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2016年 10月 31日

(3)J・G・バラード/監修 柳下毅一郎/浅倉久志 他訳『J・G・バラード短編全集1 時の声』1/2

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~10月28日より続く

 J・G・バラードは、こんなに音をモティーフしていたっけ。
久しぶりに読んで、そんなことに気づく。デビュー作の『プリマ・
ベラドンナ』は、歌う花と歌手が出てくる。『ヴィーナスはほほえむ』
は音響彫刻。『トラック12』では、妻に裏切られた生化学教授が彼らの
逢引を録音して復讐に用いる。爆音で聴かせるとか、そんな生易しい
方法ではなく、より内爆的で浸透的(詳しくは本文を読んでください)。
 もうじき再読する『音響清掃』は、残留思念ならぬ残留音響を音響
真空掃除器(ソノヴァック)で取り除く。部屋のホコリやチリを、真空
掃除機で除去するのと、理屈はまったく同じだ。

 T屈男氏ツイッターを見ていたら、フルーツや植物の「発酵」を音に 
資生堂主催のアート展でサントリーが異彩を放つ
という記事にぶつかる。
 これは、まるきりバラードの世界だ。そんな時代なのか。

 このところ、寝る前にJ・G・バラード、横になってから子母澤寛『剣客物語』
を読んでいるが、いつも頭を切り替えるのに少し時間がかかる。

     (J・G・バラード/監修 柳下毅一郎/浅倉久志 他訳『J・G・バラード
     短編全集1 時の声』 東京創元社 2016初 帯 J)

11月1日に続く~





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by byogakudo | 2016-10-31 20:57 | 読書ノート | Comments(0)
2016年 10月 30日

喫茶[ ε ]の一日本屋さんとプリシラ・ブックスへ

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 写真は、9月25日に行った岩淵水門で。

 杉並区と中野区の混成地区では、今日は万聖節前々日なんぞ
ではない。そんなもの無視して本/文化に関わる日である。女子美
も新渡戸文化学園も文化祭。これらはパスするが、喫茶[ ε ]の
一日本屋さん、そしてプリシラ・ブックスに行く日だ。

 住宅地の普段は人通りが少ない。今日は朝からひとが歩いている。
二、三人連れが多い。喫茶[ ε ]に着いたら、店内も入口近くにも、
入店しようとする人々が(複数形である)。

 老若、性別、国籍に関係なく、こんなに本好きがいるんだ! 
 では、どうして常設(?)の古本屋にひとが来なかったのだろう? 
それはね、あまりに交通の便が悪いところに店を構えたからよと、
瞬間的に自問自答したけれど、活気のある風景は、やはりいい。
 本を目指してひとが進んでくる光景を見ていると、なんだか
無根拠な希望を抱く。まだ世の中、大丈夫。なにがどう大丈夫か
分からないけれど大丈夫、と思う。

 店内の椅子を壁画側にまとめ、白い棚に出品された本が並ぶ。
女性たちの一箱古本市というので、グラフィック系に傾くのかなと
思っていた(偏見!)が、文庫の活字本の方が多く、それに彩り・
アクセントとして趣味のいいグラフィック系が混じる。

 一日本屋さんのタイトルは、『女と本のあるふうけい』。そのカタログ
というのか小冊子と、エドワード・ゴーリー『華々しき鼻血』と、『文藝
別冊 総特集 森茉莉[増補新版]』を買い、コーヒーを喫し、本を出品された
女性と少しお話した。若い方々が多いので、なんだかほっとしたのかも
しれない(老人しか本を読まないのかと思っていたフシがある)。

 帰りにプリシラ・ブックスへ。いつものように清潔な店内で、本は読んで
なかったことに気がついたロバート・ブロック『サイコ』を買う。

 夕方からぐっと冷えてくる。冬ごもりの準備は着々。





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by byogakudo | 2016-10-30 20:24 | 雑録 | Comments(0)
2016年 10月 29日

うっかり下北沢、あわてて東松原へ

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 困ったときには関東バス「新代田駅行き」に乗る。今日は終点まで
乗って、環七の東側の住宅地を歩いた。代田6丁目辺りだ。うねうね
した上り坂、下り坂が連続する。
 気をつけないと下北沢に出ちゃうからね、とSが口にした途端、仮装
した子どもの群れを目撃。左角に家具店NOCEも発見。群れを避ける
ためもあって店に入る。腰痛持ちでも坐れそうな椅子候補を見つけて、
カタログを頂いた。

