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2016年 11月 30日

東京フリーメソヂスト 杉並中部教会(2016/11/29)

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 地下鉄や電車に乗りたくないなら、近場を歩くしかない。
行き尽くしたと思える近場。それでも青梅街道から関東バスに
乗り、五日市街道を進み、環八を越え、宮前一丁目だったかで
降りて荻窪方向に歩く。

 地下鉄で荻窪に行き、そこから南下して五日市街道という
コースもあるが、住宅地をうろつきながら無事に五日市街道
のバス停にたどり着けるか、心もとない。北上する方が無難
である。

 そういう消極策だったが、「東京フリーメソヂスト 杉並中部教会」
にぶつかった。ずっと使われていないように見える。
 枯れた草、閉ざされて赤錆た鉄柵、奥の遊具にも錆が来ている。
うつくしい。
 一周してSが写真を撮る。

 掲示板に書かれていた<杉並中部教会(東京フリーメソヂスト)>
を頼りに検索すると、検索欄・右側には写真と所在地と電話番号の
記された囲みがあるし、記事も2、3あった。

 アクトデザイン凛太郎のブログ 東京フリーメソヂスト 杉並中部教会

 雅万歩 荻窪

 小さな旅と四季の風景 静かな街の古い洋館巡り

 ここは「メソスト」表記だが、東京フリー・メソスト教団とは
違うようだし、「日本メソスト教会」との関係は?





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by byogakudo | 2016-11-30 17:15 | 雑録 | Comments(0)
2016年 11月 29日

(2)ロバート・キャンベル/東江一紀 訳『鰐のひと噛み』読了

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 写真は11月17日、浜町公園で。そういえば、公園からまた水天宮
方面に向かったとき、cafe tabacといえばいいのか、そんな感じの
お店があって、左手の窓近く、Sも見たことがないというサンバースト
のギターが壁に掛けられ、窓にはレオン・ラッセルのLPジャケットが
4枚、貼られていた。
 何屋さんだったのだろう?

 
~11月27日より続く

 鰐にかみ殺されたラテンアメリカ系の男の死体から始まった事件は、
中南米といえば、すぐ連想されるブツとの関わりに展開する。
 ジミーはいつもの、出しゃばるんじゃないよという仕打ちをされるが、
妨害をかいくぐって事件を解決、のパターンに捻りが加わる。

 終りの方で、ジミーは同棲中の恋人、メアリ・エレン・ダンと結婚する。

< 「......班長を続けてるのは、役人の椅子にしがみつくためじゃない。
 人間が好きで、近所の人に手を貸したいからなんだ。今どきこんなことを
 言うと、ひどくばかげて聞こえるだろうけどね。誰もが他人を押しのけて
 生きてるような時代に......」>(p117)
__ジミー(ジェームズ)・フラナリーのルックスはジェームズ・キャグニー
に似ていると書かれているが、キャラクター的にはむしろ、ジェームズ・スチュ
アートが演ったような役柄だ。

 恋人はひっそりした結婚式を望んでいたけれど、善行の報い、彼に世話に
なった人々、組織、全2000人近い客が市役所に集まる披露宴となった。
 結婚に先立ち、ジミーの父(母はすでにいない)と、エレンの母と叔母とが
顔合わせする。父と叔母さんの丁々発止なやりとりが、おかしい。

 ロバート・キャンベルの良さは、1980年代後半になっても、正義漢を
主人公にできる、その古風さではないかしら? 

 いちばん好きだったのは、受け持ち地区ではないが、ハイチからの
難民女性に頼まれて彼女のアパートに行った、屋上での場面。

< 僕は階段をのぼって、屋上に出る。タールがぶくぶく泡を立てて
 いるところも、その上を歩くために板が渡されているところも、僕の
 アパートの屋上にそっくりだ。何もかもがガラスの中に押し込められて
 しまったような、昼と夜の境目の時間。クリスマスによくもらう透明な玉
 のようだ。手で振ると、玉の中で雪片が舞い狂う。この時間の街は、あの
 玉に似ている。この暑さだから、さすがに雪は舞っていないが。>(p97)


     (ロバート・キャンベル/東江一紀 訳『鰐のひと噛み』
     二見文庫 1989初 J)





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by byogakudo | 2016-11-29 19:32 | 読書ノート | Comments(0)
2016年 11月 28日

