猫額洞の日々

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2017年 06月 08日

(1)山田風太郎『秀吉はいつ知ったか』1/3+α

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 発表媒体は様々、書かれた年代も1960年から96年まで。
"歴史"をメイン・テーマにしたエッセイ集だ。

 『II わが鎖国論』の『新貨幣意見』より__

< ヨーロッパ旅行などして、最も頭をナヤますものの一つに
 通貨のことがある。
 [略]
 日本の場合、円一本、というのは単純明快で、はなはだ結構
 である。
  それはいいのだが、問題はそれにゼロがくっつきすぎることで、
 [略]
 国家予算十兆円、なんてことになると、一〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇、
 一見して、数字だか戦前の伏字文学だか、わけのわからんものになる。
  そこで先年来、ひそかに新貨幣の問題が出たりひっこんだりしている。
 いわゆるデノミネーションで、[略]
  ところで、その新貨幣の名称をどうするか、[略]
 「両」「貫」なんて単位が復活するかもしれない。一万円を一両として、
 不貞の慰謝料七両二分、なんてのも悪くない。
 [略]
  このごろ[注:初出は「小説宝石」1968年11月号]日本の近隣諸国
 などが援助を申し込んで、日本政府がシブチンをきめこむと「日本には
 誠意がない」とがなりたてて、たちまち漁船などをつかまえはじめる。
 [略]
  誠意、すなわち金のことではないか、[略]
  どうでしょう、新貨幣の名称を「誠意」としたら? [略]
 フランスの金にも一スー(五サンチーム)という銅貨がある。セイー、
 おかしくないじゃありませんか。
  「月給をあげろ、もう三十誠意をよこせ」
 [略]
  「五十誠意ならホテルへいっていいけれど......」
 [略]
  「某代議士、百万誠意を収賄」>
(p64-66)


     (山田風太郎『秀吉はいつ知ったか』
     ちくま文庫 2015初 帯 J)



呪 吐爛腐/呪 亜屁沈臓/呪 共謀罪=ネオ治安維持法/

<【森ゆうこ!】「答えて下さい!こんなの行政じゃない!
これで国民が納得するというんですか!見せましょうか?
今治の資料全部」
 委員長「時間が過ぎております」
 森「動かぬ証拠!~お開きだよ こんなの!」>
(23:43 - 2017年6月7日)





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# by byogakudo | 2017-06-08 20:52 | 読書ノート | Comments(0)
2017年 06月 07日

カレル・チャペック/石川達夫 訳『チャペックの犬と猫のお話』読了+α

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 店をやっていたころ、文庫本でも単行本でも売ったし、
テリアのダーシェンカの写真が可愛くって、好きだった。
 しかし一冊を読み通したのは、今回が初めて。

 『子犬の写真をうまく撮るには』より__

< この写真撮影の苦労の中でもいちばんおもしろいのは、
 子犬の姿が現れてくるときだ(暗室の現像液の中での話
 だが)。まず初めに、黒い鼻面が出てくる。次に、黒い目が
 輝き出し、黒い耳が現れる。やはり、写真の中でも真っ先に
 鼻を出すというのが、いかにも子犬らしい。>(p101)

 『犬についてもう少し、それから猫について』の『猫』
より__

<人間の中にいる猫は、ただの猫だ。猫の中にいる猫は、
 ジャングルの中を這う影だ。
 [略]
 あなたに対するとき、猫は、一匹狼的な野獣の影ではない。
 あなたにとっては、単に、家のニャン子ちゃんだ。というのも、
 あなたを信頼するからだ。野獣というのは、信頼しない動物
 のことだ。家畜化というのは、単純に、信頼の状態のことだ。
  そして人間よ、私たち人間だって、互いに信頼し合う限りに
 おいてのみ、野獣ではないのだ。
 [略]
 不信の状態は、原始的な野生の状態だ。不信はジャングルの
 法だ。
  不信の育成によって生きる政治は、蛮地の政治だ。人間を
 信頼しない猫は、人間の中に人間を見ず、野獣を見ている。
 人間を信頼しない人間もまた、人間の中に野獣を見ている
 のだ。相互の信頼の絆はあらゆる文明よりも古く、それが
 ある限り、人類は人類としてとどまるだろう。けれども、
 信頼の状態をこわすならば、人間の世界は猛獣の土地と
 なる。>(p188-190)