 ひと休みしたいが、親たちに率いられた子どもの仮装集団が陸続と
やってくる。商店街がシモキタっ気を増す。今日は土曜日なのか。
キャフェらしきものもあるが入りたくない。
 全面的に来た道を引き返し__同じルートでないと、すぐ袋小路に
ぶつかる__、なつかしの東松原を目指す。東亜コーヒーショップが
待っていてくれる。やれやれ。

 やっぱり古書 瀧堂を覗く。先日は、どうしようかと考えて棚に戻した、
山形政昭『ヴォーリズの住宅』を買う。帯はないし、所蔵スタンプあり
だが、軽井沢町 追分宿郷土館図書室のスタンプだ。愛らしい。

 和のテイストとか言ってるから、西洋風俗の摂取は、もう終わったか
と思っていたら、ハロウィーンがあった。くされアリスをいやというほど
目にしたが、あれは親の自己満足だろう。七五三よりずっと仮装領域が
広いハレの日だから(?)、コスプレして別人にさせたいのかしら? 
若い人がコスプレして騒ぐのも別人指向? イベント指向自体が理解でき
ないので、なんとも言えないが、10/30 地味な仮装限定ハロウィン開催
という心ある人たちもいるんだ。
(https://twitter.com/taikutumasa)

 キャプション付きで成立する/でなければ成立しない、モダーンアーティス
ティック・パフォーマンスとしての裏ハロウィーン?
 いちばんいいのは、部屋に籠って騒ぎが終わるのを待つことだけど。

[同日追記:
 明日は、喫茶[え]の一日本屋さん!]





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by byogakudo | 2016-10-29 21:38 | 雑録 | Comments(2)
2016年 10月 28日

(2)J・G・バラード/監修 柳下毅一郎/浅倉久志 他訳『J・G・バラード短編全集1 時の声』1/4

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 写真は10月2日のH.I.DEPOT、店内。

~10月25日より続く

 『短編全集1』では『ヴァーミリオン・サンズ』収録作品のうち、
『プリマ・ベラドンナ』『ヴィーナスはほほえむ』『スターズの
スタジオ5号』が読める。まず、これらから読んだ。
 やっぱり好きだ。大好きだ。

 と、騒いでいるだけでなく、今回、大きな活字で読めるせいか、
単行本なので、昼間、卓上に開いて読むせいなのか、スピードを
落としてじっくりと読み直す。
 白日夢という印象は、むかし文庫本で読んだときと変わらないが、
どんな夢だったかを再確認しながら読むうちに、各短編の発表年が
気になってきた。

 デビュー作でもある『プリマ・ベラドンナ』が1956年。『ヴィー
ナスはほほえむ』、初出1957年で改稿1967年。『スターズのスタジオ
5号』、初出1961年で改稿1973年。

 イギリスは戦勝国とはいえ、アメリカとちがって戦後復興がかなり
大変だったと思うが、1956年の時点で、ひとびとが時間を殺すために
生きる世界、<大休止(ザ・リセス)>時期のリゾート地、ヴァーミリオン・
サンズを想定したのかと、敗戦国の戦後に生まれた人間として、改めて
ショックを受ける。

 日本語訳が単行本で出たのが1980年(文庫版が1986年)。
 この時点でなら、余暇を過ごすという意識は日本国でも共通のものに
なっていたが、1956年やそこらで、何もしない日々を生きる小説が書けた
だろうか。(「もはや戦後ではない」と経済白書に記されたのが1956年
であり、その後には「追いつき、追い越せ」の高度経済成長期が待って
いた。)
 それとも、1956年ころのイギリスは「ゆりかごから墓場まで」の社会
福祉政策が進行していた時代だから、ある種の反映として、外挿的に、
こういう設定が考えられ得たのだろうか。

     (J・G・バラード/監修 柳下毅一郎/浅倉久志 他訳『J・G・バラード
     短編全集1 時の声』 東京創元社 2016初 帯 J)

10月31日に続く~





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by byogakudo | 2016-10-28 22:28 | 読書ノート | Comments(0)
2016年 10月 27日

Google画像検索の謎

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 Google画像検索欄に画像を入れると、それは何であるか、
誰であるか、探してくれる。ヒトの顔の場合、たいてい正しく
認識して、フランソワーズ・アルディやドリュー・バリモアです、
と答えが出る。

