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2016年 12月 31日

(1)モリー・ハードウィック/浅羽莢子 訳『悪意の家』を読みながら年を越す

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 昨日、中野まで用足しに行って、用足しだけですむ訳もなく、
まんだらけ海馬の均一棚に佇み、文庫本を3冊。そのうちの1冊だ。
あとの2冊は、トマス・マクスウェル『キス・ミー・ワンス』と
梶山季之『カポネ大いに泣く』。

 まだ50ページ余りだけれど、モリー・ハードウィック、いい!
 "コージー・ミステリ"と呼ばれるのだろうか、ヒロインはイギ
リスの田園地帯に住む、26歳の骨董商。目利きだけれど経営が
苦手。ゲイの相棒がネジを締めてくれるので、商売が成り立って
いる(彼女はヘテロ)。

 ずっと空家だった"樫の木屋敷"がやっと売れた。小さな町(村?)
の名流夫人が歓迎パーティを開き、ヒロインも出席する。屋敷の
新しい主は感じの悪い男だが、本棚を売りつけることに成功して、
屋敷に運び入れる。パーティから屋敷への場面転換が巧い。映画で
いえば、短いスワイプで場面が変わる。

 パーティと同じ晩の筈はない、たぶん翌晩だろうが、ひと息も継が
せず場面を変えるので、妙に圧迫感のある主と、つい押されてしまう
ヒロインとの対決場面に、ヒロインと同じく読者も引きずり込まれる。
 主は何というかミニ・アレイスター・クロウリーみたような男である。
ほぼ初対面なのに、直接的で失礼な質問をヒロインに投げかけ、彼女は
魅入られたように答えてしまう。

 面白そうだ。他に翻訳はないかしらと検索するが、これしかないのかな?


     (モリー・ハードウィック/浅羽莢子 訳『悪意の家』
     現代教養文庫 1992初 J)

2017年1月1日に続く~


 2016年は1月10日のデイヴィッド・ボウイー(69歳になったばかり)
の死で始まり、11月14日に猫のNimが21歳4ヶ月で死亡、12月28日
にピエール・バルーが82歳で死去。
 1954年生まれの安倍晋三(62歳)がまだ生きている。痛恨の極み。

 来年が少しなりと穏やかでありますよう。





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by byogakudo | 2016-12-31 21:42 | 読書ノート | Comments(0)
2016年 12月 30日

『東京新聞 こちら特報部』『2016年 あのひとこと』より

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 今日付け『東京新聞 こちら特報部』の『2016年 あのひとこと』
(22-23面)から、さらに抜粋。

<1月 
  「政治家の事務所はいい人だけとつき合っているだけじゃ、
 選挙に落ちちゃうんですね。小選挙区だから。来る者は拒まず
 ってしないと当選しないんです」
 (都市再生機構の補償交渉に関与した疑惑で辞任した甘利明・
 経済再生担当相)

 2月
  「(ある番組が「憲法九条改正反対」支持の放送を繰り返した
 として)放送局が全く公正な放送をせず改善措置も行わない時、
 法律に規定された罰則規定を一切適用しないとは担保できない」
 (高市早苗総務相)

  「やっとここまできた。事故の責任を誰も負わないのはおかしい」
 (福島原発事故で勝俣恒久・東電元会長ら三人が強制起訴となった
 ことで、「福島原発告訴団」の武藤類子団長)>

 3月
  「官僚・政治家・復興庁・東電・経団連・安倍総理が この
 双葉郡に住んでからモノを言え」
 (三月十一日、福島県富岡町の自宅に一時帰宅した女性が、
 玄関のドアに書いた言葉)

  「(国民は)このような言葉を聞き、心臓発作を起こしそうに
 なったことだろう。贈り物は必要ない」
 (「過去を置き去り、ともに未来を見よう」というオバマ米大統領の
 呼び掛けについて、党機関紙へのキューバのカストロ前国家評議会
 議長の寄稿)

 5月
  「県民は悔しくて、悔しくて泣いている。基地がある限り、同じ
 ことが繰り返される」
 (沖縄県で起きた米軍属の男による女性暴行殺害事件で、沖縄平和
 運動センターの山城博治議長)

 6月
  「再延期するとの私の判断は、これまでの約束とは異なる新しい
 判断だ」
 (消費税増税をめぐり、安倍晋三首相)