     (カレル・チャペック/石川達夫 訳『チャペックの
     犬と猫のお話』 河出文庫 1998初 J)



呪 吐爛腐/呪 亜屁沈臓/呪 共謀罪=ネオ治安維持法/

<民進党の宮崎議員が質問してる最中に「いい加減なことばっか
 言ってんじゃねえよ!」とかヤクザみたいなヤジを閣僚席から
 飛ばす安倍ちゃんの衝撃の姿がNスタで流れた。しかも指名され
 てもいないのに「じゃあ答弁させろよ!」とか逆ギレしてるし
 さあ。 これが我が国の総理大臣なのかー(Ꙩ௰ꙩ)>
(1:55 - 2017年6月5日)

<アレ「得ないんですよ。で、最終的にはですね、最終的には、
 何でも、どんな仕組みであれ、最終的に決めるのは、内閣総理
 大臣ですよ(ゾゾッ)(宮崎「違います」)、そして、どんな、
 色んな会議、たとえば、経済、経済再生諮問会議だって、私が
 議長です。様々な議長があります。でも私が、そこで>
__この前後に、悪夢のような独裁者・亜屁沈臓の答弁(?)・
書き起こしが続く。
(1:28 - 2017年6月5日)





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# by byogakudo | 2017-06-07 15:49 | 読書ノート | Comments(0)
2017年 06月 06日

(4)谷崎潤一郎『潤一郎ラビリンス II マゾヒズム小説集』読了+α

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 写真は、阿佐ヶ谷〜荻窪間のどこかで。角地の住宅脇に
野ざらしで置いてあった。

~6月2日より続く

 全篇読んだ。大正14(1925)年発表の『蘿洞先生』も、
昭和3(1928)年の『続蘿洞先生』も何だか、がっかりする。

 "蘿"の意味を検索して、ふーん、マゾヒスト=隠花植物と
いうネーミングなのか。次いで、ヒカゲノカズラの画像検索も。
 ほんとに手っ取り早く便利な時代だ。手書き日記だったら、
(もっぱら画数から引く)漢和辞典で調べ、どんな植物かを
知るために植物図鑑を取り出しと、時間と体力を要する。
 今は手軽に身軽に知識が得られる。すぐ忘れる。手書き
しないから漢字が書けなくなる。

 『蘿洞先生』が退屈なのは、マゾヒストである主人公、洋行
帰りの学者・蘿洞先生が語るのではなく、先生を訪ねてきた
<A雑誌の訪問記者>(P155)の視点で書かれているせいもある
だろう。

 何を聞いても口の重い蘿洞先生との不成功に終わったインタヴュー
の帰るさ、記者は若い女中が先生の書斎に入っていくのを見かける。
 好奇心から透き見すると、

<間もなく小女は、なお先生の胴体に腰かけたまゝ、小さな一本の
 籐の笞を取り上げ、片手で先生の髪の毛を掴み、片手で先生の
 太った臀をぴしぴし[注:原文は踊り字。頻繁に出てくるもので、
 "踊り字"と"ローマ数字"の項目をお気に入りに入れた。]と打った。
 すると先生はその時始めて、少しばかり生き生き[注:原文は踊り字]
 とした目つきをして「ウー」と呻ったようであった。__此の光景を
 物の半時間も覗いていた記者は、変な気がして、コソコソ逃げるよう
 に裏庭を出た。>(p171)

 30分も覗いていた挙句<変な気が>するのも、それこそ変だが。

 いつもいつも『饒太郎』みたように、マゾヒストの一人称・視点で
書いていくのは気力が要るし、第三者の視点で書いてみたいときも
あるだろうが、後者で書いて、たんに安っぽいセンセーショナリズム
にならないよう抑えるには、それなりの書き方が必要だろう。