30分間一周/三田一丁目11番〜10番台

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 歩きたいけれど木枯らしが強くて、なかなか出る気になれない。
3時ころ、ともかく部屋を出た。行き先を決めきらずに。
 青梅街道に着く。まだ迷っている。地下鉄・丸ノ内線に乗ってからも
迷う。四谷のプラットフォームでも迷った挙句、南北線を選び、麻布
十番・下車、3:45pm。陽が暮れかかる。

 麻布十番の商店街がしっくり来なくて、溜池方面を目指した筈だが、
足が三田1丁目を選ぶ。2015年9月30日以来になる。

 古川沿いの新広尾公園から定点観測的に対岸を撮り、橋を渡って
大好きな三田一丁目11番台の小道を歩く。路地よりは広く、むかし
の東京の暮らしを如実に示す道幅。
 界隈は健在だ。お豆腐屋さんの向かいのスペースだったかしら、
お菓子を売っている。甘いジェリーを一袋。
 モノクローム猫と黒猫に会う。小山湯跡も残る。うっとりするような
東京の昔。

 「東京さぬき倶楽部」手前で左折。洋風の日完工芸、入口左の灯籠
ともに健在。
 「日完工芸」と「大阪王将」の間の細い道を入ってみる。三田一丁目
10番台だ。ここは初めて歩く。くるっと曲ると、お庭や門のある二階建て
木造家屋。
 門脇の、「建築写真」「株式会社 翠光社」「佐藤翠陽」と3段に分けて
書かれてある看板に明りがともる。
 戻ってから<佐藤翠陽>で検索すると、東京の航空写真を撮られた方だ。

 30分ほど歩いただけ。でも、東京を堪能する。





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by byogakudo | 2016-11-28 20:39 | 雑録 | Comments(0)
2016年 11月 27日

(1)ロバート・キャンベル/東江一紀 訳『鰐のひと噛み』を読み始める

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 写真は11月17日の蠣殻町「永楽屋」、ショ−ウィンドーの左側。
洋品店、という名詞があった。ハイカラな、という形容詞も。


 先日のゴリラ騒動のとき上役たちに反抗したせいで、主人公、
ジミー(ジェームズ)・フラナリーは、キャリアの出発点に追い落と
される。 シカゴの下水道調査員である(だから第1作のタイトルが
『ごみ溜めの犬』)。

<どぶくさい水が、腰まであるゴム長の上端近くまで来ている。
 棒で水底をつつき、時々つまずきそうになりながら進んでいると、
 棒の先が布のようなものに引っかかって、抜けなくなった。>(p13)

 布はコートであり、中には真っ白な死体。しかも二つに分かれていて、
検視結果によれば、鰐に噛まれた跡がある。

     (ロバート・キャンベル/東江一紀 訳『鰐のひと噛み』
     二見文庫 1989初 J)

 ジミー(ジェームズ)・フラナリー、シリーズはこの3作までしか出て
いないようだが、<Robert Campbell mystery>と打ち込んでみたら、
A Jimmy Flannery Mystery ~~ Robert Campbellとして、全11冊、
出ている!
 1989年現在で、第4作、仮題『七面鳥の群れを間引きする』の版権
交渉中とあるけれど、結局、訳されなくてそのままになったのか?

11月29日に続く~





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by byogakudo | 2016-11-27 21:43 | 読書ノート | Comments(0)
2016年 11月 26日

降らなければ歩く/退廃の公式

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 23(水)、24(木)と部屋に籠っていたので、昨日は1時間半、歩き、
今日も2時間以上、出ていた。明日はどうなるだろう。雨が降らな
ければ、出るかもしれない。冬の光はきれいだけれど、寒さをついて
出歩いてると、いつしかギックリ腰の要因にもなる。気をつけなきゃ。


 11月25日(金)、衆院厚生労働委員会にて__
 野党委員:「年金制度改革法案を"強行採決"するのか?」
 安倍晋三:「私が述べたことを理解いただかないと何時間やっても一緒だ」。
 野党による法案批判は、「デマゴーグだ」。

 与党が質疑打ち切り動議を可決、怒号で委員長の声が聞こえない中、
与党理事の合図で与党と日本維新の会の委員が賛成の起立を繰り返し、
年金カット法案は可決された。

 11月4日に強行採決されたTPP法案では農林水産相・山本有二の多重
暴言があり、官房副長官・萩生田光一の発言は、撤回すれば何を言っても
いいという姿勢の表出であるし、沖縄での機動隊員の暴言は、政府公認
である。