  「司法の犯罪は、司法自らの手で裁かれなければならない」
 (戦時中の言論弾圧「横浜事件」元被告の遺族が起こした国家
 賠償訴訟で、東京地裁に請求を棄却された木村まきさん)

 10月
  「役に立つという言葉が、とっても社会を駄目にしている。
 役に立つのは十年後、百年後かもしれない」
 (ノーベル医学生理学賞受賞が決まった大隅良典東京工業大
 栄誉教授)

 11月
  「こないだ冗談を言ったら(閣僚を)クビになりそうになりまして」
 (TPP承認案をめぐる自らの「強行採決」発言について山本有二農相)

  「(福島を訪れ)チェルノブイリ事故と同じで、国は人の命に全責任
 を負うことはしないと強く感じた。全体主義の長い文化があったわが国
 (旧ソ連)と同じく、日本社会には抵抗という文化がないようにも感じた」
 (来日したノーベル賞作家のスベトラーナ・アレクシエービッチさん)

 12月
  「パイロットは県民に被害を与えなかった。感謝されるべきだ」
 (沖縄県名護市海上でのオスプレイ事故で在沖米軍トップのニコルソン
 四軍調整官)

  「(ニコルソン発言を受けて)植民地意識丸出しという感じ」
 (沖縄県の安慶田光男副知事)>


 そして、"土人"発言を擁護あるいは賛同した連中__
松井知事と大阪のテレビの沖縄ヘイト
「土人」発言擁護の鶴保氏 沖縄担当相の資格なし





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by byogakudo | 2016-12-30 22:23 | 雑録 | Comments(0)
2016年 12月 29日

(3)北村薫 編/鮎川哲也[短編傑作選]2『下り"はつかり"』読了

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~12月28日より続く

 神田猿楽町の焼跡のビルから、ようやく屍体が発見されたが、
頭部が切断されていた。頭は、

< 青梅(おうめ)市から埼玉県飯能(はんのう)行のバスにのって
 二十分ほど来ると、岩蔵(いわくら)という字(あざ)につく。奥多摩
 の山々を北にひかえて武蔵野平野がはじまるところ、鉱泉がわき
 二、三の旅館もあって、ひなびた静かな場所である。>(p332)
__そこで発見される。農夫の連れた犬、ポチが鳴いて知らせた。

 歯型を照合した歯科医師のカルテにより、屍体の頭部の持主が
判明する。

<   茅ヶ崎(ちがさき)市南湖(なんご)一九九八三
    烏田(からすだ)完一  四十七歳   >(p334)であった。
"南湖"! 6月29日に見に行った南湖院(なんこいん)のある土地だ!

< とにかく被害者の自宅を捜索する必要があるので鬼貫は刑事と
 鑑識課員を帯同して東海道をはしり、茅ヶ崎へ向かった。
 [略]
  鬼貫は、ゆくりなくも田山花袋の随筆『独歩の死』を思いだしていた。
 明治四十二年の早春からこの地の南湖院で療養生活をはじめた独歩は、
 しばしば花袋の見舞をうけたのである。
  "停車場を下りて、昔の宿場の名残の残っている町を通って、それから
 汽車の踏切を越えると、ポプラで囲まれた小学校があった"という小学校は、
 半世紀の歳月をけみしたいまも町の通りの右手に建っていた。しかし当時は
 松原があり富士がのぞめたというこのあたりも現在では商家がすっかりたち
 ならび、そのかみの面影を一変している。ケバケバしい色彩のショートパンツ
 をはいて颯爽と自転車をとばしてくる若い女性をみると、この同じ道を友の
 病をうれいながら重たい歩をはこんだ花袋の姿を想像することは容易なわざ
 でなかった。>(p335-336)

 がっしりした本格派ミステリ作家というイメージだったけれど、『地虫』や
『絵のない絵本』など、佐藤春夫みたような感触もあったし、『他殺にして
くれ』は、日本でもハードボイルドな私立探偵が存在できるのを実証している。
エンディングの、ビフテキ(比喩)とおでん(事物)のコントラストがすてき。


     (北村薫 編/鮎川哲也[短編傑作選]2『下り"はつかり"』
     創元推理文庫 1999初 J)





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by byogakudo | 2016-12-29 20:22 | 読書ノート | Comments(0)
2016年 12月 28日