 ということは、この巻では、第一篇の『饒太郎』がいちばん好かった
のか...。中途半端に読解力がつくと、ろくなことにならない。

 小林信彦『回想の江戸川乱歩』、小林兄弟の対談から引用する。

信彦 あの人[注:乱歩]は、谷崎潤一郎と宇野浩二を尊敬してるん
 だけど、谷崎潤一郎を『宝石』の対談とか座談会に、何とか引っ
 張り出そうとしていたね。谷崎潤一郎って、三島由紀夫が<自分の
 売り方を一番知ってる人>って言ったとおり、そういう席には絶対
 出てこなかった。江戸川乱歩にはとても好意を持ってるんですよ。
 だけど、出てこなかった。>
(p50 『もう一人の江戸川乱歩』『回想の江戸川乱歩』 文春文庫)


     (谷崎潤一郎『潤一郎ラビリンス II マゾヒズム小説集』
     中公文庫 1998初 J)



呪 吐爛腐/呪 亜屁沈臓/呪 共謀罪=ネオ治安維持法/

 ヘイトスピーチ 「失うものばかり」後悔の元「突撃隊長」

 「共謀罪」過剰反応、リットン調査団重なる by加藤陽子氏

<当時、読書新聞で、開高健氏が江戸川乱歩インタビュウを
 書いていて、たしか「顔を洗ったような話ばかりでつまらない」
 といった表現があり、すでに乱歩さんの面識を得ていたぼくも、
 これはうまい言い方だと思った[略]。
 乱歩さんの話をうかがっていると、常識的でじりじりしてくる
 ことがあった。それが社会人としての顔であるのは充分承知して
 いても、例の<暗い空のどこかでドロドロと音がする>方の顔は
 どこへ行ったのだろうかという思いを禁じ得なかった。>
(p66 エッセイ『回想の江戸川乱歩』『回想の江戸川乱歩』 文春文庫)


 わたしは、いわゆる"政治的な"事柄に関して、公式発表めいた"建前"
の言葉しか発しない。
 "本音"も"建前"も言語行為である。どちらもフィクショナルな行為だ。
わたしは内心では"建前"を信じきっていないように、"本音"もまた信じて
いない。その時点で、そう感じている、というだけの言葉ではないか。
 ただ、どちらを好むか。

 母は60歳ちょっとで亡くなった。癌だと判ったとき、もう手遅れだった
ので、モルヒネ投与しかなかった。投薬が重なり、幻覚を視る。
 「ベッドの足下に、ほら、緑色の人がいるじゃない」。

 姉も見守っていたときだったか、いきなり、怒りを込めて、
 「あたしがこんなにオレンジが食べたくてしかたないのに、あんたたち、
何にもしてくれないのね」と言ってすぐ、
 「ごめんなさい。ひどいこと言っちゃって」と打ち消した。

 わたしは行儀の悪い"本音"より、礼節ある"建前"が好もしい。選べと
いうなら、こちらのフィクションを取る。





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# by byogakudo | 2017-06-06 15:08 | 読書ノート | Comments(0)
2017年 06月 05日

鈴木創士氏のコラム『第87回 真の生活』

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 6月の鈴木創士氏のコラムは、『第87回 真の生活』

<だけど、誰もがすべての息の根をとめることを渇望していたとはいえ、
 実際に、その瞬間、誰が自分のことを駒だと考えただろう。そんな
 ことは無理であるし、実際、無理だったのだ。>





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# by byogakudo | 2017-06-05 13:45 | 読書ノート | Comments(0)
2017年 06月 04日

阿佐ヶ谷往復

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 昨日今日の写真は5月19日の青山墓地に近い辺り。今日は、
おとといの再挑戦(?)で、阿佐ヶ谷へ。

 ふたりしてヘバってて、バスで中野、中野からJRで阿佐ヶ谷・
コースにしたが、日曜日だったのにバス内で気づく。電車が
あまり混んでなくて助かったけれど、土日の街はわさわさしてる。
体力が落ちているのが増幅する。

 阿佐ヶ谷駅北口で、用事とも言い難い用事を済ませ、少し
荻窪方向へ歩く。できるだけ歩いてない道を選んでみるが、
結局、5月29日(日)や6月2日(金)に取った道をたどっている。
逆に道に選ばれるのか。