 かつての日本なら、辞任者が引き続き、内閣が何度も潰れる状況だが、老人
たちはTVで意図的に垂れ流される、韓国の大統領スキャンダルに溜飲を下げ、
その下の世代はSNSに引きこもって好みのネタを消費するだけなので、安倍晋三・
独裁政権は今日も、のうのうと好き勝手に振舞い続ける。

 (見て見ぬ振り)+(洗脳/自己欺瞞)=(退廃)__自覚的"非国民"と
しては、異議を唱え続けるつもり。
 だって、醜いことは、いやじゃない?!





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by byogakudo | 2016-11-26 21:55 | 雑録 | Comments(2)
2016年 11月 25日

ロバート・キャンベル/東江一紀 訳『六百ポンドのゴリラ』読了

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 写真は西荻窪で。実際は、こんなに(J・G・)バラーディスクではない。

 シカゴの民主党員で27区の班長、ジミー(ジェームズ)・フラナリーの
物語、2冊目。

 寒波がシカゴを襲う。動物園の暖房設備が壊れる。ジミーは人気者の
ゴリラの保護施設を考えるよう上役たちに言われて、民間のサウナを提案
する。彼は、地位にしがみつきながらも責任は逃れたいと考える連中から、
便利屋扱いされやすい。
 ところが、ゴリラの檻が設けられたサウナの一室に、殴り殺されたゲイの
カップルの死体が見つかり、ゴリラも怪我をしている。
 この事件に、ジミーと同じアパートメントの東方正教会信者の死体__
こちらは病死__の復活(?)騒ぎと、市議会議員選挙の話が点綴される。

 政治システムが形骸化し硬直化しているのを認識しているジミーだが、
< 「現状を維持しながら、悪いところを少しずつ直していこう[略]」>
(p105)と、彼は考える。
< 「新しい塔を造りあげるまでの間、誰が市政を運営していくんですか?」
 [略]
  「[略]少しでも街の動かしかたを知ってる人たちが必要になります。
 列車を走らせたり、水をくみ出したり、家を暖めたり、ごみをかたづけ
 たり......」>(p104-105)

 第一作に続き、上役や街の実力者の利害にまみれた妨害をかいくぐって、
ジミーは正義を何とか通す。

 まあ、そういう話ではあるけれど、本筋に絡む小さなエピソードがいい。
 元消防士の父親は息子と別々に住んでいるが、息子が恋人と暮らし出したら、
毎晩のように息子宅を訪れて夕飯を一緒にするだとか、すたれた商店街での話
とか__

<商店街と呼べる通りは三ブロックしかないが、夫婦だけでやっている
 ような小さな店はあちこちに点在している。雑貨屋、菓子屋、何でも屋
 ......。>(p122)
 そんな中の一軒の菓子屋(兼あれこれ屋)は、30年前、ジミーが子ども
のころに行っていたリプシッツ夫人の店みたいだ。

< 僕は、今は時効になってしまったささやかな詐欺行為を思い出す。
 まず、五セントでチェリーかヴァニラのソーダを買う。それを半分ほど
 飲んだところで、甘すぎると文句を言う。すると、リプシッツ夫人はソーダ
 を足してくれる。また半分飲んだところで、今度はシロップが少なすぎると
 文句を言う。リプシッツ夫人はシロップを入れてくれる。また半分飲んで
 ......。そのうち彼女は悪知恵に気づき、怖い顔をして、僕を店から追い出す。
 大昔の話だ。>(p123)

 昔を思い出させるこの店でも、
< 「チェリー・ソーダを作ってもらえますか?」
  「プレーンでいいのかい?」
  「ええ、五セントのプレーン」
  「五セントのプレーンは三十五セントだよ」
 [略]
 老婦人がにこにこして立っている。たぶん、僕が五セントのプレーンを覚えて
 いたからだろう。
  グラスの半分を飲み終えて、僕は言う。「ねえ、このソーダ、ちょっと甘すぎる
 んだけど」老婦人はグラスを取り、少量のソーダを足してくれた。>(p124)

     (ロバート・キャンベル/東江一紀 訳『六百ポンドのゴリラ』
     二見文庫 1989初 J)





