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猫額洞の日々

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2009年 07月 13日

「グレアム・グリーン自伝」と陳舜臣「弓の部屋」読了

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「映画化記念 私は猫ストーカーフェア」 神保町・三省堂本店4F
 6月26日(金)〜7月25日(土)
 

 将来の作家を形作る要素となった幼年期と、その環境を記述する
ことから始め、作家生命の一種の死とも言える、初期の売れなかった
時代までを語る「グレアム・グリーン自伝」(早川書房 74初 J)。
 スマートな時間帯選択である。どんなに波乱に満ちた自伝や伝記も、
成功後のおはなしは、退屈に傾きがちだから。

 面白かったが、どうでもよいことだけノートしておこう。

 教育者であるグレアム・グリーンの父と友人は、よく休暇をともに
していた。あるときナポリで、見知らぬ英国人から声をかけられた。
<[略]いっしょにコーヒーを飲んでもいいかと[注: その男が]訊いた。
 彼の顔つきはどこかで見たようでもあり、うっすらと気に染まない
 感じもあったが、別れるまで一時間以上も彼はウィットのおもしろさで
 かれらを魅了しつづけた。別れ際にさえもかれらは名乗りあわず、
 男が去ったあと、もちろんコーヒーではない彼の飲みもの代はふたりの
 払い分に残されていた。>(p25~26)

 よほど経ってから、釈放後間もないオスカー・ワイルドだったと気づいた
そうである。
 ワイルドは<自分のもつ唯一の通貨で飲みもの代を支払っていたのだ>
とグレアム・グリーンは理解するが、その父は、
<「休暇で来た二人の校長を相手に、あれほど長い時間とウィットを
 使い果たすのだから、あの男はよっぽど淋しかったのだろう」>(p26)
という解釈である。
 作家と教育者との理解の違いが面白い。

 陳舜臣「弓の部屋」(講談社文庫 81初 J)は、神戸をよく知らないのが
残念だった。1962年ころの神戸風景であり、異人館(アレキサンダー・
ネルソン・ハンセル邸)が殺人事件の舞台となる。
 ハンセル(文中ではアーサー・ブラウン)の設計態度について書かれて
いる。

< アーサー・ブラウンは、[略]むしろ積極的に、日本在来の材料を
  使用して西洋風の家を建てることに、一種の夢を見出した。 [略]
  つまり彼は、家を建てるにあたって、『東洋』をそのなかに表現しよう
 とした。[略]>(p146)
< ブラウン建築の基調は中世風である。 [略]
  おそらく、『中世の西洋』にさかのぼることによって、
 『現代の東洋』を、その道程で見出そうとしたにちがいない。>(p147)

 全文引用したいところだが、長くなるので、ごく一部だけにしたら、
なんだか不明瞭な引用になってしまった。失礼。
 

by byogakudo | 2009-07-13 15:06 | 読書ノート | Comments(2)
Commented by jindong at 2009-07-14 18:04 x
昨日は失礼しました。ブログがあるとは知りませんで。例の「映画の音楽」の方がこられた時に来店してた者です。
なにぶん自宅が渋谷から西へ電車で50分というところなので、気楽に立ち寄るわけにも行きませず、伊呂波文庫さんにも行ったのですが月曜定休だと分かって、どっと汗が噴き出しました。古本めぐりで定休日にぶつかるとけっこうガクッと来るものです。
ブログ更新楽しみにしております(私のブログは放置状態なのでちょっとずうずうしいですけど)
Commented by byogakudo at 2009-07-14 19:40
昨日はどうもありがとうございます。
伊呂波文庫さんへは残念でした。中野新橋は都内においてさえ
遠い場所かもしれません。
もしこちらへいらっしゃる機会がおありでしたら、お立寄り下さい。


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