 地下鉄で帰ってきても、やっぱり疲れている。だけど歩か
ないと、歩けなくなりそうで怖い。



呪 吐爛腐/呪 亜屁沈臓/呪 共謀罪=ネオ治安維持法/

 昼間、『ビートたけしのTVタックル』というTV番組を少し見た。
『"共謀罪"なぜ急ぐ?』と題されていたが、
 「共謀罪を制定しないと外国との条約が結べない」説・一辺倒
の御用・経済評論家には長く喋らせ、ただひとり、まともに正面
から共謀罪の監視システムの危険性を訴えるのが、パトリック・
ハーランのみ、というのがショックだった。

 ビートたけしも大竹まことも、どうして控えめにしか言わないの
だろう。言えば仕事を失うので怖くて言えないのかもしれないが、
ここでちゃんと自分の立場を述べないと、たとえば北野武が今まで
撮ってきた映画は何だったんだ、ということになる。この先何を
撮ろうと、映画作家の作品ではない、ということになる。





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# by byogakudo | 2017-06-04 21:25 | 雑録 | Comments(2)
2017年 06月 03日

アーウィン・ショー/小泉喜美子 訳『小さな土曜日』+ブログ『閉じられたドアの向こう側で』+α

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 昨日、阿佐ヶ谷に(用事を作って)出かけ、コンコ堂の
均一棚から、アーウィン・ショー『小さな土曜日』。序文が、
< 昔、サマーセット・モームに会ったことがある。彼は私に
 言った。
 「お若い方、きみがうらやましい」>(p9)と、かっこよく
始まる。

 ぱらぱら見ていたら、日本版タイトルの『小さな土曜日』に、
主人公の身長が<五フィート六インチしかなかったが>(p240)
という記述。

 それは何センチかと検索していて、ブログ『閉じられたドアの
向こう側で
』に打つかったのだと思う。『老いる』と題された
2013年11月10日の記録で(一時?)停止されているようだが、
筆者はアメリカで暮らす日本人女性。

 外国に暮らしている故に、まわり中、米語に取り囲まれている
故に、日本語で書く喜びが伝わってくる。webの双方向性を拒絶
して(コメントは読むけれど返答しない)、日本語を成分とする
自分自身を満足させるために書こうと決めた潔癖性が、この気持
よい日本語ブログを生み出しているのだろう。

 化石日本語に記されている新日本語への違和感など、同感者が
多そうだ(そうであってもらいたい)。
 ゆっくり楽しもう。

 『小さな土曜日』に戻ると、第一部・第一話『神、ここに在(い)
ませり、されど早や去りたまいぬ』を読んだだけだが、序文でショー
が皮肉混じりに書いている通り、

<どんなに気むずかしい批評家でも、短篇集を手にとると、少なくとも
 そのなかの一作ぐらいは気に入って賞めてくれる>(p14)。

 あーだこーだ言うだけ、何ら批評性を持たない無責任な読者にも、
これは当てはまる。


     (アーウィン・ショー/小泉喜美子 訳『小さな土曜日』
     ハヤカワ文庫 1985初 J)



呪 吐爛腐/呪 亜屁沈臓/呪 共謀罪=ネオ治安維持法/

 【動画】参議院の共謀罪審議で金田法務大臣の挙手を慌てて
手で制した安倍総理大臣の姿に衝撃走る


 金田「治安維持法による拘留拘禁は適法」 by「国会ウォッチャー」
 





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# by byogakudo | 2017-06-03 21:14 | 読書ノート | Comments(0)
2017年 06月 02日

(3)谷崎潤一郎『潤一郎ラビリンス II マゾヒズム小説集』、『饒太郎』読了+α

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〜6月1日より続く

 書きたかったことは分かるけれど、それにしても、あんまり巧く
ない小説だ。マゾヒズムの存在を訴えたい思いが強過ぎて、小説が
竜頭蛇尾になる。バランスが悪い。谷崎ってストーリーテラーだと
思うが、巧くない小説もあるのね。
 『饒太郎』を書いた1914年頃、谷崎は28歳くらい。主人公と
ほぼ同い年だ。未来ある新進作家のころ。大谷崎より好もしい、
という偏見は変わらないが。