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by byogakudo | 2016-11-25 21:29 | 読書ノート | Comments(0)
2016年 11月 24日

(2)獅子文六『コーヒーと恋愛』再読(?)・読了

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 写真は上野の博物館脇で。今日は大きな鯨の上にも、うっすら雪が
積っているかしら? この寒さの中で藝大 陳列館のパフォーマンス
行われるようだ。


~11月23日より続く

 読み終わっても再読なのか初読なのか不明。芸術家意識や
スノビスムをからかう姿勢が基本にある風俗小説であり、大人
の読者のために書かれている。

 8歳下の新劇至上主義の男が去ったヒロインと、妻を亡くして
独身を続ける"日本可否会"会長(彼女より8歳上)を結びつけよう
じゃないかと、"可否会"メンバーが画策する。ふたりともお互い、
嫌いではないけれど、中年者を結婚に踏み切らせるのは難しい。
 それぞれに慣れ親しんだ生活習慣もあることだし、彼女は自分で
稼げる女だ。仕事を辞めて家庭に入り、会長の希望する可否道(彼の
野望)・師範代になる決心がつかない。

 終りの方で、ヒロインは念願の"洋行"に旅立つ。元・事実婚の夫も
会長も、彼女のコーヒーを淹れる腕前にしか惚れてないことにうんざり
だし、初めて主役を得たTVドラマは失敗した。本場の(!)演劇に触れて
リセットしようと、羽田を立つ。

 サブカルチャーしか存在しなくなった今から見れば、信じられないような
純粋への意志だろうが、登場人物の誰もがみな、自分の夢と理想の追究に
熱心なあまり、日本人的・純粋への意志、すなわち、各部門で極道化する
ありようが、からかい気味に描かれる。相対化が必要ですよ、という教訓も
あるのだろう。
 今では絶体絶命的・相対化の意志しか見られなくなったが、ちょうどいい
按配で過ごすのが日本人には不向きなのかしらと、大雑把なことを考える。

 住いの様子を書き抜いておこう。

 ヒロインは、TVの売れっ子になる前、吉祥寺の家に住んでいた。
<五間ほどの小ザッパリした家>(p320)を売って、荻窪の<井荻に近い方>
(p112)のアパートに暮らす。

< そのアパートというのが、新築で、冷暖房つきで、間数(まかず)も三室が
 標準型だから、中央沿線としては、デラックスの方である。最近、地下鉄が
 開通したので、そんな投資も行われたのだろう。
 [略]
 いよいよ商売繁昌の折柄、交通と生活と、両方の便利を求めたからである。
  実際、今までの日本家屋とちがって、諸事、手数が掛からない。[略]
 今朝だって、ネグリジェの上に、ガウンを着ただけで、台所仕事ができる。>
(p9)

 彼女と別れた元・夫、塔之本勉が住むのは、
<吉祥寺といっても、練馬区に近い方に、ゴミゴミした家並みがあった。
 その横通りに、二軒長屋の二階屋があって、"編物教えます"と看板を
 出した玄関口が、いかにも貧相だが、それが勉君とアンナ[注:若い女優]
 の大家さんの家だった。
 [略]
  格子戸を開けると、狭い玄関があって、老未亡人の編物教室の居間に
 通じるのだが、そこへ入らずに、二階へ登る階段がある。恐らく、最初
 から、二階を貸間にする設計なのだろう。>(p320-321)

 1962年から'63年ころ。今の標準的住いである"マンション"と、絶滅した
(であろう)貸間が共存した時代である。

     (獅子文六『コーヒーと恋愛』 ちくま文庫 2015年10刷 J)  





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by byogakudo | 2016-11-24 17:01 | 読書ノート | Comments(0)
2016年 11月 23日

(1)獅子文六『コーヒーと恋愛』再読(?)中

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 写真は、昨日の上野公園〜藝大の途中で。
 上野駅から公園を通って藝大へ行ったが、駅からの距離が
かなりある。帰りも同じコースを取ったが、脚がつりそう。
 不忍池を含む上野公園〜藝大地域が、すべて寛永寺だった
と気がついて、やっと昔読んだ、江戸の土地の大部分は寺社と
大名屋敷が占め、残りの土地に町人たちがせせこましく暮して
いたという記述が実感できた。

 江戸ゾーンの西は、新宿大木戸くらいまでだ。『半七捕物帳』
で、半七が神田から青山まで出張ったとき、そば屋に入ると、
江戸のお方の口には合いますまいが、だったか、そんな台詞を
青山のそば屋が発する。
 江戸は15区当時の東京よりも、ずうっと狭い。そんな狭い土地
の大半が寺社と大名屋敷だから、東京のウサギ小屋生活の歴史は、
江戸以来の伝統にも添う。江戸時代の町人が住まう長屋は、横に
つながっているが、当節のわたしたちの多くは、マンションと
呼ばれる、縦横がつながる長屋に住み、税金まで払っている。
 なんてことだ!