 だが、ダニエル・ダリューを入れてみると、"この画像の最良の
推測結果"がなぜかグレタ・ガルボ、になる。むかしの女優の顔
認識力が弱いのだろうか? 鈴木創士氏のツイッターのアイコンを
バロウズと認識することはできないが、"この画像の最良の推測
結果: 鈴木創士"とは出る。

 ところで、
 ダニエル・ダリュー、1917年5月1日生まれ、99歳。
 ミシェル・モルガン、1920年2月29日生まれ、96歳。
 ミシュリーヌ・プレール、1922年8月22日生まれ、94歳。
 彼女たちに比べれば、ジャンヌ・モロー、1928年1月23日生まれ、
なんて、たったの88歳!





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by byogakudo | 2016-10-27 21:41 | 映画 | Comments(0)
2016年 10月 26日

森茉莉付近(45)/(3)辰野隆『忘れ得ぬ人々と谷崎潤一郎』読了

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 写真は16日(日)、善福寺の犬。建物が道路より下にあり、60年代頃
のお家かと眺めるともなく見ていたら、ふうっと現れた。吠えもせず、
ただ、どなたですか、みたいに登場して、金網越しに触れるほど近づいて
きた。なつかしくなるような犬。

~10月24日より続く

 『書狼書豚』より引用。
<書物でも珍本、稀覯書、豪華版と来ると、こいつは多きを惧れ、
 少ければ少いほど所有者は鼻を高くする。斯ういう病が高じると、
 世界に二冊しかない珍本を二冊とも買取って一冊は焼捨ててしまわ
 ねば気がすまなくなって来る。親友山田珠樹、鈴木信太郎の両君が
 正に此種の天狗のカテゴリイに属する豪の者である。彼等の言い草に
 依ると、「あれほど味の佳い秋刀魚や鰯が、あり余るほど漁(と)れて、
 安価(やす)いのが、そもそも怪しからん」のだそうである。
 [略]
  鈴木信太郎君は嘗て僕を「豪華版の醍醐味を解せぬ東夷西戎
 南蛮北狄の如き奴」と極めつけた。山田珠樹君は先頃たまたま、
 「彼は本は読めればよし酒は飲めればよし、といった外道である」
 と、全(まる)で僕を年中濁酒(どぶろく)を飲みながら、普及版
 ばかり読んでいる書狼(ビブリオ・ルウ)扱いにした。
 [略]
 二昔以前に遡って、未だ両君が型のくずれぬ角帽を頂いていた
 秀才時代から、次第に書癖が高じて、やがて書痴となり書狂となり
 遂に今日の書豚(ビブリオ・コッション)と成り果てた因果に想い到る
 と、僕にも多少の責任が無くはない。そもそも両君が一日僕を訪れて、
 書斎の書架に気を付けの姿勢で列んでいた仏蘭西の群書を一目見てから
 の事で、[略]ふらふらと病みついたのであった。その後僅か数年の間に、
 僕の蔵書数は山田君に追越され、鈴木君に追抜かれ、今では僕もつくづく、
 後の雁が先になる悲哀を楽しむ境に残された。>(p166-167)

<蔵書の数に於いては、山田君に一日の長があり、豪華版の多種な点では、
 何と言っても鈴木君に指を屈せざるを得ない。山田君の好んで蒐めている
 のは、仏蘭西小説とそれに関する文献であるが、鈴木君のは仏蘭西詩歌
 殊に象徴詩とその文献で、全く見事なコレクションである。加之、両君の
 書斎が又愛書家にふさわしい洵に立派なものである。>(p169)