(2)北村薫 編/鮎川哲也[短編傑作選]2『下り"はつかり"』もう少し

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~12月27日より続く

 1957年発表の『誰の屍体か』から、地名の出てくる箇所を
抜き出す。だから、それがどうしたと聞かれそうな抜き書きに
なるが、わたしにとっては当時の東京を想像するよすがだから。

 捜査する刑事の足取りを辿る。
 銀座のアクタガワ画廊は、
< 彼は日比谷の交叉点をわたると真っ直ぐ数寄屋橋(すきやばし)
 をわたって尾張町(おわりちょう)に出た。左にまがって一丁ほど
 行くと左側にアクタガワ画廊がある。>(p305)

 刑事は銀座から中央郵便局に向かう。 
< おもてに出るとバスに乗って東京駅の乗車口でおり、中央郵便局
 の回転扉(ドア)をおした。[略]
 左の電報受付のカウンターから右端の航空郵便まで十五ちかい窓が
 ずらりとならび、そのいずれにも旅行客やオフィスガールがむらがって
 いる。>(p306)
__壊されかけて、皮膚の表面だけかろうじて残り、うさんくさい光背
(?)を背負う中央郵便局の在りし日...。

<出てきた彼は駅前にならんで停車している大型バスを物色していたが、
 やがて荻窪(おぎくぼ)行に乗った。
  刑事がおとずれたのは久我山(くがやま)にある光洋会の画家江木俊介
 の自宅だった。酒造家の独り息子のせいかアトリエもなかなか立派なもの
 である。>(p307)
__東京オリンピック前だから、東京駅からバスで久我山に行くことも
できたのか?

< 宇井歌子女史のアトリエは駒込林町(こまごめはやしちょう)の、いまは
 戦災をうけて烏有(うゆう)に帰した高村光太郎の旧家の近くにある。
 [略]
  「[略]何ですか、お父様の光雲(こううん)さんが造って下さったアトリエ
 だったんですって。[略]」>(p310)
__観潮楼跡を探して道を間違え、この辺りに来たことがあった。

< 最後の寄港地である池田伊之助の家は上目黒(かみめぐろ)の六丁目
 にある。渋谷(しぶや)から乗ったバスを坂の上でおりて二つの寺の間を
 入った閑静な場所だった。垣根にからませてあるのはクライミングローズ
 であろうか、家の中からかすかにラジオのシャンソンがきこえてくる。刑事が
 ベルをおそうとすると犬小屋から首をだした犬がうるさく吠えたてた。>
(p312-313)

 以上の人々の家にいわば殺人予告がされたが、誰が殺されるのやら、
まだ屍体がない。第四章で110番通報があり、神田猿楽町(かんだ
さるがくちょう)の焼けビル・地下室に警官が駆けつける。
 パトロールカーがちょうど、
<春日町(かすがちょう)の交叉点ちかくを走っていた>のである。

< 猿楽町は駿河台(するがだい)のがけ下に横たわるほそ長い町で、
 商店街でもなければ住宅街でもない中途半端な一劃である。パトロール
 カーは水道橋(すいどうばし)のガードをくぐり都電の走る表通りから左に
 おれた。>(p315)

 この後も地名がいろいろ出てくる。また明日?


     (北村薫 編/鮎川哲也[短編傑作選]2『下り"はつかり"』
     創元推理文庫 1999初 J)

12月29日に続く~





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by byogakudo | 2016-12-28 22:25 | 読書ノート | Comments(0)
2016年 12月 27日

(1)北村薫 編/鮎川哲也[短編傑作選]2『下り"はつかり"』も読む

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 1949年から1965年にかけて発表された短編を収録。
web検索したら、わたしは何冊か鮎川哲也を読んでいる。
検索しないと思いだせないのは、甚だ問題だが、忘れる
んだからしかたがない。
 今回も東京小説の楽しみ、風俗小説的興味から読む。

 1954年発表の『赤い密室』から__
< 伊藤ルイは、髪を長くたらしているので一層小さくみえるが、
 それを補おうとして踵のたかいキューバン・ヒールの真っ赤な
 オックスフォード・シューズをはいている。>(p87)
__キューバン・ヒールが分からなくて、これもweb検索。
オックスフォード・シューズも。
 重くて本棚の大部分を占める事典に頼らなくてすむ、便利な
時代だ。

 1956年発表の『達也が嗤う』は、
<ある年の日本探偵作家クラブの七月例会の席上で、余興の
 犯人当てゲームとして朗読されたもののテキスト>(p211)だが
(もちろん、わたしは謎が解けなかった)、登場人物のひとり、
江田島ミミの容貌描写を抜き書く。