 飽きてきた愛人と密会(すてきな響き!)するのが、
<築地の海軍大學から程遠くない河岸通りの、とある淋しい家の
 蔵坐敷>(p59)で、
饒太郎がサディストに仕立て上げようと目論む若い女は、
<八丁堀辺の車夫の娘>(p46)である。

 愛人と会った夜は蔵坐敷に泊まった。翌日、女衒・松村に
新しい若い女を斡旋してもらいに行く。

<饒太郎は其のまま木挽町の河岸通りを築地橋の方へ歩いて
 行った。>(p87)
 しかし、太り出した身体は重く、疲れやすい。

<丁度新富座の前へ来た時、彼はとうとう足疲れ切って辻俥を
 呼んだ。そうして「明治座の傍まで」と云いながら車上に腰
 かけて悠然と葉巻に火を点じた。
 [略]
 俥は既に人形町通りを走って居た。
 [略]
 此の界隈に居住する多数の婬売婦たちは、朝でも晩でも大概
 四五人ぐらいずつ蒼白い腐ったような顔を曝して徘徊して居る
 [略]
 「おい、此処でいゝんだ。」
 久松橋を渡って了うと、彼はこう云って俥を下りた。待合とは云え、
 実はむさくろしい婬売宿に過ぎない松村の家まで乗り付けるのは、
 少し仰山だと考えたのである。
 明治座の裏通りから細い新路(しんみち)を二三度曲った、汚い
 溝板(どぶいた)のあるじめじめした路次の一隅に、「まつばや」
 と云う曇硝子の軒燈を掲げた家が松村の巣であった。>
(p87-89)

 その後、じつはパトロンから
<仮寓を許して>(p102)もらっている深川の住いの洋館の方に、
盗癖のある若い女を招き入れる。

 饒太郎自身の生家は、
<雷門から直き近いところ>、<鳥越>(p148-149)という、
東の東京物語である。
     

     (谷崎潤一郎『潤一郎ラビリンス II マゾヒズム小説集』
     中公文庫 1998初 J)

6月6日に続く~



呪 吐爛腐/呪 亜屁沈臓/呪 共謀罪=ネオ治安維持法/

< 戦後の保守党の代議士の出身母体を見ていくとわかるが、
 内務省警保局出身の政治家は大体が右派グループに属し、
 常に治安維持を至上命令とし、そのための法律づくりに走り
 回っている。その言は、現実を見ているのではなく、国民が
 いつ共産主義者になるかわからない、反政府的分子になるか
 わからないとの妄想にも似た言を弄していたことが今は容易に
 わかる。

  弾圧する側の病理にとりつかれてしまっているのだ。私は
 昭和のある事件の被害者がいかに特高警察に弾圧されたか、
 犯罪の意思などないのに拷問を何度も受け精神異常になった
 人たちの関係者の証言を聞いたのだが、そのことを当時の特高
 関係の責任者(戦後は自民党右派の議員)は一片の同情すら
 持っていないのに驚いた。>  
(大日本帝国を呼び戻す共謀罪は治安維持法の再来だ! by保阪正康)


<NHKや産経新聞も、前川氏が会見で、出会い系バー通いについて
 弁明した際に大量の汗をかいていたことをわざわざクローズアップし、
 前川氏の説明が嘘であるとの印象を強調した(実際は、この会見場は
 非常に暑くて、前川氏は最初から汗をかいていたし、記者たちも汗だく
 だったのだが)。>
(官邸の謀略失敗? 前川前次官“出会い系バー”相手女性が「手も繋いだ
ことない」と買春を否定、逆に「前川さんに救われた」と
)

__近頃は"みんな"スレてるから、映像解読力は昔より格段に高いはず
と思われるが、TVは漫然と流し見るものなので、受像機を前にすると、
ひとは読解力が働かなくなるかもしれない...。





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# by byogakudo | 2017-06-02 22:20 | 読書ノート | Comments(0)
2017年 06月 01日

