、それは、ひとに歪んだ自画像を見せる鏡に変わる。
わたしたちは、自惚れ鏡だけを好む者ではない。より偽悪的肖像画に
惹かれもする。
 バロックなナルシシズム。

 廃墟の記述は、あくまでも淡々と行われるが、写真もまた同じ姿勢で
あってくれたら、と思う。わたしの好みに過ぎないが、もっとフラットな、
思い入れを感じさせない写真のほうが効果的ではないか?
 "ホラー文庫"というジャンルに合わせて、おどろおどろしさを強調する
編集姿勢があったのかもしれないけれど、わたしにはコントラストが
強過ぎる。
 もっとも、文庫版に写真を入れることが、そもそも難しい。もっと大きい
紙面・サイズでないと、写真は、まるで違う意味内容を発現したりしてしまう
ことがあるから。

     (板橋雅弘/岩切等 写真『廃墟霊の記憶』
     角川ホラー文庫 2002初 帯 J)


 上の写真は、5月12日(木)、渋谷区東三丁目近くで。
 近代建築の寿命は短い。スクラップ&ビルドの宿命を自覚して、そこを
表現してみました、って言いたそうなポストモダーン・ビルだった。礎石
には<建築は短く、人生も短い>と刻まれていたかもしれないが、そこまで
確認しなかった。





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by byogakudo | 2016-05-27 21:34 | 読書ノート | Comments(0)
2016年 05月 26日

「Volez, Voguez, Voyagez - Louis Vuitton(空へ、海へ、彼方へ──旅するルイ・ヴィトン)」展('16/05/26)

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 元・お客さま/いま・友人の K ご夫妻に教えていただいた
「Volez, Voguez, Voyagez - Louis Vuitton(空へ、海へ、
彼方へ──旅するルイ・ヴィトン)」展
に行ってきた。
 ハイ・ブランドに無関心なわたしたちが一体どうしたんだ、
という気がするけれど、ぃやあ楽しかった!

 キュレーター、すばらしい。展示センス、かっこいい。お金の
使い方、正しい。

 ふだんは駐車場らしい場所が、4月23日(土)から6月19日(日)
まで、"ルイ・ヴィトン歴史博物館"または"ルイ・ヴィトン製品が
語るモダーニズム歴史博物館"になっている。

 無料のシャトルバスも出ているようだが、天気もよく、次々に入場
してくる観客を誘導し、展示物の説明をする大勢のスタッフがいるので、
会場はきれいに流れる。
 入場料無料、全展示物写真撮影可能、という会場で混乱が起きないのは、
人手が足りているからだ。

 会場はいくつかのセクションに区切られている。いちばん好きだったのが
"4A.冒険"コーナーになるのだろうか、砂漠のジオラマが作られた箇所だ。
"砂漠"の素材が布なのか紙なのか分からないが、思わず手を触れたくなる。
 次の"4C.自動車"の旅では、壁に並木道が描かれ、幹線道路の左右を分ける
白い点線が床にも延びる、だまし絵の手法が使われる。

 どのコーナーも違う素材で設えてある。天井・壁面・床面、三つの次元がそれ
ぞれに工夫を凝らされ、ひとつひとつに驚きがある。
 移動の手段が格段に進歩し、旅が苦痛ではなく快楽に変化した1920年代から
30年代とルイ・ヴィトン製品とが、どう関係しているか、を効果的に見せる方法・
手段がよく思考され、十全に仕上げられた。
 会場がすべて完成したのはオープニングの朝、と聞いた。そうなるだろう。
角を曲ると次に何が現れるかなと期待させ続ける、わくわくさせる空間設計と
施行だ。
 自伝は最初のほう、成功するまでが面白く、後半は退屈になりがちだが、
今回の展示は最後まで興味を惹き続けるのがすばらしい。

 地上の権力は自らをアートに象徴させる。ヴァチカンはカトリック美術を生み、
ナチやファシズムは巨大建築を自画像と見なし、世界規模の企業はメディチ家を
目指す。
 お金が存分に生きて使われている空間だった。楽しかった理由だろう。近ごろの
お金の使われ方は大抵、却って貧しさの露呈である場合が多くて、目を背けてきた
のだが、ここでは正しく使われていた。





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by byogakudo | 2016-05-26 20:49 | アート | Comments(0)
2016年 05月 25日

モダーンの産物

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 近代主義といったときと、モダーニズムといった場合、受ける印象に
違いが出るのは何故だろう? 乱暴に括って言えば、"近代"と聞くと
否定的ニュアンスを強く感じ、"モダーニズム"は明るく軽快に響く。
 日本語訳と外国語とで感じ方が変わる、わたしのこの調子のよさは、
何だろう。問題ではないか。