<こってりと化粧をしてなかなか美しいが、どことなく気品がない。
 はねるようにひいた眉はふたむかし前にスクリーンで活躍した
 ディートリッヒ型であり、もり上るようにぬった唇はわかい頃の
 ダニエル・ダリュウに似ていた。なにかよせ集めのような化粧の
 仕方で、まるで個性がない。ミミは[略]とりとめのないことをよく
 喋った。話の内容は他愛のないことばかりだったが、コントラルト
 の声がジーン・アーサーに似て、ある種の魅力があった。>(p222)

 描写する代りに映画俳優や女優名を形容詞的に使うと、発表当時は
すぐ読者の理解が得られるが、日本のように文化的伝統を破棄する、
建築のみならずスクラップ・アンド・ビルドのやくざな上書き社会では、
少し時間が経つと、形容詞的に使われた人名は忘れ去られ、なんのこと
だか理解されなくなっていたが、ここでパソコンの時代が来た。

 知らないことはとにかく打ち込んで検索すると、今ならYou Tubeで
ジーン・アーサーの声だって聞けることだろう。しみじみ、便利な時代だ。
知ろうと思えば大抵のことに行きつく。

 但し、簡単に得られるので、忘れるのも簡単。重い事典を棚から降ろして
卓に置き、該当ページを開けて探し、手書きで必要箇所を書き抜く、という
肉体的行為を経ないと、頭はなかなか覚えてはくれないのだ。
__と、わかっちゃいるけれど、実態は、何度も何度も同じことを検索して、
そのうちどうやら、上書き的に覚えるであろう、という展開になる。

 
     (北村薫 編/鮎川哲也[短編傑作選]2『下り"はつかり"』
     創元推理文庫 1999初 J)

12月28日に続く~





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by byogakudo | 2016-12-27 22:03 | 読書ノート | Comments(0)
2016年 12月 26日

(1)池島信平『雑誌記者』も再読を始める

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 (長谷川如是閑・読了、ドリュウ・ラ・ロシェルは
どこへ行った?)

 これも古本屋時代・初期に読んで、内容は忘れた。

 池島信平は1909年生まれ。雑誌好きの少年だった。
< 小学校の時、友人が月ぎめで雑誌をとっているのが
 うらやましく、母にたのんだところ買うのを許された。>
(p35)

 むかし月刊雑誌は、月ぎめで注文すると毎月、新刊書店
から主人自ら、或いは店員が手渡しで届けてくれた。今は
月々「ゆうメール」で届けるサーヴィスがあるようだが。

 小学生の池島信平が最初に買ったのが『日本少年』(実業
之日本社)、『飛行少年』(飛行少年社)、『少年』(時事新報)、
『少年倶楽部』(講談社)、『譚海』(博文館)。

 中学生になって、
<グラウンドで呑気に蹴球などやっているうちに、関東の大震災
 である。本郷春木町にあった家は、グラリときたその日の午後
 焼けてしまった。その日の夕方、家の焼けあとに立って、感無量
 だったが、自分の部屋があったとおぼしき所で、山とつんだ雑誌が
 焼けて、白い灰がうず高くなっているのを見て、何か惜しいような、
 サッパリしたような気がした。何百冊という雑誌と共に、自分の少年
 時代が永久に去って行ったという感じであった。>
(p36-37)

 都筑道夫の焼跡でのエピソードも思いだす。空襲で家が焼かれ、焼跡で、
うすいピンク色だったかしら、レコード・ジャケットを認めて思わず手を
差し伸べたら、はらはらと白い灰になって落ちてきた、という風に記憶
しているが。(『昨日のツヅキです』で読んだ、と思うけれど、未確認。)


     (池島信平『雑誌記者』 中公文庫 1985年6版 J)

2017年1月3日に続く~





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by byogakudo | 2016-12-26 20:17 | 読書ノート | Comments(0)
2016年 12月 25日