< 数年前、僕は九州大学の成瀬教授から一本を贈られた事がある。
 書名は『ポン・ヌッフ橋畔、シラノ・ド・ベルジュラックと野師ブリオシエ
 の猿との決闘』というものである。
 [略]
 之は非常な稀覯書で、而も扉の見返には近代の愛書家四名の書蔵票(エキス・
 リブリス)が連貼してある。シャルル・ノディエ、ジュウル・ルナアル、
 エドワアル・ムウラ、及びド・フルウリイ男爵の蔵書票なのである。
 [略]
  此の『シラノ猿猴格闘録』は小型の渋い美装本であるが、[略]少々心配に
 なって来た。握持慾だけ旺盛で、保存慾の希薄な僕が、もし此の珍書を失くす
 ような事があったら、それこそ一大事だと思った。
  数日後、山田、鈴木両君に会って、此の奇書の話をすると、両君の目の色が
 見る見る変って来た。[略]どうせ俺には保存慾はないのだから、欲しければ
 与(や)ってもいいよ、と軽く言って見た。二人は欲しいとも何とも言わずに、
 唯うむと唸っただけであった。その後更に数日を経てから改めて図書館に
 山田君を訪ねた。すると、虫が知らせたとでもいうのだろう。その席に偶然
 鈴木君も来ているのだ。僕は二人の顔を見比べてつとめて冷静を装いながら、
 例の珍本を取り出して、先日話した本は実は是なんだがねと、独言のように
 言って、この本を卓の上に抛り出した。すると、その瞬間に__全く打てば響く
 と言うか、電光のような速さで鈴木君が、
  __ありがとう! と呶鳴った。
  見ると、山田君はたゞ飽気に取られて、
  __早えなあ! と言ったまま、眼を白黒させている。>(p170-172)

<エドゥワアル・フウルニエが著した『史的文学的雑録』(一八五五年)
 という書物がある。
 [略]
 第一巻に『シラノ猿猴格闘録』が収められてその解説が施されている。
 それに拠ると本書の初版は全く湮滅(いんめつ)した、刊行年代は一六
 五五年前後らしいと言われている。一七〇四年の再版が唯一冊残存して
 いたのが、シャルル・ノディエの有に帰し、後にそれがルウ・ド・ランシイと
 いう男の手に渡り、此のド・ランシイ君から借用して茲に翻刻した、と断って
 あるそうである。
  鈴木君の御託宣に依ると、本書は世界に一冊しかなく、而も、その所有者
 が夫子自らに他ならぬと言うわけなのである。
 [略]
  若し火事が起って君の蔵書を悉く焼き尽したら君は一体どうする、と僕は
 嘗て鈴木君に冗談半分に訊ねて見た。すると鈴木君は、その時弁慶すこしも
 騒がず、泰然自若として答えた。
  __必ず発狂して見せる。
                                                              (昭和七年秋)>(p172-174)

 その後、戦争があった。日本中、あちこちが戦火に襲われた。

     (辰野隆『忘れ得ぬ人々と谷崎潤一郎』 中公文庫 2015初 J)
 





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by byogakudo | 2016-10-26 22:09 | 森茉莉 | Comments(0)
2016年 10月 25日

(1)J・G・バラード/監修 柳下毅一郎/浅倉久志 他訳『J・G・バラード短編全集1 時の声』が届く

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 写真は、一昨日ちょっと廻った善福寺辺りで。西荻窪北口にも
足を踏み入れようと思って。

 ふと魔が差して、創元社のサイトWebミステリーズ!を見て
しまった。J・G・バラード短編全集が出る、という記事を読んで
しまった。

 全5巻手に入れれば、なぜか本棚から発見できない『ヴァーミリオン・
サンズ』も自ずと読めるのか...。文庫版を再発見したところで、活字は
小さく、紙面がヤケているので、読むのに辛いし。問題はハードカヴァ
ってとこだけだ。寝床本は諦めるしかない。

 ぶつぶつ頭の中で言いながら、注文してしまった。クレディットカードは
魔物である。でも、本が届くと、とてもうれしい。眺めまわす。装幀がいい。

 岩郷重力+WONDER WORKZの装幀は、ジャケットの装画、エドゥアルド・
パオロッツィ(知らなかった)に始まり、ジャケットを脱がせると、薄いグレイ
にコンクリート・パネルのようなP痕まで型押しされ...、いや丸印に影をつけて
一見するとP痕・型押し、触ってみて印刷だとわかる。
 見返し、ヴァーミリオン。これは全巻、踏襲されるといいな。扉、かすれた
濃いグレイの壁のような。角背も、その通り! 背の上端、日本語タイトルの
上に小さく英語タイトルが入っているのも、きれいな纏め方だ。

< 短編小説はフィクションの金庫からこぼれ落ちた小銭のようなものだ。
 長編小説の富の前には軽視されがちだが、相手はしばしば過大評価された
 偽金だったりする。だが最良の短編、ボルヘスやレイ・ブラッドベリ、
 エドガー・アラン・ポーらの短編小説は貴金属で鋳造され、想像力の財布の
 奥深くでいつまでも輝きつづける黄金なのである。>
(p5 『序文』J・G・バラード/柳下毅一郎 訳)