 5月10日付けdaily-sumus2の日本のシュルレアリスムに『彷書月刊』
通巻12号『日本のシュルレアリスム』特集からの引用がある。
 日本におけるシュルレアリスムの性格を考察する、ジョン・ソルト
『蝙蝠傘の失跡』からの引用を孫引きしたい。

<「近代への自由」こそが日本のシュールレアリストにとっての切実な問題
 であった。それゆえほとんどあらゆる過去の文化や伝統は、揚棄の対象と
 して以上の意味をもちにくかったのではないだろうか。ヨーロッパの
 シュールレアリスムが、すでに人間にとっての規範と化した「近代から
 の自由」を対象としたものであったと仮定すれば、日本のそれは脱亜的
 に進行しつつあった「近代への自由」へとそのベクトルを向けていた。>

 という箇所で、ふと思ったのだが、ヨーロッパ各国からパリに集まったシュル
レアリストたちの、非西洋的な事物に向ける眼差し__そこには純粋な驚異と憧れ
とが込められていたかもしれないが__と、たとえば帝国主義の時代に、ピエール・
ロチが極東の島国に注いだ眼差しとに、本質的・根本的な違いがあっただろうか?
 オリエンタリズムの罠は、そこには存在していなかったのだろうか?

 "近代"は水底をかき回して"土着"を浮上させる運動体でもあるので、わたしを
憂鬱にさせるけれど、わたしが生きた時間でもある。わたしは近代の産物で(も)
ある。時と場を限定しない生はあり得ないが...。
 





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by byogakudo | 2016-05-25 21:08 | 雑録 | Comments(0)
2016年 05月 24日

坂口安吾『肝臓先生』読了

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 写真は、ご存知(?)、高円寺のルキュリオ、ショーウィンドー。

 楠森總一郎氏から、糸井重里に木造モルタルの王国という言葉がある
と教えていただいたが、日本近代のアンダーグラウンド文化は、まさに
そこに育った。そこで夢見られた。

 『鹿鳴館の思想』が立身出世主義の別号として大文字で印され、モダーン
日本の公的表面を覆ってきたように、"木造モルタルの王国"もまたそれなり
に、底流ないし伏流としての歴史を担う。

 メイジャー・シーンである鹿鳴館や銀座は、煉瓦で堅く構築され、室内も
堅い木の鏡板や寄木の床だ(やわらかい漆喰や壁紙も用いられるが、メイン
は堅い素材だ)。
 西洋直結、できる限り、本家本元に近づくことが正しい在りようとされる。
(銀座は、日本でいちばん西洋に近い場所とされたが、銀座もまた、東南
アジアの植民地の街並より本格度は劣り、本場・オリジナルな西洋は常に
逃げ水である。)

 かたや、鹿鳴館思想の廉価版・安直な普及版である木造モルタルは、
外壁からして優しい木肌(に防火用モルタルを塗り)、内壁もあくまでも
柔らかい肌、漆喰塗りで包まれる。
 それはもはやビルヂングともアパートメントとも呼ばれない。西洋と
いうオリジナル(受容したその時・その場がオリジナルと捉えられている
だけで、歴史性すらない)が日本風にアレンジされ、変形された、アパート、
下宿、しもた家。大衆の住まいである。
 しかしそこで初めて個室の思想が具体化し、『夢みる部屋』が出現した。

 本格的とされるもの、本物と称されるものより、にせものを好ましく思う
わたしの偏向性もまた、木造モルタルの王国の産物だろう。

 先だってお風呂に入っているとき、"木造モルタルの王国"で接着される、
日本の近代=にせもの性=翻訳文化愛好、というラインがきれいに繋がる
思想(? いや、思想でいいんだ!)が思い浮かんだのに、いま書いてみると、
うまく繋げられない。

 いつかまた試みることにして、坂口安吾『肝臓先生』も、日本の近代
(でドタバタ・アクセクした男たち)の群像図である、観念小説集だ。

 『魔の退屈』、『私は海をだきしめていたい』、『ジロリの女』(『罪と罰』
の短篇化とも感じる)、『行雲流水』、『肝臓先生』。寓話的に語ることが、
リアルな運動性を喚起する書き方だろう。
 
     (坂口安吾『肝臓先生』 角川文庫 1998年3版 J)


 ああぁ、ちゃんと連結できなかった。ちぇっ。





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by byogakudo | 2016-05-24 22:11 | 読書ノート | Comments(0)
2016年 05月 23日