(4)飯田泰三・山領健二 編『長谷川如是閑評論集』ほぼ読了

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~12月23日より続く

 第二部の『孔子と老子』を残して、ほぼ読了。契約国家論とか
につながる評論なのかしら? いつか読むだろう。

 第三部『傾向及批判(抄)』の『滑稽な中等教育の要旨』より引用。

 第一次大戦が終わり、日本でも軍備を縮小せざるを得なくなる。
軍人が余る。学校で軍事訓練を行うようになり、失業した軍人の、
いわば失対事業が始まる。

< 階級生活の産み出した観念の重大な錯誤の一は、彼らの生活
 組織には超越的の絶対理法があって、一切の制度組織はすべて
 その理法に依従(いじゅう)すべきであると信じて、頻(しき)りに
 それを求め、それに拠(よ)らんと企てることである。
  この不思議な焦慮は、彼らの組織が、彼らの生活自体に内在する
 矛盾のために行(ゆ)き詰(づ)まりの状態に達すれば達するほど
 烈(はげ)しくなる。だから組織が末期的になると、何かしら、哲学
 的な、宗教的な、抽象道徳的な、精神統一的な、神秘作用が、
 その組織の行詰まりなり動揺なりを、打開し、安定せしめるかの
 如くに考えて、益々(ますます)内容の空疎な抽象観念が高調される。
 [略]
 頗(すこぶ)る実際的な[略]方面にまで、そういう観念的態度をもって
 行くことは誠に滑稽(こっけい)に見える。たとえば教育のような、[略]
 どこまでも実際的であらねばならぬ組織にまで、末期的な呪術(じゅ
 じゅつ)(おまじない)式方法を応用せんとするに至るのは笑止千万
 (しょうしせんばん)である。
  今度文政審議会に提出されるとかいう中等教育に関する文部省の
 改善案なるものにも、その悲しむべき現象が鮮明に反映されている。
 [略]
  その第一項は、[略]中等教育の要旨は「道徳教育」にあるとする。
 [略]教育を呪術と解する末期的精神に外ならない。それは今日までの
 教育が、現代社会の必要によって現在の如くに発達したにかかわらず、
 社会それ自体の組織の欠陥のために、その効果が挙らないことを、
 「道徳」によって矯正せしめんとするのであるから、丁度(ちょうど)、
 腹痛の治療を説教に求めんとするようなものである。
 [略]
 今日までの中等教育の欠陥が、建国の本義や国体の尊厳や忠孝の
 大義や等々の徹底しないためだと考えているものがあったならば、
 それは[略]枢密院(すうみついん)あたりの隠居(いんきょ)であろう。
 [略]
 今現に、組織の内的矛盾のために教育が行詰ったのを如何(いか)に
 すべきかという実際的の問題の起っている際に、建国の本義や国体の
 尊厳やをもって中等教育の「要旨」であると叫ぶのは、[略]時と場合を
 弁(わきま)えざるの甚(はなはだ)しきものである。それは丁度、「明日
 からどうして飯を喰(く)おうか」という問題の起っている時に「カント
 の哲学こそ生活の本義である」と怒鳴るようなもので、カントの哲学が
 間違いでないということをもって、その馬鹿らしい提言を馬鹿らしくは
 ないというわけには行くまい。>(p248-250)

 この文章が書かれたのは1928年。歴史は、頭痛と吐き気をもたらす
ような頭の悪い繰り返しを、何度でもする。


      (飯田泰三・山領健二 編『長谷川如是閑評論集』
     岩波文庫 1989初 J)





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by byogakudo | 2016-12-25 22:39 | 読書ノート | Comments(0)
2016年 12月 24日

あてどなく、高円寺へ

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 写真は、たしか日比谷で。

 昨夜はブログを非公開のまま送ってしまった。Sに言われて
今朝、公開・再送したが、日付は今日のまま。夜になってSが
気づき、昨日付けに訂正して再・再送。昨日、一昨日の異常な
温気(うんき)のせいだということにする。
 身体が冬の寒さにフィットしようとしているときに、あの
温度はない。今日の寒風のほうが、まだしも楽だ。もっと
強烈な寒風なら、こんなことは言わないが。

 少し歩きたいけれど、週末で歳末だ。当てがない。とりあえず
西へ。
 青梅街道で、カトリック高円寺教会を提案。そのまま歩き続ける。
 お寺通りでもある界隈を過ぎてカトリック高円寺教会。開いた
扉口から歌声が聞こえる。そっと覗いたら、夕方のミサに備えて
信者たちが聖歌の練習をしている。
 Sもわたしも審美的カトリック趣味なので、今日は邪魔にならない
ように、来たときと同じく、そっと去る。