< 偉大な作家は数多い。だが、重要な作家は数少ない。J・G・バラードは
 二十世紀でもっとも偉大な作家ではないかもしれない。だが、彼が二十世紀
 においても指折りの重要な作家として名を挙げられるのはまちがいないだろう。>
(p411『二十一世紀の神話創造者』柳下毅一郎)

     (J・G・バラード/監修 柳下毅一郎/浅倉久志 他訳『J・G・バラード
     短編全集1 時の声』 東京創元社 2016初 帯 J)

10月28日に続く~





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by byogakudo | 2016-10-25 20:45 | 読書ノート | Comments(0)
2016年 10月 24日

森茉莉付近(44)/(2)辰野隆『忘れ得ぬ人々と谷崎潤一郎』終りかける

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~10月19日より続く(?)

 かつて離婚は犯罪であった。
 夫が妻を離婚するのは、妻の側に落度があるからと周囲は
認識する。落度には子どもが生まれない、生まれても男児が
誕生しなかったことも含まれる。男の側に不妊の原因がある
可能性は考慮されなかった。
 妻の方から離婚を切り出すと、夫から離縁されたときより、
もっと重罪人である。家庭は一国の基、それを女だてらに破壊
するなんて、とんでもない確信犯である。自分は当事者でなく
ても社会的制裁を加えねばならぬ、正義のために。国家の存続
のために。

 離婚後の森茉莉バッシングを率いた印象の強い辰野隆だが、
彼としては山田珠樹への友情から発したバッシングであると
信じていたのではないか。
 友人を否定するような女の行為は、到底ひとごとと放って
おけるできごとではない。自分が否定されたも同然のことだと、
認識したのではないか。
 後の時代に、彼の反応は、ホモソーシャルな力学関係にあった
からだと理解されようとは、思いも寄らず、予想もできなかった
だろうが、いまの視点で見ると、彼/彼らの反応はそうだ。
 社会的に確立された"男"という存在様式を、ひとりの女から否定
されたと感じての怒り。国家=家庭システムから逃れようとする女
が表現する、"個"の自由の概念への嫉妬。

 「このまま一緒にいると、わたしは暗いひとになってしまう」怖れ
から離婚に踏み切った森茉莉の思想は、当時は理解されなかっただろう
と思うけれど。

 けれども、ひとは時代の枠組みの中で自己形成する。森茉莉もまた
当時の思想によって規定される。アンチという形式で表現されること
であっても。

 『鈴木三重吉との因縁__喧嘩口論は酒の下物__』に、
"きたならしい"という言葉が出てくる。

 俳句<短夜の雨となりたる別れ哉>の感想を聞かれた辰野隆は、
<その句は男同志か女同志の別離を指すものなら相当な句と
 思うが、男と女の別離ならきたならしい句だと答えた。>(p143)

 清らかな(!)友情や友愛はホモソーシャルな間柄にしか存在せず、
ヘテロ間では起こりようがない感情や抒情であるとする思想であろう。
それは、友愛が性愛へと移ることを異常に恐れる思想でもある。二者は
断じて混同されることなく分別され続けなくてはならない、とする。

 性愛に対するタブー意識・検閲意識は、ある程度は本能として在る。
性的なエネルギーは、放置すればコントロールが利かない事態を招く
こともあるので、個体維持の本能、個体の集合延長としての共同体維持
意識がストップをかける。

 明治政府は日本国統一のために、かつては専ら武家社会に向けての
統治イデオロギーであった儒教的ストイシズムを万民に拡げようとした、
と理解しているが、これが明治の精神であるとすると、森茉莉も辰野隆も
(荷風も、潤一郎も...)そこで生きてきた。
 性愛は基本的に表沙汰にしてはならないこと、という前提は彼らに共有
される。

 感情に蓋をすれば内圧が高まる。結婚している男女が仲よさげに並んで
歩く様子まで、即、人前での性愛表現だと急速度で妄想されかねない、
いまから見れば逆に、性的ポテンシャル、高いなあと思う明治時代は、
儒教にプロテスタンンティズムがミックスされて、性愛はきたならしいこと
とされてしまった。