(2)谷崎潤一郎『潤一郎ラビリンス II マゾヒズム小説集』、まだ『饒太郎』

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~5月31日より続く

 書けない作家・泉饒太郎は気分転換を図ろうとする。高利貸に更に
お金を借りて、遊興資金にする。まず帝劇に行く。

<「帝劇」と云うところを劇場としては餘り好んで居ないのであるが、
 餘興の沢山あるカフェのような意味で、夜の宴楽の門出に一二時間
 立ち寄るには、至極適当だと思って居る。
 [略]
 劇場と云うところは、金と恋とを持って居る人々が自己の行楽の背景と
 して、屏風や幔幕の代りに自分達の周囲に繞らす可く、まことに花やか
 な恰好な道具立てである。此の大都会のあらゆる方面の栄華と奢侈との
 集注して居る建築の中で、舞台や観客席や廊下や食堂に充ち溢れたる人々
 を仕出し[注:原文は圏点]に使いながら、自分が或るロオマンスの主人公
 となってプロットの発展を待ちつゝあるのだと感じた時、劇場の空気は
 始めて其の人の胸に絶好の伴奏を奏(かな)でるであろう。
 [略]
 彼は頻りに渇を覚えたので、席を立ち上って二階の廊下を食堂の方へ
 歩いて行った。>(p35-36)

 芝居の最中なので食堂には誰もいなかったが、知り合いが通りかかる。
和風メフィストフェレスみたいなルックス(痩せて出っ歯で色黒)の男・
松村で、饒太郎好みの女(一見16~17の世間知らず風、じつは19か
20。1914年頃なら十分に"女"、おとなしそうに見えて盗癖あり!)を
取り持とうか、という話になる頃、一幕が終わり、人々が出てくる。

<多勢の観客が諸方のドーアを一斉に排して、ぞろぞろと細長い廊下に
 雪崩を打って充満した。白人(しろうと)とも黒人(くろうと)とも判ら
 ない美しい衣裳の婦人達が、馬鹿ではあるが礼儀作法をよく心得て
 居るらしい男どもと入り交じって、露台の椅子や、休憩室のソオファや、
 階段の中途などに花やかな話声をさゞめかせて居る幕間(まくあい)の
 光景は、女優諸君の喜劇よりも何よりも最も「人生の歓び」を表現して
 居る藝術的な場面のように思われる。>(p48-49)
 
 余談だけれど、"ドーア"や"ソオファ"を見る度に、谷崎は原音表記主義者
なのかと思う。

 見知らぬ女に会いに行こうとするとき、饒太郎は現在の愛人に見つかって
しまう。ここらの描写で、帝劇の構造がよく分からなくなったのだが...。

 女衒・松村は、
<一と足先に正面の出口の方へ歩み去った。>(p51)

 饒太郎の愛人であるマダムが、化粧室に潜んでいた。
<「話があるから、まあ此の中へお這入なさい。」
 と、[略]外套の袖を握るや否や、いきなりぐいぐいと室の内部へ引き
 摺り込んだ。
 二人は扉を固く締めて、劇場の空気から掛け離れた狭隘な四壁の中に、
 互いにひっそりと寄り添うて立って居る自分達の姿を鏡の面に認めた
 のである。>(p52)

 ダニエル・シュミットを思い出させるような帝劇空間の描写であるが、

<饒太郎は袂の端をシッカリと掴まれたまゝ女の後から下足口を出た。>
(p55)__"下足口"ってどこだろう? 女衒・松村はエントランスホール
から出たようだが、この二人の出口、"下足口"の場所が分からない。
 裏口? 関東大震災後にデパートが土足で入れるようになった、という
半端な知識のせいで、帝劇もまだ靴や下駄を履き替えさせていたのかと、
つい思いそうになった。


     (谷崎潤一郎『潤一郎ラビリンス II マゾヒズム小説集』
     中公文庫 1998初 J)



呪 吐爛腐/呪 亜屁沈臓/呪 共謀罪=ネオ治安維持法/





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# by byogakudo | 2017-06-01 17:32 | 読書ノート | Comments(0)
2017年 05月 31日

(1)谷崎潤一郎『潤一郎ラビリンス II マゾヒズム小説集』を読み出す

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 最後の二篇、『赤い屋根』と「日本に於けるクリップン事件』を
読んでみて、何にも覚えていないことだけは分かった。『赤い屋根』
が『痴人の愛』のスピンオフみたい、なんてこともまるで記憶にない。
 ヤになっちゃう。