 寺社仏閣、教会、モスク、どれも、いい(建築)空間はいい、ひどい
デザインはひどい、と思う。そこに信仰心はない。
 他人(ひと)がどんな信仰を持とうと個人の問題だから干渉したくない。
けれども、空間は好きでも、その空間に携わる人々(指導者たちと信徒
たち)は含まない。生身のヒトが好きじゃないのだろう。法事での僧侶の
営業法話以来、ますます、そう感じる。

 ひとやすみするためにJR高円寺駅近くに来たとき、短い路地奥の
袋小路の空間に呼ばれる。突き当たりを占める横長の木造二階家、
左手にモルタル造のアパートメント。家の前の雑草だらけの庭の名残。
なつかしい高円寺の気配が残っていた。終わろうとするもの、風景は、
ひとをほっとさせる。

 週末の電車(JR)には乗りたくないので、地下鉄・新高円寺まで歩く。
なじみの古着屋に引っかかってしまった。
 「ぼくが買ったのに、結局、君が着ている!」
 「うん。(今ごろ、気づいたの?)」





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by byogakudo | 2016-12-24 21:13 | 雑録 | Comments(0)
2016年 12月 23日

(3)飯田泰三・山領健二 編『長谷川如是閑評論集』まだ再読中+山城博治議長

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~12月13日より続く

 新しい戦前が始まっているから読む訳ではないけれど、読み進める
ほどに、ネオ戦前感が確信され、ひとは決して歴史に学ぼうとしない
生き物なのかと苦しくなるが、冷静にしつこく抵抗を続けるしかない
こともまた、如是閑は再確認させる。

 第三部『森戸助教授筆禍事件の論理的解剖』(1920年、雑誌『我等』
に書かれた)から抜き書き。

 森戸辰男って、戦後の文部大臣ではなかった? 検索したら、そう
だったが、戦前、1920年には"思想犯"として扱われた。

 森戸辰男・助教授(当時)は、東京大学の雑誌『経済学研究』創刊号に
論文「クロポトキンの社会思想の研究」を寄せた。
 社会主義思想の発表は発売禁止になる時代なのに、これが出たのは、

<大学が有する学術の自由に対して[注:権力側から]相当の承認が与え
 られたものとばかり信じていた。しかるに間もなく、この雑誌が全部
 大学の手に回収されたということを聞いた。それは、大学が自(みず)から
 回収しなければ当局は発売禁止を命ぜねばならない、すると勢い問題が
 表向きになるから、大学自身回収して穏便(おんびん)に治めたいという
 当局の希望に基(もとづ)いたことのように、新聞紙はその後に記していた。>
(p213)

 日本は昔から変わらず、空気を読むことを強制される国風(?)なのかと、
まず思い知らされるが、話は回収では終らない。森戸・助教授は突然、休職
処分される。

<私には、「回収」ということと森戸氏の休職処分ということとは一致しない
 ように考えられた。事を穏便にするため雑誌を禁止するという公(おおやけ)
 の処分すらしないというものが、森戸氏に対して公けの休職処分をすると
 いうのは、雑誌よりも人間の方を手軽に扱っているのであるという気がした。
 [略]
 それから三日ほど過ぎて、新聞は、森戸氏と大内(おおうち)助教授(雑誌
 名義人)とが起訴されたということを報じた。私はまたもや、前後矛盾した
 現象が起ったと思った。穏便にするため「回収」するといっていながら、
 森戸氏の「休職」となったのが矛盾、休職は自主的に事を処理するためと
 いって、それで一段落なるかの如く思わせながら、「起訴」となったのは
 矛盾である。それならば、始めから発売禁止を行って、堂々法律上の手続を
 起して行けば好い訳である。普通の官吏が普通の犯罪で検挙される場合にも、
 大抵はいよいよ起訴となってから休職の処分を受ける。[略]
 司法官よりも先きに、官署自身が官吏の犯罪を予断することは、官署自体の
 不見識であり、本人に対する侮辱である[略]。
 しかるに大学では森戸氏が起訴される前に、休職を決議して、発表せしめて
 いる。訝(おか)しなことだと思った。>(p213-214)