 『コーヒーと恋愛』は、たぶん古本屋を始めて間もないころ、
角川文庫版で読んだような気がするけれど、読んでなかった? 
 21世紀に入ってから読んだ本の記憶は、まず無いと思った方が
早い。熱読した本でさえ、ほとんどが「すばらしい!」という記憶
だけで、どんな話かと聞かれても答えられない。これでも"記憶"と
言っていいのだろうか?

 1962(昭和37)年から'63(昭和38)年まで読売新聞に連載された、
風俗小説だ。

 ヒロインは、新劇出身の地味な中年女優、坂井モエ子、43歳。親しみ
やすい存在感で、もっぱらTVドラマで重宝される。傍役系の売れっ子だ。
 娯楽小説(エンタテインメント)と純文学とが別々に在り、どんなに売行き
があろうと、前者は後者より価値が低い、低俗な読物と見なされていた時代
なので、演劇に於いても、新劇界>映画界>TV界というヒエラルキーが厳然
と在る。新劇出身のモエ子の価値観もそこから離れられない。8歳年下の
新劇の革新を求道する舞台装置家、塔之本勉(とうのもと・つとむ)と暮して
いる。正確に言うなら扶養しているのも、彼が彼女のように堕落(!)せず、
新劇一筋だからだ。
 
 彼女の才能はむしろ、コーヒーの淹れ方の巧さの方が優るかもしれない。
何も考えず、ただ淹れるだけだが、コーヒー道を究めようとする"日本可否会"
(天狗連だ)会長に、跡目を継ぐよう嘱望されるほど。
 塔之本勉の方は、コーヒーの味の識別が天才的である。これじゃまるで、
無意識的なストーリーテラーと、細緻な分析力と直感力に優れた批評家の
カップルみたいじゃないか。
 彼らの間に、やはり新劇出身の若いTVタレント志望の女優が絡んできて、
経済成長とともに大衆文化が広まる時代の、やっさもっさが始まる。

 '60年代以後、多くの家庭にTVが入り込み、TVに出演するタレントが
人気者になる。食事時には緑茶が飲まれ、紅茶も好まれるが、コーヒーが
愛飲されるようになったのは、この頃だったと思う。TVと同じ頃インスタント・
コーヒーが茶の間に入り込む。本格的なコーヒーは、全国の個人経営の喫茶店
で提供されるが、家庭でも自分で淹れてみようとする動きが出る。
 うちにもパーコレータが出現したが、数回試みた後、戸棚にしまい込まれた。
自宅でインスタントではないコーヒーを飲むようになったのは、1970年代より
あと(?)、ペーパーフィルターで淹れるやり方が普及してからではないかしら?

     (獅子文六『コーヒーと恋愛』 ちくま文庫 2015年10刷 J)

11月24日に続く~





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by byogakudo | 2016-11-23 19:14 | 読書ノート | Comments(0)
2016年 11月 22日

藝大に行く(Robert Frank: Books and Films, 1947-2016 in Tokyo)

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 24日(木)が最終日なので、展示作品が燃やされる前に、やっと
上野に行った。
 もっと早く行くべきだった。欲しかった「南ドイツ新聞」の
フォーマットに則ってデザインされた、というカタログは売切れ
ている。

 会場がぴったり。九段会館も思い出させる、東京藝術大学大学
美術館 陳列館
だ。
 写真は、二階への階段踊り場の壁に投影されたシネマ。

 作品は廉価な新聞用紙に印刷されている。会場は、入場料・無料
(フリー)、会場内での作品撮影・無制限(フリー)、最終日に作品
を焼却するパフォーマンスで会期を閉じるので、作品が作者と観客と
から遠く離れた市場で、高価格の取引対象になることを拒否する。
 ビートニク!