 最初の『饒太郎』に戻る。初出は「中央公論」1914年9月号。
 耽美派の新進作家、泉饒太郎は深川に住む。庭付き戸建てである。
彼は目下スランプらしい。

<わりに人気(ひとけ)のない邸内の庭は晝も夜も深閑として、点滴の
 したゝるように間断なく啼きしきる小禽の声を別にすれば、何処
 やらの工場の機械の音が、遠く幽かに耳に入るだけである。ちん、
 ちん、.........と、地袋の上の置時計が二時を打って、オルゴオルの
 不思議な音楽が一としきり鳴り続いたあとは、再び沈黙が室内を
 占領して、東京の深川という大都の一隅とは考えられない静かさに
 支配される。>(p10)

 江戸から続く水の町(であっただろう)深川と、1910年代・東京の
工場地帯である深川とが、同時に存在している。

 若い男の友人が訪ねてきて、饒太郎は子ども時代を思い出す。

<丁度十二三歳の少年の時分、四五月頃の暖い慵い季候になると、
 彼は屢々友達を誘って学校の帰りに丸の内の原っぱへ遊びに行った
 事がある。其処には今と違って立派な建築も公園もなく、雑草が茫々
 と生い茂って菫だの苜蓿(うまごやし)だのが一面に咲き乱れ、ところ
 どころ[注:原文は踊り字]に涼しそうな緑蔭の丘があったり池があっ
 たりした。>(p17-18)

 三菱村・時代の丸の内風景である。多少は読んだり、大いに歩いたり
してきたので、20世紀初めの深川も丸の内も想像できるようになった、
と思う。


     (谷崎潤一郎『潤一郎ラビリンス II マゾヒズム小説集』
     中公文庫 1998初 J)

6月1日へ続く~



呪 吐爛腐/呪 亜屁沈臓/呪 共謀罪=ネオ治安維持法/





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# by byogakudo | 2017-05-31 23:09 | 読書ノート | Comments(0)
2017年 05月 30日

あきれはてて、あきらめない

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呪 吐爛腐/呪 亜屁沈臓/呪 共謀罪=ネオ治安維持法/

<「独裁」国家とは、他国との戦争がなくても、国内に敵をつくりだす
 ものだ。国民をたえず監視・弾圧し、「自発的隷従」を好む者だけを
 「一般人」とみなす。増税や福祉削減や過重労働、徴用などで攻めたて、
 だが過労死や自殺、餓死などについては「自己責任」とするだろう。
 危ない。★>
(22:18 - 2017年4月21日)

<レイプも、差別も、いじめも、人格攻撃も、デマも、失言・暴言も、
 はぐらかしやブチキレによるコミュニケーション切断も、海外情報歪曲も、
 すべては底を通じている。独裁「国家」はこのようにして市民を攻めたて、
 誘導し、「くに」を支配しようとする。「自発的隷従」を拒もう。★>
(1:37 - 2017年5月30日)


< 「上」とは警視庁(本庁)の刑事部長であることが後になって判明した。
 『週刊新潮』(5月18日付)によると、刑事部長とは中村格氏で菅官房長官
 の覚えがめでたい。

  中村氏は同誌の取材に「自分が逮捕を中止させた」と認めている。山口氏
 [注:山口敬之]は安倍首相に最も近い記者と目される人物だ。当時刑事部長
 だった中村氏に忖度が働いてもおかしくない。

  山口氏は書類送検されるが不起訴となる。被害者である詩織さんに対する
 検察の説明は奇々怪々だった。「第三者が見ていたか、ビデオがあるか。
 直接的な証拠がなければ起訴できない」。>
(アベ友記者の強姦もみ消し 被害女性「法律やメディアは何を守ろうとして
いるのか」
)


小池 3月1日の参院予算委員会ですよね。私は安倍首相に
 「昭恵夫人と籠池泰典理事長がいつからの知り合いなのか」と
 事実関係を質問しただけなんですが、突然逆上して、「妻は私人だ。
 いちいち、妻をまるで犯罪者扱いするのは不愉快だ」「本当に不愉快
 ですよ」「不愉快ですよ!」と、3回くらい「不愉快」とリピートし
 発言していました。私の方が不愉快でしたけどね(笑)。