 以下、矛盾点をねちねち、しつこく論理的に解明していく。このしぶとさが
キモだろう。

<外部(恐らく政府部内)の圧迫によって回収したということについて考えて
 見ねばならぬ。
 [略]
 法律による強制は、犯法者の手に、雑誌を回収せしむることを許さないで、
 政府に没収する。いわゆる強制は、法律の強制でないに違いない。[略]
 事実は、「自から回収しなければ法律によって処分する」という強制で
 あったのである。しかしこんな強制が、良心と、廉恥心(れんちしん)と
 一人前の大人の身体(からだ)とを持った、堂々たる大学教授らを強制
 し得たとすれば、甚だ不思議な出来事である。「法律によって処分する」
 といわれてスグと「回収する」ような行為は、決して良心を持った行為
 ではない。一旦(いったん)行った行為が正当であることを信ずるならば、
 それを法律が罪する場合には、潔(いさぎ)よくその罪に服さなければ
 ならない。赤穂義士(あこうぎし)が、討入(うちいり)の途中で、法律に
 触れると威嚇(いかく)されて、両国辺(りょうごくへん)から引返したら、
 義士となる代りに、物笑いとならなければならない。>(p218-219)

 そして、ホブハウス教授の『国家の形而上学的理論』(1918年)から、
英文と日本文とで引用する。

< [彼が国家的見地を十分に勘案し、それを自分の内面の法に照して
 みた結果、自己の良心に課せられた精神的義務から免れるすべがない
 とわかった場合、彼は道徳的にも法的にも、国家への不服従を敢えて
 せざるをえなくなると思われる。]>(p219)


     (飯田泰三・山領健二 編『長谷川如是閑評論集』
     岩波文庫 1989初 J)

12月25日に続く~

 沖縄平和運動センターの山城博治議長(64歳)は、ヘリパッド建設反対
の抗議活動で逮捕され、保釈が認められず、2ヶ月以上、拘留されている。
山城氏は2015年4月に悪性リンパ腫が見つかり、療養生活・半年、闘病
しながら反対運動に携わってきた。

< 温暖な沖縄とはいえ、朝晩は気温が下がる。病み上がりの山城さんは
 靴下の差し入れ許可を求めてきたが、警察は「自殺予防」を理由に認めて
 こなかった。ようやく二十日[注:12月20日火曜日]、短い丈のものに
 限って差し入れが認められたが、現在も房から出るときにだけ着用を許す
 など、制限があるという。
  山城さんには接見禁止がつき、原則弁護士以外は面会ができない。>
(「東京新聞」2016年12月23日(金曜日)朝刊28面「特報」 より)

 これが今の日本。





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by byogakudo | 2016-12-23 10:38 | 読書ノート | Comments(0)
2016年 12月 22日

渡辺紳一郎『紳一郎捕物帳 その他』読了

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 サブタイトルに『その他』とあるが、全7篇中、捕物帳とミステリ
が3篇、ピラミッドとポンペイなどの古代遺跡発掘の話が1篇、あとの
二つは、ときどき恨み節混じりの自伝風エッセイ。小説もエッセイも
蘊蓄満載だ。

 文明開化期の明治を舞台にした『泰西名画事件』と次の『保里士
(ポリス)隊異聞』だが、2篇とも銭形平次のパロディであり、後者に
至ってはメタ捕物帳である。
 巻末の『随筆形式による探偵小説』は、1954年4月『宝石』に発表
された。ピストン堀口の事故死から展開するミステリの、シナリオ風
1篇。

 賢すぎて周りの馬鹿さ加減に我慢ならなくて、つい能ある鷹である
ことを見せてしまう__と、本人も自覚している__ので、出世街道
から外れてしまったのを、ときどき愚痴る。
 もっと後代に生まれていたら、博識で軽妙なエッセイスト・コラム
ニストとして場を得て、本人も納得していたかもしれないが、明治の
固い家庭育ちだと、そうもいかないのか。
 渡辺紳一郎が1900年生まれ、荷風は1879年生まれ。荷風が異常に
アウトサイドしているのだ。

     (渡辺紳一郎『紳一郎捕物帳 その他』 四季新書 1955初 J)


 昨日、書き忘れたけれど、歌舞伎座の先の各種チケット販売所に
「シャセリオー展」の案内があった。クラーナハに続く、西洋美術館
のヨーロッパ美術史見直しだろう。行くつもりだけれど、上野界隈の
必死なル・コルビュジエ=世界遺産!売込みがつらい。
 10年前に"世界遺産"登録されていたら、阿佐ヶ谷住宅だって壊されない
ですんだ、かなあ? 世田谷区役所を壊す前に、よくよく考えてもらいたい。





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by byogakudo | 2016-12-22 22:30 | 読書ノート | Comments(0)