 森茉莉は、"きれいな恋愛"だってあるとする立場で、男同士の恋愛や
小悪魔的美少女が男たちを翻弄する小説を描いてきたが、それは"きたない
(とされる)性愛"意識へのアンチテーゼであり、テーゼは"恋愛は性愛に
つながる、きたないもの"として頑強に存在した。

 恋愛や性愛に清潔の概念を持ち込んで、どうするつもりなんだと思うのは、
わたしたちが今の時代に生きているからだ。明治のイデオロギーに生きる
辰野隆にしてみれば、パリ時代、弱ったのではないか。

 山田珠樹は妻である山田(森)茉莉を伴って留学している。森茉莉は
パリに文学を研究しにきたのではない。夫についてきて、毎日のんきに
散歩している。それだけで異分子だ。国費や貴重な外貨を費やして留学
するからには、帰国後、必ず、お国の役に立つ存在にならなければ、富国
強兵イデオロギーの日本国に対して申訳が立たないであろうに。
 文学も美術も音楽も、すべて外遊や留学には日本の文明開化の役に立つ
はず、というエクスキューズが一拍、置かれた時代だ。

 辰野隆はたぶん、妻を同伴してきてない(と思うが未確認)。
 パリの同じ下宿で身近に接する、妻以外の日本人の異性であり友人の妻で
ある、若い山田・森・茉莉と、どう距離をとればいいのか、よくわからない
苦手な存在だったのではないかしら。

 森茉莉が美容院に行ってるとき雨が降り出し、山田珠樹が都合が悪くて
辰野隆が傘を届けに来てくれた話を、森茉莉がどこかに書いていたと思う。
 そのときの辰野の、男女七歳にして云々の異性意識丸出しの、ガチガチ
緊張ぶりを、彼女は否定的に記述していた、と記憶しているが。

 同性の友人には、いくらでも好意が示せても、相手が異性となると親の敵に
向かうかのようになるのは、非文明開化的ではないか。
 自分がさらっと振舞えなかったことを、逆に、彼女の彼への侮辱と認識して
しまったので、後の森茉莉バッシングへと移行したのではないかしら。

     (辰野隆『忘れ得ぬ人々と谷崎潤一郎』 中公文庫 2015初 J)

10月26日に続く~





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by byogakudo | 2016-10-24 20:52 | 森茉莉 | Comments(2)
2016年 10月 23日

池袋モンパルナス?

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 写真は20日(木)の立教近くで。
 2・5階建ての木造洋館。3階建てというには、トップが0・5階分、
屋根裏の高さしかない。

 立教大学を山手通り方向に遠ざかると、豊島区西池袋5-21-7の
マンションの左側にあった、片流れ屋根の洋館。作りや置いてある
ものからアトリエだと思われるが、豊島区のアトリエ村散策マップ
には記載されていない。
 許されるなら、ここも見学したいなあ。





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by byogakudo | 2016-10-23 19:32 | 雑録 | Comments(0)
2016年 10月 22日

古書 伊呂波文庫・実店舗が終る

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 写真はおとといの立教大学で。甍の下は煉瓦。

 9月に古書 伊呂波文庫・変身中とお伝えしたが、
 「いま、店の鍵を大家さんに返したところ」と、伊呂波文庫さん
から電話があり、訪ねて来られた。

 10月に入ってからも時々、閉店作業中のお店にお邪魔していたが、
ひと月近く、独りで作業を続けられていたので、疲労度が濃い。

 店を締めるだけならシンプルな作業行程だが、古書 伊呂波文庫の
実店舗・閉店作業は同時に、通信販売専門店への移行である。

 伺ったときは、販売用の本、組合で売って処分する本、文字通り
捨てる本、3種類の選別をされていた。どこでどう線引きして選べば
いいのか。見るだけで気が遠くなりそうだった。
 選別と同時に、店舗返還のための棚や備品他の撤収作業の依頼に
日取り決定、及び、通販場所への本の移動と配置がある。

 これを独りでやって来られた。店舗が終り、ひと息入れたら、いよいよ
通信販売専門店の営業準備、棚とインターネット環境整備と確認だ。

 20年間、お店を開けてくださってありがとうと申上げたい。お疲れさま
でした。通信販売が支障なく無事に開始されますよう!
 





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by byogakudo | 2016-10-22 21:53 | 雑録 | Comments(0)