 室井 森友問題では、鴻池祥肇議員の口利き疑惑を追及したときも、
 安倍さん、キレてましたよね。

 小池 あのときは鴻池議員の名前を出さずに「ある国会議員の事務所の
 面談記録」として読み上げたんですが、そしたら安倍さんが「あたかも
 私の事務所であるかのごとく印象操作して」と怒り出して……。なんで
 そういうこと言うのかなあと不思議に思っていたんですよ。実際は鴻池
 さんの事務所の面談記録だから、こっちは全然そんなつもりないのに。
 そしたら、翌日発売の「週刊文春」で安倍事務所に出入りしていた人が
 「私が口利きしました」という記事を載せていることがわかって、ああ
 その件と勘違いしていたのかと。逆に、官邸の情報力って意外にたいした
 ことないなと思いましたけどね。

 室井 でも、安倍さんがキレる時って、だいたい追い詰められているとき
 ですよね。そういう意味じゃ、小池さんはキレさせるのがうまい(笑)。
(室井佑月の連載対談「アベを倒したい!」第5回ゲスト 小池晃(前編))

室井 [略]言いづらいですけど、共産党って出しちゃダメでしょ。
 一般の人でひく人いるから。今は安倍政権を倒すため、縁の下の
 力持ちになって、組織力を生かして、24時間体制でテレビやネット、
 そして雑誌を見て、政権批判している人たちを賞賛したり仲間に取り
 込んだりしていかないと。野党全体に言えることですが、ネットや
 マスコミの使い方がヘタすぎると思う。一方の自民党はネットのことを
 すごく研究しているし、芸能人や文化人、評論家も上手く使っていて、
 一緒にご飯なんか食べてるんですよ。それで「もっと重要な問題がある
 だろう、森友なんかやっている場合か!」なんて擁護発言させるわけです。>
(室井佑月の連載対談「アベを倒したい!」第5回ゲスト 小池晃(後編))


 櫻井よしこ、というのがいたなあ。まだいるのか。

< 「私の経験から言うと、櫻井さんは覚悟したように嘘を発信する人です」
 [略]
 小林教授は、かつて櫻井氏とともに日本青年会議所のパネルディスカッション
 に登壇したときのエピソードを例にあげる。そこで櫻井氏は「日本国憲法には、
 『権利』は19か所、『自由』は6か所も出てくるのに、『責任』や『義務』は
 3か所ずつしか出てこない。明らかに権利と義務のバランスが崩れている。
 そのせいで日本人は個人主義になり、バラバラになってしまった」という
 ような主張をしたという。これに対し、小林教授はその場でこう反論した。

  「櫻井さんの主張は間違っています。法律には総論と各論があり、総論は
 全ての各論に適用されます。日本国憲法では、『公共の福祉』を定めた憲法
 12条と13条が総論として、ちゃんと各条が認めた個々の人権全てに制限を
 加えています」

  加えて小林教授は、そもそも憲法は国民の権利を定め国家に義務を課す
 ものだということ、いわゆる国民の三大義務の「納税」「勤労」「教育」
 は国家存続に必要不可欠がゆえに例外的なものであることを説明。つまり、
 櫻井氏が言う“「義務」に比べて「権利」が多すぎる”という主張をはっきり
 と退けたのだ。
 [略]
 小林教授がこの憲法の基本を指摘すると、櫻井氏は「顔面蒼白になって、
 それから目線が合わなくなり、その日は挨拶もせずに帰っていった」と
 言う。ようするにぐうの音も出ずに遁走したらしいのだ。

  だが、櫻井氏は、小林教授から誤りを指摘されて以降も、こうした嘘の
 憲法論を講演会などで繰り返し述べている。小林教授が「私に論破されて
 ギャフンと尻尾を巻いて逃げておきながら、相変わらず確信犯的に同じ誤った
 情報、つまり嘘を垂れ流し続けるのは、無責任かつ不誠実極まりない」と、
 強い言葉で批判するのももっともだろう。>
(改憲派のリーダー・櫻井よしこは「言論人の仮面をかぶった嘘つき」だ!
憲法学者・小林節が対談を捏造されたと告発
)





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# by byogakudo | 2017-05-30 21:21 | 雑録 | Comments(2)