     (Robert Frank: Books and Films, 1947-2016 in Tokyo
     @東京藝術大学大学美術館 陳列館
     2016年11月22日)





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by byogakudo | 2016-11-22 20:52 | アート | Comments(0)
2016年 11月 21日

ロバート・キャンベル/東江一紀 訳『ごみ溜めの犬』読了

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 『鮫とジュース』のあと、ハードボイルド系『L.A.で蝶が死ぬ時』と、
どちらかと言えば"人情もの"であろう『ごみ溜めの犬』とを手にいれて
読んでみた結果、ハードボイルド系は、ふたりともピンと来ない。

 Sが最初に"人情もの"系を読んだ。こちらは読めそうだ。読んでいられる。
というわけで、ジミー(ジェームズ)・フラナリーを主人公にする残り2冊、
『六百ポンドのゴリラ』『鰐のひと噛み』も入手し、安心してわたしも読み
出した。
 主人公がすごまないですむ、非情さを売り物にしないですむ、こういう
タッチの方が、ロバート・キャンベルは向いているのではないか? 読む側
も気が置けなくて楽である。

 ジェームズ・フラナリーは父親の代からのシカゴの民主党・党員であり、
班長だ。班長の仕事は、町内会の世話役みたようなもので、受け持ち区域
の住民から何か相談事があると、便宜を図り、解決してやる。
 いわば貸しを作る。その代わり、選挙のときは民主党に投票してね、と
いうことだ。

<僕は相手が共和党や無所属の候補に投票すると言明した場合でも、
 頼まれれば力を貸してやる。実際の選挙の段になったら、ある程度の
 見返りは当て込めるからだ。たいていの人は借りをちゃんと返そうと
 するものだ、と、僕は思っている。>(p10-11)
__文末の微妙さ加減が、主人公の性格やスタンスをよく表している。

 ジミーの受け持ち区域外での事件だが、無料の堕胎診療所が爆破され、
死者が出た。死者のひとりは彼の区域に住む老夫人であり、爆破事件の
前に嫌がらせを受けていると、知らせてきた。彼女はヴォランティアで
診療所に行き、手術を受ける女性の話相手になっているが、玄関前に、
血染めならぬケチャップ染めのナイフが置かれていたのだ。

 もうひとりの死者は手術を受けようとしていた娼婦。こちらが爆破の
メイン・ターゲットだ。彼女の存在が大きく取りざたされると、街の
上流階級のスキャンダルになる。上流階級もギャングやポン引き連中も
絡んでいるので、口止め工作が行われ、マスコミも警察も捜査に不熱心だ。

 巻き添えを食った老夫人のために、ジミーは私立探偵まがいの調査を
する。その過程で暴力沙汰に見舞われたり、診療所の看護師である女性
と知り合い、恋人になったりする。

< 僕がスパリー通りの診療所のまえにたどり着くと、七人の男と三人の女が
 "ナチスはダッハウで赤ちゃんを焼いた"とか、"人殺し、人殺し、人殺し"とか
 書いたプラカードを掲げて歩き回っている。女たちが胎児の掻爬(そうは)に
 抗議しに来た理由はわからないでもないが、招かれざる客を自分のおなかに
 迎えたことなどないはずの男たちの行動は、ちょっと理解しがたい。>
(p17-18)

 そういえば、P・K・ディックも堕胎反対派だった。しかし、受精卵を生命・
生体と認めると、受精卵を体内に持つ先行する個体(母体)の意思決定を
認めないことに繋がる。
 強姦された結果の妊娠でも、堕胎は認められない? やっと月経が始まった
くらいの少女でも、彼女の意志とは無関係に結婚させて妊娠可能なら産ませる
べき? 避妊は女として不誠実? 妊娠可能な身体を持つ女は、出産と子育て
行為にのみ身命を賭すべき、それを彼女の人生とするべき?

 妊娠・出産と堕胎手術は、それぞれに相手の立場が認められない。
原理主義的政治運動化するけれど、ここで描かれる反対運動派の女性は、
収入を得る手段として反対運動に参加していると、ジミーに言う。運動を
率いる男は、名前を売って政界に打って出ようとしている。

     (ロバート・キャンベル/東江一紀 訳『ごみ溜めの犬』
     二見文庫 1988初 帯 J)





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by byogakudo | 2016-11-21 16:48 | 読書ノート | Comments(0)