蔵前へ(2016/05/22)

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 お昼過ぎがことに暑い、いや、熱い。2pm なんて滅相もない。
 昨日は3時まで部屋で待機してから地下鉄に乗る。丸ノ内線・
中野富士見町〜中野坂上で大江戸線に乗り換え、都庁前で
飯田橋方面に乗り換えて11個目(出発駅から数えると14個目)、
蔵前で降りる。大川に接近するには約50分かかる。

 久しぶりの蔵前。日曜日なので、さらにひっそりしている。
 寿三丁目から駒形一丁目へ。100円の自動販売機で、冷たい
お茶を買う。
 角地のお家は前に S が写真を撮った。黒板塀に染め付けの
植木鉢が掛かっているのが印象的だ。

 大川端のテラスに降りる。ジョガー、犬の散歩をさせるひと、ぼんやり
ベンチに坐るひと(ホームレスが横になれないよう、ひとり分ずつ座席が
手すりで仕切ってあるのは、ほんとに貧しい風景だ)、釣り竿を垂らすひと、
モダーンジャズ系の音を出すミュージシャンもいた。

 柳橋へ行くためにテラスの階段を登って降りる。総武本線のガードと平行
する道に出る。斜めの陽が射し、空っぽで誰もいない町が待っていた。
 すぐにガード下から人々が歩いてきて、瞬間の町は消えたのだが、この一瞬
が昨日の散歩で見た、いちばんうつくしい風景かもしれない。

 柳橋一丁目には、白いルネサンス様式風・看板建築__角を曲ったら
右から左に横書きで「原齒科醫院」の看板が掲げられていたが、診察日や
診療時間のプレートはペンキで消してあった__、渋い朱塗りの支那風・
看板建築で「人形の昇玉」(シャッターに「本日より月末まで休業します」
と張ってある。いつの"本日"なのか?)他、むかしの町並が少し残っている。

 浅草橋駅近くの F バーガーでアイス・コーヒー休憩。暑さで疲れが早く来る。

 4:40pm、蔵前方向へ、ふたたび歩き出す。榊神社、いい。御蔵前公園辺りも
以前通って撮った界隈だ。
 5:25pm、大江戸線・蔵前から地下鉄に乗って戻る。

 夜、蔵前が地下鉄で12個目くらい、本郷三丁目辺りにあればいいのにねと、
叶わぬ悲願を語り合う。
 若松河田とか新宿区に越せば、蔵前は近づくが、なじみの古本屋と接骨院を
開拓して、その前に、また本とモノを捨てて引越す行為が必要で、もうそんな
元気はない。





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by byogakudo | 2016-05-23 21:54 | 雑録 | Comments(0)
2016年 05月 22日

夢のなごり

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 朝食後、日曜日なので新聞の書評欄を読む。吉本隆明『全南東論』
批評を読んでいるとき、何かが頭をかすめる。なんだったっけ...なにか、
うっすらと頭をよぎる。本だ、本の夢。いや古本屋の夢だ。

 夢の中で古本屋をやっている。典型的な間口・奥行きの店舗で、戸は
開けっ放し。外は晴れて明るく、店内は逆光だ。

 客の中年男性と、彼がレジに持ってきた本について喋る。わたしも好きな
小説家(か哲学者)なので、嬉しそうに話している。翻訳書だったことは
覚えているけれど、作家名・作品名は思い出せない。
 鉛筆で値段を書いた箇所が見つからなくて、ちょっと焦る。客から教えて
もらうが、なぜか扉に値段を書いていた。

 まだ冬の制服・制帽の小学校の男の子が、
 「これください」と鉛筆を持ってきた。古本屋で鉛筆も売ってるらしい。
夢なので不思議とは思わない。黒光りして濃い緑色の線が入った鉛筆だった
かな?
 むかし持っていたカンバーランド鉛筆(銀色の軸で尻尾が黒い)みたいに
すてきだったら、夢の速度を落として、じっくり眺めただろうが、それほど
心惹かれる品ではなかったのだろう。

 もうひとり、店内に客(たぶん男性)の気配があったが、彼はレジまで
来ない、背景的存在。
 
 ありふれて幸福な古本屋の日常を切りとったワンシーンみたような夢だ。

 煙草をやめて久しく、べつに吸いたいとも思わないのに、夢の中で喫煙した
ことがあるけれど(味はしなかった)、それと同じ。なごりを惜しむかのように、
夢では古本屋を続けている。古本屋はニコチン中毒みたように中毒性があるの
かしら。





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by byogakudo | 2016-05-22 14:38 | 雑録 | Comments(0)